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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】
【2】鉄冠の大王
しおりを挟むルース国の内戦は七年あまりに渡った。
“冠を盗んだ偽王”とよばれるオルグからはじまり、彼が諸侯同盟によって倒され、王権の証である“王冠”がバラバラにされ売られたと発覚すると、さらなる混乱の時代が始まった。
有力諸侯それぞれが勝手ににわかの王冠をつくり、それを被って王を名乗ったのだ。当然、互いに王とは認めず、諸外国もこの混乱を静観した。
諸侯同士の潰し合いの戦いが四年も続いたあとに、思わぬところから有力な新星が現れた。
それが北の黒き虎と呼ばれる男、エドゥアルドだ。
彼は王族であり、さらにはリューリク王の兄弟のの孫という血の近さにありながら、不遇の王子であった。
それは彼の変わった“毛色”にある。黒い虎として生まれた彼を、白い虎であるリューリク王と比較し“不吉”として純血主義の虎族の王侯貴族達は嫌った。彼を同族として認めず、北の永久凍土の不毛の大地シビエの領主として半ば流刑地同然に遠ざけた。
だが、彼は内乱のただ中に突如として躍り出た。率いていたのは同胞の虎族ではない。シビエにたくましくいきる遊牧民カザークの戦士だった。豹族、山猫族、狼族達の種族は違えど同じカザークを名乗る、雪と氷に鍛えられた強壮な戦士達は馬と弓を巧みに使い、重装の虎族の騎士や兵を翻弄し、破竹の勢いで諸侯軍を次々と破り辺境より王都へと迫った。
純血主義の虎族の諸侯と違い、優秀な者ならば種族を問わず取り立てるエドゥアルドの元へは、それまで虎族の圧政の元で苦しんでいた他種族達が、続々と集結した。
さらに時代の流れをかんじとった若い虎族達も、いまだ純血主義と因習に囚われる年寄り達を見限りエドゥアルドについた。
彼はついに虎族以外の他種族連合の長達、それに時勢を読んで新しい時代を受け入れた虎族の王侯貴族達の指示を得て大王の位へとのぼった。王都から追いやられた旧勢力達は、彼を認めはしなかったがそれは無視である。
諸侯達をやぶった戦利品であるにわか作りの王冠の数々を「少しは足しになるだろう」と彼はその宝石をバラバラにし、黄金はとかしてのべ棒にして売り払った。その金を長い間の内乱により、困窮した王都の民の救済にあてた。
私欲のために王冠を同じくバラバラにして、売り払ったオルグとは正反対の王の行為に、人々は喝采を叫んだ。
「王冠なんぞ被らなくても、皆が認めてくれれば俺が大王だ」
そう語るエドゥアルドに救済を受けた王都民達は、鉄くずを集めて鍛冶屋がこれを冠を打って、王へと捧げた。この民が捧げてくれた鉄の冠こそなにより、宝だと、さっそく大神官長を呼んでエドゥアルドは即席の戴冠式を行った。金のかかる準備もせずに、自らの手で頭に鉄の冠載っけただけのそれは、いかにも豪快な王らしかった。
これにより北の黒虎は別名鉄冠の大王とも呼ばれるようになった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「民に人気で国外からも評判が高い大王様らしいけど、僕から見ればがさつな野蛮人だよ!」
大公邸の大きな暖炉がある居間。アーテルは気に入りの蜂蜜を垂らしたローズヒッブティを飲み、これまた最近の気に入りのジャムクッキーをばりばりやりながら話す。
「宮廷内の部署の案内をしたが、質問は的確でこちらの役人のほうが、まごつくことがあったぐらいだ。それでも気分も害されることなく「ゆっくりでいい」と豪快に笑って待たれる。よい方だと思ったけどね」
シルヴァの答えにアーテルはちょっと不満げに唇を尖らせた。双子の兄は現在、若くして王宮騎士団の近衛隊の副隊長をつとめている。王族の警護や、他国の要人の警護も彼の仕事だ。
「あの大王様、俺は好きだけどな」
と口を開いたのは今年十一になるカルマン。この頃、彼は王宮の庭の一角で若い騎士見習いに混じって身体を鍛えている。そこにあの黒虎がやってきたのだという。まったくどこにでも出没するな。大王め!
「重い鉄の重りを持ち上げる訓練していたらさ。すごいな坊主って、俺が両手なのを片手でひょいって持って「見てな」って。もう一つもくわえてお手玉したんだぜ。すごいと思わないか?」
「今度、稽古つけてもらう約束した!」と瞳を輝かせるカルマンにアーテルは「あんまり鍛え過ぎると、脳味噌まで筋肉になるぞ」と返す。
「あんな黒虎と同じ、筋肉狼になったら、あなたの可愛い兎ちゃんにぴるぴる怯えられるかもよ」
「ブリーは俺がどんな姿になったつて、好きっていってくれるさ。もちろんブリーに恥ずかしくない男になるつもりだけどな」
すかさずきっぱり答えた生意気な弟には「へいへい、お熱いことで」と返す。まさか剣を振りまわすことで頭がいっぱいな脳筋弟が、真っ先に番を見つけてくるなんて誰が思っただろう。それも十五歳年上のかわいい兎を。このませガキめ。
ブリーに関してはアーテルは大変気に入っている。年上とは思えないほど、かわいくておっとりしていて、まああちらは筋肉弟と正反対にお星様と数式のことで頭が一杯だから、似合いかもしれない。
ああ、でもお互いがお互いのことでも頭がいっぱいなのか。カルマンとブリーが一緒にいるところを見ると、いいな……とは思う。それは父と母、スノゥとノクトの姿を見てもだけど。
自分にもいつか運命の人が……と思ったら、なぜか、あの黒い虎が不敵に笑う顔が出てきて、あわてて消す。なんで、あの虎のこと考えるんだ!
いや考えずにいられまい!だって、あんな虎に負けるになんて!悔しいに決まってる。
だから、自分と同じで、およそあんながさつな男と合わせないだろうジョーヌに「どう思う?」と訊く。
「なにがですか?」
「だから、あの筋肉虎のことだよ!」
「とても、ご立派な方だと思いますけど」
「そういう、そつのない外交儀礼はいいの。ここは家族の居間なんだからさ」
まったく、この弟はカルマンとは別の意味で生意気だ。常に冷静沈着で理知的で、父のノクトに似ているが、それよりもさらに冷めている。これが兎族?と思うほど。
これで歌と踊りは情感たっぶりに素晴らしいから不思議なのだ。双剣やムチの扱いもうまいし。まったく隙がなさ過ぎる優等生め。
「別に外交儀礼ではなく、あの方は王として評価できると申し上げたのです。混乱のルースの大王になった武勇もそうですが、旧態依然とした純血主義に風穴をあけて、他種族との融和と協調という国家体制を築きつつあります」
「鉄の王冠の話はいささか芝居がかってますけど、民を労られる善き王ということでしょう」とジョーヌは締めくくる。
事実を並べられてしまってはアーテルとしては反論のしようもない。確かに内乱を勝ち抜いて大王となって、そのあとも国の改革を次々に進めている。
鉄の冠の話については、ジョーヌは芝居がかっているといったが、単純にアーテルはなんて立派な王だろうと思ったほどだ。
それがあんながさつな筋肉と思わなかったけれど。
「父様はルース国の新しい大王についてどう思う?」
「ジョーヌとあまり変わらないな。施政者として見倣うべきところの多い王だ」
アーテルが明らかに不満だという顔をすれば、すでに賢者モースから、宰相の位を数年前に譲り受けている父は苦笑し。
「長年続いていた国の体制を変えるというのは困難が伴うものだ。ましてあのルース国で、あの王はそれを成し遂げたのだ。それも王族でありながら不遇を囲い辺境の地に飛ばされながらな。
その困難さえ逆手にとって剽悍な遊牧の民たるカザーク族の協力を得て、内乱の混乱の中へと躍り出た。カザーク族の戦士達は今も大王の近衛として、忠誠を誓い、つねに従っている」
それはアーテルもみている。あの黒虎につねに従う民族色豊かな衣装まとった近衛達。その顔つきは豹族に山猫族に狼族とバラバラだ。
純血主義にして虎族至上主義だったルースの大王としては、信じられない姿だろう。
「しかも、あの王は自分を北へと追放した虎族さえ許している。もちろん自身の他種族との融和という考えに同調した者達のみであるが。
内乱を勝ち抜いた武勇にくわえて、新旧それぞれの勢力のあいだを取り持ち、うまく治めている。やはり傑物といわざるをえない」
父ノクトの言葉は、ジョーヌと同じく本当のことでアーテルも反論の余地はない。
たしかにあの大王は立派なんだろう。ガチガチの純血主義と虎族至上主義を打ち倒し、ルース国に住まうすべての民の協調と融和を図ろうとしている。
虎族ではないというだけで、日の目を見ることが出来なかった優秀な者達を次々と取り立てて、ルース国を近代的な国家にしようとしている。
うん、立派だ。大変立派だ。
だけど。
「母様はどう思う?」
だからアーテルは母のスノゥにきいた。ルース国や虎族達と“色々あった”母に訊くのはちょっとずるいかな?と思ったけれど。
「さて、アーテルの期待しているとおり虎は虎だ。こんちくしょうめ!とは、俺も言えないな」
「母様……別に僕は悪口をいって欲しいわけじゃなくて……」
いや、まあ、あの筋肉虎!といって欲しいけど。
「俺と色々あった国と虎族だがな。しかし、あの新しい大王が俺になにかしたわけじゃない。
むしろ、エドゥアルド大王はノアツン国の独立を認めてくれたからな」
そうなのだ。それもあの若き大王はノアツン国を過去の属国としてではなく独立国として、互いに不可侵の友好条約さえ結びたいといってきたのだ。
内乱の間でも王を名乗った他の領主達は、一切ノアツンの独立を認めていなかった。それと同時にその後ろ盾となっているサンドリゥムとの間柄も断交していた。
だからノアツンを独立国とみとめ不可侵条約を結ぶということは、サンドリゥムとの国交も復活するということを意味していた。
ルースとノアツンの新たに定められた国境まで、エドゥアルド自らが出向いて、天幕にて調印式が行われた。そこにはノアツン大公であるスノゥと、そして立会人としてサンドリゥム王国宰相ノクトも出席していた。
そこでエドゥアルド大王はさらに驚くべき提案をしたのだ。
中央の進んだ魔法や技術、それに政治体制を学ぶために、大王自らが、サンドリゥムに“遊学”に赴きたいと。
サンドリゥムはそれを了承し、あの王がこの国にやってきたのだが。
「たしかに一つ気に入らないことがある」
ノクトの唐突な言葉に「やっぱり!」とアーテルが思わず身を乗り出せば。
「調印の席でスノゥにたいして『噂にたがわずお美しい』といったことだ」
「そんなもの社交辞令だろう」とスノゥがあきれる。「いや、あれは本気だった」と断言する父に、子供達もちょっと呆れ顔だ。相変わらず母を激愛しすぎている父だ。
「でも、それをいうなら僕のことだって、あの筋肉虎は“お姫様”って呼ぶのは、とっても気に入らないね」
そうあの鍛錬場だけではない。
あの男とは出会いからして最悪だったのだ。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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