ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】

俺を星まで連れて行け! 

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 リンゴ色のマントに、若草色のチュニック、ワイン色のブリーチズにキャラメル色の靴。
 初めてのお出かけのときにカルマン様にいただいたものだ。

 そして、ブリーはうっかり忘れていた。
 それにはお金がいることを。

 いや、お金というものは知っている。ある程度の物の価値だって、本というより文字が書いてあるものならなんでも読むブリーだ。それこそ、男爵家の八百屋の請求書まで、お芋一個のお値段の季節の変動も記憶している。
 今年はちょっとお芋の値段が高いのは、不作なのか? と母のコリンヌに尋ねたら彼女はきょとりとして「あなたが王宮に勤めたら、きっと官吏として出世したかもね」と言われた。そのあとのため息で「……じゃなかったら」というのは、きっと兎族じゃなかったら、だろう。
 でも、ブリーは官吏よりも、星を観る学者になりたかったので、母にそう言えば、コリンヌは違うため息をついて「やっぱりあなたには官吏は無理よね。お金の計算には地に足がついてなきゃ」といわれた。たしかに自分の心はいつだって数式とともにふわふわお空に跳んでいるので、役人の世界は無理だと思う。

 そしてカルマン様にいただいた、服の代金だ。
 母に相談すれば。

「将来の旦那様からの贈り物ですもの。お金を払うなんてそれこそ、この縁談はお断りしますと遠回しに告げるようなものよ」

 といわれた。なるほどそういうものなのか。というか“旦那様”という言葉にぽうっとブリーは赤くなった。

「でも、お金ではなく、なにかお返ししたいです」
「それならば、あなたが手作りしたモノを贈ったらどうかしら? お星様を描いたお空の絵とか?」
「星図ですか?」

 それをカルマンがもらって喜ぶだろうか? とブリーは首をかしげた。ともあれ自分の書斎兼星の観測室である、屋根裏にあがった。
 そこには壁一面に星図が張られ、机に散らばった数式の紙に、床に積み上げられた本。
 その本からしおりがはみ出している。しおりは手作りしているものだ。綺麗な紙を切って穴をあけてリボンを通すだけの単純な。
 これでも男爵家の端くれ? だけあって、それなりに家同士の付き合いはある。贈答品を包む紙やリボンを利用したもの。
 だけど、その再利用品のしおりをそのままカルマンに贈るのはありえない。ちゃんと自分は新しいマントと服をもらったのだし。
 母は星図を贈れといっていたけれど。

「そうだ!」

 ブリーはこれならと思いついて、父の書斎へといそいそと向かい“材料”を調達すると作業に没頭した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 カルマンはブリーと結婚の約束をした。あれから何度も手紙のやりとりをして、それから二度、外へと出かけた。王立公園の池で小舟に乗って、その次は手をしっかり繋いで王都の大通りを歩いた。
 初めて乗った小舟にブリーはちょっとおっかなびっくりだったけど、カルマンが漕ぐそれが水面を滑るのに、垂れた耳が風に揺れて段々心地よさそうな顔になった。それから徐々に池の周りの花や木々、水面に映るそれらを見て、綺麗だと微笑む余裕か出来た。

 馬車や人々が通る大通りも同様。護衛の騎士は後ろについていたが、カルマンとしっかり手をにぎって、きょろきょろというよりおどおどしていた。そのうちに店頭に飾られている商品や、街並みをあの茶水晶の瞳をキラキラさせて見るようになった。
 こんな風に好奇心に囚われると、臆病心はどっかに置き去りにされるようで、文具屋で熱心に見ていたペンをカルマンの分も色違いで求めた。もちろんカルマンが赤でブリーが黄色だ。それから本屋でこれまたぱらぱらして本格的に読みかけそうになった旅行記を買ってやった。ブリーは恐縮していたけれど、今はその本に大好きな彼との時間はとられたくなかった。

 赤いリンゴのマントもよく似合っているけど、そろそろ新しいマントを贈ってもいいだろうか? 替えだって必要だろう。他の服だってだ。それから耳のリボンはもうひとつじゃなくて、もう三つぐらい贈りたい。
 そんなカルマンの懐具合は、まだ子供であるために“おこずつかい”だ。とはいえブリーに出会うまでは鍛錬したり、鍛錬したり、北の領地の野山を駆けまわっていたカルマンだ。不自由のない暮らしに物欲なんてものはまったくなく。つまりは手つかずにまるまる残っていた。大公家の公子のお小遣いだから、子供とはいえそれなりに。

 さらにいうなら、ブリーに買ってやったマントや服の代金は、そのまま大公家に請求されるわけでカルマンが払うわけではない。ただし、あとで母のスノゥから、これからブリーへ“大きな”贈り物をするときには必ず自分か、執事のナイジェルに相談するようにと言われカルマンはうなずいた。
 そんなときにブリーから手紙が届いた。ちょっと封筒が大きくてなんだ? と思ったら、綺麗な厚紙に挟まれて並べられた“それ”にカルマンは目を見張り笑顔となった。

 大切な人からの贈り物を宝物のようにとっておくか、それとも使うか。
 カルマンは使う派だ。

 だって、その人は自分が使ってくれることを想って、あれこれ考えて贈ってくれた品なのだ。母のスノゥだって、書類に目をすがめている姿に父が贈った銀縁眼鏡を愛用しているし。
 そして今日はナーニャ先生がやってきての、大公家の図書室にての魔法の授業。大きな本棚が並ぶ中央に置かれた丸いテーブルにジョーヌと並んで座る。

「だっからねぇ、その中途を省力して答えだけ書いた術式の組みあわせはなんとかならないの? これで実技をやらせてみると、最大火力で燃えあがるから腹立たしいんだけど。だからショーヌみたいに微妙な調整が出来ないのよ」

 今日も今日とてナーニャ先生の呆れた声があがる。正直座学は嫌いだ。カルマンは身体を動かすほうか性に合っている。隣のジョーヌは正反対のようだけど。

「燃えて爆発すりゃいいだろう?」
「そうはいかないわよ! 燃やしちゃいけない物があったり、吹っ飛ばしちゃいけない人間がいたときにどうするのよ?」
「そのときは出来る奴にまかせるか、居ないときは剣で切り込む」
「だから、その父親や母親と同じ考えってどうなのよ!」

 「それもあれこれ考えずに、単純な力押しのほうが案外有効だったりするのよね」とナーニャはぶつぶつ。
「時間ね、本日の授業はこれまで」
 それを合図にカルマンは教本の分厚い魔道書にしおりをはさんだ。それをチラリとみたナーニャが「ちょ、ちょっと待ちなさい!」と叫ぶ。

「なんだよ?」
「そのしおりを見せてくれる?」
「見せてもいいが、これはブリーからの贈り物だから、やらないぞ」
「とらないわよ。いや、じっくりみたいけど」
「…………」

 なにか怪しい言い方だったが、とりあえずカルマンはナーニャにそれを渡した。ナーニャはそれを穴が空くほど見つめた。

「これは星図の一部よね? こんな正確なの見たことないわ」
「他にもあるぞ」
「なんですって!」

 「全部見せなさい!」と言われて、カルマンはブリーからもらった五枚のしおりを順に並べる。羊皮紙に描かれたそれはすべてつなげると、一枚の絵になるものだった。
 まあカルマンからみると、点と線と数式の書き込みが小さくあるものだったが、その模様は美しかったし、なによりブリーからの初めてもらったものだから、とてもうれしかった。

「し、信じられない……こ、こんな正確に星の軌道を、それにこの数式……」

 ぶるぶるとナーニャは震えて「こ、これは誰にもらったの?」とカルマンに詰め寄る。

「だからブリーだって」
「ブリーってあなたが先日婚約したっていう、兎さんよね?」

 「こ、これは、急いでモースのお爺さまも呼ばなきゃ」とナーニャは叫ぶ。そして、カルマンにがばりと迫りいった。

「そのブリーちゃんをあたしに会わせて! これは未来の魔法の発展のために、重要なことなの!」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「し、信じられない……!」

 ブリーのしおりをみたときと同じく、ブリーの秘密? 星の観測室である屋根裏に乗り込んだ、ナーニャが再び叫ぶ。
 ナーニャからの緊急呼び出しに転送でやってきたモースを引き連れて、さらに転送で乗り込んだ男爵邸。
 「あなたの描いた星図はどこ?」と迫るナーニャに、ぴるぴる震えるブリーのお手々をカルマンは握りしめた。星図は屋根裏部屋にあるというので、ナーニャに「おじいさまこっち!」とひきずられるモース。それからブリーの手を引いてカルマンが続く。
 そして、屋根裏部屋の壁一面に張られた星図にナーニャは発狂状態だった。

「これで転送陣の座標問題が一気に解決じゃない!」

 便利な転送陣だが、高度な転送技術を持つ希少な魔法使いが、いちいち陣に魔力で刻み込まなければならないのが難点だったという。正確な座標がそうでないと組み込めないと。
 しかし、この星図で座標の数式を組み込むことで陣が簡単に完成するとか。カルマンにはよくわからなかったが。
 そして、モースが机に散らばるブリーの数式の一枚をとり、自慢の赤い髭をしごきながら「ふむ」とうなる。

「これは見えない暗黒星雲の場所のものかね?」
「は、はい。見える他の星の軌道が計算から微妙にずれていたので、そこに見えない大きな存在があるのではないか……と」
「あ、暗黒星雲ですって! ずっと論理としてささやかれていたけど、誰もその存在を確認したことなかったのよ! 
 それを魔術の術式に組み込めば、すべてが革新する大発見よ!」

 そしてナーニャはブリーの肩をがっちりつかんでいった。

「あなた、うちの魔法研究所に来なさい! 即、職員として採用よ! 上級顧問の席を用意するから!」
「え? 僕、魔力がなくて……」
「そんなの関係ないわ! このとんでもない頭があれば十分よ!」

 「ブリーは将来、俺の花嫁になるんだ!」とカルマンが叫び。さらにたくさんの人に会うのはまだまだこわい……とブリーがぴるぴる震えて、結局、魔法研究所の研究員は研究員であるが、ブリーの研究室は相変わらず、この屋根裏部屋で職場も男爵家の自宅ということになった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そして。

「すごく、綺麗です」

 ノアツンの森の隠れ里にて、満点の夜空をみあげて、ブリーはキラキラと瞳を輝かせる。
 新調した緑葉の色のマントもよく似合っていた。そんな愛しい将来の番の姿に、カルマンも満足してうなずく。

「これをブリーに見せたかったんだ」
「はい、ありがとうございます。星が落ちてきそうに近くにあって、とてもすばらしいです」

 いつもならば星図を書くのにすぐに紙とペンをとりだすブリーも、思わず輝く星に手を伸ばす。掴めないのはわかっているのに、触れられないかな? というように。

「あの星までどのぐらいあるんだ?」

 カルマンはひときわ輝く星を指さす。

「とてもとても遠くです。えーと」

 ブリーは息継ぎも忘れたかのように、数字を並べ立てたが、カルマンにはよくわからなかった。でも一生懸命に話すこんなときのブリーはかわいい。

「そうか、すごい遠くなんだな」
「はい」
「いつかお前と手をつないで行けたらいいな」
「…………」

 カルマンとしては何気なくいったのだが、翌日、明かに寝不足のしょぼしょぼした茶色の瞳を潤ませて、ブリーはいった。

「あの星までいくとすると、この大地に神々がかけた重力を振りきるのに、とてつもない力がいるうえに、それで速度を出したとして……」

 とってもすごい年月がかかることを一晩で計算してブリーは割出したようだった。



 ノアツンの森に作られた高い塔は、その後ブリー天文台として、魔法天文学の祖といわれる彼の名とともに星を観る者達に受け継がれることとなる。






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