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行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】
俺様狼王子の泣き虫兎捕獲大作戦! 【後編】
しおりを挟むまっ白になったカルマンは無言のまま、ブリーと馬車に乗り、無言のままブリーを男爵家に送り届け、無言のまま馬車に乗った。
ガラガラと大公家に向かう馬車の中。
なんでだ?
とカルマンは考えた。
シルヴァの兄からは「焦ってはいけない」と念押しされていた。慎重な兄らしく、それこそ何回も何回も、今朝は馬車までカルマンを送りながらいったのだ。
「父上はああおっしゃっていたけれど、あれは母上だから受けとめてくださったのだからね。普通の臆病な兎のブリー令息をけして怖がらせてはいけないよ。その“印”だって、今日どうしても受け取ってもらう必要はないんだ」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
昨日、昼間、母のスノゥの書斎に突撃したカルマンは、今度は夕刻帰ってきた父の夜の書斎に突撃したのだ。そこには先年叙任されて王宮騎士として働き始めたシルヴァもいた。すでに団長補佐としてその有能さを発揮しているという。
「父上、俺はブリーと結婚したい!」
父のノクトは書斎机でどっしり構えていたが、その前に立っていたシルヴァは「カ、カルマン……?」と戸惑った声をあげた。
「なぜ結婚したい?」
書斎机に肘をついて、組んだ手にあごをのせて父は訊ねた。大きな机越し父の前に真っ直ぐ立ったカルマンは答えた。
「初めて会ったときから、いい匂いがした! それからブリーは俺のものだ。絶対、誰にも渡したくないし、手を繋いでどこまでも行きたい」
「そ、それならば友達でいいのではないかな?」
との兄の言葉にカルマンは「嫌だ」と答えた。
「友達のままだと、ずっと一緒にいられない。俺はブリーと一緒にいたいんだ。誰の目にも触れさせずに閉じこめてしまいたいぐらい」
「そ、それは過激だね……」とシルヴァが一瞬絶句し「いや落ち着きなさい、カルマン」という。「俺は落ち着いているぞ、兄上」と返す。どう見ても落ち着いてないのは、この生真面目な兄のほうだ。
「番を独占したいと思うのは、狼の雄として正しい」
ノクトの言葉に「ち、父上!」とシルヴァが声をあげ、カルマンはやはり自分は正しいとうなずく。
「ではブリーと結婚するのにはどうしたらいいですか?」
「まず“印”をつけなければならん」
「“印”?」
「そうだ。愛する番が自分のモノだという証をその左耳につけるのだ。私はスノゥに一番最初にそうした」
カルマンは母の左耳にいつもあるピアスを思い出した。父から贈られた宝石の花が揺れる母の白い耳は素敵だ。それから結婚の印のテールリングも。
「俺も結婚したらブリーにずっとテールリングを付けさせます」
「それはもちろんだ」
「ち、父上、カルマンも、その前にお相手のブリー令息のお気持ちをお聞きしないとですね……」
シルヴァの言葉に「もろちん相手の気持ちを大切にしなければならん」とノクトは重々しくうなずく。
「狼の雄は番こそが至上の星。その意思に反するようなことはけしてしてはならない」
その言葉をのちのちに聞いたスノゥは「意思に反するようなことね。まあ俺も流されたしなぁ」と遠い目になったとか。
「だ、だからね、カルマン。ブリー令息の意思をよく聞いて、強引にしてはダメだよ?大公家の地位を振りかざすなんてことは、お前だから絶対にないとは思うが……。
ブリー令息が結婚はまだ早いとか、どうしても出来ないというのならば、ここは令息の意思を尊重して諦めることも……」
「絶対に諦めてはならぬ」
「父上?」
真っ直ぐ父を見るカルマンに、かたわらのシルヴァが説得というか、はやる弟をなだめるが、ノクトの口から出た正反対のひと言に、ぎぎき……と音がしそうなぎこちなさで父を見る。
「シルヴァよ、お前はたった一人の番を見つけた雄狼の狂乱をまだわかっていない。カルマンにはもうわかっているはずだ。
絶対にあきらめられるわけがない。相手が逃げようともその匂いを追いかけて、地の果てまでも駆けて追い詰める」
「ち、父上、しかし、ご、強引な真似はですね」
「もちろんだ。番は大切にしなければならない。この世で唯一の輝ける星なのだからな。だから嫌がればその身に触れず距離を取り、しかし離れないことだ。無様に相手の前に膝を折り懇願しようとも、その愛を得るまで諦めることなど出来るものか」
このノクトの言葉をのちのちに訊いたスノゥは、やはり遠い目になって「触れないねぇ……」とつぶやいたそうだ。さらにぽつりと「まあ、許してやるか」と。
「そうだな?」と問われてカルマンは「はい」とうなずいた。
「俺はブリーを絶対に諦めることなんて出来ません」
「では“印”を用意せねばならぬな。ピアスや宝石はお前にはまだ早いか。とりあえずお前の色のを身につけさせよう。それから大公家の紋章と」
「花はなにがよい?」と尋ねられてカルマンは黄色のデイジーと即答した。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「そうだ『絶対に諦めるな』と父上はおっしゃった」
まっ白から、昨日の回想の父の言葉で馬車の中、現実に戻ったカルマンは、席のクッションのあいだに隠すようにしていた綺麗な袋を取り出す。
その袋には“印”が入っている。大公邸の針仕事が得意なメイド達がすぐに作ってくれたものだ。その中には今も世話になっているナーサリーメイドもいて「坊ちゃま、がんばってくださいね!」と激励を受けた。
父は絶対に諦めるな! と言った。
いや、一度や二度断られたぐらいで、諦められるものか! 百度、断られたってブリーの前に幾度だって膝を折り、結婚してくれと懇願するだろう。
それこそ地の果てまで追いかけて。
決意を固めたカルマンは、御者に引き返すように告げた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ブリーの居る場所は匂いでわかった。あの窓の三階だ。新緑にまじってなんだか塩っぽい海の匂いもするけどなんだ?
レンガ積みの壁をカルマンはひょいひょいと登っていく。なにしろ身体能力は並の八歳児ではない。
張り付いてガラスを軽く叩いたら、ベッドにへたり込んでいたブリーがあわてて、窓を開いてくれた。
中にはいったらベッドの上でこれは行儀が悪いと、靴を脱ぎ捨てた。そのあいだにブリーが窓から下を覗いてふらりとしたので、危ないと引っぱる。自分はその垂直の壁を昇ったのだが。
そこでようやくブリーが泣いているのに気付いて、海の匂いの原因はこれかと思うと同時に、誰かが虐めたのか! と息巻いたら、自分に会えなくて悲しいといった。今、会っているではないか。
ブリーにずっと友達でいてくれといわれたので「それは嫌だ」と断ったら、また泣き出したので慌てる。この泣き虫兎め! それが可愛いと思う。弱々しい女子供なんて面倒くさいと思っていたのに。
「泣くな!」と叫んだら「自分に嫌われたから悲しい」という。「嫌うか! 大好きだ!」と告げたら「お慕いもうしげております」といわれた。
一瞬、意味がわからなかった。お慕い申し上げている?そ、それって俺のことを好きってことか?
カルマンは自分の顔に血が集まるのを感じた。目の前でしくしく泣く茶色の頭を撫でる。緩いくせ毛の髪と垂れた耳の感触がふわふわだ。
「俺もお前が好き。お前も俺が好きなんだな?」と確認し「はい」と答えが返ってきたので「結婚しよう」と言ったら「お断りします」といわれてカルマンは頭を抱える。
お互い好きなのになんでそうなるんだ?とこの不思議な兎の考えていることはわからんが、これだけは告げなければならないと、ガバリと顔をあげる。
俺は絶対に諦めない!
と宣言する。
あぐらを掻いて腕を組んでじっと見つめてやる。なんで結婚出来ないのかいえとばかりに。
大公家と男爵家では家格が違いすぎるときた。
これは昨夜、アーテルの兄にいわれた。カルマンの決意をきいたあの口うるさい兄は「結婚まで飛んじゃうなんて、さすがボアみたいに真っ直ぐ走ることしか知らないお前だね」と散々からかい。
「いい、きっと相手のお断りの言葉は」
「俺は断られない!」
「その自信はどこから来るのやら……ともかく、家格が違い過ぎるって理由だったら、こう言うんだよ。
そんなのお爺さまに頼めば、男爵家を子爵家ぐらいにしてくれるって、お前は将来伯爵になるんだから、十分に釣り合いはとれる」
しかしそれに「功績もないのに叙勲とは、いささか身びいきが過ぎると貴族達がうるさいのでは?」と反論したのがジョーヌだ。
「ですがお兄様、この場合ブリー子息が“嫁いでくる”のですからいくらでも手段はあります。どこかの公爵家の養子とするなりなんなりすればいいのです」
なるほどとうなずくカルマンに、さいごに母のスノゥが「あの王様ならブリーを王家の養子にするとかなんとかいいだして暴走しそうだけどなあ」と苦笑して。
「まあ、ともかく身分なんてなんだ! っていう侠気を見せろ、カルマン」
そう励ましてくれた。
カルマンが初めのアーテルの提案を口にすると、ブリーは昨夜のジョーヌと同じようにひいきが過ぎれば王家や大公家への非難へと繋がると口にした。
やっぱりブリーはかしこい。ジョーヌと同じことを考えるなんて。
ともあれ身分なんてどうとでもなると告げて、結婚しようといえば、やっぱりダメだという。だからどうしてなんだ?
今度は寿命ときた。たしかに確実にブリーは自分より先に死ぬ。共にいられる時間は短いと涙ぐむブリーに「それがどうした!」と叫ぶ。目元を覆おうとする泣き虫兎の手を、ぎゅっと握りしめる。
たしかにこの兎が自分より先に逝くのは悲しい。
三日ぐらい遠吠えして泣くだろう。一生、この兎を想って、自分はそのあとは誰も好きになんかならない。
だけど、それはこの最愛の最期まで見届けて、この泣き虫が残されたあとの心配をしなくてすむ。ずっとずっとこれから一緒にいて、ブリーが目を閉じる瞬間まで見届けて、すべての思い出を自分のものに出来る。
こいつの全部、全部、自分のものだ。泣き顔だって笑い顔だって。
「俺は絶対あきらめないから、お前があきらめろ!」
と宣言したら、ようやく承知してくれた。
垂れた左耳に自分の“印”の赤いリボンを結んで、「痛くないか?」と確認してこくりとうなずいたので、手をつないで階下に降りた。
ちょうど、ブリーの父親と母親がそろっていたので「俺達結婚するぞ!」と宣言したら、父親が泡を吹いて倒れて大騒ぎになった。
結婚はやっぱり俺が十八になるまで無理だといわれた。でもそれまで手紙も書くし、会いにもいく。
早く大人になりたいな……とカルマンはやっぱり思った。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
【同一作者の作品】
『チンチラおじさん転生~ゲージと回し車は持参してきた!~』
ハズレ勇者のモップ頭王子×チンチラに異世界転生しちゃった英国紳士風おじさま。
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【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
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【完結】断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
https://twitter.com/sima_yuki
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