ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【6】恋に関する先輩? 達の意見

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 知らないことは知っている人に聞くに限る。

「ねぇ、母様って父様と会う前にどんな恋をしてきたの?」

 大公邸の図書室の横のスノゥの書斎。「今、お話していい?」と許可をとったアーデルはさっそく質問した。

「…………」

 書類を机においたスノゥがかけていた銀縁眼鏡をかちゃりとはずす。

「唐突になんだ?」
「恋とはどんなものなのか、調べているんだ」
「あの若い大王様がらみか?」
「まあね、で、母様は父様の前にどんな人と恋をしてきたの?」

 大きな書斎机越し、アーテルは身を乗り出す。スノゥがふう……とため息をついて。

「どうして俺なんだ?」
「だって、父様に聞いてもしかたないでしょ? 母様が初恋に決まっているんだから」
「…………」

 純血種の狼は思いこんだら一途である。あの父
が、母より前に誰かに恋して、それを逃しているはずもない。
 というか、母以外を好きになる父なんてアーテルにも想像もつかないけど。

「……あのな、アーテル。俺は十三で離宮を飛び出したんだ」
「うん」

 その話は聞いている。そこに母様の母様と一緒に閉じこめられていたんだと。

「世間出て色々な奴に出会うことは出会ったが、この耳だぞ」

 スノゥがそういって頭の上の白いお耳を指さす。
 母の時代は兎族に対する偏見が強かった。いや、いまだって自分達グロースターの純血種の兎達が“特別”で、他の兎達は各国の条約が結ばれつつあるとはいえ、それでもまだまだ世の中から隠れている状態だ。

「まあ、だいたい普段はターバンで巻いて隠していたけどな」と続ける。
「“心許す”ような相手なら、耳は隠さないだろう?」

 つまりスノゥの頃は兎族の耳なんて、たとえ親しくなったってそう簡単にさらせないわけで。

「えーと、もしかしなくても、母様も父様が初恋?」
「恋なんてしてる暇はなかったんだよ」

 苦笑するその白い頬がほんのり染まっていて、なんだか母様なのに可愛いと思う。

「それに独りで生きていくつもりだった」
「…………」

 それが父に出会う前の母の覚悟だったのだ。世界にたった一人の兎の純血種として、孤独に生きる。

「スノゥ!」

 そこに書斎の扉がぱあんっ! と開いて、現れたのは。

「な、なんでノクト、まだ仕事じゃ?」

 慌てる母に「今日は早く終わった」とのしのし歩いてきた父は、後ろから座ってる椅子ごと母を抱きしめる。

「私はお前を独りになどしない!」
「どう考えたって、させてくれそうにないだろう!」
「目を閉じる最期の瞬間までともに……」
「いちいち大げさだなぁ、おい」

 ぺちぺち後ろから自分の肩に回る、父の手を叩く母の顔はそれでも嬉しそうだ。そんな母の白い耳に父はちゅっちゅっとキスを落としだす。

「…………」

 これはお邪魔かな? とアーテルは質問を切り上げて書斎をあとにした。後ろから「それで私がお前の初恋だというのは本当なのか?」「確認するな! 馬鹿!」なんて声が聞こえた。
 よく考えなくとも、これで母が別の人に恋したことがありました……なんて話したら、父は地の果てまでもその相手を探し出して八つ裂きにしそうなので、家内安全? 夫婦円満にはこれでよかったのかもしれない。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 しかし、頼りの母のスノゥからはあまり情報は得られなかった。
 恋とはどんなものかしら? 
 やはり、まっただなかの人間に訊くのがいいだろう。



「どうして、ブリーを好きになったかって?」

 そんなわけで兄達よりも早くに、未来の伴侶を得てしまった生意気な弟に訊くことにする。スノゥの書斎を出た大公邸の長い廊下にて、カルマンは腕を組んで「うーん」と考える。

「好きなものは好きなんだから、理由なんてない!」
「それだって最初にブリーと出会ったきっかけぐらいあるでしょ? あれだけ兎族の子達が集まっていたなかで、なんであの子だったか」

 兎族の貴族の子女達のお披露目、王宮の庭にはお花みたいな子達がたくさんいた。それで庭の片隅に隠れていたという、あの臆病者の兎をどうして見つけたのか。

「いい匂いがした」
「匂い?」
「そう、俺が大好きな雨上がりの森の匂いがするんだよ、ブリーは」
「…………」

 そういえばあの黒い虎は自分は、リンゴの花の香りがするっていってなかったか? 
 そ、それって、あの虎「恋なんてよくわからん」といっていたけど……とアーテルは自分の頬に熱が集まるのを感じた。

「どうした? 兄貴、なんか顔、赤いぞ」
「きょ、今日はちょっと暑いから」

 「そうか?」とカルマンは首をかしげる。

「で、恋ってどんな感じなの?」
「どんなって、ブリーのことを常に考えているというか」
「うん」

 そういえば最近はあの虎のことをよく考えているなと思う。

「会えないときはあいつがぴぃぴぃ泣いていないか心配だし、そんな泣き虫に腹が立つけど、なんか憎めないしなぁ」

 筋肉だし、ガサツだし、見てるだけで腹が立つような気がするし“嫌い”っていったけど、本当は“嫌い”ではないんだと思う。
 本当に嫌いなら顔も見たくもないし、思い出したくもないし。

「あいつのこと気になるんだよなぁ」
「……確かあのゴーケツらしくもなく、ちょっと遠い目したりすると、なに考えているのか気になるけど」
「ん?」
「な、なんでもない! あいつのことなんて、全然、これっぽっちも、気にしてないんだからね!」

 「あいつって誰だ?」とカルマンが首をかしげた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「ねぇ、ジョーヌ。恋ってなんだと思う? ……お前に訊いても無駄か」

 自分と同じく未だ恋なんかしたことないだろう、生真面目な兄のシルヴァに訊いてもな……と、中庭のベンチに座ってぼんやりしているとき、目の前を通りかかった、生意気な弟のもう一人にきいた。さらに下の弟達はまだまだ三歳の可愛い盛りだ。こちらも恋はまだ早い。
 いつももながらに本を片手のジョーヌは、くるりとアーテルを振り返り。

「それは恋に関しての定義でしょうか? ならば他者を好ましく思う感情であり、相手のことを考えるとときに理性的な考えが出来なくなるような……」
「辞書に載ってるようなこといわないでよ。問題はどうやって恋をするか? ということなんだよ」

 アーテルは腕を組んでうーんと考える。自分は今まで誰にも恋したことなんてなかった。そうだ、恋なんてしてない。あの虎はたんに目の前にいるといらいらしたり、胸がざわざわしたりするだけだ。なんか気になるから。

「恋なんてしようと思ってするものではありませんよ。唐突に落ちるものです」
「お、ジョーヌにしてはずいぶんと詩的なこというね」
「以前から知っていたとしても、相手の意外な一面を知ったり、お話をしている瞬間にふと好ましいと気付くようなものです」
「それって、ずいぶん具体的じゃない? 以前からの知り合いって……」

 アーテルが聞き返すとジョーヌは一瞬黙りこんだ。

「ともかく、お兄様はエドゥアルド大王とお互いをよく知り合う必要があると思います。お相手は一国の大王ですし、お兄様も王族であるグロースター大公家の公子なのですから、ご結婚には慎重になるべきです」
「いや、あのさ、別に僕はあの大王様と恋をしたいわけじゃなくて、大王様が恋を知らないっていうからさ……」

 ジョーヌは「この本を読みたいので失礼します」とそそくさと行ってしまった。
 あの態度だとジョーヌもまるで“恋”のまっただ中にいるようではないか。

「意外」

 一体、誰なんだ? とか、弟達二人ともそろって兄達より先に恋に落ちるとは、やっぱり生意気な……と思いつつ、アーテルは「あ」とつぶやく。

「全然、なんにも解決してないや」

 あの大王様もだけど。
 自分だって、恋とはなにかわからなかった。





 ふと浮かんだのは小憎らしいあの虎男の、不敵な微笑みで。
 あわててアーテルは脳裏から、あわわわと消したのだった。





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