ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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凡庸王子と出来すぎ公子【ジョーヌ編】

凡庸王子と出来すぎ公子【完】

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「ジョ、ジョーヌ」
「はい」
「い、今の言葉はなかったことに」
「出来ません」

 きっぱりといわれてエリックはしおしおとうなだれる。そのお耳と尻尾も当然垂れた。

「……そうだよな。なかったことには出来ないよな」

 こんな凡庸な自分が、正反対にこんな利発な子を好きなんて。ジョーヌは親切で良い子だから“友人”として付き合ってくれていた“だけ”なのに。
 このまま気持ち悪がって彼が離れていったらどうしよう……とまでエリックが考えていると、唐突に片手を小さな両手できゅっと握られた。

「なかったことになんて出来ません。
 わたくしもエリックが大好きです」
「え? 僕のこと好き?」

 し、信じられない言葉を聞いたとうつむいていた顔をあげる。いつも通り黄金の瞳が真っ直ぐ見ていた。そして、こくりとうなずく。

「はい、わたくしはエリックのことが大好きです。お友達として好きという意味ではないですよ?」
「ぼ、僕も同じだ。友達としてはでなく、君のことを……」
「恋人として?」
「こ、恋人?」

 声が思わず裏返った。い、いや、そういうことになるのか? 

「一生そばにいて欲しいということは、エリックはわたくしに求婚してくだったと考えてよろしいのでしょうか?」
「きゅ、きゅ、きゅ、求婚!」

 恋人よりもさらに衝撃的な言葉にエリックはコッコ、コッコの鳴き声よろしく聞き返す。

「しかし、僕は王子で君はグロースター大公家の公子だ!」
「なにか問題があるでしょうか? この国の王子であるエリックの配として、大公家公子のわたくしになにか不備があると?」
「い、いや、なにも不備などない。君は完璧だ! 綺麗で可愛くて賢くて、おそらく、私より強いだろうし」

 勇者ノクトと四英傑のスノゥの息子にして、兎の純血種なのだ。剣の腕前は“並の下”の自分とは全然違うだろう。

「では、わたくしを殿下の番にしていただけますか?」
「する! 一生大切にする!」
「ならば、あらためて“お言葉”をいただけますか?」

 それがどんな言葉なのか、ここにきてわからぬほどエリックは間抜けではなかった。彼は並んで座っていたベンチから立ち上がり、ジョーヌの前へ片膝をついて、騎士の礼をとる。片手を胸にあてて、もう片方で目の前の白い手をとって告げた。

「グロスター大公公子ジョーヌよ。サンドリゥム王国王子エリックとして、あなたに求婚する。どうか私と一生をともに、私は生涯君だけに愛を誓う」
「はい、喜んでおうけいたします」

 ジョーヌはエリックの大好きな花開くような笑顔を見せてうなずいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「まさか殿下より先にお言葉をいただけるとは思いませんでした」
「うんうん、ジョーヌから聞いたときはエリック王子はなかなかに男だなと思ったものだ」

 大公邸の家族の集まる居間にて。王宮にてのカール王の退位の話からの、エリックとジョーヌの交際宣言? を受けてからの、二人の出会いとお互いの気持ちを確かめ合うまでが語られた。
 珍しくもうっとりと頬を染めるジョーヌに、うなずくスノゥの姿に男達は呆然。

「つまりスノゥ、お前はエリック殿下とジョーヌのことを一年以上前から知っていたということか? エドゥアルド大王とアーテルとのことよりも以前に」

 そのノクトの低い声に「そうだぜ」とスノゥはしらりと答える。

「“機会”が来るまでしばらくは黙っていてくれって、ジョーヌに口止めされていたからな」

 たしかに二人の結婚の約束の報告をするには、カール王が退位すると決めたこのときが、流れとして一番自然に受け入れやすいだろう。ノクトとしてはうなるしかない。
 先ほどジョーヌがいっていた、スノゥ以外に話せば結局父ノクトの耳にはいり、こうもあっさりと婚約となることはなかっただろう。
 父ノクトは押し黙り、兄シルヴァもまた考えこみ、母のスノゥはまったくうちの狼どもはとばかりに、眺めている。そんな家族の微妙な空気をまったく読まないカルマンが口を開く。

「でもそれって結局、ジョーヌから殿下にいわせたことにならね?」

 あらためて申し込んでくださいとうながしたのはたしかにジョーヌだ。それにもジョーヌは「それがなにか?」と。

「殿下とわたくしが想いあい、結婚するのにどちらが先など小さなことです」
「そりゃそうだな」

 些末なことは気にしない双子の兄はうなずいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 グロースター大公邸を訪ねるのは初めてではない。
 祖父に父や母と何度か来たことがある。
 しかし、一人で、しかもジョーヌの婚約者としておとずれるのは初めてだ。

 当然カチンコチンに緊張していたエリックだが、つねに隣にジョーヌがいてくれて、さらにはスノゥの気さくな態度に、カルマンの軽口に緊張は徐々にほぐれた。近衛であるシルヴァとは王宮で常に接しているし、彼はいつものながら穏やかで丁寧な態度だった。
 王宮でも食べているが、コッコ卵のシフォンケーキはやはりおいしい。
 ただ、気になるのは義父となるノクト、グロースター大公が無表情なことだ。いや、常にこの方は表情を動かすことはないのだが、なまじ整い過ぎている顔立ちゆえに妙に迫力がある。
 そのひとにらみだけで、うるさい貴族達も黙りこむはずだ。

「エリック殿下」
「は、はひぃ!」

 思わず声が裏返った。

「ひとつ、私と手合わせを願いたい」
「はい……」

 伝説の勇者と戦う。
 これは試練だと……エリックは思った。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 手合わせだから死ぬ訳ではない。
 王子であり、間もなく皇太子となるエリック相手ということで、その武器も木剣だ。
 しかし、勇者に本気で振るわれたら、その木剣だって十分に凶器となるだろう。
 大公家の中庭。木剣を手にした勇者はエリックにとっては、かの伝説の災厄の再来に見えた。

「お父様、エリック殿下との立ち合いには、条件があります」

 二人きりではないからジョーヌは自分を殿下付きで呼ぶ。こういう公私の区別がくっきりしたところも、エリックは好ましいと思っている。

「条件?」
「はい、わたくしも共に戦います」
「これは私と殿下の立ち合いだ。なぜお前が?」
「わたくしは殿下の将来の配です。陛下となられた殿下のおそばには当然おり、殿下の危機にはお守りするのは当然のことです。最側近の近衛として」
「……わかった」

 うなずいたノクトにジョーヌは続けて。

「それから戦いの時間は五の分の時とします。お母様、開始の合図と終わりの合図をよろしくおねがいします」

 「わかった」とスノゥがうなずく。五の分ときいて、そんな短い時間? とノクトの眉間にしわが寄るが。

「本来ならば五の分どころか、エリック殿下の御身はすぐさま近衛の壁に囲まれるでしょうが、これは手合わせゆえに五の分としたのです。エリック殿下がそのあいだに逃げ切れば勝ち。父様の木剣がエリック殿下のお身体に触れたならば、殿下の負けとします」
「わかった」

 そ、そうか、五分の間、逃げればいいのか……とエリックはほっとした。勇者相手に真正面から立ち向かったところなど勝ち目はない。
 しかし勝たなくていい。逃げればいいなら勝機はある。

「エリック殿下」
「な、なんだい、ジョーヌ公子」

 ジョーヌがくるりと振り返りいった。

「わたくしは初めは殿下をお助けすることは出来ません。まず、お父様の初手の一撃をなんとか避けてください」
「え、ええ!?」

 勇者の一撃を避けろと? それにジョーヌは黄金の大きな瞳で真っ直ぐ自分を見る。

「わたくしは常に殿下のおそばから離れないつもりですが、しかし、それでも万が一ということがあります。襲撃者の初手さえ凌いでくだされば、わたくしは必ずお助けにまいりますから」

 その真摯な眼差しと言葉にエリックはこくりとうなずいた。

「わかった、かならず私はグロースター公の攻撃を避ける」

 これは試練だ。
 将来、王として命の危機の場面があるかもしれない。だけどこの黄金の瞳がそばにいるならば、自分の一の近衛が駆けつけてくれるまでは、絶対に生きるとエリックは悲壮な? 覚悟を決めたのだった。



 初手は死んでも避ける、いや、死んでしまったら意味がない! 
 「開始」とスノゥの合図とともに、すっとノクトが動く。それはエリックの目にはとらえられない素早さで。
 ひゅっと伸びてきた木剣を避けられたのは、自分でも奇跡だと思った。そして、その間に飛びこんでくる黄金の小柄な姿。

 ぴゅっ! と風を切るのは、大公家伝統? の白いムチだ。ジョーヌが操るそのムチの軌道は、ノクトの身体を直接狙うことなく、その足下へと跳ねた。ノクトもまた、その前に大きく跳躍して避ける。
 「やるぅ」とカルマンが声をあげる。ノクトの身体を真正面から狙えば、ムチで打つどころか、その手で受けとめられるのは確実だ。

 この手合わせは勝つのではなく、逃げ切ればいいのだ。だからジョーヌのムチは、常にノクトの足下を狙い、己とエリックへと近寄らせない作戦をとった。さらには、その唇から美しい歌と、足はトントンとステップを踏んで、自分達の周りに結界を張る。
 これで父が木剣で飛ばす“軽い”かまいたちを防ぐことが出来る。本気でやられたら、まだまだ幼いジョーヌの結界ぐらい突破されるが、この手合わせの相手はエリックなのだ。将来の王に怪我などさせるわけにはいかない。

 それも計算のうえのジョーヌの作戦。

 しかし、さすがは勇者。足下を狙うムチの高速連打をそれでもかわしきって、ノクトがエリックに迫る。ジョーヌはムチを捨て小さな身体で両手を広げてエリックをかばう。
 しかし、後ろから伸びた腕がジョーヌを抱きしめた。エリックだ。
 その姿に木剣をふり下ろそうとしていたノクトの手が止まる。

「そこまで! 時間だ」

 スノゥの声にみんな我に返る。「私の負けだ」というノクトの声に重なるようにして「なにをなさっているんですか!」と珍しくも声をあらげたジョーヌの声。
 さらに「ぷぅ!」と鳴いたのに、ぎょっと! スノゥさえ目をむいた。冷静沈着なこの金色垂れ耳の仔兎が「ぷぅ!」なんて鳴くところ、家族も見たことがなかったのだ。

「王となるあなたが、わたくしをかばってどうするのです!」
「ご、ごめん。ジョーヌ。自然に身体が動いて」
「いけません! どんな時でも、あなたはご自分の身を第一に考えねば、わたくしなど見捨てて」

 「そんなこと出来ないよ!」とこれまた珍しくエリックが声をあらげた。

「大切な君を見捨てるなんて!」
「エリック……」

 殿下をつけるのも忘れてジョーヌがその名をつぶやく。そんな二人の姿にスノゥが「これでわかっただろう?」と隣の夫を見る。

「ちゃんとジョーヌはエリック殿下を大好きだし、殿下もジョーヌのことを大切に思っているって」
「ああ、わかった」

 頑固親父? もうなずくしかなかった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「ねぇ、ジョーヌ。君はどうして私のことを好きになってくれたんだい?」

 王宮の図書室の前の庭。そのベンチに並んで腰掛ける。エリックの膝には、今年三歳になる息子がいた。金色の毛並みの純血種の狼だ。瞳の色は母とそして伝説の勇者たる祖父と同じ金色。

「まあ、今さらお聞きになるのですか?」
「ずっと気になって考えていたんだ」
「のんびり屋さんのエリックらしいですね」

 成長してさらに美しく気高くなった金色の兎は、くすくすと笑う。夫だけにみせるいたずらっぽい微笑みで。

「エリックのどこが好き? と訊かれれば全部でしょうけど、あえて言うならばあの図書室で最初にお会いした日に。長く長くあなたはお考えになって」
「……今でも考えすぎだってよくいわれるよ」
「そうして“お一人”でちゃんと答えをだされた。人それぞれの正義に考え方があると気付かれた。

 そのわたくしを見たあなたの瞳の輝きに、わたくしは恋に落ちたのかもしれません」
 花開くように笑うジョーヌにエリックも微笑しこたえた。

「私もね、君の笑顔を見るたびに何度だって恋をしているよ」





 エリックはのちに熟考王と呼ばれ、その穏やかで堅実な治世は民から讃えられることになる。
 そんな王を支えた、賢き王配にして一の近衛といわれた金色の兎とともに。






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