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おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】

【3】人妻の兄のいうことにゃ

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 深緑のお仕着せのジュストコールにくるくるの白い鬘という、前時代的なふん装の従僕フットマンが先触れとしてやってきたあとに、ドージェ・ガルゼッリ……ロッシを乗せた馬車が、大使館にやってきた。

 二頭立ての黒馬が引く艶やかな黒塗りの馬車にいぶし銀の装飾と、一見地味でありながらひと目を引く趣味のよいもの。
 二階のサロンの窓から車寄せへとやってくる馬車と、そこから現れた黒犬のあだ名の元となった、黒づくめの姿の男を見て、兄のアーテルが「さすが伊達男、今日も決まってるね」といった。

「本当のお洒落は引き算なんだって、マダム・バイオレットもいっていたしね」

 「引き算?」とザリアが首をかしげれば。「紳士のお洒落はとくにそうらしいよ」と兄は続けて。

「一見地味、ちょっと控えめ、だけど目立つのが伊達男なんだってさ。あの黒馬の馬車もそうじゃない? 黒にいぶし銀の飾りって地味なようで存在感がある。さらにはあの黒づくめの姿もね。とびきり上等で光沢のある布地に袖や衿元の折り返しも黒のレースが飾ってある。さらには翻る上着の裾まで見せることを意識して、そちらも黒地に光の加減で模様が浮かび上がる裏地を使ってる」

 とアーテルは馬車から降り立った男を評価する。ザリアも兄の言葉を受けて、あの真っ黒な姿なのになんかかっこよく見えるのは、そのせいなんだ……と感心してしまう。翻る上着の裏地まで計算してるなんて。

「あれも一見みたらわからないけど、よく見たら趣味がよく手間も金もかかっているってわかる。ほんと憎らしいぐらいの伊達男だね」

 そして兄はザリアを見ていう。

「そんなワルい伊達男に、うちの可愛いおチビちゃんが騙されないように、お兄様がしっかり“監視”してあげよう」

 「騙されません!」とザリアはふくれっ面をしたけれど。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そして、案内されたのは大運河沿いの大通り、この商都どころか、大陸中に名をとどろかせる有名な料理店だ。王侯貴族だって一年先は予約がとれないといわれているほど。
 そこに併設されたカフェだって、高位貴族もどんな金持ちブルジョアも、前もっての予約もなくひょいと入れるものではない。

 だけど店の“裏”の車寄せに黒塗りのロッシの馬車が止まれば、店から支配人自らが出てきた。そして彼の「空いてるかな?」のひと言で、ザリアとアーテル達、三人は表の昼間のドレスで着飾った婦人達や紳士達でごった返す店内を通ることなく“裏の通路”を抜けて、二階の個室へと通された。

「へえ、さすが黒犬の伊達男、こんな誰とも顔を合わせことなく、秘密の恋人との逢瀬を重ねられる場所をいくつも持っているの?」

 細い通路を案内される間、アーテルが前を行くロッシに声をかける。“秘密の恋人”という言葉にザリアの胸は、ちょっとざわついた。

「残念ながら秘密話をする相手は、あなたのようなお美しい方でも、弟さんのような可愛い子ではないよ。いかめしい顔をした男ばかりでね」

 “可愛い”といわれ金の瞳でちらりとみられてザリアはほんのり頬を染めた。通路が薄暗くてよかったと思う。

「美女に睦言をささやくより、あなたと同じ髭のおじさん達と密談に悪だくみ? 伊達男の生活は意外とつまんないね」
「国主の生活なんてそんなものですよ。お父様であるグロースター宰相閣下も、それにあなたの旦那様である大王陛下もそうでしょう?」
「父様は母様一筋の堅物だし、エドゥの頭の中には筋肉が詰まっているから、遊び人のあなたとは比べられないな」
「遊び人とはひどいですな。いま、いったとおり私もこれでもドージェとしては忙しく働いているのですよ」
「昼間はでしょ? 真夜中は? たしかにドージェの寝台の中こそ秘密の場所だよね? 毎夜、お相手は変わったりして」

 “真夜中”“寝台”なんて大人の会話にザリアはそれだけでドキドキした。普段は気さくで話しやすいアーテル兄も、このときはルースの大王配というか、人妻? の妖艶? な顔に見えた。
 くるりと振り返ったロッシは、その酷薄そうな薄い唇にひとさし指をあてていった。

「それは紳士として口外せぬのが嗜みというものでしょう?」

 「結局秘密主義、つまらないの」という兄の声を胸のざわめきとともに聞いた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 案内されたのは大運河を望む、景色のよいバルコニーがある個室。そのバルコニーにて、ザリアとアーテルは商都ガトラムルで一番だというケーキをいただいた。薔薇色マカロンのケーキは確かに美味しくて、お話も弾んだ。
 それでザリアはロッシのことを“お爺さん”だと思っていたと口にしたのだ。さすがの伊達男もこれには絶句していた。横でアーテルがくすくすと「伊達男も形無しだね」と笑い。

「若い子にモテたかったら、そのお髭は剃らなきゃ」
「可愛い子の“お願い”はききたいのは山々だけどね」

 切れ長、金色の瞳がこちらを見る度に、心臓がドキンとするのは、なんだか段々悔しくなってきて、ザリアがにらみ返したら、くすりと笑われた。笑ったな! 

「しかし、苦労して整えたこの髭を剃れば、今度はそれこそ、おチビちゃんがいう“本当のおじいさん”に若造めと馬鹿にされる」
「僕は“おチビちゃん”じゃありません。ザリアって名前があるって名乗らなかった? ロッシ」

 むうっとして返せば「ロッシ?」とアーテルが聞き返す。それにザリアは。

「初めて会ったときにこの“お爺様”はロッシって名乗ったの」
「お爺様はひどいな、せめておじ様といってくれないかな?」
「ねぇ、僕も“ロッシ”って呼んでいいかな?」

 アーテルが聞くのにザリアはぴくりと肩を揺らした、それはなんか……。

「お兄さんも私のことをそう呼んでいいのかな?」
「それはダメ」

 自分のことなのにロッシはなぜかザリアに聞いてきて、反射的に答えていた。

「だ、そうですよ」
「ザリアがダメなら仕方ないね。たしかに僕にとっては、黒犬のドージェ、ガルゼッリのほうがあなたに合ってると思うね」

 そうだこの人はガルゼッリで、あのときになぜ自分にはロッシと名乗ったのか? ザリアが疑問に思って訊こうとするまえに、アーテルが「僕からも質問」と口を開いた。

「なんで、いつも黒づくめ?」
「喪服ですよ」

 さらりとした答えだが、聞いた二人の兎達は息を呑んだ。黒犬の伊達男は続けて。

「私の母ですが……」
「お亡くなりに?」

 思わずザリアは聞いてしまった。でも、逆に聞いてはいけないことだったかもしれないと、口に出してしまったことを後悔した。

「いえ、今でもピンピンしております」

 「「は?」」と兎達二人は声をそろえた。

「ひどい、からかったんだ!」

 ザリアは思わず「ぷぅっ!」と鼻を鳴らした。目の前の男もその黄金の瞳を見開いたけれど、横にいた兄もちょっと驚いて、自分を見たことに気付かず。

「そういう悪い冗談はよくないと思う」
「ゴメンね、おチビちゃん。別のケーキはいかがかな?」

 たしかに薔薇色マカロンのケーキは食べてしまっていた。もう一つぐらい余裕ではいるので「おチビちゃんではないけど、いただきます」と答えた。
 今度のケーキは欲望アンヴィなんてちょっと怖い名前がついていた。見た目はベリーがこんもりと飾られた可愛らしいもの。食べるとカシスのスポンジにバニラとスミレの風味のクリームと、たしかに食べ出したら止まらない、まさしく欲望のケーキだ。

「で、黒づくめの本当の意味は?」

 アーテルが選んだのは漆黒のショコラのケーキ、こちらも悪魔のささやきなんて、怖い名前がついているけど。あとで「半分こしよう」と言われて、交換して食べたら本当に悪魔の誘惑の声が聞こえてきそうなおいしさだった。

「だから喪服ですよ。失った恋のね」
「うわ~伊達男らしいお言葉」
「もう、そろそろ脱いでも良い時期かもしれませんがね」

 微笑した男の顔はどこかもの悲しげで気になった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「あんな“ワルい男”に『ぷうっ! 』って鳴いちゃんうんだ」
「え?」

 帰りの馬車は所用がある……とかでロッシは抜けて、アーテルと二人きり。「可愛らしい兎の姫様たち二人を、しっかりエスコートできない騎士で申し訳ない」なんて、お別れの言葉まで本当にキザだったけど。
 で、その馬車のなかでアーテルがいきなりいったのだ。

「僕はお父様やお兄様たちにだって怒るよ」
「おチビちゃんの『ぷぅ』には、うちの狼たちは弱いからねぇ。でも黒犬の伊達男相手に使うのは、ちょっとさ“危険”じゃないかな?」

 ザリアがわからず首をかしげるとアーテルは「無自覚かぁ」とまたわからないことをいう。

「あの男は遊び人の伊達男だよ」
「そんなの知ってる」

 みんながそういう。そしてザリアよりずっと大人の男で、自分のことを“おチビちゃん”とからかう。

「そんでもって、この商都ガトラムルの首領ドーチェだ。あのお髭だって単なるお洒落じゃない。あの人がドーチェになったのは二十歳そこそこだっったから言葉通り“若造”と馬鹿にされることだってあったんだろう。
 それでお髭でわざと老けた風を装っているんだろうな。もっとも、そんな髭だけでこの“悪徳の都”のドーチェを二十年近くも続けられないよ」

 あのお髭にはそんな意味があったのかとザリアは感心してしまう。ロッシとロッシの髭の意味にしっかり気付いたアーテルの両方に。面白がりの兄だけど、やっぱりルースの大王配だけのことはある。

「で、お兄様からの忠告だけど、あんな男を好きになっちゃいけないよ。おチビちゃんには手に負えない」
「…………」

 一瞬いわれた意味がわからなかった。誰が誰を好き? 
 自分がロッシを……? 
 そう気付いたらかあああっと頬が熱くなった。どころか立った短いお耳の内側まで真っ赤だろう。

「あ、あんな、お爺様なんて、好きになりません!」
「絶対に好きにならないって? そういうのほど不安なんだよなあ」

 「僕もそうだったし……」と兄は謎の言葉でさらにボヤいた。






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