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凡庸王子と出来すぎ公子【ジョーヌ編】
凡庸王子と出来すぎ公子【1】
しおりを挟むカール王が退位することになった。
元々、五年前にモースが宰相の座をノクトに渡して隠居したときに、カール王も退位するつもりだったのだ。しかし、ルースの内戦が未だ続き、政情不安ということで今まで様子を見てきた。
それがルースには若き大王が誕生したうえに、自分の孫息子であるアーテルがその大王配となり、さらには可愛い双子の曾孫まで誕生した。そこまで見届ければ十分だろうと決意したのだ。
以前から薄々はその話は出ていたのだが、王家のサロンにてカール王がそれを口にしたとき、その部屋にいたノクトに次の王となるヨファンの表情が、引き締まったものとなる。部屋には当然、王族であり大きな家族である、スノゥにシルヴァ、カルマン、ジョーヌ、ダスクにザリア、そして父が王となることで、王子から王太子となるエリックもまた、王妃となる王太子妃エルダとともにいた。
「ヨファンの即位式は半年後とする、その一月後にエリックの立太子の式もな」
カール王の言葉に大人達は胸に手をあててうやうやしく頭をさげる最敬礼をした。それは長年、戦もなく穏やかな善政を敷き続けた、この王に対する感謝をささげるものだった。
ヨファンが「では父上のご退位の式典は?」と訊ねるのに「玉座を去る王はただの隠居となるのよ。大仰な儀式など不要よ」と笑うのも、いかにもこの王らしかった。
「わしは、王宮内の離宮に移る。王都郊外に移るとなれば、隠居した身でも護衛の騎士やらなにやらがさらに必要となる。王宮内ならば、近衛一つでまかなえばいいからな」
とまあ善王の呼び名とともに、ちょっとケチ、いやいや倹約家と言われる王らしい言葉で、ほうほうと笑う。
「お爺さま、いえ陛下。こんな大事なお話のところにすみません。私からもご報告とお願いがございます」
そこにエリックが声をいささか緊張気味にはりあげる。どっちつかずの殿下とよばれるヨファンの気弱さと王太子妃エルダのおっとりした気質も受け継いだ、灰色の毛並みの引っ込み思案で大人しすぎる王子が、こんな場で大きく声を出すなど大変めずらしい。カール王は軽く目を見開いて。
「どうした? エリック」
「私の立太子の式を行ってくださること、まことに感謝いたします。そ、それで私の将来のき、妃なのですが」
「おお、あせることはないが、それでも今から考えても遅すぎるということはないな」
実のところエリックの父ヨファンとて、王太子の立場としてとっくの昔に婚約、結婚していてもおかしくはなかった。それがノクトの後になったのは、国が災厄に襲われていたという事情がある。
もう一つは家柄だけで性格に難があるような野望マシマシの貴族の娘などでは、ヨファンが振りまわされるのは確実。王家に騒乱のタネなど入れたくないというカール王の考えもあったのだが。
そこで王太子妃に選ばれたのは侯爵家という家柄と歴史はあるが、代々学者筋故に権力闘争からはほど遠い、本人の性格もおっとりと癒やし系の王太子妃エルダというわけである。
とはいえ、今は平和な世。さらには勇者であるノクトが宰相となって、がっちりと王権を支えている。次代の王である王太子の婚約者も早くに決めてもよいところであるが。
「私の将来の妃に関してですが、すでに心に定めたお方がおります。その方からもご了承をすでに得ております」
「なんと! いつのまに、大人しそうな顔してそなた以外とやる……いやいや」
おっほんと咳払いして「どこのご令嬢だ?」とカール王が訊ねる。
「お前が決めたというのだ。家柄に多少難があろうとも、高位の家の養女に出すという抜け道もある」
そうカール王が語る。というか、実際カルマンの婚約者のブリーは皇太子ヨファンの“養子”となっていた。この王家のサロンにも当然いて、成り行きをカルマンの横できょとりとした顔で見ている。
王となるヨファンの養子であるブリーが、大公家の公子たるカルマンに“降嫁”することで、二つの家の繋がりはますます強くなるということにもなるが。
「いえ、家柄もお人柄もその方はまったく問題はありません。なにしろ、王家に次ぐ家格の“公子”ですから」
「なんと?」
カール王が目を見開き、そしてノクトが眉間に皺を寄せて、スノゥはなぜか口許に笑みを浮かべていた。
そして、エリックの横にジョーヌが背を伸ばした綺麗な姿勢で並び立つ。まさか……とばかりカール王が皺にうずもれた目をさらにくわりと開いた。
「はい、私はジョーヌ公子と将来の約束をいたしました。どうか私達の婚約と結婚をお許しください」
「ジョ、ジョーヌ、これでよいのか?」
思わず自分の孫息子を“これ”呼ばわりして確認してしまったカール王に、ジョーヌは「はい」と返事をした。
「わたくしはエリック殿下と生涯を共にし、その御身を“お守り”申し上げることをお誓いもうしあげました」
そこで人々は「ん?」とはおもう。“お守り”って、普通立場が逆じゃないか?
「えーとジョーヌちゃんよ。それはエリックを好きということかな?」
「はい、もちろんお慕いもうしげております」
その言葉はきっぱりはっきりしていて淀みがない。いや、ないから不安になるのだ。
金色の垂れ耳、現在十二歳の騎士の叙任もまだの公子は、その式にいどむかのような面持ちで、とても大好きな人と結ばれたいです! という雰囲気より、国のためにこの身を捧げますと悲壮? な決意の誓いにも見えたので。
「しつこいようだがなジョーヌちゃん。エリックのことが本当に本当に好きなのか? どこがよいのか言えるのかな?」
思わずカール王が確認しちゃっても仕方ないだろう。いわれたエリックのほうは、その灰色の狼のお耳がいささか萎れて尻尾も垂れている。
ジョーヌの金色の耳が初めから垂れている。しかし、彼は真っ直ぐに顔をあげて口を開いた。
「はい、わたくしは殿下をおしたい申し上げております。どこが好きなのか? と聞かれればすべてと、お答え申し上げるしかありません。とくに大好きな所はご本がお好きなところです」
「本か、そうだなエリックは本をよく読む。ショーヌも好きであったな」
「は、はい、お互いに好きな本を薦めあううちに、親しくなりました」
いささか食い気味にエリックがいう。「そういえば王宮の図書室にお前達はよくいたな」とカール王はなるほどと、あごの髭をしごいて考え。
「ご本をよく読まれるので、殿下は博識でらっしゃいます」
「それをいうなら、同じように本をよく読むジョーヌちゃんもそうじゃろう?」
「はい、ジョーヌはなんでもよく知っていて、私も教えてもらっています!」
エリックがまたまた食い気味に答える。カール王は怪訝な顔となる。エリックのいいところを聞いているのに、ジョーヌのほうが勝っていてどうする? と。
「エリック殿下は人のお話をよくお聞きになり、慎重にじっくり考えられます」
「まあ、たしかによく考えるな。質問したワシが忘れた頃に、答えを言われたことがあるぞ。母親のおっとりによく似ておる」
王太子妃のエルダが「まあ陛下、たしかにエリックはわたくしに似て、すこしのんびりさんですわね」と朗らかに微笑む。少しも悪くもいわれていないと思えるところが、この将来の王妃のよいところだ。
「それで陛下。殿下のお答えは正解だったのでしょうか?」
「うむ正しいものであったぞ。いささか時間が掛かりすぎであったが。そういえば、このところは質問して翌日に答えが返ってくるようになったな」
将来の王としてカール王はエリックに帝王学を直々に教えている。なぞなぞのようなその問答をエリックは考えに考えて、十日後に答えを持ってきたことがあった。
正解ではあるのだがいかんせん時間がかかり過ぎる。政とはときに即決しなければならないときもある。
「あ、はい。最近はジョーヌに図書室で相談にのってもらっているのです。ジョーヌと話し合っていると、長く考えなければわからなかった答えがすぐにわかるのがすごいです!」
これまた普段の内気はどこへやら、勢いこんで話すエリックにカール王が顔をしかめる。
「ジョーヌちゃん、それは答えを教えているのではないかな?」
「違います。わたくしも陛下の“なぞなぞ”は最初はわかりません。ただ、二人で“話し合う”するうちに答えがわかるのです」
「さようか」とカール王はうなづく。
「ま、エリックには似合いの“賢い番”かもしれんな。いずれにせよ、ジョーヌが十八にならねば結婚は出来ん。婚約期間のあいだに二人がどうしてお互いを選んだのか、我らにもわかるだろう」
カール王としては、婚約という時間を設けることで周囲もこの二人が似合いか“見極める”ことが出来ると。そういう言葉だった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「ジョーヌ、本当にエリック殿下のことを、その……お慕い申しあげているのか? 十二にしては、色々と気が回るお前のことだ。もしも王家と大公家のことを考えての判断ならば、私はたとえお相手がエリック殿下であろうとも反対だ」
大公邸の居間にて、ノクトがジョーヌに聞く。それにジョーヌは、カール王に答えたように真っ直ぐと父を見る。
「いいえ、これは政略結婚などではなく、わたくしは真実エリック殿下を愛し、エリック殿下もわたくしのことが最愛であると誓ってくださったからこそ、陛下とみなさま方にわたくしたちの婚約と、結婚を認めて欲しいと申し上げたのです。
本日、お爺さまが退位のご発表を内々になさることはわかっていましたから、殿下と“ご相談”してこの機会にお許しを得ようと」
理路整然と答えた息子にノクトが「そうか」とうなずく。いや、そうとしかいえないのだろう。しかし眉間に皺を寄せたその表情は、やはりたった十二の息子があまりに冷静すぎて、逆に納得出来ないという顔だ。
「ジョーヌはちゃんとエリック殿下のこと好きだよな?」
そこにニヤニヤとあのサロンのときのような笑みを浮かべながら、スノゥが口を開く。
「俺にエリック殿下と結婚するにはどうしたらいいか? って聞いてきたもんな」
その言葉にノクトが「な!」と声をあげる。同時に部屋にいたカルマンが「ずるいぞ!」と叫ぶ。
「ジョーヌ、なんで俺にはいってくれなかったんだよ!」
「お兄様ぐらい恋愛ごとの相談に向かない方もいないと思いますが」
「なんだと! 俺にはブリーという婚約者がだなぁ!」
「あれはブリー様だからうまくいったのです」とジョーヌがばっさりと切り捨てる。父の横の長椅子に腰掛けるシルヴァが。
「私にもひと言いって欲しかったな、ジョーヌ」
「シルヴァお兄様にいえば、お父様に“報告”されてしまいます」
「…………」
たしかには真面目な兄は父に“相談”しただろう。ジョーヌは「アーテルお兄様はすでに輿入れされてましたし」とルース大王配となった兄の名を出す。
「もっともアーテルお兄様にも相談するのは考えたと思いますけど」
「なんでだよ? 兄貴はこの手のことは詳しそうだけどな」
とカルマン。
「逆に面白がってよけいな首を突っ込まれるのも困るということです。エリック殿下はあのように慎重な方ですし、わたくしは殿下を絶対に逃がすつもりなどありませんでしたから」
キランとジョーヌの黄金の瞳が光ったように、部屋にいた全員が感じた。え? この子、兎だったよね? いまのは獲物を狙う狼だったみたいだけど……と。
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第10回BL小説大賞 奨励賞をいただきました。
読者投票18位!みなさんの応援のおかげでここまでがんばれました。完結まであとしばらくつづきますが、どうか最後までお付き合いくださるとうれしいです。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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【完結】断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
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