ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【3】お姫様なんて呼ばないで! 

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 そして、いよいよルース国の新しい大王の“遊学”のため、サンドリゥム王国に迎える日。

 王宮に新たに設けられた“転移の間”は中央に大きな転送陣があり、部屋自体も幾つもの防御結界に守られた頑丈なものだ。サンドリゥム王国のみならば、今ではたいていの王宮や独立都市の市庁舎にも設けられている。
 ナーニャの開発した転送陣はブリーの星図の座標によって飛躍的に進歩した。それまで一つの座標に一つの転送陣だったものが座標の変換が容易に可能となった。転送陣は布ではなく石に刻まれる常設のものとなり、互いの座標さえ合わせることが出来れば、どこの陣とでも人や物資のやりとりが可能となったのだ。
 いまでは諸外国の使節はこの転送陣でやってくるのが当たり前となっている。遅れていたルース国においてもサンドリゥムの技術者を招いて、さっそく王宮にルース国、最初の転送陣がつくられた。

 カール王以下、皇太子ヨファンと皇太子妃と王子エリック、それに準ずる王族として大公家の全員もこの出迎えに顔を出していた。グロースター大公にして宰相のノクト、グロースター大公配にしてノアツン大公スノゥ、長兄シルヴァに三男カルマン、四男ジョーヌ、それから三歳を迎えた、五男ダスクに六男ザリアも行儀よく並んでいる。“おちびちゃん”とみんなに呼ばれている小さなザリアは、スノゥの足にぎゅっとしがみついているけれど、これはご愛敬だ。
 それから次男であるアーテルも。本日はるばるルースからやってくる……といっても転送なら一瞬だけど……大王殿下をお出迎えするために、マダム・ヴァイオレットの盛装姿だ。リボンとレースとお花がたくさんのドレスと見まごうばかりの。母のスノゥは大人の落ち着いた雰囲気で、アーテルのものは若々しく華やかだ。ジョーヌやザリアのものは子供らしく可愛い。

 転送陣が光り現れた中央に立つ人物にアーテルは目を見張った。

 背の高さは父ノクトよりもあるだろうか? 横幅は細身の父より広い。……といってもぶよぶよ太っているわけでなく、宮廷服の張りのある生地の上からもわかる肩や腕の盛り上がった筋肉、ブリーチズにつつまれた太もももみっしりと鋼のような筋肉が詰まっているのがわかった。
 その厳つい印象を和らげるのが、男のちょっと笑みを浮かべているような大きな口だ。黒のクセのある髪を肩につくまで伸ばしている。太く大きな黒い眉に、金色の瞳の鋭い眼光はルースの内乱を見事に制覇した武人の気質をありありと現している。
 それから頭の上の丸い耳に、揺れる太い尻尾は真っ黒で、本当に黒い虎っているんだと思った。

 美男子というよりは豪快な美丈夫。
 それがアーテルが若い大王に抱いた印象。

 それから意外。

 なにが意外って、アーテルが絵姿で見たルースの王族貴族というのは、髭を伸ばしたもじゃもじゃした印象だったからだ。あげくその髭を三つ編みなんかにして。それから床まで引き摺るように重々しくも“古くさい”長衣を着ている。
 だけどやってきた大王は、綺麗に髭を剃って大陸中央の最先端の宮廷服を身にまとって現れたのだ。男性の宮廷服の形は変わらないように思えるが、今は袖の折り返しのカフスが大きいのが流行でそれもばっちり取り入れている。この大王様けっこうな洒落者だ。

 しかし、それとは対照的なのは、大王の後ろに立つ騎士……というより戦士といったほうがよい者達。頭には黒い毛皮の帽子に、民族色豊かな刺繍をびっしり施したチュニックにゆったりしたズボンに乗馬用のブーツ姿。
 その戦士達は豹族に山猫族、そしてサンドリゥムではある意味同胞ともいえる狼族とバラバラだ。これがカザーク族であることはアーテルも前知識として知っていた。

 若き大王の最初の仲間であり、一番信任を置いている北の剽悍な遊牧民。
 純血主義であったルースの大王が、他種族の者達を近衛として率いている。

 たしかにこれこそがあの古めかしい国が変わった証。ルースがすべての種族の協調に向けて動き出したという象徴に見えた。

 カール王とにこやかに挨拶を交わした大王は、このたびの突然の遊学の申し出を受けてくれたことに感謝の口上を述べた。それは自分よりも経験がある老練な王に対して、若き王が心からの敬意を表す謙虚さにあふれたもので、出迎えに出ていた高位の貴族や高官達は、良い意味で意外だったとあとで口々にいい合った。
 もともと外との交わりがあまりないルースの王侯貴族であるが、その態度は自分達を古き血筋の選ばれた者という高慢ちきな、こちらを見下す様子がありありな……と大概評判のよろしくないものばかりだったのだ。

 エドゥアルドは皇太子ヨファンとも朗らかな様子で言葉を交わし、その横の皇太子妃エルダにも「可愛らしいお方だ」と微笑んだ。もちろん社交辞令だろうが、それでもそう言われて気分が悪くなるような女性はいない。そして王子エリックにたいしても「未来のサンドリゥム王にお目にかかれて光栄です」といささかおどけた調子で声をかける。これには内気な王子も「僕もリースの大王にお会い出来て光栄です」とはにかむように微笑んだ。

 ノクトとは調印式以来だとこれはすでに顔見知りの気さくさで話しかける。さらにはスノゥには「相変わらずグロースター大公配にして、ノアツン公のお美しいお姿。まこと一枚の絵にしてとっておきたいですな。眼福、眼福」などといって、後ろに立つノクトの銀月の瞳がギラリと光るのをアーテルは見逃さなかった。まったくあいも変わらず、母を愛しすぎている父だ。
 そんな父の鋭い視線に気付いているだろうに、まったく気にしていない大王は、肝が据わっているのか鈍感なのか。その両方だろう。

 両親の横に立つシルヴァに「その若さで近衛副隊長とは、さすが勇者と四英傑の公子ですな」と声をかけて、次は自分を見てエドゥアルドは軽く目を見開いた。

「お話には聞いていましたが、なるほどアーテル公子は黒い毛並みなのですな」
「ええ、僕は唯一の黒い兎ですけど」

 そう黒い兎というのはアーテルしかいない。兎族の毛並みはいままで白か茶かときおり金が出るといわれていて、真っ黒なアーテルが生まれたときは、それはそれなりの騒ぎにはなったと聞いている。
 だが特殊な毛色というのは、それだけで純血種の証でもある。スノゥに続いての兎族の純血種の誕生は、母が唯一の例外的な純血種ではないという証明にもなったのだ。
 だからアーテルは自分の毛並みに誇りを持っている。黒がどうした? と内心むうっとして返した。

「いえいえ、我らは同じ“おそろい”の“黒”として仲良くしてくれると嬉しいですな」

 おそろい? この筋肉男とおそろい? なんかヤダ! とアーテルは思った。
 別に目の前の男は失礼な態度は“今のところ”とってないのに、胸がザワザワするこの感じはなんだろう? 

「いや、それにしてもまっ白な母上のスノゥ殿同様に、真っ黒なアーテル公子もうるわしい。その華やかなお姿もお似合いだ」

 「ありがとうございます」とアーテルは軽やかに微笑んだ。自分が可愛いのも綺麗なのも当然だし、マダム・ヴァイオレット盛装を着こなせるのだって、自分と母と兎の弟達ならではだ。
 でもなんで、この男はそんなに“黒”を強調するのか。

「僕も“黒い”立派な大王様に会えて光栄ですよ」

 だからそう返したのは、いささか嫌みだったかもしれない。男もまた皮肉に口の片端をつりあげて、小さな声でいったのだ。

「やれやれ、お手柔らかにお願いしますよ。黒兎の“お姫様”」

 こいつ嫌い! と思った瞬間だった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「なのにどうして大嫌いな虎が、目の前にいるかな?」
「はっきりいうな、お姫様。俺はこれでも一国の王なんだぜ?」

 王宮の庭の一角。さらさら流れる小さな噴水のある場所はアーテルのお気に入りで、穴場だ。
 主に一人になりたい時。
 王宮でのアーテルの回りには、常に取り巻きの若い騎士達がいて賑やかだが、一人になりたいときだってあるのだ。
 それを今、もっとも顔を見たくない虎に邪魔をされた。

「あなたが大王様らしく僕に敬意を持ってふるまわれるならば、僕もそうしますけど?」

 ツンと顔をそらせれば「はいはい、わかりましたよ、公子様」とどっかりアーテルの腰掛ける石のベンチの横に座った。

「……どっか行けって言ってる意味がわからないの?」
「俺はここにいたいんだ。公子様のほうこそ俺がそんなに気に入らないなら、立ち去られたらいかがかな?」
「…………」

 こうなると意地の張り合いだ。アーテルはそっぽを向き、エドゥアルドは腕を組んだまま石の彫像みたいに動かない。
 沈黙は不毛だ……とアーテルは思う。たとえ嫌いな相手でも、だからこそその相手を“どっかにやる”ためには話さねばならない。

「ねぇ、どうして僕のことを“お姫様”なんて馬鹿にするわけ?」
「綺麗に着飾ってちやほやされている兎さんだと思ったのさ。回りの狼どもも情けねぇ嬢ちゃんの振りまわすムチに合わせて、すっ飛んでやっているとな」
「ちょっと! あの鍛錬はインチキなんかじゃないんだからね!」

 アーテルが声をあげると「だから悪かった」とエドゥアルドは両手を降参とばかりにあげる。

「あのムチは本物だった。俺も吹っ飛ばされるかと冷や冷やしたぜ。たしかに四英傑のスノゥ譲りだ」
「……だけど負けたけどね。あなたも確かに強かった」

 それは認めねばならない。この男は父や兄、母と同じく強い。

「ただし、感心しねえのは姫様って呼ばれるのは嫌なクセに、回りの男達を煽るのはどうなんだ? 『僕より強くないとお婿さんにしない』だったか?」

 つまりはアーテルは姫と呼ばれるのは嫌がってるくせに、周囲には“姫”扱いされているといいたいのだろう。
 アーテルだって周囲の若い男達の目を十分わかってる。彼らが自分に勝ちたくて必死になってるのを翻弄している自覚もだ。

 だけど。

「それのどこが悪いの?」
「はあ?」

 目を丸くした目の前の虎に、アーテルはフフンと鼻で笑い。

「僕が綺麗なのも可愛いのも事実だし、みんなが憬れるのも当たり前だよ。姫様扱いなんてするな! と僕は怒るつもりはないよ。せいぜい、僕をあがめるといいんだよ」

 開き直りではない。自分の容姿を利用することだって、武器の一つだとアーテルは思っている。

「僕が我慢ならないのは僕のこの姿をみて、最弱の兎族の“お姫様”だってあなどる奴だ。そういう奴は全員、“後悔”させてきたけどね」

 子供の頃はこのサンドリゥムでも兎族にたいする偏見、とくに貴族達には根強くて子弟達でもアーテルを馬鹿にするものはいた。どうせ弱っちい兎族さと。
 そういう奴をアーテルはことごとくコテンパンにしてきた。ムチでぶん殴るたびに、なぜか恍惚として自分の信奉者となるものが増えるのは困りものだけど。

「あなたにはも負けちゃったけど」

 くやしいとむうっと唇を引き結べば。

「いや、だからお前さんは十分に強かったと俺はいっただろう? 守られてちやほやされているような、お姫様じゃないことはわかったぜ、姫様」
「だから、それなのになんで姫様!」

 アーテルは石のベンチから立ち上がり、座る虎の前に腰に手を当てて立つ。

「そりゃ、美しいのも可愛いのも“本物”なんだろう? だから、俺は姫様と呼びたい」
「う……」

 アーテルは頬に血が昇るのを感じた。これは褒められているのか? 馬鹿にされていないとは思うけど。

「あのね!」

 照れを隠すように声をはりあげて、虎男の顔をぴしりと指さす。

「僕は勇者ノクトと四英傑スノゥとの息子のアーテル。白兎の母の次に生まれた純血種で、唯一の黒兎であることを誇りに思ってるの!」
「黒を……誇りか。気に入った」

 エドゥアルドはそうつぶやくと、いきなりアーテルの前に片膝をついて胸に手をあてた。騎士の最上級の礼だ。

「なあ、お姫さま。あんた俺の妃にならないか? それこそ、お姫様みたいに大切にするぜ」
「おことわりします!」

 アーテルはきっぱり断った。やっぱりこの虎の考えはわからないし、嫌いだ。





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