ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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ワガママ王子はゴーケツ大王なんか絶対に好きになってやらないんだからね!【アーテル編】

【1】ワガママプリンセスの敗北

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「僕より弱い人となんか、結婚しないんだからね!」

 昔からのアーテルの口癖だ。
 これでなみいる“挑戦者”という名の“求婚者”達をちぎっては投げ! してきた。遊び仲間の狼族の少年達もコテンパンに。
 アーテルより強いのは、父のノクトに母のスノゥ、兄のシルヴァとなるが、全員家族なのでもちろん結婚相手としては考えられず無問題だ。

 そんなわけで黒い毛並みにルビーの瞳のワガママお姫様? は無敵に素敵に育ち。
 十五となって兄のシルヴァと同じく、騎士の叙任を受けた。
 母のスノゥも一緒だ。
 なぜってうっかり母が祖父のカール王の前で「そういえば十三で国を飛び出したから、叙任なんて受けてないな」とつぶやいたからだ。ならば一緒にどころか盛大に叙任式をやるぞ! と“うちの可愛い兎さん達”を溺愛するお爺さまが騒ぎ出し。

「いや、この歳で叙任式なんて今さらだし、必要ないでしょう?」

 スノゥは反論したのだが「必要だ」と今度は夫にして父のノクトまで一緒になって説得され。
 こうなるとスノゥは諦め顔で「好きにしてください」と言うしかなく。
 そんなわけで、スノゥにアーテル、シルヴァの叙任式は王宮にて盛大に開かれた。騎士服を身にまとったシルヴァは凜々しく、その後の夜会にて幾人もの貴族の娘達にダンスを申し込まれていた。優しく紳士な兄はそつなく、その相手をこなしていたけれど。

 そして同じく騎士服にしてはまっ白の、ちょっと派手? いやだいぶ派手というか「やっぱりこうなるか」とマダム・バイオレット制作のまっ白な盛装に身を包んだ美しい母は遠い目をし。
 そして大人? な意匠の母よりも、さらにお花とレースとリボンたっぷりな白の衣装を身にまとったお姫様もといアーテルは、叙任のあとのバルコニーのでの挨拶で、いつものごとく花のような笑顔で手を振ったのだった。
 その姿は当然、貴族の子弟たちの注目を集めたが、ダンスの申し込みの前に、それはすべて父のノクトに兄のシルヴァ、だけでなくその迫力? の美しさのスノゥに阻まれたあげく「最後はワシと踊ってくれんかな?」とカール王がトドメをさし。

 こうして、アーテルはまさしく高値の花の深窓のお姫様? として、貴公子達の憧れの存在のまま。

 十八歳となった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「はい、そこ、へこたれない! 次!」

 鍛錬場の真ん中、アーテルはひゅんひゅんと母譲りの白いムチを振りまわす。回りに倒れ散らばる若い騎士達に、それより年かさの騎士達は『またか』とばかり苦笑する。
 いつもの風景。騎士の叙任を受けて騎士団に入ったアーテルは、シルヴァと同じく順調? に出世して、いまは教練師範の役についている。
 王騎士団の若い騎士たちは、すべて選ばれた狼族の貴族や騎士の子弟ばかりだ。つまりは幼い頃からのアーテルの遊び相手もおり、毎日のように彼にぶっとばされ……おっほん、ともかく、昔からのアーテルの口癖をみんな知っている。

「そんなんじゃ、僕に勝てないよ? 僕より強い人じゃないと僕のお婿さんなんて認めないんだからね!」

 いつもの煽り文句? だ。白いムチでぴしりと鍛錬場の土の床を叩くお姫様に、気力を奮い立たせた若者達は「うぉおおおおお!」とせめて、指先なりとも触れようと手を伸ばす。
 が、それもアーテルの軽やかな歌と、ムチをくるくるリボンのように振りまわす、美しくも凶悪な舞踏によって、彼らは再び周囲に跳ね飛ばされて転がる。
 年上の騎士達は本日も無謀な挑戦者達が敗れたか? と顔を見合わせて苦笑しあう。

「ずいぶんと面白そうなことをしているな」

 聞き慣れない若い男の声に、アーテルは黒いお耳の片方をぴくりとそちらに向けた。振り返る。
 そこには一人の大柄な青年がいた。褐色の肌に漆黒のクセのある髪、太い眉、その下の金色の瞳は鋭い眼光を放っている。彫りの深い顔立ちにニッと笑った口は大きい美丈夫。
 そして先が丸い耳も太い尾も黒い。
 一見黒豹族か? と思うが違う。黒は黒でもそのくねる尾には、光の加減で微妙な縞の濃淡が浮かび上がり、耳の後ろにも虎族特有の丸い斑点が、よくみれば淡く浮き上がって見える。

 そう虎族だ。
 この男は珍しい黒い虎なのだ。

「ひとつ、この“北の田舎者”の相手をしてくれませんかね? サンドリゥムのお姫様」

 とても“田舎者”なんて思っていない、堂々たる口調と歩みで鍛錬場へと入ってくる。この国に“遊学中”の彼はどこでも見学自由の許可をカール王から得ている。もちろん、国の機密に関わるような場所は立ち入りをご遠慮願っているが。

「北の風雪に鍛えられた剣術を“お客様”はご披露してくださると?」

 “大王”なんて呼んでやるものかと、わざとアーテルは“お客様”と呼びかけた。相手もそれに気付いたかのように、太く男らしい眉を軽くあげたが、まったく気分を悪くする様子もなく、むしろ面白いとばかりに、その口の片端をつり上げた。

 逆にアーテルは気に入らないと思う。
 この男は初めて会ったときから、こんな風に馬鹿にした笑いで自分を見ていた。
 さらには“お姫様”なんて呼んで。

 アーテルは自分が可愛い自覚はあるし、可愛いものは大好きだが、男の子としての矜持だって人一倍ある。自分は英雄ノクトと四英傑のスノゥの息子で、そしてサンドリゥムの騎士だ! 

「ですが、残念ながらその背中のご立派な剣の出番はありません」

 男は背中に大剣を背負っていた。王侯らしくもなくゴテゴテとした装飾もない。質実剛健な剣の作りだけは感心だと思うけれど。だいたい装飾なんてしたら、その“鉄板”みたいな剣はさらに重くなって振りまわせないだろう。元から本当にそんなデカい剣を振れるのか、アーテルには疑問だった。

 父様の長剣とちがってどうせ見かけだけ。
 と。

「僕はこのムチを使いますから、あなたは素手でこれをかいくぐって、少しでもこの身体に触れたら勝ち」
「ほう? 昔懐かし鬼ごっこか? 子供ガキの頃にやったが」
「……そうともいいますね」

 そんな子供の遊びを王宮騎士団がしているのか? と言外に馬鹿にされたようで、アーテルはますます、このトラ男に吠え面をかかせてやろうと思った。

「でも我が騎士団の鬼ごっこはひと味違いますよ」
「それは楽しみだ」

 男は手短な騎士に「ちょっと預かっといてくれ」と背中の大剣を押しつけた。その重さに思わずとりおとしかける騎士の姿にアーテルは、あれはそんなに重いのか? と思う。
 それをこの虎はずっと背負っていると? 
 そして男はアーテルまであと十歩というところまできて、立ち止まる。そして、二人は相対して“鬼ごっこ”が始まった。

 スノゥのテノールとは違い、アーテルの声は声変わりもまだか? という高い歌声だ。少年と少女がまじったような不思議なガラス細工のような声。
 甲高い鈴を転がすような響きと、白いムチが螺旋を描くその動きに、知っている王宮騎士達がギョッとした。うちの姫様……最初から全力だぞ! と。
 それこ心の中だけで、本人の前ではけして姫とはいわない騎士団員たちだが。そんなこといったら、たちまち跳ね回るムチに追いかけ回されるか短剣が飛んでくる。
 歌声をうけたムチはうなり、とても一本とは思えない複雑な軌道を描いて黒い虎を襲う。

「おっと!」
「っ!」

 それを軽く避けた相手にアーテルは驚いた。自分と母のムチの軌道を避けられるのは、父とシルヴァ以外にいなかったのに。最近はカルマンも生意気にもかわすようになってきたけど。
 この相手は強いと瞬時に判断して、アーテルは素早く後退する。そのあとを男の大きな手がかすめる。あぶなかった。

「あなたを……」
「ん?」
「馬鹿にしていたことは謝りますが、これからは本気です!」

 いや、初手から全力だったんじゃね? という見物の騎士達の声は、アーテルには聞こえない。歌声と激しいステップとともに、ムチを床にたたきつければ、跳ね返ったそれは幾つもの不規則な軌跡を描いて、その巨躯を襲った。
 予測不可能なムチの動きはすべて目視で避けねばならない。しかし、男は「おわわ」なんてふざけたことをいいながら、見事に全部避けた。これもかわすとはやはりやる。
 が、さすがにあちこちから飛ぶそれに、その大きな身体の体勢が崩れる。アーテルはニヤリと笑った。

「もらいました!」

 これを狙っていたとばかり、大きくムチをうならせて男の身体を横殴りにする。歌声には風の魔力をのせて。
 さすがの虎もこれでふっとぶ……はず……。

「え?」

 しかし、横から飛んできたそれを男は、崩れる体勢をねじり真正面で見据えた。その男らしさだけはある顔面で受けとめるつもりかと思ったが。

「はあっ!」
「ええっ!」

 男はなんと両手でムチをがっちり受けとめて掴んだのだ。それをぐいっとひっぱられて、アーテルの軽い身体はくるくるとコマのように回転してひっぱられ。

「つかまえたぜ、兎のお姫様」
「…………」

 男の腕の中にやんわりと受けとめられていた。

 ま、負けた。
 く、悔しい……。

 わなわなと黒いお耳の先まで震わせるアーテルに男は言った。

「それでお姫様よ。あんたに勝った俺をお婿さんにしてくれるのか?」

 ニヤリと笑う男から腕を突っぱねて抜け出して、アーテルは「僕の負けは認める!」と叫ぶ。

「だけど、あなたを絶対に好きになることなんてない! エドゥアルド大王!」

 ルースの黒い虎こと、現在のルース国の若き大王を指さしてアーテルは宣言した。






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