ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】

【7】彼の本当の顔

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「歌姫ソフィア。活躍したのは百年以上前だけど、かなり有名だったみたいだね。簡単に調べることが出来た」

 アーテルが話す。
 大使館では父や兄の目があるからと、大運河の大通りからも一本はずれたカフェにて。ザリアとアーテルはテラス席にて話していた。この兄にソフィアのことを知りたいと頼んだのも、理由を父や兄に話さないといけないため。

 ノクトとダスクがロッシのことをよく思っていないのはわかっている。まして、おとといは令嬢を襲った強盗を追いかけて、数時間行方不明だったうえに、行きとは違う服装で戻ってきたのだから。
 しかも、ロッシと一緒に。

 敵意をむき出しににらみつける兄のダスクをなだめるのは大変だった。ルース大王主催の茶会から帰ってきた父ノクトも、その報告を聞いてとたん不機嫌になるし。
 ブローチを取り返したのはいいけれど、その拍子に運河に落っこちてロッシに助けられました。彼の知人の家のお風呂を借りて、ついでに服を買ってもらいました……とは、嘘はいってない。
 話さなかったことも多いけれど。

 ロッシはその知人の家の名前もすらすらとダスクに話していた。さすがは遊び人? というべきか。おそらく兄や父が確認の人を、その家に寄こしてもしっかり口裏を合わせてくれるように、手配してくれているに違いない。
 で、ノクトからは大陸会議の残り数日の期間、この都市にいる間は外出は控えるようにいわれてしまった。すかさずスノゥが「ダリアはもう大人だ。頑固親父に断らないで出歩いたっていいさ」といってくれたけど。

 ノクトもそれがわかっているのか、それで昨日一日はスノゥにダスク兄、ザリアも伴っての、都市のあちこちの視察となった。家族一緒に出かけるのは仲の良い家族にはよくあることだけど、これはあきちらに父は自分を監視するつもりだ。
 とはいえ、そこに救いの神? 使いに手紙を持たせておいたアーテルが大使館に今朝、現れて「本日のおチビちゃんのお守りは僕がするよ」と連れ出してくれた。おチビちゃんのお守りって……相変わらず口の悪い兄だけど。

 それでちょっと目立たないカフェでのお茶会というわけだ。
 手紙で頼んでおいたことも調べてくれた。ルースの役人の手を患わせるのは悪いと思ったけど、アーテルいわく「あの黒犬の初恋なんて、弱みも握れるかもしれないじゃない。これはルースとしては利益だよ」と面白がりの顔でいった。
 それでソフィアの話だ。

「百年に一人の歌姫っていわれていたみたいだね。そして、この都市の名家のオノレ伯に見初められて後妻となった」

 夫との仲はよかったというが、ロッシのいうとおり二人のあいだには子はなかったというから、これも彼の語った親子に近いような関係だったのだろう。
 兎族は愛し愛された人の子でないと、己の意思で身籠もることは出来ない。
 だから孤児達を彼女は愛したのだろうか? 

「裏通りの聖女って呼ばれていたらしい。この孤児院だけでなく、裏通りで暮らす子供達に援助の手をってね」

 夫を亡くしたあとの彼女は孤児院の運営と子供達の保護に力をつくした。あちこちのサロンや催しに出向きかつての歌声を披露し、その魅力と歌声で徐々に支援者も増えていったと。

「だけどそれが仇となった。ある日、この都市の泉の広場にて彼女が歌声を披露し終えて、子供達の支援を呼びかけた、その直後に暴漢に襲われた」

 ナイフで胸をひと突きにされ、彼女は倒れて還らぬ人となった。

「犯人はならず者崩れの煙突掃除人だった。自分がこき使っていた孤児達が、彼女の孤児院に保護されて仕事を失ったとね」
「完全な逆恨みじゃない」
「そう、それにこれにはきな臭い裏話がある」
「裏話?」

 元歌姫殺害の現行犯として逮捕されたその煙突掃除人は、翌日には投獄された牢屋にて死体で発見されたのだという。

「それって口封じ?」
「ソフィアを殺したのはその煙突掃除人だからね。結局男は謎の獄死。犯行理由はは子供達をとられた恨みってことで処理された」

 なんとも不可解な終わり方だ。それに初恋は破れたとはいえ、彼女を失った当時のロッシの気持ちを思うと胸が痛む。

「そして歌姫が死んだ、その直後にかの黒犬の伊達男が、最年少でこの都市の首領ドゥージェの地位に就くことになる。都市の元老議員達の投票で選ばれるわけだから最年少もすごいけど、それを以後二十年維持し続けているのもすごいけどね。
 さて伊達男の遊び人の陰に隠れて人々が見落としている、彼の“偉業”はなんでしょう?」
「知らない。ここに来るまでは、その黒犬のドゥージェのあだ名しか知ってなかったし」
「まあ、それは僕も同じだよ。だけど、エドゥの筋肉馬鹿は知っていたんだよね。そこは大王陛下というべきかなあ」

 筋肉馬鹿といっておいて、持ち上げてる。この兄の愛情表現は相変わらず意地っ張りだな~と思う。

「彼が三回目の大陸会議に挑んでかけた子供の奴隷売買の禁止条約だよ」
「それって……」

 それは裏通りの子供達の保護を……と訴えたソフィアの意思を継いだことになる。実際、大陸会議の条約によって子供の奴隷売買は“表向き”は禁止となっている。
 表向きというのは大人の奴隷売買は禁止していない国は未だ多いし、犯罪奴隷などを抜け道とした闇取引の横行なども、いいだしたらきりはない。
 奴隷問題というのはどこの国でも、根深い闇の部分ではあるのだ。
 扱ってない商品はないといわれるこの商都ガトラムルが、悪徳の都なんて悪名がついているのも、この闇市場があるからで。

「今回の大陸会議の議題もそれなんだよね」
「え?」
「今度は大人の奴隷売買の禁止。さらには子供の奴隷売買の厳罰化と取締の強化の各国の宣言」
「それ、僕に話していいの?」

 大陸会議の内容は密室にて行われ、最終日の宣言まで発表されない。たとえ、関係者の家族といえども漏らしてはいけない。

「もちろんいけないけど、だけどあの伊達男の周囲がきな臭いから、あまり近づかないほうがいいんじゃないかな? という意味でね」
「どういうこと?」
「ここは悪徳の都だよ。大陸最大の闇奴隷市場がある場所で、子供のみならず大人の奴隷売買まで全面禁止となれば、抜け道も塞がれて完全に非合法化ということになる。当然、裏組織やそれに関わる者達の反発は大きいってこと。
 子供の奴隷売買禁止のときだって、あの伊達男はたびたび命を狙われたって話だ。ご自慢のレイピアの腕前ですべて撃退したって話だけど」
「……そうなんだ」

 「ただの格好付けじゃないってこと」というアーテルの言葉をザリアは彼を思い浮かべながらきいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 「じゃあ、ここでまた落ち合おう」とカフェを出てアーテルと別れた。帰りにはまた大使館に送ってもらう約束をして。そうすれば父やダスク兄は今日は一日アーテルといたのだと思う。
 ザリアが向かったのはあの裏通りの孤児院。途中の露店でこの街の名物である、ボンボローニというクリーム入りの揚げ菓子を、両手でかかえられる袋一杯買った。

 高級なカフェのケーキもいいけど、こういう露店の菓子もおいしい。サンドリゥムの王都でも、主に母のスノゥに連れられての街歩きで、ザリアは庶民の味にもよく親しんでいた。
 孤児院にいくと、子供達はボンボローニだと喜んだ。施設を監督する老夫人に確認して「ちょっと早いおやつの時間にしましょう」とみんなで食べた。マルコも「また、来たのか」なんていいながらも、嬉しそうだった。

 「お歌を歌って」と小さな子にせがまれて、ザリアは歌と踊りを披露した。それは先日耳にした、この都市の成り立ちの神話だ。葦の湿地に覆われた村に迷いこんできた一人の美しい娘は、酋長の息子と恋に落ちる。二人のあいだには男の子が生まれるが、その際に息子は娘が海の女神の娘である白いイルカと知ってしまう。
 真実の姿を知られたからには海に帰らなければならないと、白いイルカは嘆きながら深海へと消える。
 海の女神の血を引き祝福を受けた一族の村は大運河と大きな港を有する、この商都ガトラムルとなった。そしてイルカの鳴き声があんなに甲高いのは、いまも、愛する男と残した子を想って泣いているのだと。

 ザリアが歌い終えるとパンパンと拍手の音がした。みれば食堂の入り口の扉に寄りかかるようにしてたっている伊達男がいた。

「見事な歌と踊りだ。ここが歌劇場でないのが残念だよ」
「いいえ、可愛らしいお客様達がキラキラした目でみてくれたので、僕は十分満足です」

 壁にかけられた時計をチラリとみる。三の時に間に合わせるにはもう出ないといけない。残念がる子供達に手をふって孤児院をでれば「送るよ」とロッシがついてきた。

「表通りで兄が待っているので大丈夫です」
「では、そこまで」

 やっぱり紳士な人だなと思う。
 だが、表通りまであと少しというところで、足を止めた彼は振り返って告げた。

「もう、孤児院には来ないでくれ。私とも関わり合いにならないほうがいい」






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