ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【12】天へと響く歌声

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 ノアツンの国境近くにある国内のみの転送陣で移動し、先に待機させていた馬車にエドゥアルドとアーテルは乗り込んだ。
 国主みずからの訪問となれば、通常は両国の転送陣をつなげひと跳びに移動するのが通例だ。しかしルースとノアツンとの間には長いわだかまりがあったことも確かで、不可侵条約を結んだとはいえルースの王宮とノアツンの隠れ里の直通の陣はいまだ繋がれてなかった。

 これから徐々に信頼関係を築き、友好関係を深めていけばそれもなるだろう。

 ノアツンの森はいまだ迷いの結界に守られている。それもアーテルが歌えば、木々が左右に割れて道が出来た。

「これが王族達が代々ノアツンの森を守ってきた秘技か」

 エドゥアルドは感心したようにつぶやく。彼はその背に大剣を背負ってなかった。カザーク族の戦士達もまた、武器はすべて弓矢にいたるまで森の外に置いてきている。
 今回はノアツンの隠れ里への大王自らの訪問ということで、護衛というより“飾り”の虎族の近衛騎士たちも同行していた。彼らは腰に剣を帯びていないことにいささか不安そうであったが、大王エドゥアルド自らが、率先して武器を降ろしたのだから、従わざるをえない。

 その彼らはアーテルの歌で開けた森の道にも、驚いたように目を見開いていた。大王を歓待するために初めから結界を解いておいてもよかったが、エドゥアルドはともかく、いまだノアツンの独立についてはそれを認めることは、大国ルースの威信に傷がつくなどといっている、石頭どもに見せつける意味がある。
 歴代のルースの大王は、そのちっぽけなノアツンの森へと、足を踏み入れることは出来なかったのだと。雪豹の王族のその力が途絶えるまでは。

 そして、今、その血と力と歌は、スノゥから息子アーテルへと受け継がれているのだと。

 木々が作りだした小径をすすみ、木の門をくぐれば、突然視界が開けて隠れ里が姿を現す。
 広場を囲むように、木造の家々が建ち並ぶなか、一番奥に作られた石造りの小さな館は、最近作られたものだ。最近といっても十年以上はたっているが。
 スノゥがノアツン大公となったときに、家族とともに滞在する館としてつくられた。その後館には二つの石造りの転送陣の建物が付属した。一つはグロースター大公邸への。もう一つはニグレド大森林帯の牧場へと直通の、隠れ里の民が利用するものだ。

 隠れ里の広場は森の花々によって美しく飾られて、ノアツンの雪豹たちが緊張した面持ちでそろっていた。普段は隠れ里につめている若者達だけでなく、ニグレドの牧場から転送陣でやってきたのだろう。老人や子供、娘達の姿もある。いずれも、今日の日のために盛装に身をつつんでいた。

 女達は衿元に刺繍がはいったシャツに、袖無しのコルセツカと呼ばれる上着の中央には華やかな花の刺繍が。スカートにこれも刺繍がはいった可愛らしいエプロン。足下はブーツ。そして首元を飾る幾重にも重なったビーズの首飾りに耳飾り。
 なにより特徴的なのは未婚の娘は頭に華やかな造花やリボンをつらねた頭飾りをつけていることだ。既婚の女性はこれが刺繍入りのスカーフとなる。
 男達の姿は逆に簡素なもので立て襟のシャツに袖無しの上着。ズボンに刺繍のはいった腰帯にブーツといったものだ。頭にはカラクルと呼ばれる毛織物のつばなしの帽子。

 本日のアーテルもまた、ノアツンから送られてきた衣装に身を包んでいた。男性なのだから本来は簡素な服のはずが、スカートは履いてないけど可愛らしい刺繍のブラウスに、袖無しの赤い上着に、同じく赤いズボンにエプロンもついていたからつけて、それからビーズの首飾りに耳飾りに、お花の頭飾りもつけた。
 別に女の子じゃなくても、僕は可愛いんだから可愛い格好してもいいの! というのが、アーテルの考えだ。

 大王を迎えての歓迎の式典は、子供達の可愛らしい歌や踊りからはじまった。広場に出された卓には、ノアツンの森で捕れたカモの丸焼きに鹿のシチュー、ニグレドの牧場から送られてきたコッコの卵の大きなオムレツに、最近つくりはじめたボアの生ハムなども並んでいる。

「おお、このハムはうまいんだよな」

 と毒味など必要ないとばかり、エドゥアルドが口にするのに近衛達が慌てる。彼は気にせず祝杯をあげたゴブレットに注がれたワインをいっきにあおった。ふう……と息をつき豪胆な大王は「お前達も食べろ」と勧める。

「やっぱりワインはサンドリゥム産が一番だよな。北のルースではエールか蜂蜜酒がせいぜいだが」

 その蜂蜜酒をアーテルは温かなお茶に垂らして呑んでいた。甘くて好きではあるが、あまり過ごし過ぎるのはよくないと、兄のシルヴァから注意を受けている。そういえば騎士団に入りたての頃に、ワインをちょっと過ごし過ぎて、昨夜の記憶もなくガンガン痛む頭を抱えながら、兄の「今後、酒ではあまりハメを外しすぎないように」の注意を受けたんだっけ。
 ちなみにノクトもシルヴァもいくら呑んでも顔色が変わらない。母のスノゥいわく「あれでは酒がもったいない」だそうだ。アーテルもそう思う。

 そんなスノゥは……といえば酒に弱くもなく強くもなく、白い頬がほんのり色付いた様は、我が母ながら色っぽいと思う。というか今度は父が「お前は過ごしすぎてはいけない」と途中から杯を奪って呑んでいるので、本当に酔っぱらった母の姿というのは見たことないが。
 父曰く「あれは酔うと歌って踊る」……だそうだ。楽しい気分になれば歌って踊るのは僕達の習性?みたいなもんだけど?とアーテルは首をかしげたが、シルヴァもまた「お前も踊って跳ねるから深酒はしてはいない」と言われた。ますます謎だ。

 可愛らしい子供達の歌と踊りのあとに、雪豹の男達の戦士の踊りと続く、その勇壮な歌声にエドゥアルドは目を細めて「見事だな。全身の血が沸き立つようだ。たしかに戦士の歌だ」と褒め讃えた。
 次は娘達の踊りとなった。その中心はアーテルだ。美しい歌声に見事な踊りに、エドゥアールのみならず雪豹の男達もカザーク族の者、それに虎族の近衛の者達も思わず見とれる。
 だからこそ、その一人が不審な動きをしたことに、一瞬対応が遅れた。
 娘達の囲みを突き飛ばし、その中心のアーテルに一直線に駆け寄る。

「アーテル!」

 それに気づき、かばったのは広い背中。エドゥアルドだ。彼の腕を近衛の若い騎士が手にもった小さなナイフがかすめた。血がにじむ。
 同時にカゾーク族の戦士によって、その騎士は地面に押さえ付けられていた。彼は腕から血を滴らせるエドゥアルドの姿に「あ、あ、あ」と声を震わせる。
 彼が狙ったのはアーテルであって、エドゥアルドではない。己の主君を傷つけてしまったことに恐怖しているのか?と周囲は思ったが。

「お、おしまいだ。毒で死ぬのはその忌々しい黒い耳長だったはずなのに!」

 彼の言葉に皆が息を呑む。アーテルをかばっていたエドゥアルドの身体ががくりと膝をつく。

「エドゥアルド!」

 アーテルは叫んで、崩れるその身体を後ろから抱きしめた。その顔色は真っ青だ。息も荒い。
 「医者を!」と叫ぶ声。「館の転送陣を!」との声と同時に「無駄だ!」という声を発したのは、同じく近衛の制服を着た男。

「そいつが公子に襲い掛かる前に、私はこの魔石を発動ささせた。一時的にこの森の周囲の転送に妨害をかけるものだ。
 サンドリゥムから神官など呼ばれないために」

 そう告げたあと、男はカザーク族の者達に拘束されるまでもなく、地面に膝をついて頭を抱えた。その手から落ちた魔石がコロコロと地面を転がる。

「まさか陛下が公子の代わりに毒を受けるなど。おしまいだ。ルースの純血の血統が失われてしまう」

 この世の終わりとばかり嘆く騎士など、アーテルは見てなかった。
 ただ、どんどん悪くなっていく顔色と、荒い息のエドゥアルドの顔を見つめる。

「どうして僕をかばったの!」

 彼はルースの大王だ。自分が倒れれればこの国がどうなるか一番よくわかっているだろうに、その身を盾にするなんて。

「自然に身体が動いちまったもんは……しかたないだろ?」
「エドゥアルド」
「惚れちまったからなぁ」

 真っ青な顔色で苦しげに息をして、それでもニヤリと口の片端をつり上げて笑う。憎らしい男だ。
 だけど彼のそれきり目を閉じてしまう。呼吸もだんだん弱くなっていく。
 このままでは……。

「いい逃げなんて冗談じゃない!」

 アーテルはエドゥアルドの身体をしっかりと抱きしめた。そして、すうっと息を吸い込むと。
 歌い始めた。
 それは水晶がぶつかりきらめくような、天まで届くような歌声。騒乱に包まれていた広場の空気をがらりとかえて清浄なものとする。
 「こんなときに歌うなど!」とこの企てを知らなかったのだろう、近衛の一人が声をあげるが、それをかき消すように、ノアツンの雪豹の男が声をはりあげた。この隠れ里の長をつとめるヤクブだ。

「みな! 合唱と舞いをアーテル様を助けるのだ!」

 アーテルの歌の旋律に彼の意図を察した、雪豹たちの動きはすばやかった。子供達はアーテルの旋律を追うように合唱し、娘達も声をあげ軽やかに舞い、そして、男達は勇壮におぅおぅおぅと拍子の声をはりあげ、地面を力強く踏みしめて踊り出す。
 アーテルが歌いながら膝に抱くエドゥアルドの周りをぐるぐると周り歌い舞う。

「ええい! 耳長に、ノアツンの雪豹どもはなにをふざけたことをしている。森の外にお運びし、国境沿いの転送陣までたどり付ければ、まだお命をお助け出来るかもしれぬ!」

 叫ぶ近衛達が飛び出そうとするのを、カザーク族の戦士達が前に立ちはだかり阻む。

「なぜ邪魔をする! このままでは陛下のお命が!」
「だから、あの勇敢な公子が助けようとしている。石造りの家に閉じこもり自然を感じることを忘れたお前達には、あれが見えないのか?」

 カザーク族の戦士達は、近衛達を阻みながら天にも届くような美しい声で歌うアーテルと、それに合唱し、舞い踊り続ける雪豹たちを見る。

「なんと美しい黄金の渦だ。天に昇ろうとする大王ハーンの魂を繋ぎ止め、浄化の風をその身体に流しこんで毒を消し、さらにはこの森のすべての命の輝きを少しずつ借り集めている」
「俺達、カザークは歌うことも踊ることも出来ないが、それでも原始の力は感じることは出来る。これは大いなる大地の鼓動だ」

 実際、広場には爽やかな風が吹き続けていた。強いものではない。それは柔らかく包みこむように、踊る雪豹族と、その中心のアーテルと彼に抱きしめられたエドゥアルドへとすべて集まっていく。

「リンゴの花の香り?」

 近衛の一人が不思議そうにつぶやいた。季節は夏、春に咲く花が香るわけもないのに。
 アーテルは歌い、すっ……と息を吸い込むと、エドゥアルドにそっと口づけた。かるく息を吹き込む。



 そして、一旦は閉ざされていた黄金の瞳が、カッ……と開かれた。






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