ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
81 / 213
おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】

【4】恋とは落ちたり、いい匂いがするもの? 

しおりを挟む
   



 サンドリゥム王国とノアツン公国、それぞれの代表として両親が大陸会議に出ているあいだ、ついてきたダスクとザリアとて、なにもせずにぶらぶらしてるわけではない。
 本日はザリアは、各国首脳が伴ってきたご令嬢達とガトラムル市街の観光へと繰り出していた。観光というと遊びのようだが、そこは各国首脳の令嬢達なのだ。立派な社交で外交である。
 とはいえ、ザリアとしてはどうして自分が、その令嬢達に交じっているのか? と多少の不満はある。双子の兄のダスクは、他の令息達とガトラムル自慢の海軍の軍港見学へと行っているのに。

 まあ、あの生真面目な兄がとても令嬢達の華やかなおしゃべりについていけないのは、わかっている。だからザリアが適任だろうと。
 運河沿いの大通りの華やかなウィンドウの商店を見てまわり、あらかじめ予約しておいたカフェの個室へと案内される。昨日のあそこではない。こちらも有名店ではあるけれど、やっぱり各国首脳本人ならともかく、その息女達となるといきなりの予約のねじ込みは難しかったのだろう。
 とはいえ、出された東方渡りのお茶も香り高く、名物だという色とりどりのマカロンに魚の形をしたサブレの焼き菓子は美味しかった。

「ザリア様、このマカロン、とても美味しゅうごさいますね」
「ええ、僕はこのピスタチオとモカのマカロンが気に入りました」
「まあ、わたくしもピスタチオが気に入りました。おそろいですわね」

 「それは奇遇ですね」とにこやかに微笑みながら、頭の上の獣の耳にリボンに花で飾られたボンネットをかぶり、外出用のドレスで着飾った令嬢達を見て、彼女達のほうこそ色とりどりのマカロンのお菓子みたいだな……と思う。
 もっと小さな子どもの頃はお爺さまに「大きくなったら可愛らしいお嫁さをもらうんだ」と言っていた。
 その考えはつい最近まで変わることはなかった。自分は兎族の男子だけど、お嫁さんをもらって、カルマンの兄様みたいに、いつか伯爵領を継いでと……。

 それが揺らぎ始めたのはいつからだろう? 
 ふわふわの女の子達は可愛いし、綺麗だと思うけど、それだけだ。
 彼女達に自分は恋をしない。

 では、恋とはなんだろう? と兄のアーテルに訊いたら「突然、穴に落っこちて、気がついたら太い腕に囲まれて出られなくなってるものだよ」ちょっと恐ろしい答えが返ってきた。
 カルマン兄に訊いたら「こいつだと思うんだ! それからいい匂いがする! そういう奴に出会ったら、絶対に逃がさずにとっ捕まえろ!」と野生のボアを狩るみたいなことを言われた。
 やっぱり参考にならないので、最後にスノゥお母様に訊いた。」
 書斎にて銀縁眼鏡をはずした母は、少し考えて口を開く。

「さてな、どんな気持ちなのか俺にもわからん」
「え? お父様とお母様は大恋愛の末に結ばれたって、みんないっているけど」
「勇者と四英傑の運命の出会いと恋か? 伝説なんてのは人が勝手に夢見て飾りたてるものさ」
「え? じゃあ、お母様はお父様を好きじゃ……」
「いや、あいつを愛してなきゃ、お前達は生まれてないだろう。俺達はそういう種族だ」

 兎族は愛し愛されている人の子を自分の意思で身籠もるのだと。しかも、それは雄であるお前もそう出来るのだと、母に教えられなくても自然に知っていた。
 それはいつも寄り添う合う父と母を見てきたからだ。彼らから生まれた子供達はみんな、父と母のような、自分達が育った温かな家族を作りたいと未来を夢見る。

 それはザリアも一緒だ。
 だから可愛いお嫁さんをもらって……とザリアは考えていたのだ。なのに……。
 女の子達はふわふわして可愛いけど、でも、やっぱりアーテル兄のいうような、“穴におっこちる”感覚もカルマン兄の“良い匂いがして絶対逃がさない! ”なんて子に出会ったことはない。

「まあ、惚れた腫れたなんてもんは、そのときすぐにわかる奴もいれば、俺みたいに“いつのまにか”って奴もいる。ザリアもそうなのかもな」
「いつのまにか? でも、お母様は気付いたの?」
「ああ、あの男をどうしようもなく愛しているってな」

 穏やかな微笑を浮かべた母は、いつも通り、いやいつも以上に綺麗に見えた。



 ザリアもいつか、落とし穴に落っこちたり、どうしても逃がしたくない人に出会えるのだろうか? 



「ザリア様と黒犬のドーチェとのダンス、素敵でしたわ」

 いきなり出た名前に、回想から引き戻されたザリアはドキリとした。

「え? ロ……ドーチェ・ガルゼッリとのダンスのこと?」

 ロッシと呼ばそうになって言い直す。この名前はたぶん、秘密の名前なんだろうから。アーテルに呼ばせなかったように、ザリアも秘密にしておきたい。
 丸い小卓を挟んで向こうの狐耳の令嬢は「ええ」とうっとり頬を染めて。

「お二人ともダンスがとてもお上手で、まるで黒鳥と薔薇色の白鳥が湖面を滑っているようで」
「それをいうならば、グロースター大公ご夫妻もいつもながらお見事でしたわね。それとルースの大王様ご夫妻も」

 スノゥはもちろんのことだが、ノクトもさすが勇者というべきか、そこは隙はまったくなく、舞踏会において踊る二人は、どこにおいてもたしかに華だ。
 ルース大王エドゥアルドに関しては、アーテル兄が“猛特訓”したという話を聞いている。

「僕の足を踏んづけることがないのは偉いし、ステップだって間違えてないけどさ。あれじゃ軍隊の行進だって、いつもいってるのになかなか治らないの。勇猛なのはいいけど、優雅さがない!」

 との酷評? にもめげずに、ザリアが見たときには二人のダンスは息が合った素敵なものだったから、あの大王様は大変努力なされたんだろうと思う。

「黒犬のドーチェ。伊達男の遊び人って噂ですけど、素敵ですわね」

 そんな風にいったのは、ザリアと同じぐらいの年頃なのに、ちょっと色っぽい雰囲気の鹿耳の令嬢だ。それに「あら」と狐耳の令嬢が返す。

「ああいう方がお好みなのですの?」
「好みというか、ちょっと危険な大人な男って憬れません?」
「たしかに遠くから眺めている分にはご立派な紳士ですけど、お近づきになるのはちょっと怖いですわね」

 垂れた犬耳の令嬢がそういうと「婚約者がおられるかたは真面目ね」と狐耳の令嬢が返す。鹿耳の令嬢はザリアを見て。

「ザリア様はどう思われます? ダンスのときどんな会話をなされたんですの?」
「初めて見たこの都市のことなど色々。大運河から港の眺めはすばらしいとお話したら、ゴンドラに乗って街並みを見るのも楽しいですよと、お勧めされました」

 本当はすでにあの伊達男と二人でゴンドラに乗りましたとか、昨日はケーキをごちそうしてもらいました……なんていえない。
 これについては帰りの馬車でアーテルにもクギを刺されている。

「あの黒犬のドーチェがわざわざあの店に“内緒”で連れていってくれたんだから、誰かに話さないようにね」
「話すつもりはないけど、話してはいけないの?」
「あんな評判の遊び人と“嫁入り前”のサンドリゥム王国の公子が、二人でカフェにいました……なんて、この大陸会議で王侯貴族がそろうなか、格好の噂話のネタだよ。あることないこといわれるのはわかっている」

 「だから、あの“紳士”は自分の顔が利いて、誰にも会わないではいれるあの店を選んだんだろうけどさ。そういうのホント、遊び人の心配りって感じで、憎らしいよね」とアーテルは続ける。
 “嫁入り前”って言葉も気になったが「お兄様だっていたじゃない」とザリアは返す。

「だから僕は万が一の付き添いだよ。これが本当に噂話になったら、あの場にも僕がいましたっていえば、それで噂はおしまいだからね」

 たんに面白がりでついてきたわけではなかったのかと、兄の気遣いに感謝したけど。

「でも、僕は“嫁入り前”じゃなくて“カワイイお嫁さん”をもらうんだからね」
「はいはい、あんな男に『ぷぅ』したうえに、おチビちゃん以上にカワイイ子が見つかったならね」

 だからなんで「ぷぅ」で、お爺さまと同じことをいうのだろうと思った。



「それでダンスの間にドーチェにまさか口説かれた……なんてことはありませんわね?」

 狐耳の令嬢がわくわくした顔で訊く。本当この年頃の女の子たちは恋の話が好きだ。
 そしてザリアは慌てたりしない。あの年上の伊達男相手に、おチビちゃんといわれてむくれたり、あの眼差しに赤面したりするのは、彼がいつも大人の余裕ぶってるからだ……と思いたい。
 ザリアだってこんな社交界の戯れ言の話のかわし方の、一つや二つ、知ってなければおませなご令嬢のお相手なんて出来ないのだ。

「同じ大広間でお父様とお母様が踊っているのに? お父様の頭のうえの尖ったお耳はつねに、こちらに向いてましたよ」

 令嬢達は一斉に吹き出して「伝説の勇者様には誰も敵いませんわね」「怖いお父様だこと」なんて言われた。






しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。