ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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俺のかわいい年上兎の垂れたお耳には羽が生えている【カルマン×ブリー編】

若きカルマンの悩み~年上の婚約者が『赤ちゃんはどこから来るの? 』と訊ねてくるんだが……~

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 カルマンは十八になった。
 いよいよ念願の年上の婚約者との結婚だ! 

 その可愛い垂れ耳の茶兎、ブリーの背丈は十五のときにとっくに追い越した。
 キスするときに、ぎゅっと固く目をつぶるクセは相変わらずで、やはり可愛い。
 ブリーは可愛い。
 頭がお空に飛んでいっても可愛い。俺が引き戻せばいいんだから。
 だけど。

「なあ、母上。ブリーの奴、赤ん坊はキャベツ畑から採れると信じているんだが、どうしたらいい?」

 大公邸の図書室の横、母スノゥの書斎にてカルマンは訊ねた。

「…………」

 スノゥはその銀縁眼鏡越しの赤い瞳を大きく見開いて少し固まった。毎日眺めているし見慣れているはずなのに、母は綺麗だな~とカルマンは思う。ブリーは可愛いが、母は儚げ美人だ。中身は正反対だけど。

「そのブリーは博識だったはずだが?」
「ああ、知らないことはないな。今も俺のわかんない遠い空の数式計算しながら、分厚い本読んでいるし」
「それでどうして、赤ん坊の作り方を知らない?」
「魚とか鳥とか四つ足の獣がどうやって生まれてくるかは知ってる。花のおしべと雌しべも知ってる。俺が訊ねたらカタツムリの交尾について教えてくれたぜ」
「……カタツムリ?」
「あれはオスメス一緒の身体をしていて、互いに子胤を交換して孕むんだとよ」

 「訳わかんねーぜ」と続けるカルマンに、スノゥはあご下で手を組んで机に膝をついて、深く考えている様子で。

「……ならばどうして人の赤ん坊がキャベツ畑で採れると思うんだ?」
「動物と人間は別だってブリーは思っているのさ。人間の子供は神々が授けてくれるって。
 ブリーのいうことにゃ、仲の良い夫婦に神々が相談してコウノトリに赤ん坊を託して、キャベツ畑に隠すんだと。そんで、夫婦の夢にお告げがあって……」

 という幼い頃に母から聞いた話を、ブリーは真剣に信じているという。

「それで、俺にどうして欲しいんだ?」
「俺達もうじき結婚だろう? ブリーの閨教育を……」
「俺に頼みたいと? 夫であるお前が教えればいいだろう?」
「……だってブリーの奴。『結婚したらすぐに神様達が、私達の赤ちゃんを授けてくださいますね』って、可愛い笑顔でいうんだぜ。それで俺は毎回……」
「そんな可愛い年上の番に真実を告げられずに終わるのか?」
「うん……」

 「ヘタレめ!」とスノゥが告げればカルマンは赤いくせ毛をぐしやぐしゃとかき回して「わかっているけどよぉ」とまったく情けない声をあげる。いつもは凜々しくぴんと立っている、三角の耳も尻尾もしおしおしなだれているのは、常に元気なこの狼にしては珍しい。

「だって、ブリーの奴が可愛くて、俺のヘタクソな説明で泣かせたら……と思うと」
「まったく、うちの雄共はどうしてこう揃いも揃って、自分の番に甘いのやら」

 スノゥがふう……とため息をつく。これには当然、己の夫のノクトに、アーテルの夫である黒虎エドゥアルドも、そして目の前のカルマンが含まれる。
 ジョーヌの婚約者のエリック王太子殿下? 「あの方はあれで意外にしっかりしている」というのがスノゥの評価だ。
 もちろん一番のヘタレは誰か? って「あのダメ勇者に決まっているだろう」というのが、これまた強き母の言葉である。まあ、そこに愛情はたっぷりあるからいいのだ。

「わかった。俺が教えればいいんだな? ブリーが泣いても文句を言うなよ?」
「ありがとう母上! だけどブリーをなるべく泣かせないでくれよ!」
「難しい注文をつけるな」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 スノゥはその数日後にブリーを大公邸に招いて、彼がくつろげるだろうとあえて図書室の小卓にて、お茶と菓子を摘まみながら“真実”を話した。
 ブリーは最初きょとんとしていた。カルマンが十八で、この垂れ耳の茶兎は三十三なのだが、とてもそうは見えない。カルマンと同じ歳といって通じる容姿だ。

 そう兎族は純血種の三百歳ほどではないが、二百歳の寿命をほこるうえに、二十歳前後で成長が止まり、あとは年老いることがないという特徴をもつ。
 とはいえ、それを差し引いても、この茶兎は大変世間知らずであどけないのだが。
 カルマン曰く「ブリーの頭にあるのは常に空の数式が半分と、あとの半分は俺のことだからな」となぜか胸を張っていっていたのをスノゥは思い出す。「あいつをお空からひっぱり戻すのが俺の役目だ」とも。

「では……赤ちゃんはキャベツ畑からは……」
「採れない。人間も他の生き物と一緒だ。母親の腹から生まれくる。カルマンも俺の腹から出てきた」
「…………」

 こんなことは遠回しにいっても仕方ないので、スノゥはそのものズバリ「動物も人間も“交尾”によって子をなす」とブリーに告げたのだ。妙ないい方をしては、このとんでもなく頭が良いのに、だからこそ思考がお空の彼方にいっちゃう茶兎に誤解させないために。

「そうですか、人間もカタツムリ……と同じ……」
「いやカタツムリは違う。カルマンが話してくれたが、あれはオスメスがひとつの身体にあるのだろう?」
「ええですから、ブリーもカルマン様と精子を交換するのか? と……」

 とうとう、ぴるぴる震えだしたたれ耳の兎にスノゥは静かに怯えさせないように「違う」と告げた。

「カルマンが孕むことはない。あれは狼の雄だからな。しかし、兎の雄は雌のように孕むことが出来る。だからお前がお母さんになるんだ」
「わ、私がお母さん……」

 静かにうなずくスノゥに、ぴるぴるとうるうるが最高潮に達したブリーが「あ、あの」と口を開いた。

「わ、私は踊れません」
「はい?」
「大公家の純血種の皆様のように見事な歌や踊りなどとてもとても、普通の兎族でも歌舞音曲に優れるというのに、なぜかろくな踊りひとつ……」
「…………」

 まあそれはスノゥも知っている。別に戦う必要はないが、いつも本を読んで家に閉じこもりのきりの生活では体力が付かなかろうと、軽い運動になる踊りをこの兎に教えようとしたのだ。
 ごくごく簡単なステップなのに何度も足をもつれさせて転びかけて、そのたびにどこで見ていたのかカルマンがすっ飛んできて支えていた。
 スノゥもついには教えるのはあきらめて、庭の散歩を日課とするように……と告げたのだった。さすがになにもないところでスッ転ぶほど、どんくさくはないだろうと。
 あとでカルマンが「あいつは頭がお空にいってるとなにもないところでも転ぶぜ」といっていたから、少し不安にはなったが。

「どうして歌と踊りが必要なるんだ?」
「“交尾”の前の求愛行動には必要かと。ああ、でも自然界によくある場合は、雄のほうが雌にむかってするので、この場合カルマン様が……でしょうか? で、でもカルマン様の求愛に応えて私も踊らないと、だけど私は足がもつれて声がひっくり返る未来しか見えません」
「……そりゃまあ、ベッドの上でダンスみたいなことはするけどな」

 スノゥはちょっと遠い目になった。彼の脳裏には、新婚のベッドでパタパタ不格好に踊るカルマンと、それをぴるぴるうるうるの瞳で見ているブリーが浮かんだ。
 「や、やっぱり踊らなきゃダメですか?」と涙目のブリーをスノゥはじっと見て「カルマン」と呼んだ。

「母上! ブリーがどうかしましたか?」

 やはりどこかに隠れていたのか、カルマンはすぐにすっ飛んできた。まったく、うちの狼どもは番にベタ甘だ。それは自分の夫のあの馬鹿勇者も例外ではないか? とスノゥは目を座らせる。

「お前の可愛い兎さんの話を聞いてやれ」

 そこでぴるぴるうるうるの兎さんの、なぜか鳥類における求愛のダンスとやらの種類の“講義”? を、カルマンは我慢強く聞いていた。
 いつも感心するのは、この気の短い赤毛の狼が自分の大切な茶兎には、大変な忍耐力をみせることだ。
 このときも長々と求愛のダンスの話のうえにブリーは「わ、私もする必要があるでしょうか?」と訊ねた。うん、やはりこの兎さんの頭はお空の彼方に時々飛ぶ。

「ブリー!」

 カルマンは自分より背が低くなった、茶兎の肩をがっしり両手で掴んだ。

「はい!」
「お前は歌う必要も踊る必要もない。結婚したら、俺にすべて任せておけばいい!」
「はい! ブリーはカルマン様を信じています!」
「…………」

 スノゥはそのカルマンの“力技”? のやりとりを無言で見て、内心で「だったら、お前が最初から可愛い年上の将来の幼妻? に言い聞かせておけよ」と思ったのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 しかし、その数日後。大公邸、同じ図書室にて……なぜかスノゥはブリーと対峙していた。
 初めからぴるぴるでうるうるしていた兎さんは、スノゥに尋ねたのだ。

「あ、あの兎族の出産では、お腹がはじけて赤ちゃんが生まれてくるというのは、本当でしょうか?」
「はぁ?」

 どうやらカルマンがブリーにダスクとザリアの二人が生まれた時のことを話したらしい。
 産気付いたスノゥを横抱きにしたノクトが「スノゥの腹が破裂する!」と叫んだことを。
 あの男が原因か? とスノゥはすん……とした顔になった。そして、目の前にはうるうるぴるぴるの、可愛い将来の息子の嫁がいる。

「ブリー、安心しろ。出産で腹が裂けることはない。俺は六人産んでいるが、そのたびに破裂していては、いくら命があっても足りない」
「そ、そうですよね……」
「まあ、腹が裂けるかと思うぐらい、痛いけどな」
「い、痛いのですか?」
「ああ、死ぬほど痛い」
「し、死ぬほど……四英傑のスノゥ様が死ぬほど……」

 ぴるぴる震えるブリーにスノゥはまた静かに告げた。

「大丈夫だ。お産のときはカルマンの腕にしがみついて、思いきりぴるぴるしてぎゃあぎゃあ泣いてやるといい。そうすれば、そのうち産まれている」
「そ、そうなのですか?」

 そうだ、夫になるあの馬鹿息子が責任をとればいいと、スノゥは深々とうなずいた。





 その夜、我が家に帰ってきたグロースター大公は、番の白兎の原因不明の不機嫌な「ぷぅ!」の連発に、首をかしげることになったとか。






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