ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【17】伝統? は繰り返されるから、伝統なのです! ※【アーテル編完結】

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 華やかな夜会が終わり、そして、初夜? 

「……といってもなあ、俺達初めてじゃないしな」
「そうだね。結婚する前にしちゃったね」

 王と王配の寝室。本来、王侯貴族ならば結婚はしても、部屋も寝室も別々というのが当たり前ではあるが、二人は当然のように寝室は共にした。というよりアーテルがいったのだ。

「どんなにケンカをしてても、父様と母様は一緒のベッドで寝てる。朝になれば仲良くなってるから夫婦円満の秘訣だね!」

 そんなわけで、ルースの大王夫妻の寝室も共にということになった。天蓋付きの寝台はカーテンも寝台のカバーの見事な刺繍も、壁にかけられたタペストリーの麝香牛の毛織り物もすべてカザーク族からの贈り物。アーテルの花嫁衣装と同じく、女達がこの日のためにと総出でしあげたものだ。

 麝香牛だが子牛をとらえて柵で囲い、さっそく家畜とする試みが、シビエの南の地ではじまっている。成獣となると気性が大変荒くなる牛も、幼体は大人しく人に懐くそぶりもあるという。今のとこころ順調といえるだろう。

 さて、刺繍の彩りも鮮やかなベッドに二人で腰掛けて「初めてではない……」と言い合うのは、初夜の雰囲気としてどうかな? とアーテルは思う。
 ベッドの上には、季節ではないが紙と布で巧みにつくられたリンゴの花咲く枝が飾られ、おかれていた。それを手に取る。
 これはルースにもカザークにも、そしてノアツンにも共通の初夜の風習だ。春に花咲き、秋に実がなるリンゴのように、夫婦がいつまでも長く幸せであるように……と。

「ねぇ? しようか?」
「しかし、お前の腹には仔があるだろう?」

 くるりと可愛いリンゴの花の枝を回しながらいえば夫が顔をしかめる。豪胆なクセして、こんなところは真面目だと、アーテルはくすっと笑う。

「別にいれなくても、お互いに気持ちよくはなれるって、母様が教えてくれたの」
「姫さんの母君は意外に大胆だな」

 寝室の落とされた明かりの中、黒に縞模様が光りの加減で浮かび上がる。その虎の尻尾がぴくりと動いたのがおかしくて、アテールはまたくすくす笑う。

「息子の閨の教育をするのも母親の役目だろうって。ちなみに母様は知識だけはあったけど『なんだかんだで流されたというか、騙されたというか……』だって」
「流す、騙す……グロースター公も意外とやるというか、そういう方法でないとさすがに四英傑のスノゥは手にはいらなかったか……」
「まあ、でも僕達が生まれているから、母様だって父様大好きだと思うよ。つい“うっかり”で僕も弟達も出来たんだし」
「つい“うっかり”ってな。俺達も人のことはいえないか」

 エドゥアルドがアーテルのお腹をじっと見る。アーテルは夫の大きな手をとって、自分のお腹に当てる。

「僕の場合はうっかりじゃないよ。ちゃんとエドゥならいいかなって」
「アーテル」

 エドゥとアーテルは二人きりのときは呼ぶようになっていた。ひと目があるときはもちろん、大王陛下であるけれど。あ、カザーク族の侍女達の前では呼んでしまって微笑ましく見られていたりする。

「でもまあ、なんか気持ちよくなっていいかな~って思ったから、やっぱり“うっかり”?」
「俺がお前を愛し、お前が俺を愛さなければ、この“宝”は宿ることはなかった」
「うん、それは本当」

 アーテルは微笑み「だからね、仲良くしよう」と虎大王の丸いお耳に、ちょっと伸びをしてささやく。

「母様がね、お互いに気持ちよいところ、さわりっこすればいいって」
「さわりっこか……可愛い物言いだが、ここか?」
「あ……いきなり尻尾? ここダメだって……」
「ここがいいだろう? 初めてのときも気持ち良さそうに腰振ってた……」
「い、いわないで……このスケベ……きゃっ! 耳噛まないで」
「甘噛みだろう?」

「んっ…耳元でよいお声で話すのもずるい」
「いい声か? 俺の声は?」
「うん、低くて僕は好き……って、なんでここもう、こんなに大きくて熱いの?」
「お前が好き好きいうからだろう?」
「あ、触ったらまた大きくなった。ねぇ両手でもあまりそう」
「こらこら、面白がっていじる…な。お姫さんのオモチャじゃねぇんだ…ぞ」

「舐めたほうがいいの?」
「……いきなり高度だな、おい。まずはお手々で覚えようぜ。こうして、一緒にな」
「え? あ……? 僕のもするの……なん…か…やら…い……」
「俺のを可愛いお手々でにぎにぎしてるほうが、俺にはよほどクルものがあったけどな」
「あ、これ……すごいの…一緒にぬるぬるして…きた……ぁ……」
「うーん、素直なだけに破壊力がすごいな。姫さんが閨で色っぽいのは俺だけが知ってりゃいいか」
「うん、エドゥだけのアーテルなの……」

「だっから……なあっ!」
「あ……手だけじゃなくて……腰まで……あ、動いちゃ…あ……あんっ!」
「兎ちゃんのかわいい腰も尻尾も揺れてるけどな」
「きゃっ…尻尾は……ダメだけど…あ……いいの……」
「どっちなんだか……」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そして、アーテルのお腹が徐々に大きくなり、カザーク族の年かさの侍女達は慣れたものであったが、他の若い侍女や戦士達。一番おろおろしたのは、エドゥアルドであった。

「なあ、あんなに細っこかったアーテルの腹がでかくなって、ぱぁんって破裂しないか?」
「まあまあ大王ハーン様、それではすべての身籠もった者の腹が破裂しなければなりませんよ。そんな話など、産婆として幾人もとりあげてきた、この婆も聞いたことはありませぬ」

 産み月近くなり、やってきたカザーク族の産婆の一人に、そうなだめられたエドゥアルドだったが。

「あのね、僕は落ちたら砕けるガラスではないの! そんなに心配してあとをついて来ないで!」

 それでもそんな妻が心配だと、執務を早々に済ませて奥へと飛んで戻れば、可愛い黒兎の幼妻? に「ぷぅ!」と怒られた。
 しおしおと丸い耳と尻尾を垂れ下げた大王は、それでもつかず離れず庭をお散歩する妻のあとをとぼとぼついて行き。

「ああ、もううっとおしいなぁ! ん!」

 勢いよく振り返ったアーテルが、エドゥアルドに向かって手を差し出す。

「結局ついてくるんだったら、僕が転ばないように、手を繋いでいて!」
「あ、ああ」

 とたん耳と尻尾をぴんと立てた黒虎は、愛しい黒兎の手をそっと握りしめて庭を歩いた。
 それをカザーク族の侍女や戦士達は微笑み見守る。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「産屋を建てるのだ」

 カール王はエドゥアルドにまるでそれが重大な国家の事業のように告げた。

「分厚い壁のしっかりしたものをな。けして、建物の外に音が漏れるようなことがあってはならぬ。こちらから魔法研究所の者を派遣する故に、魔石による結界も施さねばならぬ」

 兎族の出産とはそれほどの大事なのかと、こくこくとうなずくエドゥアルドに、カール王は重々しくさらに告げた。

「それから医師に産婆は口の固い、信頼出来る者をそろえよ。念のために出産のときに見聞きしたことは、けして口外せぬという念書をかかせてな」

 それほどの秘密なのかと戦慄したエドゥアルドは、膨らむアーテルの腹にそうでなくても、危惧を抱いたのだが。
 さて、アーテルが産気付いた場に居合わせてエドゥアルドが「誰か! アーテルの腹が割ける!」と叫んで、その身体を抱きあげて駆け込んだ、宮殿の奥、中庭に建てさせた小さな聖堂のような産屋にて。

 羽と星と月と花の意匠で飾られた天蓋のカーテンまで純白の寝台は、カール王から贈られた特注品だ。ノアツン大公もアーテルを産むときに使った寝台と、そっくり同じ物をつくらせたという、伝統の品? である。

 そこでまた、恒例? のやりとりが。



「イタぃいいぃいい! なんでこんなにイタいのぉおぉお! エドゥのせいだからねぇぇえ!」
「す、すまん。俺の仔だ。がんばれ! アーテル!」
「い、いわれなくても、がんばっているのおぉお! エドゥの馬鹿ぁぁあああ!」
「そうだな。苦しむお前になにもしてやれない、俺は馬鹿だ」
「やだぁあああ~落ち込まないでよぉ! いつものように偉そうにしていてょおおお~僕まで心細くなっちゃ……ぅ」

「……アーテル、な、泣くな。俺がそばにいるからな。なにも出来ないがそばにいるぞ」
「うん、いて……いてくれるだけで……でも、イタいいぃいい~やっぱりエドゥの馬鹿ぁ~」
「おう! 俺は馬鹿だ!」
「胸、張るなぁあああ!」

 当初は産屋からカザーク族の乳母によって追い出されそうになったエドゥアルドだったが、苦しむアーテルがその太い腕をしっかり掴んで離さなかったため、そのまま産室に居続けることになった。
 そして、その隣室の控え室には、静かに目を閉じるノクトに、その横で頭を抱えるスノゥの姿があった。建物は外に向かって防音の措置はされているが、産屋の中の隣室には丸聞こえだ。今の若夫婦のやりとりも。

「な、なあ、ノクト、俺もいつもああだったのか?」
「アーテルはお前に似ている」
「…………」

 詳しくは語らず、それだけ告げる夫の優しさに、スノゥは珍しくもその立ったお耳をへなへなとさせて。

「あれを三回も……」
「四回でも五回でも構わないぞ。それさえもすべて私には愛おしい」

 「ノクト……」「スノゥ」と見つめ合う、万年新婚夫婦を横目で見ながら、ナーニャはルースの蜂蜜ケーキメドヴィクを「すっごく甘いけどおいしいわね」ともきゅもきゅ食べて。

「こう何回もとなると、なんか慣れちゃったわね」

 とジャムをとかしたお茶を一口すする。となりのカール王は「やはり産屋を用意させて正解であったな」とつぶやき、さらに大賢者モースと大神官長グルムは似たような慈愛にあふれた微笑を浮かべていた。だって、大賢者と大神官だもの。
 「馬鹿ぁ!」「わかった!」「なにがわかっているの!」「すまん!」というの訳のわからないやりとりがしばらく続いたあとに、元気な産声が響いた。これにはそれまでしずかに目を閉じていたノクトが立ち上がったが、そこにスノゥが告げた。

「あんたいっただろう? 俺の仔だぞ」

 そこにアーテルの「まだ、もう一匹、お腹にいるのぉおお!」という声が響き。
 こうして、誕生したのは白金の輝きの毛並みの虎と兎の双子だった。もちろんどちらも純血の御子。

 虎の王子は父の開いたルースの国を受け継ぎさらに発展させて、他種族が共生する国を創り上げ、協調王サーシャと呼ばれることになる。
 また、アルスと名付けられた兎の王子は雪豹の放浪の戦士と物語になるような恋愛譚の末に結ばれ、その血が再興したノアツン大公家の礎となった。

 もちろん、そのすべての元となった黒虎の大王と春告げの黒兎の公子の名は、ルースの民に愛され長く長く語り継がれた。
 その幸せな結婚生活とともに。






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