ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【5】こんな男と恋とはどんなものかしら?

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 マダムの店の次に案内したのはなじみのカフェ。そのまま二階の個室へと通された。アーテルは街でのお忍びの格好である、フード付きのマントを脱いだ。

「ここにはみんなとよく来るのか?」

 同じようにマントを肩から落としながらエドゥアルドが訊ねる。

「みんなって?」
「騎士団の若い連中だ」
「ここには一人で来るよ。誰も連れてこない」

 家族と王都をお忍びでわいわい歩くことはある。だけどアーテル一人でふらりと歩くこともある。
 やってきた給仕にタルトタタンと飲み物のショコラを注文する。「あなたは甘いのは?」とエドゥアルドに訊いたら「甘すぎるのはな」と苦笑したので勝手にハーブティとシトロンのタルトを頼む。

「てっきりみんなに囲まれてわいわい騒ぐのが好きだと思っていたがな」
「それも好きだけど一人になりたいときだって、あなたにもあるでしょ?」
「ああ、それであの王宮の庭の片隅の噴水にいたのか?」
「そう穴場だったのに、どこかの無粋な虎さんにみつかって台無し」
「もう、近寄ってないだろう? 誰だって一人になりたい時と場所はある」
「…………」

 たしかにあれ以来、この虎にはあの場所で会ってない。傍若無人そうで意外と気遣い出来る? 

「あそこに僕がいるってなんでわかったの? 偶然?」
「いや“よい匂い”がしたんでな」
「なにそれ?」
「“リンゴの花”の香りだ。ルースの王都でも春をつげる花だ」

 それは自分がリンゴの花の香りがするってこと? とアーテルが首をかしげていると、ちょうどタルトタタンが運ばれてきた。リンゴの薄切りがたっぷり乗ったタルトは、キャラメリゼの焦げ目が美味しそうだ。それから熱いショコラも、火傷しないように一口飲む。
 エドゥアルドの前にはミントのハーブティとシトロンのタルト。メレンゲを泡雪のようにのせてちょっとついた焦げ目が良い感じだ。甘い物が苦手な男性でも食べられる爽やかなレモンのケーキだ。一口食べて「悪くねぇ」といっているから、気に入ったのだろう。

「それで、どうして白にこだわるんだ?」

 唐突に訊かれてきょとんとした。それが盛装のことだとすぐにわかったけど。
「母様とおそろいの色だからだよ。弟達もみんな白だし」
 白は母スノゥの色だ。盛装のとき以外には、別の色ももちろん着るけれど、それも淡い色のチュニックやシャツばかりだ。
 昔は黒革のぴたぴたした、しかも腹出し服だったのよね……とはナーニャの言葉だが、ちょっと信じられない。

 一応母に確認したら、「ああ、お前らを身籠もっているときに、ノクトの奴に腹を冷やすのはよくないって取り上げられたんだよ」といっていた。ではその服は捨てられたとのか? と思ったら、一緒にいた父が「共に災厄を倒したときに、スノゥが身につけていた衣゛だ。当然しまってある」と真面目な顔で答えた。
 「あれとってあるのかよ?」と母もいささか引いていたし、アーテルも父の母への底なしの執着……もとい愛にちょっとどん引いたけど。

「俺はてっきり白にこだわるのは、黒は不吉な喪の色だといわれたからだと思ったけどな」
「なにそれ!」

 アーテルはむうっと唇を尖らせた。

「それをいうなら父様だって黒狼だよ」
「災厄を祓い国を救った英雄にして勇者。そして黒狼の純血種。たしかにこの国じゃ黒は“不幸を呼ぶ色”なんていわれないよな」
「…………」

 特別な毛色はそもそも純血種の証だ。アーテルが生まれたときだって、生まれたことのない黒兎にみんな騒ぎになったとは聞いているけど。
 そのときなにかがひっかかった。いや、ひっかかったというより“開いた”のだ。それはすっかり忘れていた記憶だ。



『でも、今まで生まれなかった黒なんて、ちょっと不吉ですわね』



 たぶん幼い頃に耳にしたのだろう。いくつぐらいのことか? 三歳か四歳か。そのあとどうしたのか? 記憶はない。
 それでも自分が白にこだわったのは、もしかして……と思う。母のスノゥと同じ姿。弟達と同じ白の盛装。
 “黒”である自分が“白”をまとう。

「……確かにいわれたことがある。小さい頃のことですっかり忘れていた」

 アーテルの正直な告白にエドゥアルドのほうが金色の目を見開いている。

「そう小さい頃はいう人はいた。僕は母様の次に生まれた兎族の純血種だけど、母様のように白くはなかった。今までいなかった黒い兎だ」

 外野の声は確かにあったけれど、アーテルは自分では気にしていないと思っていた。成長するにつれて、そのたぐいまれなる純血種の力を発揮するうちに自然とそんな声は消えたから。

「……だけどどっかでこだわっていたかもしれない。白の盛装に」
「嫌なことを思い出させたか?」
「ううん、全然。逆に気付いてよかったぐらいだ。これからは色々な色を着るよ」

 そこでアーテルは気付く。彼が自分に向けた言葉はそのまま。

「あなたも言われたの? 黒は不吉だって?」
「……リンゴの花はなルースの春を告げる花だ。王都のあちこちに庭にも植わっているし、秋ともなればな、あんたの瞳みたいに真っ赤なリンゴが生る。そのまま食べるのはもちろん、ジャムにしたり、絞り器で絞ってジュースにして瓶詰めで保存したりな。野菜のない冬の貴重な栄養だ」

 なんでリンゴの話? とアーテルは思う。

「絞り器の作業は力がいるからな。主に俺の仕事だった。ガキの頃から力はあったからな」
「ちょっと待って」
「なんだ?」
「あなたは虎族の王族だよね? それでどうして、リンゴ絞りなんて」

 それは農家の子供がやるお手伝いだ。エドゥアルドはニヤリと笑う。

「そうだ、俺は市井で育ったんだよ。“真っ黒”な俺を両親は“生まれなかった子供”として処分しようとした。
 それを命じられた虎族の騎士は苦悩してな。歳も歳だからと田舎に引きこもると隠棲を装って、俺をひそかに連れ帰ったんだよ」

 騎士の領地は小さな村だったという。その村の様々な種族の子供達と彼は遊び育ったのだと。

「親父……イワンは俺を助けた騎士だがな。それに剣と馬を習った。村にいる神官からは読み書きもな」

 そして母ともいうべき、その老騎士の妻タチアナを手伝い畑をたがやし、家畜の世話をして秋になればリンゴを搾った。

「だけどな。俺のこの姿だ。王都から離れた村だって噂になる。子供の頃は黒い山猫の子だなんだとごまかせられてもな。デカくなる体はとめられねぇ」

 黒い虎がいると、それはエドゥアルドの両親の耳にはいったのだという。自分達が始末を命じた子供が生きていることを知り、父公爵は激怒し、母公爵夫人は“王家の恥”が生きていることを嘆いた。

「そして私兵を差し向けたんだ。村に火をつけて燃やし、俺も親父も村人達も皆殺しにしろとな」
「そんな……」

 アーテルは思わず息を呑む。子供をそれほど憎む親がいるなんて信じられない……とはいわない。悲しいけれどそういう話があることも確かだ。

「だけどどうして村人まで巻き込む必要があったの?」
「俺がいたという事実さえ消したかったんだ。俺が育った村も、俺を知っている全員もな。
 そうまでして“王家の恥”を抹殺せねばならないと、俺の血だけが繋がっているオルデンブルグ公爵夫妻とやらは思いこんでいた」

 それほどまでにルースの王族達は自分達の血を神聖視し、純血主義に凝り固まっていたということだ。まるで呪いだとアーテルは思う。そして、そんなルースの王の子として生まれた、兎族の母スノゥの父に出会うまでの困難な道のりを考える。
 同時に目の前の男も。同じ虎族、それも王家の血を引く我が子でありながら、彼の実の両親は彼がただ白虎の王と正反対の色をしているというだけで、始末しようとした。

「あなたは……生きているよね?」
「ああ、村は焼かれ村人達も殺されちまった。俺は親父と村を守ろうとした。しかし、差し向けられた私兵の数は多くてな。そのうえに相手は完全武装だ」

 昔は手練れの騎士だったイワンも奮戦したが、幾人も騎士の槍に貫かれ倒れた。それを見てエドゥアルドのなかで、なにかがはじけた。

「親父は純粋な騎士で俺は魔法なんて習ったことはなかったけどな。だが純血種だ」
「……魔力暴走」

 純血種の子供はだから注意深く育てられる。アーテルの場合は同じ純血種である両親がいて、幼い頃から力の使い方を導いてくれたけれど。

「気がつくと私兵共は全員倒れていた。そこに王家の騎士達がやってきてな。親父が死んで村は焼け野原だ。呆然としている俺はどうにでもなれとばかり、奴らに連れられていかれた先が王宮だ」

 玉座の間、白い虎の老大王の前に引き出されたエドゥアルドは、王宮の奥の石の塔に幽閉されたという。

「幽閉っていってもな。一室に閉じこめられていたわけじゃない。午前中は鍛錬のために高っかい石壁に囲まれた中庭で、武術に馬術、実戦の魔術をたたき込まれた」

 午後は午後で座学だった。日暮れまで歴史に魔法学、文学に教養、あげくダンスも仕込まれたという。

「ダンスの教師にして相手が同じ虎族の爺さんってのが、笑っちまったぜ」

 とエドゥアルドが苦笑する。それでは幽閉というより王族の子弟として必要な教育を、リューリク王は与えたことになる。なぜ? と思うが、もう一つ気になることがあってアーテルは口を開いた。

「その……オルデンブルグ公爵夫妻は?」

 あなたのご両親の……というのははばかられた。「ああ」とエドゥアルドはまったく気にしてない様子で口を開いた。

「勝手に私兵を動かして小さな騎士領とはいえ、村一つを焼き払ったんだ。厳格なリューリク大王は当然処分を下したさ」

 “ただの家臣”ならばたとえ爵位があろうとも、王城の門にその首をさらすことになっただろう。だが彼らは王族だ。領地も財産も没収されたが王侯貴族専用の王都の監獄に投獄されたという。

「そのあとの内乱でな。王都の主はコロコロと変わった。その混乱のなかで監獄に収容されていた囚人達も行方知らずだ」

 おそらくはたぶん亡くなっているのだろうと、アーテルも理解した。王家の血を引く者なのだ。内乱で真っ先に始末されていてもおかしくない。

「そして、俺は十六の時に王宮から出されて、北の辺境のシビエ公に任じられて放り出された」

 その翌年に大王リューリクは亡くなっている。そして内戦が始まった。
 これではまるで、リューリクはエドゥアルドに大王として必要な教育を与えてから、解放したように見える。
 自分の死期を悟って、この黒い虎を野に放ったように。

「あとはお前さんも知ってるとおり、俺はルースの大王となった」
「ホント簡単だね」
「それでだ。ルース国の大王配にならないか?」
「苦労しましたとか、同情を買って……っていうなら、あなたの態度はあっけらかんとしすぎてる気がするけど」
「可哀想なんてお涙頂戴するつもりはないさ。俺はいま、ルースの大王なんだからな」

 胸を堂々と張る筋肉男。ちょっとだけどお話を聞いて、その生い立ちの不幸に胸を切なくしました……なんて、損したと思う。
 同時に過去を振り返らずに前を見据える黄金の瞳はカッコいい……なんてこれも思わないぞ! 

「だいたいね、僕のお婿さんになるんだったら、最重要なことが一つ抜けてるよ」
「なんだ? 求婚はしたし、毎日、花とケーキとカードを贈ったぞ。このうえはやっぱりドレスか宝石か?」
「僕は男の子だからドレスも宝石もいらない。というか、そうじゃなくて兎族は相思相愛の相手と結ばれないと不幸になるの! 
 僕はあなたに恋してません!」

 ぴしりと指をさしてやれば、そのアーテルの白い指先を寄り目になるぐらい見つめて、あごに手をあてて男がうなる。なんだ? と思ったら彼は「わからん」といった。

「なにが?」
「お前さんのいう恋だな。俺はしたことがない」
「はぁ!?それで僕になんで求婚したんだよ!」
「そりゃ気に入ったからだ。俺の王配に相応しいとな」
「…………」

 気に入ったのと恋とどう違うんだ? とアーテルはちょっと混乱したが「ともかく!」と仕切り直す。

「あなたは恋を知らないのに、兎族の僕に求婚してどうするの?」
「だったら教えてくれよ」
「はい?」
「恋ってどんな奴かだ」
「なんで僕が?」
「そりゃ、兎族は愛し愛されて幸せになるんだろう? いわば“恋の達人”だ。お姫様だって恋に詳しいんだろう? ぜひご教授願いたいね」
「そりゃ僕はよ~く恋のことは知ってるけど……」

 いや、それ嘘だ……とアーテルは内心で冷や汗を流した。





 だって、僕も恋をしたことがない! 







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