ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【14】この娘……じゃない、この息子にしてこの母? あり?

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「申し訳ない! グロースター大公殿下のご子息を“傷物”にした責任は一生とる。どうか、私とアーテルの結婚の許可を」

 ノアツンの森にある小さな大公邸。その居間にて。
 魔石による転送陣の妨害は数時間で解けたのだが、アーテルの部屋に閉じこもったまま、二人は翌朝まで出てくることなく。
 知らせを受けてやってきたノクトにスノゥ、そこに大神官グルムに魔法研究所所長のナーニャの姿があるのは、念のためということだが。

 現在、眉間の皺も深く椅子に腕を組んで腰掛けたノクトの前に、ルース国の大王が片膝をついて頭を垂れるという事態になっている。
 二人が部屋に籠もっていると聞いて、部屋に乗り込もうとしたノクトの形のよいデコをぺちりと叩いてスノゥはいった。

「俺達だって子供達に“真っ最中”は見られたくないだろう? 少しは察してやれ! この朴念仁!」

 「ぷぅ!」と妻に怒られた狼勇者は、しおしおとお耳と尻尾をしな垂れさせて、居間の椅子に腰を下ろしてまんじりともしない夜を過ごした。その隣にスノゥも座り、こちらはこの肩に寄りかかってぐっすりと寝たという。「寝台じゃなかったから、首がな」とコキコキ。

 客室にて一夜を過ごしたナーニャとグルムも居間に降りてきて見た光景に「この一家の結婚騒動に巻き込まれるのって、あたし達の宿命かなにか?」と山猫の魔法使いはぼやく。大神官グルムはこのようなことはもう慣れたもので、穏やかな微笑を浮かべて温かに見守っている。ますます大賢者モースに似てきたと言われるわけだ。
 さて、父の前にひざまづいたエドゥアルの口上にアーテルは「違う!」と頬を膨らませて。

「僕は傷物にされたなんて思ってない。一度目は意識を失っていたけど、二度目の“やり直し”は僕がしなきゃ許さないっていったんだからね!」

 “二度目”に“やり直し”という言葉に無言のノクトのこめかみがひくひくひくつく。後ろで聞いていたナーニャが「あら初めてで二回」と思わずつぶやき、そしてやはりグルムは穏やかな微笑みを浮かべていた。だって大神官だもの。

「魔力切れのアーテルを助けるための応急措置だったことはわかっている。大王陛下に非はない」

 ノクトが口を開く。

「しかし、それと結婚を認めるのとは別。いや、まして二回目など……」
「あのなノクト。俺達のことを考えれば、お前、結婚前に云々といえるのか?」

 スノゥのひと言にノクトが黙りこむ。アーテルも「あ」と。

「そうだよね。結婚前にもう母様のお腹には、僕と兄様がいたんだよね?」
「なるほど、グロースター大公閣下もなかなかに、おやりになりますな」

 エドゥアルドがそこで、カカカと豪快に笑うが「人のこと言える?」というアーテルの言葉に「すまん」と肩をすくめる。
 父狼は眉間に深い皺を刻んだまま、いかにも苦渋の決断とばかりに低い声で「わかった、結婚は認める」と言う。そこに母兎がすかさず「認めるも認めないも本人達がいいならいいだろう」と。

「母様、父様の気持ちだって考えてあげないと」

 思わず口を開けば「アーテル」と感じ入った声で名を呼ぶ父に、母はあくまで冷静に。

「だって、俺達のときはこの頑固者が俺と絶対に結婚するって、周囲が説得なんてとっくに諦めていたんだぞ。それでこれがお前の結婚に反対するなんて、本当に子供達のこといえるのか? 父ちゃんだぞ?」

 「なんか思い出したら腹が立ってきた」と母が「ぷぅ!」と鳴く? のに、父の耳と尻尾がしおしおと。

「なあ、もしかしなくてもグロースター家って、かかあ天下か?」
「もしかしなくたって、うちで一番強いのは母様だよ」

 ぼそぼそささやくエドゥアルドにアーテルは当然とばかりに返す。

「切っ掛けはどうあれ、ルースの大王配となるのだ。しかるべき婚約期間と準備を経て結婚を……」
「あ、それは急がないとダメ」

 それでも父の威厳? をなんとか取り繕い、ノクトが咳払いを一つ、口を開く。しかし今度はアーテルがあっさりと、それを引っ繰り返す言葉を落とす。

「赤ちゃん産まれちゃうから」

 これにはノクトが岩のようにぴきりと固まり、さすがのスノゥも「はあっ!」と声をあげる。しかし、経験者? は落ち着いたもので。

「お前が胎にいるってわかるってことは、そうなんだろうな」
「うん、赤ちゃんいるよ」

 アーテルがまだ膨らんでもいないお腹に手を添えれば、ノクトと同じく一瞬岩になっていたエドゥアルトが訊く。

「しかし、昨日の今日でわかるのか?」
「わかるよ。愛し愛された人の子供が欲しいって思わないと、僕達は赤ちゃんが出来ないもの」
「は?」
「うん、僕達は自分の意思で身ごもれるんだよ。もちろん、愛し愛された人の子じゃないと、ここに愛は宿らないけど」

 さりげに兎族の最大の秘密を目の前の黒虎に黒兎は告げる。それに白兎の母は苦笑して。

「まあ気持ちで作れるから、盛り上がって作るつもりもないのに“うっかり”出来ちまうこともあるけどなあ」

 と告げ。

「これで二人が真実愛し合っている“証”がアーテルの胎の中にいるわけだ。たしかに腹がデカくなる前に“俺達のように”結婚式は急いだほうがいいな」

 この母スノゥの言葉に、父ノクトは「うむ」とうなずくしかなかった。
 そしてアーテルはふわりとエドゥアルドに抱きあげられていた。太い片腕の上に座らされ。

「本当か? 本当に俺の仔が?」
「そういってるじゃない。僕のこと信じられないの?」

 ぺちりとひたいを叩いてやって「ぷぅ!」と怒れば、叩かれたことなど蚊ほども思っていないのだろうエドゥアルドは、満面の笑みを浮かべる。

「いや、でかした! やった! 俺とお前の仔だ!」

 アーテルを腕に乗せたまま、エドゥアルドは浮かれたようにくるくる周り、足をバタバタとさせた。これって虎の踊り? にしては、ずいぶん不格好とアーテルもくすりと笑ったのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「な、な、うちの可愛い孫を、は、孕ませたと!」
「ご報告があとになり申し訳ありません。カール王」

 サンドリゥム王国、王宮のサロン。ノクトの前にひざまづいたときと同じ姿勢で、エドゥアルドは頭を垂れる。カール王は泡を吹かんばかりに「アーテルちゃんよ」と昔の呼び名? が復活し。

「本当にこの虎でいいのか?」

 ひざまづくエドゥアルドの横に立つアーテルに訊く。それにアーテルはこくりとうなずき。

「はい、お爺さま。アーテルはこのガサツな虎がいいのです」
「ガサツなうえに声はデカいし、身体はデカいし、筋肉ムキムキじゃぞ。アーテルちゃんは優雅な美男子が好きかと思っていた」
「ううん、綺麗な王子様は僕だからいいんだよ、お爺さま。この虎には結婚したあとで、ぴしぴし躾けて、しっかり紳士になってもらうから」
「そうか、そうか、アーテルちゃんは母上に似て、たくましいからのぉ」

 妙に納得したカール王となんともいえない表情をしているエドゥアルドに苦笑しながら、横で見ていたスノゥが口を開く。

「それで王様。アーテルの腹が目立つ前に結婚式を急いだほうがいいと思うんだが」
「うむうむ、そうだな。では結婚式はルースで行うことになるのか」
「はい、急ぎこちらにて準備いたします」

 エドゥアルドがうなずくのにカール王は。

「もちろん、うちの可愛い可愛い孫で兎さんを、そちらに輿入れさせるのだ。身一つなどとはいわんぞ、たとえ期間は短くとも、輿入れの仕度はしっかりとな。それこそ語り継がれる行列になるほどに」

 と目の前の大王に祝いというよりは、文字通りうちのかわいいかわいい兎さんにして、孫を、粗略に扱ったからどうなるかわかるな? と言外に圧力をかける。それに普段は豪胆なエドゥアルドもいささか、ひるんだ表情でこくりとうなずき。

「戴いたサンドリゥムの宝。生涯大切にいたします」

 と誓う。

「その言葉、真のものとして受け取るぞルースの大王よ」

 カール王はうなずき、椅子から立ち上がると目の前でひざまづく、黒虎の丸い耳にささやく。

「しかしな、うちの可愛い兎さんが輿入れする前に、そちらの“大掃除”は済ませておくようにな」







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