ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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おチビちゃんは悪いおじ様と恋をしたい!【ザリア編】

【2】黒犬のドゥーチェ

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「一曲お相手願いますか?」

 挨拶が終わり、軽やかなワルツが流れ出すなか、こちらにやってきたガルゼッリ……いやザリアにとってはロッシだ。彼は胸に手をあてて優雅に腰を降り、ダンスを申し込んできた。
 後ろになでつけた黒い艶やかな頭をあげて、ザリアの両わき立つ、父のノクトと兄ダスクを見る。狼たちの無言の圧にも、黒犬のドゥーチェ首領はたじろぐことなく、口許に涼やかな微笑さえ浮かべる。

「グロースター家の大切な“宝”を一曲だけお借りしても?」

 そう父に“お伺い”をたてたロッシにザリアはむうっとする。

「僕はもう騎士の叙任も十八の成人の儀もすませた“大人”です。ダンスのお相手ぐらい、父様に選んでもらわなくてもお受けできます」
「では、あらためて私と一曲踊っていただけませんか?」

 差し出された手にザリアはその手を重ねる。それにノクトがなにか口を開きかけたが、そこに母スノゥが「たしかにダリアはもう、自分のダンスの相手ぐらい決められるな」との言葉に黙りこんだ。過保護な父ノクトだが母には弱い。そして過保護が行き過ぎる父や兄をたしなめて、こうやって時々助け船を出してくれる。
 ザリアは、母が難しい顔の父を誘って同じく踊り出すのを視界の端でちらりと確認して、目の前の男を真っ直ぐ見る。

「兎族のステップはちょって激しいですから、ご注意を。そちらが足さばきを間違って、そのピカピカの革靴をヒールで踏んづけられたくなければ」

 実際おチビちゃんだからではなく、ザリアの赤い靴にはそれなりのかかとがついていた。これは母スノゥの白い靴も同様だけど。ちなみに父ノクトは一度だって踏まれたことはない。

「これはこれはとんだお転婆さんだ。ではこの靴に可愛らしい“記念の足跡”をつけてもらうかな?」

 余裕で微笑する男にザリアはまたまた唇をとがらせた。その上に男の足さばきは滑るように軽やかで、とても踏んづけられそうにもない。手を取られて一歩踏み出しただけで相手の力量はわかるというものだ。歌い踊ることは兎族の本能のようなものだから。

「そんなふくれっ面しないで、おチビちゃん。ワルツは楽しく踊るものだよ。不機嫌にしたお詫びの印にこの商都一番のケーキをごちそうしよう」
「甘いお菓子をあげるっていわれても、ついて行ってはいけませんって、お父様とお兄様に教わりました」

 またおチビちゃんっていったと、ならと幼い頃に父や兄やお爺様にしつこくいわれた言葉を返せば目の前の伊達男はぷっと吹き出した。

「では私は悪い人さらいかな? 昼間は君を助けたのに?」

 それでザリアは思い出す。この人に助けられたのだと。

「昼間はありがとうございます」

 お礼もいってなかったとそれでむくれていた自分が恥ずかしい。あともう一つ。

「この事は父や兄に内緒にしてくれますか?」

 こっそりとささやく。くるりとターンをするロッシのそのリードも軽やかに。

「たしかにそれがわかったら、君の父君と兄君は大変に心配して、公子殿下は大使館に閉じこめられそうだね」
「ど、どうしてそれを……」

 思わずいってからザリアはしまったと思う。これでは口止めをする理由がバレバレだ。男はくすくすと笑い。

「大丈夫、黙っているよ」
「本当に?」
「私のほうこそ君に口止めするつもりだったからね」
「え?」
「私があの場所にいたことは黙っていて欲しい。もっとも、君もあそこにいたことは内緒にしてもらいたいようだから、おあいこだね」
「……それで僕をダンスに誘ったんですね」

 ザリアはちょっと、いやだいぶ落胆した。この伊達男が自分を誘ったのは、この口止めのため……と。

「わかりました。いいません。ケーキもいいです」
「おや、そちらは別だよ。可愛い子を不機嫌にさせてしまった紳士にあるまじき行為のわびに、私が誘ったのだからね。

 それにこの商都一番の薔薇色マカロンのケーキを食べたくないのかい?」

「食べたい!」

 とたん、ぱあっと花開く笑顔で答えていたザリアだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 夜会が終わり、夜遅くに大使館へと帰って、そのままお休みをして……朝になっても父との兄は不機嫌なままだった。
 いや、朝食の席でザリアがロッシのことを訊ねたからだけど。

「黒犬のドージェの二つ名のとおり、あれは犬族の純血種でレイピアの達人としても有名だな。遊び人の伊達男と噂だが、移り変わりの激しいこの商都で二十年近く続けて都市の長である首領を務めているのだから並の男じゃない」

 眉間に皺を寄せている父の代わりに答えたのは、母のスノゥだ。母は夫が宰相を務めるグロースター大公配としても、また自身もノアツン大公として小国であっても、国主の一人だ。各国首脳に関しての知識はあって当然だ。

「さらにいうなら、俺達が初めての大陸会議に出た頃。たしか首領になったばかりだったろう。二十歳の若さであの座についたってことで、ずいぶんと話題になっていた」

 「ダスクとザリアは翌年にうまれたんだよ」というスノウの言葉に「え? ということは父上よりずいぶんお若いのですか?」とダスクが驚き訊ねる。

「計算すりゃ、三十九ってことになるな。ただいま五十六歳のノクト父さんよりはずいぶんと若い」

 とはいえノクトは三百歳の寿命を誇る純血種だから、百五十年の寿命の貴族と比べても年の取り方はずいぶんと違う。いまだ二十代後半が三十代前半の若々しさを誇っている。
 もっというならその父より十五も年上のはずの母は、二十歳前後の儚げな青年の容姿なのだが。これは兎族の容姿は二十歳前後で成長が止まり、以後色あせることのない特性からだ。

「お父様より、もっとお歳を召しているかと思いました」

 これはジョーヌの正直な感想だ。初めて会ったときから、彼は自分よりずっと大人の男に見えた。
 それが父ノクトより遥かに年下ときいて、ちょっと身近に感じてきた。
 とはいえ二人のあいだには二十年近くの歳月が隔たっているのだけど。

「それをあの黒犬の伊達男にいってみろ。結構に落ち込むと思うがな」

 「まあ、あの口ひげのせいだろう。髭を落とせば結構に若々しい顔になると思うぞ」とスノゥがくすくすと笑う。彼とてもかつては無精髭で顔の半分をおおって、自分も老けてみせさせていた過去がある。子供達は髭を剃ったつるりとした顔の母しか知らないが。

「じゃあ、今日、お会いしたらいってみます」

 そうザリアは返した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇む



「……だから、そのお髭のせいで僕はあなたをずいぶんな“お爺さん”だと思ったんです。そのお髭、剃ったお顔をみせていただけませんか?」

 有名カフェの二階。貴族やブルジョアしか利用出来ない個室から続くバルコニー席にて、ザリアはショコラ色の丸いテープルを挟んだ向こうの男に告げた。
 カップを傾けようとしたロッシの手がピタリと止まる。それにザリアの横に座る人物が、思わず吹き出す。

「さすがの伊達男も、若い子に“おじいさん”といわれちゃったら形無しだね」

 黒兎の兄がケラケラと笑い「ルース大王配殿下、お手柔らかに」とロッシが苦笑する。
 なぜここに兄のアーテルがいるかというと。
 彼もまた夫のルース大王エドゥアルドともに大陸会議に出席しているからだ。昨日の夜会の場にも当然いて、夫と踊りながらザリア達を面白そうに見ていたのだが、ザリアは知らない。
 で、本日はこの都一番のケーキをごちそうしてくれるというロッシの誘いに「行く」「行かせない」と揉めているザリアとノクト、ダスク達と苦笑してそろそろ助け船を出そうとしているスノゥ。その大使館のサロンに、ひょっこりとこの兄がやってきて。

「ドージェが案内してくれる、この都の一番のケーキなんて僕も興味ある。僕と一緒ならいいでしょ?」

 そんなわけでこの兄がくっついてきたのだ。
 ザリアを助けるためではなく、絶対面白がるためだ。





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