75 / 213
俺のかわいい年上兎の垂れたお耳には羽が生えている【カルマン×ブリー編】
若きカルマンの悩み~年上の婚約者が『赤ちゃんはどこから来るの? 』と訊ねてくるんだが……~
しおりを挟むカルマンは十八になった。
いよいよ念願の年上の婚約者との結婚だ!
その可愛い垂れ耳の茶兎、ブリーの背丈は十五のときにとっくに追い越した。
キスするときに、ぎゅっと固く目をつぶるクセは相変わらずで、やはり可愛い。
ブリーは可愛い。
頭がお空に飛んでいっても可愛い。俺が引き戻せばいいんだから。
だけど。
「なあ、母上。ブリーの奴、赤ん坊はキャベツ畑から採れると信じているんだが、どうしたらいい?」
大公邸の図書室の横、母スノゥの書斎にてカルマンは訊ねた。
「…………」
スノゥはその銀縁眼鏡越しの赤い瞳を大きく見開いて少し固まった。毎日眺めているし見慣れているはずなのに、母は綺麗だな~とカルマンは思う。ブリーは可愛いが、母は儚げ美人だ。中身は正反対だけど。
「そのブリーは博識だったはずだが?」
「ああ、知らないことはないな。今も俺のわかんない遠い空の数式計算しながら、分厚い本読んでいるし」
「それでどうして、赤ん坊の作り方を知らない?」
「魚とか鳥とか四つ足の獣がどうやって生まれてくるかは知ってる。花のおしべと雌しべも知ってる。俺が訊ねたらカタツムリの交尾について教えてくれたぜ」
「……カタツムリ?」
「あれはオスメス一緒の身体をしていて、互いに子胤を交換して孕むんだとよ」
「訳わかんねーぜ」と続けるカルマンに、スノゥはあご下で手を組んで机に膝をついて、深く考えている様子で。
「……ならばどうして人の赤ん坊がキャベツ畑で採れると思うんだ?」
「動物と人間は別だってブリーは思っているのさ。人間の子供は神々が授けてくれるって。
ブリーのいうことにゃ、仲の良い夫婦に神々が相談してコウノトリに赤ん坊を託して、キャベツ畑に隠すんだと。そんで、夫婦の夢にお告げがあって……」
という幼い頃に母から聞いた話を、ブリーは真剣に信じているという。
「それで、俺にどうして欲しいんだ?」
「俺達もうじき結婚だろう? ブリーの閨教育を……」
「俺に頼みたいと? 夫であるお前が教えればいいだろう?」
「……だってブリーの奴。『結婚したらすぐに神様達が、私達の赤ちゃんを授けてくださいますね』って、可愛い笑顔でいうんだぜ。それで俺は毎回……」
「そんな可愛い年上の番に真実を告げられずに終わるのか?」
「うん……」
「ヘタレめ!」とスノゥが告げればカルマンは赤いくせ毛をぐしやぐしゃとかき回して「わかっているけどよぉ」とまったく情けない声をあげる。いつもは凜々しくぴんと立っている、三角の耳も尻尾もしおしおしなだれているのは、常に元気なこの狼にしては珍しい。
「だって、ブリーの奴が可愛くて、俺のヘタクソな説明で泣かせたら……と思うと」
「まったく、うちの雄共はどうしてこう揃いも揃って、自分の番に甘いのやら」
スノゥがふう……とため息をつく。これには当然、己の夫のノクトに、アーテルの夫である黒虎エドゥアルドも、そして目の前のカルマンが含まれる。
ジョーヌの婚約者のエリック王太子殿下? 「あの方はあれで意外にしっかりしている」というのがスノゥの評価だ。
もちろん一番のヘタレは誰か? って「あのダメ勇者に決まっているだろう」というのが、これまた強き母の言葉である。まあ、そこに愛情はたっぷりあるからいいのだ。
「わかった。俺が教えればいいんだな? ブリーが泣いても文句を言うなよ?」
「ありがとう母上! だけどブリーをなるべく泣かせないでくれよ!」
「難しい注文をつけるな」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
スノゥはその数日後にブリーを大公邸に招いて、彼がくつろげるだろうとあえて図書室の小卓にて、お茶と菓子を摘まみながら“真実”を話した。
ブリーは最初きょとんとしていた。カルマンが十八で、この垂れ耳の茶兎は三十三なのだが、とてもそうは見えない。カルマンと同じ歳といって通じる容姿だ。
そう兎族は純血種の三百歳ほどではないが、二百歳の寿命をほこるうえに、二十歳前後で成長が止まり、あとは年老いることがないという特徴をもつ。
とはいえ、それを差し引いても、この茶兎は大変世間知らずであどけないのだが。
カルマン曰く「ブリーの頭にあるのは常に空の数式が半分と、あとの半分は俺のことだからな」となぜか胸を張っていっていたのをスノゥは思い出す。「あいつをお空からひっぱり戻すのが俺の役目だ」とも。
「では……赤ちゃんはキャベツ畑からは……」
「採れない。人間も他の生き物と一緒だ。母親の腹から生まれくる。カルマンも俺の腹から出てきた」
「…………」
こんなことは遠回しにいっても仕方ないので、スノゥはそのものズバリ「動物も人間も“交尾”によって子をなす」とブリーに告げたのだ。妙ないい方をしては、このとんでもなく頭が良いのに、だからこそ思考がお空の彼方にいっちゃう茶兎に誤解させないために。
「そうですか、人間もカタツムリ……と同じ……」
「いやカタツムリは違う。カルマンが話してくれたが、あれはオスメスがひとつの身体にあるのだろう?」
「ええですから、ブリーもカルマン様と精子を交換するのか? と……」
とうとう、ぴるぴる震えだしたたれ耳の兎にスノゥは静かに怯えさせないように「違う」と告げた。
「カルマンが孕むことはない。あれは狼の雄だからな。しかし、兎の雄は雌のように孕むことが出来る。だからお前がお母さんになるんだ」
「わ、私がお母さん……」
静かにうなずくスノゥに、ぴるぴるとうるうるが最高潮に達したブリーが「あ、あの」と口を開いた。
「わ、私は踊れません」
「はい?」
「大公家の純血種の皆様のように見事な歌や踊りなどとてもとても、普通の兎族でも歌舞音曲に優れるというのに、なぜかろくな踊りひとつ……」
「…………」
まあそれはスノゥも知っている。別に戦う必要はないが、いつも本を読んで家に閉じこもりのきりの生活では体力が付かなかろうと、軽い運動になる踊りをこの兎に教えようとしたのだ。
ごくごく簡単なステップなのに何度も足をもつれさせて転びかけて、そのたびにどこで見ていたのかカルマンがすっ飛んできて支えていた。
スノゥもついには教えるのはあきらめて、庭の散歩を日課とするように……と告げたのだった。さすがになにもないところでスッ転ぶほど、どんくさくはないだろうと。
あとでカルマンが「あいつは頭がお空にいってるとなにもないところでも転ぶぜ」といっていたから、少し不安にはなったが。
「どうして歌と踊りが必要なるんだ?」
「“交尾”の前の求愛行動には必要かと。ああ、でも自然界によくある場合は、雄のほうが雌にむかってするので、この場合カルマン様が……でしょうか? で、でもカルマン様の求愛に応えて私も踊らないと、だけど私は足がもつれて声がひっくり返る未来しか見えません」
「……そりゃまあ、ベッドの上でダンスみたいなことはするけどな」
スノゥはちょっと遠い目になった。彼の脳裏には、新婚のベッドでパタパタ不格好に踊るカルマンと、それをぴるぴるうるうるの瞳で見ているブリーが浮かんだ。
「や、やっぱり踊らなきゃダメですか?」と涙目のブリーをスノゥはじっと見て「カルマン」と呼んだ。
「母上! ブリーがどうかしましたか?」
やはりどこかに隠れていたのか、カルマンはすぐにすっ飛んできた。まったく、うちの狼どもは番にベタ甘だ。それは自分の夫のあの馬鹿勇者も例外ではないか? とスノゥは目を座らせる。
「お前の可愛い兎さんの話を聞いてやれ」
そこでぴるぴるうるうるの兎さんの、なぜか鳥類における求愛のダンスとやらの種類の“講義”? を、カルマンは我慢強く聞いていた。
いつも感心するのは、この気の短い赤毛の狼が自分の大切な茶兎には、大変な忍耐力をみせることだ。
このときも長々と求愛のダンスの話のうえにブリーは「わ、私もする必要があるでしょうか?」と訊ねた。うん、やはりこの兎さんの頭はお空の彼方に時々飛ぶ。
「ブリー!」
カルマンは自分より背が低くなった、茶兎の肩をがっしり両手で掴んだ。
「はい!」
「お前は歌う必要も踊る必要もない。結婚したら、俺にすべて任せておけばいい!」
「はい! ブリーはカルマン様を信じています!」
「…………」
スノゥはそのカルマンの“力技”? のやりとりを無言で見て、内心で「だったら、お前が最初から可愛い年上の将来の幼妻? に言い聞かせておけよ」と思ったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
しかし、その数日後。大公邸、同じ図書室にて……なぜかスノゥはブリーと対峙していた。
初めからぴるぴるでうるうるしていた兎さんは、スノゥに尋ねたのだ。
「あ、あの兎族の出産では、お腹がはじけて赤ちゃんが生まれてくるというのは、本当でしょうか?」
「はぁ?」
どうやらカルマンがブリーにダスクとザリアの二人が生まれた時のことを話したらしい。
産気付いたスノゥを横抱きにしたノクトが「スノゥの腹が破裂する!」と叫んだことを。
あの男が原因か? とスノゥはすん……とした顔になった。そして、目の前にはうるうるぴるぴるの、可愛い将来の息子の嫁がいる。
「ブリー、安心しろ。出産で腹が裂けることはない。俺は六人産んでいるが、そのたびに破裂していては、いくら命があっても足りない」
「そ、そうですよね……」
「まあ、腹が裂けるかと思うぐらい、痛いけどな」
「い、痛いのですか?」
「ああ、死ぬほど痛い」
「し、死ぬほど……四英傑のスノゥ様が死ぬほど……」
ぴるぴる震えるブリーにスノゥはまた静かに告げた。
「大丈夫だ。お産のときはカルマンの腕にしがみついて、思いきりぴるぴるしてぎゃあぎゃあ泣いてやるといい。そうすれば、そのうち産まれている」
「そ、そうなのですか?」
そうだ、夫になるあの馬鹿息子が責任をとればいいと、スノゥは深々とうなずいた。
その夜、我が家に帰ってきたグロースター大公は、番の白兎の原因不明の不機嫌な「ぷぅ!」の連発に、首をかしげることになったとか。
75
作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
【同一作者の作品】
『チンチラおじさん転生~ゲージと回し車は持参してきた!~』
ハズレ勇者のモップ頭王子×チンチラに異世界転生しちゃった英国紳士風おじさま。
『みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される』
銀獅子と呼ばれる美しい帝王×ハレムに閉じこめられた醜いあひるの子の凶王
【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
【完結】どうも魔法少女(おじさん)です。
【完結】断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
【同一作者の作品】
『チンチラおじさん転生~ゲージと回し車は持参してきた!~』
ハズレ勇者のモップ頭王子×チンチラに異世界転生しちゃった英国紳士風おじさま。
『みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される』
銀獅子と呼ばれる美しい帝王×ハレムに閉じこめられた醜いあひるの子の凶王
【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
【完結】どうも魔法少女(おじさん)です。
【完結】断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
お気に入りに追加
2,818
あなたにおすすめの小説
推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!
華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
子を成せ
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。
「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」
リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。