ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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凡庸王子と出来すぎ公子【ジョーヌ編】

凡庸王子と出来すぎ公子【3】

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 それからエリックは図書室にたびたび通うようになった。
 行けばそこにジョーヌがいるからだ。相談したわけではないが、月の五の付く日の午後にはいると。二人のあいだでそんな決まり事が出来ていた。

「ジョーヌ公子の好きな本は?」
「ジョーヌ」
「ん?」
「ジョーヌでいいです。公子はいりません」
「そ、それは」

 「ジョーヌ」と黄金の大きな瞳でじつとみつめられていわれて、エリックは「ジョ、ジョーヌ」と呼んでみた。するといつもはすました顔が花開くみたいににっこり笑って「そうです」という。
 だから自分も勇気を出そうと思う。

「わ、私もエリックと呼んで欲しい」
「エリック」

 呼ばれて心臓が跳ねた。ジョーヌが続けて口を開く。

「二人きりのときはそうお呼びしてよろしいですか?」
「あ、ああ」
「では、エリックもわたくしと二人のときはジョーヌと呼んでください」

 学友達からにも“殿下”とかならず呼ばれていた。凡庸な自分に対する彼らの本当の気持ちはどうあれだ。
 だけどジョーヌと“二人きり”のときには互いに名を呼び合う。その秘密にエリックの胸は高鳴ったのは確かだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 エリックは十四となった。
 祖父の問答はますます難しくなった。
 答えが出るまでは訊ねて来る必要はないといわれて、一月考えて顔を出せば「遅い」と言われた。答えが出ないのならば来なくていいといったのは、祖父なのにだ。

「たしかに“来るな”とはいったがな、一月はかけすぎじゃ。それでどうなのだ?」
「旅の親子を村から追い出すしかないと思いました。夏の不作で冬を越す食料が村人を養うギリギリしかないのならば、いくら子供を抱えた母親とはいえ、よそからやってきた者を養う余裕はない」

 祖父の問答はエリックがその村の村長ならばどう判断する? というものだった。貧しい村、夏の不作、厳しい冬を迎える前にやってきた病の子を抱えた母親。

「……答えはいつ出でいた?」
「はい?」
「だから親子を追い出すという考えだ」
「ご質問をされて一日考えても、その答えしか出ませんでした。食料がないならばいくら哀れでも親子を追い出すしかない」
「その“哀れ”にひっかかって、どうにか親子を助けられないか一月考えて、結局追い出すしかないとワシにいいにきたか?」
「はい……」
「お前が“村長”として考えている一月、その親子は村の貴重な食料を食い潰しておったのだぞ。その分、村の子供が冬を越すための食料が少なくなった」
「……すみません」
「まあよい。冬中親子を抱えていたならば、その親子どころか、村人の一人や二人が餓死していただろう。が、まあ村はなんとか冬を越したということにしよう」

 いつも柔和な雰囲気を崩すことのない祖父が、一瞬だけ鋭い視線をこちらに向けるのに、エリックは気付いていた。
 そして、初めは気付かなかったこの難しい問答の意味も。
 たぶんこれが王としての判断なのだ。今の問題も村ではなくこれが国で、旅の親子がなにかの原因で助けを求めてきた他国民だとしたら。
 国と民を守るためには、非情でも他国の者は切り捨てるしかない。民を守れなくてなにが王か……とその結論にエリックが一月かかって達したときに、哀れな親子を追い出す決心をした。

「まあ、わかっただけでも合格じゃよ、エリック」
「ありがとうございます」
「……お前の父がどう答えたか、あとで聞いてみるとよい。あれは一月も考えずにおろおろしながらも、その場で答えたがな」

 あの父がすぐに答えを出したことにエリックは目を見開く。そして父のヨファンにどう答えたか? あとで訊いた。祖父とのやりとりを父は「よく覚えている」といった。

「私は村の一軒一軒の扉を叩いて哀れな親子のために、冬を越す食料を少しずつ恵んでもらうと答えたのだよ」

 そして祖父カールに「貧しい村にそんな余裕などあるか! 馬鹿者!」と怒られたと苦笑したのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「さて、次の問題だ」
「え? またですか?」

 祖父の言葉に思わず問い返してしまった。いつもならば答えだけを告げて、難問の出題は次回だったのに。
 それに今日は五の付く日だ。ジョーヌと会うのにその祖父の意地悪な難問を抱えたままなんて。
 しかし、祖父そんな孫息子の雰囲気など読まずに、これまた頭の痛い問題を出した。
 しかし、その解決方法はすぐにエリックの頭に浮かんだ。というより先の可哀想な親子を切り捨てた答えが正しいとすれば、今回の答えも……とは思う。
 しかし、ままよとひっかかった。はたしてそれで“正しい”のか? と。

「……考えさせてください」
「お前はいつもそれだな。今度はもう少し早く答えを持ってきてもらいたいものだな」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「なにをお考えですか?」

 王宮の図書室……ではなく、その外にある中庭のベンチ。並んで腰掛けていたらジョーヌに声をかけられた。いけない……二人きりだというのにお爺さまの難題に気をとられるなんて……と。
 エリックは正直に祖父カールのいつもの難題だと話した。そういう問答をしていることはジョーヌには以前から話していた。

「どんな問題なのですか?」
「それは……」

 教えていいのかエリックは迷った。

「お爺様は他人にこのことを相談してはいけないとおっしゃっていましたか?」
「とくにはなにも……」
「ならば聞かせてください。お爺さまの難問にわたくしも興味があります」

 たしかにとくに禁じられていないか……とエリックは口を開いた。
 本日の難問はこうだ。
 長年働いてくれていた馬がいた。しかし、馬は最近すっかり年老いて、以前のような働きが出来なくなった。
 そこに新しく若い馬が来た。若い馬は当然年老いた馬よりもキビキビと働き、年老いた馬の仕事はすっかり無くなり、ただ餌代だけがかさむようになった。
 この年老いた馬をどうするべきか? 

「先に出された村の問題を考えるなら、年老いた馬は切り捨てるべきなんだ。働きもなく、ただ餌を食べるだけなのだからね」
「でも、殿下は答えを迷われた。なぜです?」
「それは馬が長年よく働いてくれた……あ……」

 そこでエリックは気付く。馬はあの親子のように“よそ者”ではない。長年自分に尽くしてくれた“身内”なのだと。
 ならば答えはひとつだ。

「たとえ動かなくなっても、年老いた馬の面倒は見るべきだ。長年の働きを労り、自然に死ぬ最後まで」

 これが馬ではなく人間であったならば当然のことだ。けんめいに働いて年老いた民や何らかの理由で働けなくなった民を“不要”と見捨てる。そのようなまつりごとがあってはならない。

「ありがとう、ジョーヌ。答えがわかったよ」
「わたくしはただお話を聞いただけです。でも……」
「でも?」
「お爺様の“意地悪”な難問なのでしょう? さらに意地悪なことをおっしゃったら、どうお答えなさるおつもりですか?」
「意地悪って……」

 待てよ……とエリックは考える。たしかにあの祖父のことだ。年老いた馬の面倒を見るといったら、どうしても見捨てなければならないような事をいいだしそうだ。
 しかし、これはたとえは馬だけれども、馬ではない。自国の民なのだ。
 絶対に切り捨てることは出来ない。

「ありがとう、ジョーヌ。私はお爺さまに意地悪されても頑張るよ。けして負けない」

 「ここで待ってて」と言い残して、王の書斎へとむかった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 祖父はまだ書斎にいた。そして、エリックの姿を見ると「今回はずいぶんと早いな」といった。

「年老いた馬は見捨てません。働けなくなろうとも、最後まで面童をみます」

 きっぱりとエリックがいえば、カールは「ふむ」とあごに手を当てる。

「働けない馬を養うほどの余裕などないとしたら、手放すか、肉にするしかないじゃろう?」

 やはりそう来たか……と思う。後出しのさらなる問題の追加などずるいと抗議などしない。カールは以前、理不尽なことが起きるのが世の中だといった。

「そのような時のために、蓄えておきます。老いた馬でも安心して養えるように」
「そのような余裕などないとしたら? とワシは聞いておる」
「いざというときの備えが出来ないなど、政を司る者としては不適格です。そのためにお爺さまは毎年王の蔵にある三年分の食料の備蓄を入れ替えてらっしゃる!」

 豊かな農業国のサンドリゥムであるが、勇者ノクトが誕生したと同時に、国に災厄が襲うという予言もまたもたらされた。カール王はそれに備えて、王国のあちこちに頑丈な蔵を作らせて食料の備蓄をさせた。
 実際それはノクト達が災厄退治に旅立った一年。北の果ての地で成長した災厄のまき散らす瘴気は、王国の南の穀倉地帯にまで影響を及ぼし、記録にないほどの不作となった。
 そのとき王の蔵に蓄えられていた食料で人々は飢えることはなかった。

「……いうようになったわい」

 初めてカール王との問答に勝ったときと同じ言葉を彼はいった。そして。

「よい答えだ、エリック。それが王の備えというものよ」

 「もうお前にはショコラの褒美など必要なかろうう」というカールに、エリックは「はい」とうなずいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「ジョーヌ!」

 図書室の外の中庭のベンチで待ってるジョーヌの元へ、エリックは帰った。

「お爺様から初めて褒められたよ」
「よろしゅうございました」
「君のおかげだ」
「わたくしはお話を聞いただけです」
「ううん、ジョーヌはすごいよ! 君と話していると、いつも考えてばかりで答えを出すことの出来ない私なのに、なんだか目の前が晴れたようになるんだ。
 ずっと君が一緒にいてくれたらいいのに、私は君が大好きだ!」

 いってから、エリックは呆然とした。
 自分はいま、なにかとんでもないことをいわなかったか? 





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