ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
52 / 213
行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】

俺様狼王子の泣き虫兎捕獲大作戦! 【後編】

しおりを挟む



 まっ白になったカルマンは無言のまま、ブリーと馬車に乗り、無言のままブリーを男爵家に送り届け、無言のまま馬車に乗った。
 ガラガラと大公家に向かう馬車の中。



 なんでだ?



 とカルマンは考えた。



 シルヴァの兄からは「焦ってはいけない」と念押しされていた。慎重な兄らしく、それこそ何回も何回も、今朝は馬車までカルマンを送りながらいったのだ。

「父上はああおっしゃっていたけれど、あれは母上だから受けとめてくださったのだからね。普通の臆病な兎のブリー令息をけして怖がらせてはいけないよ。その“印”だって、今日どうしても受け取ってもらう必要はないんだ」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 昨日、昼間、母のスノゥの書斎に突撃したカルマンは、今度は夕刻帰ってきた父の夜の書斎に突撃したのだ。そこには先年叙任されて王宮騎士として働き始めたシルヴァもいた。すでに団長補佐としてその有能さを発揮しているという。

「父上、俺はブリーと結婚したい!」

 父のノクトは書斎机でどっしり構えていたが、その前に立っていたシルヴァは「カ、カルマン……?」と戸惑った声をあげた。

「なぜ結婚したい?」

 書斎机に肘をついて、組んだ手にあごをのせて父は訊ねた。大きな机越し父の前に真っ直ぐ立ったカルマンは答えた。

「初めて会ったときから、いい匂いがした! それからブリーは俺のものだ。絶対、誰にも渡したくないし、手を繋いでどこまでも行きたい」
「そ、それならば友達でいいのではないかな?」

 との兄の言葉にカルマンは「嫌だ」と答えた。

「友達のままだと、ずっと一緒にいられない。俺はブリーと一緒にいたいんだ。誰の目にも触れさせずに閉じこめてしまいたいぐらい」

 「そ、それは過激だね……」とシルヴァが一瞬絶句し「いや落ち着きなさい、カルマン」という。「俺は落ち着いているぞ、兄上」と返す。どう見ても落ち着いてないのは、この生真面目な兄のほうだ。

「番を独占したいと思うのは、狼の雄として正しい」

 ノクトの言葉に「ち、父上!」とシルヴァが声をあげ、カルマンはやはり自分は正しいとうなずく。

「ではブリーと結婚するのにはどうしたらいいですか?」
「まず“印”をつけなければならん」
「“印”?」
「そうだ。愛する番が自分のモノだという証をその左耳につけるのだ。私はスノゥに一番最初にそうした」

 カルマンは母の左耳にいつもあるピアスを思い出した。父から贈られた宝石の花が揺れる母の白い耳は素敵だ。それから結婚の印のテールリングも。

「俺も結婚したらブリーにずっとテールリングを付けさせます」
「それはもちろんだ」
「ち、父上、カルマンも、その前にお相手のブリー令息のお気持ちをお聞きしないとですね……」

 シルヴァの言葉に「もろちん相手の気持ちを大切にしなければならん」とノクトは重々しくうなずく。

「狼の雄は番こそが至上の星。その意思に反するようなことはけしてしてはならない」

 その言葉をのちのちに聞いたスノゥは「意思に反するようなことね。まあ俺も流されたしなぁ」と遠い目になったとか。

「だ、だからね、カルマン。ブリー令息の意思をよく聞いて、強引にしてはダメだよ?大公家の地位を振りかざすなんてことは、お前だから絶対にないとは思うが……。
 ブリー令息が結婚はまだ早いとか、どうしても出来ないというのならば、ここは令息の意思を尊重して諦めることも……」
「絶対に諦めてはならぬ」
「父上?」

 真っ直ぐ父を見るカルマンに、かたわらのシルヴァが説得というか、はやる弟をなだめるが、ノクトの口から出た正反対のひと言に、ぎぎき……と音がしそうなぎこちなさで父を見る。

「シルヴァよ、お前はたった一人の番を見つけた雄狼の狂乱をまだわかっていない。カルマンにはもうわかっているはずだ。
 絶対にあきらめられるわけがない。相手が逃げようともその匂いを追いかけて、地の果てまでも駆けて追い詰める」
「ち、父上、しかし、ご、強引な真似はですね」
「もちろんだ。番は大切にしなければならない。この世で唯一の輝ける星なのだからな。だから嫌がればその身に触れず距離を取り、しかし離れないことだ。無様に相手の前に膝を折り懇願しようとも、その愛を得るまで諦めることなど出来るものか」

 このノクトの言葉をのちのちに訊いたスノゥは、やはり遠い目になって「触れないねぇ……」とつぶやいたそうだ。さらにぽつりと「まあ、許してやるか」と。
 「そうだな?」と問われてカルマンは「はい」とうなずいた。

「俺はブリーを絶対に諦めることなんて出来ません」
「では“印”を用意せねばならぬな。ピアスや宝石はお前にはまだ早いか。とりあえずお前の色のを身につけさせよう。それから大公家の紋章と」

 「花はなにがよい?」と尋ねられてカルマンは黄色のデイジーと即答した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「そうだ『絶対に諦めるな』と父上はおっしゃった」

 まっ白から、昨日の回想の父の言葉で馬車の中、現実に戻ったカルマンは、席のクッションのあいだに隠すようにしていた綺麗な袋を取り出す。
 その袋には“印”が入っている。大公邸の針仕事が得意なメイド達がすぐに作ってくれたものだ。その中には今も世話になっているナーサリーメイドもいて「坊ちゃま、がんばってくださいね!」と激励を受けた。

 父は絶対に諦めるな! と言った。

 いや、一度や二度断られたぐらいで、諦められるものか! 百度、断られたってブリーの前に幾度だって膝を折り、結婚してくれと懇願するだろう。
 それこそ地の果てまで追いかけて。
 決意を固めたカルマンは、御者に引き返すように告げた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 ブリーの居る場所は匂いでわかった。あの窓の三階だ。新緑にまじってなんだか塩っぽい海の匂いもするけどなんだ?
 レンガ積みの壁をカルマンはひょいひょいと登っていく。なにしろ身体能力は並の八歳児ではない。
 張り付いてガラスを軽く叩いたら、ベッドにへたり込んでいたブリーがあわてて、窓を開いてくれた。

 中にはいったらベッドの上でこれは行儀が悪いと、靴を脱ぎ捨てた。そのあいだにブリーが窓から下を覗いてふらりとしたので、危ないと引っぱる。自分はその垂直の壁を昇ったのだが。
 そこでようやくブリーが泣いているのに気付いて、海の匂いの原因はこれかと思うと同時に、誰かが虐めたのか! と息巻いたら、自分に会えなくて悲しいといった。今、会っているではないか。
 ブリーにずっと友達でいてくれといわれたので「それは嫌だ」と断ったら、また泣き出したので慌てる。この泣き虫兎め! それが可愛いと思う。弱々しい女子供なんて面倒くさいと思っていたのに。

 「泣くな!」と叫んだら「自分に嫌われたから悲しい」という。「嫌うか! 大好きだ!」と告げたら「お慕いもうしげております」といわれた。
 一瞬、意味がわからなかった。お慕い申し上げている?そ、それって俺のことを好きってことか?
 カルマンは自分の顔に血が集まるのを感じた。目の前でしくしく泣く茶色の頭を撫でる。緩いくせ毛の髪と垂れた耳の感触がふわふわだ。
 「俺もお前が好き。お前も俺が好きなんだな?」と確認し「はい」と答えが返ってきたので「結婚しよう」と言ったら「お断りします」といわれてカルマンは頭を抱える。

 お互い好きなのになんでそうなるんだ?とこの不思議な兎の考えていることはわからんが、これだけは告げなければならないと、ガバリと顔をあげる。



 俺は絶対に諦めない! 



 と宣言する。

 あぐらを掻いて腕を組んでじっと見つめてやる。なんで結婚出来ないのかいえとばかりに。
 大公家と男爵家では家格が違いすぎるときた。

 これは昨夜、アーテルの兄にいわれた。カルマンの決意をきいたあの口うるさい兄は「結婚まで飛んじゃうなんて、さすがボアみたいに真っ直ぐ走ることしか知らないお前だね」と散々からかい。

「いい、きっと相手のお断りの言葉は」
「俺は断られない!」
「その自信はどこから来るのやら……ともかく、家格が違い過ぎるって理由だったら、こう言うんだよ。
 そんなのお爺さまに頼めば、男爵家を子爵家ぐらいにしてくれるって、お前は将来伯爵になるんだから、十分に釣り合いはとれる」

 しかしそれに「功績もないのに叙勲とは、いささか身びいきが過ぎると貴族達がうるさいのでは?」と反論したのがジョーヌだ。

「ですがお兄様、この場合ブリー子息が“嫁いでくる”のですからいくらでも手段はあります。どこかの公爵家の養子とするなりなんなりすればいいのです」

 なるほどとうなずくカルマンに、さいごに母のスノゥが「あの王様ならブリーを王家の養子にするとかなんとかいいだして暴走しそうだけどなあ」と苦笑して。

「まあ、ともかく身分なんてなんだ! っていう侠気おとこぎを見せろ、カルマン」

 そう励ましてくれた。
 カルマンが初めのアーテルの提案を口にすると、ブリーは昨夜のジョーヌと同じようにひいきが過ぎれば王家や大公家への非難へと繋がると口にした。
 やっぱりブリーはかしこい。ジョーヌと同じことを考えるなんて。
 ともあれ身分なんてどうとでもなると告げて、結婚しようといえば、やっぱりダメだという。だからどうしてなんだ?

 今度は寿命ときた。たしかに確実にブリーは自分より先に死ぬ。共にいられる時間は短いと涙ぐむブリーに「それがどうした!」と叫ぶ。目元を覆おうとする泣き虫兎の手を、ぎゅっと握りしめる。
 たしかにこの兎が自分より先に逝くのは悲しい。
 三日ぐらい遠吠えして泣くだろう。一生、この兎を想って、自分はそのあとは誰も好きになんかならない。

 だけど、それはこの最愛の最期まで見届けて、この泣き虫が残されたあとの心配をしなくてすむ。ずっとずっとこれから一緒にいて、ブリーが目を閉じる瞬間まで見届けて、すべての思い出を自分のものに出来る。
 こいつの全部、全部、自分のものだ。泣き顔だって笑い顔だって。

「俺は絶対あきらめないから、お前があきらめろ!」

 と宣言したら、ようやく承知してくれた。
 垂れた左耳に自分の“印”の赤いリボンを結んで、「痛くないか?」と確認してこくりとうなずいたので、手をつないで階下に降りた。

 ちょうど、ブリーの父親と母親がそろっていたので「俺達結婚するぞ!」と宣言したら、父親が泡を吹いて倒れて大騒ぎになった。
 結婚はやっぱり俺が十八になるまで無理だといわれた。でもそれまで手紙も書くし、会いにもいく。





 早く大人になりたいな……とカルマンはやっぱり思った。







しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。