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行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】
行き遅れ平凡兎と年下王子【5】
しおりを挟む「そうか」とカルマンはいった。
二人は帰りの馬車の中で無言だった。
それなのに先に降りたカルマンはブリーの手をとってエスコートしてくれた。母に「約束通り夕刻までに送り届けたぞ」と告げて去っていった。
母はブリーのマントや服が変わっていることに気付いて「その服はどうしたの?」と聞いてきた。しかしブリーは答えず「今日は疲れているのでもう寝ます」と三階の自分の部屋に逃げるように駆け上がった。
ブリーの様子になにかあったと思ったのだろう。母もメイドも追いかけてくることはなかった。ブリーは部屋の寝台に身を投げ出すようにして、枕に顔を伏せた。ぐすぐすと泣く。
突然の結婚の申し込みに驚いて断ってしまった。しかし「はい」なんていえる訳もないことはわかっていた。自分は男爵家の行き遅れといってよい年齢の、さらに平凡な、なんの取り柄もない兎族の男なのだ。
それに比べてカルマンは大公家の三男坊とはいえ、純血種の狼のうえに八歳。
八歳に嫁ぐ二十三歳の兎の男。
絶対にあり得ない。自分だって聞いたら耳を疑う。
でも、カルマンとこれで一生に会えないと思うと、辛くて涙が出るのだ。
結婚の申し込みを断っておいて、ずっとお友達でいてください……なんて、ムシの良いことはわかっている。
カルマンは「そうか」といったきり、あれからずっと無言だった。きっと怒ったに違いない。それなのに家まで送り届けて、馬車を降りるときは手を差し出してくれた。
あのぬくもりが最後の思い出だ。自分は絶対に忘れない。
カルマンに嫌われたというと、胸がつぶれそうなぐらいつらいけれど。
そのときベッドの傍らの窓から、コンコンと音がしてブリーは目を見張った。窓にはカルマンの顔がある。
この部屋は三階だ。窓にはバルコニーもついていない。それをどうやってここに? とブリーは青くなって扉を開いた。ひょいとカルマンがはいってくる。「あ、悪い!」とちゃんと履いてる靴を脱いでベッドの下に落とす。
「ど、どうやってここに?」
「壁登ってきた」
「か、壁を!?」
ブリーは思わず開いた窓から下を見れば、手がかりも足がかりもなさそうな、レンガ積みの垂直な壁が見えた。その高さにくらりと目眩がする。
「あぶないぞ」
自分が登ってきたクセをして、ブリーの衿元をつかんでカルマンが引き寄せる。二人はベッドの上に向かい合わせで座った。
ブリーを見てカルマンが顔をしかめる。
「なんで泣いていた?」
「はい?」
「誰かにいじめられたのか? まさかこの家の者に?」
「俺が怒ってやる!」と今にも部屋を飛び出しそうな勢いのカルマンに「ち、違います!」とブリーは慌てる。
「誰にもいじめられてなんかいません! これは、カルマン様にもう二度とお会い出来ないかと思うと、悲しくて……」
「俺と今、会っているぞ」
「は、はい。嬉しいです」
瞳を潤ませたままブリーが微笑むと、カルマンがなぜかすっと目をさらした。ブリーはそれに気付かずに勇気をふりしぼり。
「カ、カルマン様」
「なんだ?」
「ずっと、お友達でいてください」
「……それは嫌だ」
その返事にブリーは再び絶望に突き落とされて、ぶわっと涙をあふれさせる。
「な、泣くな!」
「だ、だってお友達はダメだって、カルマン様に嫌われてしまいました!」
「嫌うか! 俺はブリーが大好きだ!」
「わ、私もカルマン様をお慕い申し上げています」
「う、うむ……」
しくしく泣くブリーを前に、カルマンは真っ赤になったが、ブリーは泣いていたので気付かなかった。ぱぷぱふと頭を撫でる小さな手の感触に、ブリーは頭をあげる。
「俺もお前が好き。お前も俺が好きなんだな?」
「はい」
「だったら結婚しよう」
「……それはお断りします」
「だから、どうしてそうなる?」
頭をかかえたカルマンに、ブリーは首をこてんとかしげた。カルマンはかかえていた頭をから手を離して、がばりと顔をあげて。
「俺がまたやってきたのはな。いい忘れていたことがあったからだ!」
「いい忘れ?」
「お前がそうやってあんまりあっさり断るから、さすがの俺も頭がまっ白になって、お前を送り届けて家に帰る途中で気付いたんだ。
俺は、絶対に、お前との、結婚を、あ・き・ら・め、ない、からな!」
このぼんやり兎さんにもわかれ! とばかりに、カルマンが一字一句、はっきりくっきり宣言する。
ブリーは泣き濡れた目でぱちぱち瞬きして、目の前のあぐらを組んで腕を組む少年を見る。
「私はカルマン様との結婚は……」
「うん」
「……やっぱり出来ません」
「だから、どうしてだ?」
「家格が……大公家と男爵家では違いすぎます」
貴族と平民との結婚でも大変だが、貴族内でも身分差の婚姻は、様々な困難と不幸が伴う。それでも幸せになった例もあるが、それは数少ない。
というのをブリーは本で学んでいた。とくに母の秘蔵の涙なくしては読めない恋愛小説で。
「それがどうした。俺は大公家の三男だぞ。大公になるわけじゃない。なるとしたら、今、大公家の領地になってる廃絶された伯爵家を継ぐことになる。伯爵家と男爵家の婚姻となれば珍しくもあるまい?」
「はい、でもカルマン様は大公家のお血筋。ただの伯爵家ではございません。やはり男爵家とは家格が……」
「そんなのお爺様に頼めば、この家を子爵家ぐらいしそうだがな」
お爺さまとはカール王のことだ。ブリーはあわてて首を振る。ぱたぱたと垂れたお耳が音をたてるほど。
「いけません。そんなことをすれば身内びいきのお手盛りだと世間が騒ぎたて、我が男爵家のみならず、王家や大公家にもお傷がついてしまいます」
「ブリーは賢いな」
「私は賢くはありません」
「自分で否定するやつほど、本当はそうじゃないって母様もいっていたぞ。ともかく家格なんて気にするな」
「気にします」
「あのな。じゃあ、この家を子爵にするのはともかくお前をどっかの侯爵家どころか、王家の養子にして俺に嫁がせるとか、そういう“裏ワザ”もあるんだぞ。だから気にするな」
「はい……」
たしかに平民の娘が騎士の養女となって男爵家に、男爵家から伯爵家の養女となって、最後には公爵と結ばれたという恋愛小説もあったな……と思い出す。
どうしよう、これでお断りの理由がひとつ消えてしまった。
「じゃあ、俺と結婚してくれるな?」
「ダメです」
「だから、どうしてダメなんだ?」
「寿命です……」
「寿命?」
「カルマン様は純血種で三百年の寿命があります。私は兎族で通常の貴族の百五十年と違って、二百年の寿命があります」
「おう、そうだな」
それは大公家夫妻が連名で出した発表に兎達の愛の秘密とともに書かれていたことだ。最弱の兎族が王侯貴族の百五十年より長い寿命を誇ることは、大いに世間を騒がせた。さらには成人の二十歳前後から容姿が生涯変わらないこともだ。
それを聞いてブリーはしみじみ鏡の中の、茶色の髪と目と垂れた耳の自分を見た。この平凡な容姿は生涯変わらないのか……と。
「つまり、私はカルマン様より先に儚くなるということです。さらにいうなら私はカルマン様より、十五も年上です。共にいられる時間はもっと短いということになります」
うっ……と考えただけでブリーは再び泣きそうになった。ずっとお友達でいたい、お慕い申し上げているカルマン様を残していくなんて……と。
「それがどうした!」
目元を覆おうとした両手をがっ! とつかまれて、カルマンに両手を握りしめられる。
「いいか、お前が俺より先に逝くということは」
「はい」
「俺がお前の最後までずっと見てられるということだ! 俺が死んだあとの泣き虫兎の心配などしなくてすむ!」
どーんってなにかの音が後ろにするぐらいの勢いで、カルマンが胸を張るのをブリーは目をぱちくりさせて見つめる。
カルマンの言葉は支離滅裂だけど、胸の奥が熱くなる。
一緒にいてもいいのかな? と思いたくなる。
「で、でも、私がいなくなったあと悲しくないですか?」
「悲しいに決まっているだろう! さすがの俺だって三日三晩遠吠えするぐらいに泣くぞ!」
「でしたら……」
「それで結婚しないなんて俺には考えられない! 俺はずっとお前のそばにいる。一生だ! お前がその目を閉じるまでそばにいてやる! 狼の雄は一途だぞ。たった一人の妻に尽くす。
俺はお前との結婚はあきらめない! だからお前はあきらめて俺と結婚しろ!」
「はい」
ブリーはうなずいていた。だって、ブリーはカルマン様をおしたい申し上げているし、カルマン様があきらめないっていうなら、ブリーがあきらめて結婚するしか……あれ? よくわからなくなった。
「よし! 結婚するぞ! といっても、俺が十八になるまで待ってくれ!」
「はい」
「手紙も書くし会いにもくるぞ」
「はい」
「それから断られると思ってなかったから、これも持ってきたんだが」
「はい?」
二人は手を繋いで階下に降りた。ちょうどブリーの父のロワイが帰宅したところで、かち合ったわけだが。
どうして、ここに公子様が? と慌てる両親にカルマンは「俺達結婚するぞ!」と宣言し、さらに混乱させた。
ブリーの垂れた左のお耳に、しっかりと結ばれた赤いリボンとデイジーの造花と大公家の紋章に、父のロワイが泡を吹いたとか。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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