ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【16】こうして王子様と大王様は幸せになりました?

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 その一日は閉ざされていたルース王国において、新しい歴史の一つとして、また華やかで幸福な祝祭として、人々の記憶に残り語り継がれることになる。
 王都の大門より入場した輿入れ行列は、王宮の正門へと先頭が到達してなお、最後尾の列は大通りの真ん中付近をようやく通過するという長さと、物量だった。

 華やかな青の儀典の制服に身を包んだ狼族の騎士団。それを率いるのは黒馬にまたがった名高き勇者、グロースター大公黒狼ノクトと、白馬に同じく乗るグロースター大公配にしてノアツン大公、そして勇者とともに災厄を退けた双舞剣の白兎スノゥ。大陸中に名がとどろく二人の姿を初めてみる、リースの王都民は大歓声をあげた。

 さらに続く馬車には今回の式を執り行うためにやってきた、これも四英傑の一人である大神官熊族のグルム。さらに立会人として炎の魔女とよばれる山猫ナーニャに大賢者篦鹿モース。そして可愛い孫の結婚式に、どうして出たいとワガママをいって、やってきたカール王は、同じ馬車に乗ってにこやかに手を振っていた。
 本来、参列するはずだった皇太子ヨファンと皇太子妃エルダは、サンドリゥム王国にて国王代理として留守番だ。

 一番盛り上がったのは、やはり八頭立ての白馬に引かれて黄金の馬車にのった黒兎アーテル姫……じゃない、アーテル公子の登場だろう。馬車の周りを囲む護衛騎士達の制服も、マダム・ヴァイオレットへ「うちの孫の晴れ舞台なのだから、いくらかけてもかまわん! ルース国の高飛車貴族達の鼻っ柱をたたき折ってやれ!」というカール王の言葉を受けて、本日限りの特注品というもったいなさ……もとい、白と黄金の制服は華やかな祝祭を盛り上げる見事なもので、その高い評価は国外にも噂は広がった。各国からマダムのところに近衛の儀典服の注文が山のように舞い込むのは、またあとの話。

 それよりなにより屋根なしの馬車に乗って手を振るアーテル姫……じゃない、公子の美しさ可愛らしさにリースの王都民は一目で恋をしてしまった……と語られたほどだった。
 春を告げる菫の花を思わせるあわい紫のドレス……もとい盛装。たくさんのフリルとレースとリボンに彩られたそれは、アーテルの華やかな雰囲気に似合って、少しも華美過ぎるとは感じずにごく自然に見えた。
 その菫の色の騎士服のあちこちには、白い王都民にとっては見覚えのある花の飾りがつけられていた。リンゴの花だ。菫もリンゴの花もどちらも、リースの長い冬を越えて、やってきた歓びの春を告げる花。

「春告げの妖精だ」

 そう誰かがつぶやくと、それはさざ波のように広がった。そして、その後、アーテル大王配は民からは春告げの王配殿下と……呼ばれるようになるのだった。

 そして王宮の城門をくぐった行列を車寄せにて、まっていたのは、これもマダム・ヴァイオレットが仕立て上げた当世風の、ルースの夏の大地を思わせる深緑のコートにジェストコート、ブリーチズの堂々たる体躯を包んだ、若き大王エドゥアルド。
 先にやってきた義理の両親となるノクトとスノゥ、そして四英傑とカール王と礼を交わした大王は、白と黄金の馬車でやってきたアーテルを満面の笑みで迎えた。

 馬車から降りるのにも待ちきれないとばかりに抱きあげて、その菫の花のごとき盛装に身を包んだ番を片腕にのせた。
 堂々たる体躯の黒虎の大王に寄り添う、黒兎の公子の姿は、まるで一枚の絵のようだった。

 宮廷の前庭の半ばまで、入ることを許されていた民は、歓呼の声をあげたのはいうまでもない。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そして、ルース王宮の聖堂にての結婚式。

 結婚までの準備期間は一月足らずと短かったのにもかかわらず、カザーク族の女達は総出でアーテルのための衣をこの日まで仕上げた。赤地に金糸を中心にした見事な総刺繍の花嫁衣装をアーテルはまとい、そして頭にはノアツンの女達が心を込めてつくった、花飾りの冠をつけて式に臨んだ。
 そしてエドゥアルドもまた、式にあたっては流行の大陸の宮廷服を脱ぎ捨てて、カザーク族の男子の婚礼衣装の長衣をまとった。その上から、こちらはルースの伝統的な装束である毛皮のマントを肩に羽織る。

 この二人の婚礼に臨む姿こそが、ルースがすべての種族とともに歩んでいくという未来の証のようなものだった。

 王族であり純血の虎でありながら、忌み仔として両親に葬られようとした黒虎が大王となり、カザークの衣装とルースの衣装をまとい。
 ルースの大王を父としながら、最弱の兎族として王家の恥として存在を認められなかった、白兎を母に持つ息子の黒兎が、カザークとノアツンの花嫁衣装を著て、黒虎の花婿の隣に立つ。
 その大王と大王配の姿こそが、すべての種族ともにこの国の未来を歩むという決意の表れのようだった。

 誓いの口付けを……と大神官グルムの言葉に、がっしりアーテルを抱きしめたエドゥアルドの情熱的な口づけがいささか長すぎたことは、まあご愛敬だろう。
 それに焦れたアーテルが長い婚礼衣装の裾に隠れて、『いつまで吸い付いているの! 』とばかり、げしっと大王の足を踏んだこともだ。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そして、華やかなりし婚礼の祝いの宮中での夜会。
 分厚い石の壁に囲まれて、重く暗い雰囲気が漂うリースの王宮ではあるが、今は王宮の車寄せからホール、大階段から大広間へと続く道は、花とリボンに飾られて大変華やいだ雰囲気だ。
 今回の結婚式のため、王宮の多少の改装はしなければならないか? と悩むエドゥアルドに、アーテルが「そんな必要はないよ」とあっさりいった。

「お花とリボンで飾ればいいじゃない。それで十分」

 そして、アーテルが先にたってカザーク族の侍女達を指揮して、あの重厚で歴史はあるがなんとも重苦しい空気が漂っていた車寄せにから大広間を華やいだ雰囲気のものに変えてしまった。
 まだ正式に大公配ではないが、自分の番の知らなかった才をまた一つ知ったエドゥアルドだ。

「これからはアーテルを宮廷大臣に任じて、古くさい宮廷儀礼を見直してもらわねばならないな」
「よい伝統は伝統として残すべきだと思うよ。たとえば……」

 とエドゥアールが主となった王の居室から空き部屋の別室に移されて、その壁に貼り付けられるのみとなっていた、先大王の部屋を飾っていた、歴史ある品ではあるが、くつろぎの部屋にはいささか重厚すぎるタペストリー。それをアーテルは王宮の図書室とそこに到るまでの回廊の壁面に飾った。

「ほら、こういう場所にはぴったり」
「なるほどな」

 そう、まだ輿入れ前なのだが、アーテルはリースの王宮に入り浸っていた。「だって、カザークのみんなが花嫁衣装の採寸とかね、僕がいたほうが便利だし、転送陣ですぐに帰ることが出来るでしょ」とは本人の弁だが、花嫁の父? であるノクトは当然面白くもなかったらしい。
 それも輿入れ前の最後の三日間は「父様に母様とみんなと一緒にいたいから」と大公邸で、アーテルと共に過ごしたことでご機嫌は治ったようだが。

 そして、輿入れの行列から、結婚式、開かれた華やかなりし王宮での夜会。

 輿入れ行列から三度目のお色直しをしたアーテルは、今度は幸福な花嫁を現すオランジュの花を現す盛装に身を包んでいた。左のお耳に輝くのは珍しいオランジュの果実のような色の輝くダイヤモンドのお花のピアスに、テールリングは輝く黄金の色だ。黄金は、夫である大王の瞳の色に通じる。
 その姿は可愛らしく美しい、まさしく幸福な花嫁だ。
 さらに花嫁の横には大迫力? の盛装姿の母? が。

「……なんで俺までまた夜会で着替えないといけないんだ。昼間の式のまんまでいいだろう?」
「母様いつもぼやいているけどさ。結局、着替えているよね」
「……マダム・ヴァイオレット肝入りのメイド達がくっついて来てるんだぞ、俺が拒否できると思うか?」

 いつものごとく諦めのため息をはく、母スノゥにアーテルはくすりと笑う。

 式のときは純白レースの比較的おとなしめの盛装に身を包んでいた母だったが、夜会となると同じく白でも黄金の光沢の、レースにリボンに華やかな薔薇の花、さらには真珠にクリスタルをあしらった豪奢なものになっていた。
 そして耳には番である黒狼のノクトを現す黒真珠に白金の百合の花のピアス。尻尾にも同じく揃いのテールリング。
 本人ため息をつきながら、これだけの迫力の盛装を着こなすのがグロースター大公配にしてノアツン大公殿下である。

 互いの番とともに花嫁と花婿。その父と母は最初のダンスを踊る。黒虎の勇猛な大王と可憐で初々しい黒兎の花嫁。さらには冴え冴えした美丈夫の黒狼の大公に、番であるこれまた美貌の白兎の大公殿下はまったく似合いにして、誰もその座を奪うことなど出来ない。まさしくこの夜会の主役であり。
 さて、車寄せから玄関ホールに大階段、大広間へと続く花とリボン。その飾りの一部のごとく、色とりどりのドレスに身を包んだ若い貴婦人達もまた、ダンスを踊る二組を見つめて壁に居並んでいた。

 大王のご結婚は決まったとはいえ、相手はサンドリゥムからの政略結婚……と彼らは思い込みたかった。いくら先王リューリク陛下の血をおひきとはいえ、最弱の兎族……とこれまた純血の兎族がいかなるものなのかも、ルース中流、下級貴族達の大半は理解していなかった。
 高位貴族に粛正の嵐が吹いたばかり……なのにといいたいが、その上が片付いて今宵、ここぞとばかり着飾って、少しでも若き大王の目を惹こうとしたのは伯爵以下の貴婦人達だ。純血主義の歴然たる階級社会のルースでは、正妃となるのは王族か公爵家以上、側妃になれるのは侯爵家以上、それ以下の愛妾は伯爵家以下男爵までと決まっていた。

 それゆえに上の方々が片付いた今こそ、妃になれずとも愛妾として、自分こそが栄耀栄華に振る舞えるのでは? と妙な野望を燃やしたご婦人方が、ここぞとばかりに中央で流行だというドレスをお抱えのお針子達に無理矢理に仕立てさせ、家宝の宝石で着飾って現れたわけだが。
 そんなものは花嫁? と花嫁の母? の可憐にしてド迫力の美しさの前に、粉々に撃ち砕かれてしまった。

 夜会の途中で気分が悪いと退出する貴婦人達が続出し、それを横目で見ていたナーニャがルース産の極上のキャビアを小さなパンケーキにのせて、一口でぱくつきながら「なんだか、懐かしい光景ね」とつぶやいたとか。






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