ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】

【10】子兎の涙の一滴は伊達男の仮面を砕く

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 どうして? と思う。
 最初、その光景が理解出来なかった。
 酷薄に笑う男としなだれかかる美女と。

 黒と銀の二人はとてもお似合いに見えた。銀狐の彼女は大人の女性で成熟していて、まだまだ子供でしかも雄のおチビちゃんの自分とは大違いだ。
 きっと“伊達男”のロッシの好みは彼女なのだろう。

 だけど。
 だけど……。

「どうしたんだい? おチビちゃん、そんなところに突っ立ってないで、早くパーパとマーマのところにお帰り」

 男の声は冷たく、自分にしなだれかかる美女の銀の巻き毛をなでる。
 あのゴンドラで身体をぶつけたとき、ひたいにキスだけじゃなくて、優しく頭をなでられた。
 そう、今のみたいに女の人の髪に戯れて指を絡ませる格好つけじゃなくて、本当に暖かな手のひらで。

「違う……」

 胸がぎゅっと切なくなってザリアは、自分のレースとフリルがいっぱいの盛装を握りしめる。

「なにが違うんだ……い?」

 男の言葉が途切れたのは、ザリアが目を見開いたまま、ぽろぽろと涙をこぼしたからだ。大きな瞳から、大粒の雨粒のような綺麗なしずくをこぼしながら、それでも男をザリアは見つめ続け「違う」という。

「違う、違う、あなたは悪い男じゃないって僕は知っているもの。こんな嘘ついたって僕はあなたを嫌いになんかならない! 
 あなたのことが大好きなんだから!」
「す、すまない、ザリア」

 ロッシが上ののせていた美女を押しのけて、あわててこちらにやってきて、ザリアを抱きしめてくれる。が、薔薇と麝香の匂いが混じった香水の香りに、悲しいのと腹が立つのとで、ザリアは「ぷうっ!」と鳴いた。

「もう意地悪! 大嫌い!」
「私のことを大好きといってそれかい?」
「大好きだけど、意地悪なのは嫌いなの!」
「ごめん、もう意地悪はしないよ」
「約束する? そのお髭に誓って」
「約束する。え? 髭かい?」
「意地悪した罰として、そのお髭剃って!」

 「ぷうっ!」「ぷうっ!」と泣き怒りの顔でにらみつければ、潤んだ視界の向こうで大人の男が苦笑して「わかった、君を泣かせた罰を受けるよ」とひたいに一つ口づけられた。また、ひたいなの? とばかり「ぷうっ!」と鳴いたら、今度は涙にぬれた両方の頬に唇が触れる。……けど、これもなんだか、子供を慰めるみたいだ。
 「あははは!」と女の人の笑う声がして、ザリアがロッシに抱きしめられた腕の中から、そちらを見る。四阿の石のベンチに残された女の人がおかしそうにクスクスして、こちらを見てる。

「伊達男もおチビちゃんには形無しねぇ。あなたのそんな慌てた姿を見られるなんて、ほんと良いものを見させてもらったわ」

 「アントネッラ……」とロッシが気まずそうな顔をする。美女はコツンと高いヒールの音を鳴らして、抱き合う二人に近寄り。

「いい、おチビちゃん。涙は女の武器というけど、あなたの涙とその可愛らしい鳴き声に、そのワルい男はまるっきり弱いようだから、しっかり首根っこ掴んで離さないようにね」
「離しません。あと、僕はおチビちゃんじゃなくて、ザリアです!」

 ぎゅっとロッシの腕にしがみつくと「そうね、ザリアちゃんがくっついている限り、もう、その男は悪さも出来ないわね」と美女は「じゃあね」と去って行く。

「ありがとう、アントネッラ。君には迷惑をかけた」

 とロッシがその背に声をかけるが、美女は振り返りもせずに去っていく。あとで美貌の女伯爵が「兎族恐るべしっていうけど、ほんと、恐るべしよね」と他に漏らしたとか。



 さて、残された二人は。

「私に近づけば危険なのは本当なのだよ」

 四阿の石のベンチに並んで腰掛けようとしたら「冷えるよ」とひょいとお膝の上に抱っこされた。これも子供扱いかな? と思いつつ、間近にある男の体温にザリアはドキドキとする。
 それなのにいうことは「だから、しばらくは私と距離を置いたほうがいい」なんて。

「やだ。そんなことをいうなら、毎日転送でロッシに会いに行くんだから!」
「やれやれ、私は刺客に殺される前に、君のお父上に殺されそうだよ」
「ダメ! お父様があなたを殺しそうになったら、僕がお父様に立ち向かうよ!」
「これは強力な騎士ナイトだな。さすがの勇者も勇敢な末っ子の前には形無しだろうな」

 「『ぷうっ! 』の一撃で吹き飛ばされそうだよ」とロッシは微笑する。ザリアはお膝に抱かれたまま上目づかいに聞いた。

「ロッシってソフィアさんにも呼ばれていたの」

 今さらではあるのだけど、気になって聞けば。

「やれやれ、おチビちゃんは嫉妬まで可愛らしいね」
「僕はおチビちゃんじゃありません」
「そうだね、私のザリア」
「っ!」

 頬を染めたザリアの短い耳に、低い声がささやく。

「彼女は私をガルゼッリと呼んでいたよ。今は誰もこの“幼名”で呼ぶことはない」
「じゃあ、あのときなんで、あなたは僕に名乗ったの?」
「ドゥーチェ・ガルゼッリがあの裏通りにいたとは知られたくなかった。だが、名乗るのはロベルトでもフランコでも、他の適当な偽名でよかったはずなんだが。
 君にそう名乗ってしまったのは、やはり運命だったのかな?」
「そうやって、いつも女の人を口説いているの?」
「これからは君だけだよ」
「少しでも破ったら、お髭剃っちゃうんだから」
「やれやれ、私の髭の命運はいつも儚そうだ」

 そんな風にぼやきながら、男前のお顔が近づいてきて、ちゅっと唇をついばまれた。
 ザリアはびっくりして両手でお口を押さえていった。

「お髭が……」
「また髭かい?」
「ちくちくした」
「…………」

 初めての口づけの感想だった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


 「また来るから」と約束はしてくれたけれど、今日、国に帰るというザリアに自分達が見送りに行ったら驚くだろうというのが、マルコの提案だった。
 それに他の二人もうなずく。こうして悪ガキ三人は大人が知らない、孤児院の壁の穴を抜けて、裏通りへと出た。

 久々の建物の外に、きょろきょろしている二人をマルコが「早く」とうながす。この裏通りの危険性を彼はよく承知していた。
 いきなり、大勢のゴロつき達に囲まれた。マルコは猫族の素早さで、大人達の壁をすり抜けたが、狸と熊の少年は捕まってしまう。マルコも彼らを助けるために「離せよ!」と戻り、逆に首根っこを掴まれてしまう。

「その子達になにをしてるの?」

 その光景にザリアが声をあげる。なぜこの裏通りに? といえば、このおチビちゃんもまた子供達と同じことを考えたからだ。つまりは最後のお別れに……帰国の準備で慌ただしい大使館を、人目を盗んで抜け出してきた。
 ゴロつき達は振り返り、幾人かが飛びかかったが、軽やかに身をひるがえし、足払いをかけられて彼らは無様に地面に転がる。

「おい、あれは」
「あのときの兎か」

 ゴロつき達の中にはこの裏通りに初めて入ったときに、ザリアに絡んだ者達も含まれていたのだ。さらに彼らは、“依頼主”から、もしも、毛並みのよい耳が短い小さな兎も捕らえられたなら……とも言われていた。
 ザリアの素性は知らずにだ。

「おい! このガキ共がどうなってもいいのか?」

 マルコや他の二人の子供達の顔にナイフを突きつけられて、ザリアの動きが止まる。たちまち、ゴロつき達に周りを囲まれる。

「大人しくしていろよな。このガキ共は一人につき金貨一枚だが、お前には金貨百枚払ってもいいってお話だ。
 ガキを一人ずつ殺して、金貨三枚失っても、あと九十七枚は残ってるって訳だ」

 怯えるマルコの頬をナイフでピタピタとたたきながら、ゴロつきの一人がザリアにゆがんだ笑みを向けた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 ドゥーチェの館。
 大陸会議の閉会前の調印式の直前。ロッシは足早に向かった部屋サロンにはいった。
 そこにはグロスター大公ノクト、ノアツン大公スノゥの姿があった。ノクトの眉間が怪訝による。

「貴殿は?」
「先触れもなしに失礼します。グロースター大公殿下、ガルゼッリです」
「お前さん髭はどうした?」

 スノゥの問いに「これはあなたの末の息子さんに罰を与えられまして」とロッシが答える。
 そうロッシの顔からは伊達男の黒い髭がなくなっていた。その顔は二百歳近くまで歳をあまりとらない純血種らしく若い。
 「ザリアが罰って?」と問いかけるスノゥにロッシは「いえ、それよりも」とこの男らしくなく、焦燥をその顔にあらわにして。

「そのザリア公子なのですが、今どこにおられるか確認できますか?」
「これのことか?」

 ノクトが手にしていた手紙を差し出されて、ロッシが息を呑む。そこにはザリアの身柄を預かっていることと、彼の身柄と引き替えに大陸会議での奴隷売買禁止条約の白紙撤回が要求されていた。

「……私のところにも同じ内容の匿名の脅迫文が届いたのです。孤児院の子供達も預かっていると……」

 「孤児院には今、確認に走らせていますが」と続ける彼にスノゥが「どうする?」と口を開く。

「この内容が本当で子供達の命が人質に取られているとして、条約の採決を強行するか?」
「いえ、残念ながら今回は条約の署名を方々に見送っていただきます。公子の命も大事ですが、子供達の命もまた、同格に大切なものです」

 たとえザリアが人質となっていなくとも、孤児達の命もまた大事だと、そのロッシの言葉をうけて、スノゥがノクトと視線を交わしあい、うなずきあう。

「条約署名式典は延期する必要はない」
「そんな、ザリア公子の御身がどうなってもよいと? 私は子供達の命を犠牲にしてまで、条約の可決を強行などしたくはありません」

 ノクトの言葉にロッシが語気を荒げるが、それにスノゥが「ザリアがいるなら子供達の身も大丈夫だ」という。

「あれは末っ子の甘ちゃんだが、歌も踊りも、縄抜けも必要なことはすべて教え込んだ。両手両足くくられて、口をふさがれたって、それを抜けて一声出せりゃ、あれの“勝ち”だ」
「はい?」

 訳がわからないという顔をするロッシにスノゥは「逆にやりすぎてないか心配なんだがな」とあごに手をあてる。

「ある意味であれの“歌”は俺達の中で最強なんだよ。誰も敵わない」





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