ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】

行き遅れ平凡兎と年下王子様【4】

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「出かけるぞ」
「え? あ、着替えを」
「そのままで、マントだけ羽織ればいい」

 「俺だって、この姿だ」とカルマンがいう。たしかに今日の彼はシャツにチュニック、その上からフード付きのマントをはおり耳と尻尾を隠している。すべて上質なものだけど。
 身分や種族を隠す為にする、よくある姿だ。二人の会話を聞いて、母のコリンヌが慌ててメイドに命じて自分のマントをもってこさせた。外出などしないブリーには自分用のマントなどない。あきらかな夫人用のそれをメイドの手によって着せられる。

 もっともそれが男用か女用かなんてこともブリーは気付かずされるがままだったが、カルマンはじっとその仕度を見ていた。
 「お待たせしました。ご用意できましたわ」と母にいわれてカルマンはうなずき。

「ご子息を少し預かる。夕刻までには返す」

 母に告げるその口調も態度も、とても八歳には思えないほど大人びていて、ブリーは目を見張った。家族に囲まれてからかわれていた彼とは違う、別の顔。
 「行くぞ」とブリーは手をひかれて、男爵家の小さな車寄せに停まっていた、二頭立ての黒塗りの箱馬車に乗り込んだ。貴族のお忍び用によく使われるもので、紋章もなしの地味な外装とは裏腹に、豪奢な内装の深紅のシートは、腰を下ろすとふわりと雲みたいで乗り心地がよい。
 馬車に乗るのは先日王宮に向かったときと、これが二度目だけどこの馬車が立派なのはわかる。

「どこに行かれるんですか?」
「今日は博物館と思っていたけどな」
「博物館!」

 ブリーは瞳を輝かせた。民の啓蒙のためとカール王の手によって作られた博物館には、大陸中の様々な品々が展示されていると聞いている。
 カルマンはブリーの姿をじっ……と見て「その前に一番最初にいくところは決まった」と告げた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 馬車が止まったのは華やかな王都の大通りにあるひときわ大きな角の店。その前だ。

「行くぞ」
「はい……」

 カルマンに腕をとられて馬車を降りる。黄金のガラス張りの扉をきょろきょろしながらくぐった。すべては初めて見るものばかりだ。
 中も王宮と見まごうばかりに豪奢だった。というよりかなり派手。黄金の質感はギラギラしてなくてつや消しの趣味のよいものだし、猫足の長椅子や一人がけの椅子の座面や背面に使われている繻子の布もまた落ち着いた色調だけど。……でも紫って。

 そして路面に面したガラス張りの大きな飾り窓から見えるように、トルソーに着付けられた華やかな盛装のドレスや、男性用の宮廷服が並んでいた。中でもブリーの目を惹いたのは、ドレスと宮廷服の中間のような華やかで大胆な意匠の服。あれは先日スノゥ大公配が着ていたものに似てる。
 一階の店舗部分を通り過ぎ、奥の曲線を描く白に金の階段を昇ってサロンに通された。こちらの部屋も黄金と鏡と紫の調度に彩られた豪華なものだ。

「公子様がお一人でこのお店にこられるなんて、お珍しいこと」

 そして、やってきた大猫の姿にブリーは目をむいて、おもわず自分より小さなカルマンの背に隠れるようにぴるぴるした。
 だって野太いその声とは裏腹に、その姿は豪奢なドレスをまとったマダム……いや、その紫の髪を高々結い上げているけど、お化粧も綺麗にしてるけど、そのバカ高い背は、どうみたって男。

「一人ではない、ブリーだ」
「まあまあ、可愛い兎さんですこと。ジョーヌ公子様と同じく、垂れたお耳でございますわね」

 「マダム・ヴァイオレットだ」とカルマンはブリーに紹介した。ブリーもまた「ブリーです」と小さな声で答える。

「ブリーのマントが欲しい。今すぐだ」
「うちは既製品は扱ってございませんのよ。でもブリー様がお召しのマントは、既婚者のご婦人用でお似合いではございませんわね」

 スカートから出た大猫の尻尾をふりふりマダムがやってくる。尻尾の先には、これまた紫のリボンが結ばれていて、ブリーがそれに気を取られていると「失礼いたします」とさっとマントをとられてしまった。
 露わになった自分の姿にブリーはますますぴるぴるして、カルマンの背に隠れるようにする。「あらあら恥ずかしがり屋さんでございますわね」といいつつ、マダムはさっとブリーの回りを一回りし。

「着ている服も普段着ですわね。公子様とのお出かけですもの。マント以外もそろえてよろしゅうございますか?」

 「頼む」とカルマンがいえば。

「うちの店のものじゃないのが気に入らないけど、あなたたち、ひとっ走り行ってきてちょうだい」

 マダムは扉の前にたたずむ、ぴかびかの紫のお仕着せを着た若い従僕達になにやら指示をだす。
「そうね、ロロの店がいいわ。あそこにある若い子用のマントと服をかっさらってらっしゃい」とと言。三人の従僕達は恭しく礼をして出て行った。
 そこから先も嵐みたいだった。すぐに従僕達がたくさんの服とマントを抱えてもってきて「これとこれとこれがよろしゅうございますわね」とやってきたメイド達の手によって着替えさせられた。マダムの勢いと大勢に囲まれてぴるぴるし通しだったが、カルマンがそばにいて手を握っていてくれたので、なんとか堪えられた。

「赤い、リンゴ色のマントに胸元は深緑のリボン。若草色のチュニックに清楚な白の袖口はフリフリのシャツ。下は深いワイン色のブリーチズにソックスはもちろん白! 靴はキャラメル色。我ながら完璧ね!」

 マダムはブリーの姿を確認してうんうんと頷いたあとに、隣で手を繋ぐカルマンに「いかがでございます?」と訊く。カルマンはブリーを見上げていった。

「綺麗だ。かわいい」
「あ、ありがとうございます」
「まあずいぶんとお熱でいらっしやる。大公夫妻の長年連れそった空気もよろしゅうございますけど、初々しい若い二人も最高!」

 きゃあというマダムの野太い声に、再びぴるぴるしてカルマンへの小さな背にかくれようとするブリーだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 博物館は時間を忘れる場所だった。サンドリゥム王家の至宝の数々や、他国から献上されたり取り寄せた銘品。陶磁器に調度。それから過去の遺跡からの発掘品。こらちはブリーの父ロワイの専門だ。
 そのすべてをブリーは丁寧に眺めた。「これはどんなものなんだ?」とカルマンに訊ねられて「えーと、これは三百年ほど前のナの国の品で」とすらすら答えていく。なにしろ、百科全書が頭にはいっている。その精密な挿絵に品々はそっくりで、本の正確さに感謝したほどだ。
 とくにブリーが飾られたケースに触れてはいけないが、触れんばかりに食い入るように見つめたのは。

「俺にはただの石に見えるのだが」
「いいえ、これはこの世界の石ではありません。天から落っこちてきた隕石です!」
「隕石?」
「はい、カルマン様は流れ星はご存じですよね? これはあの星が燃えつきずに、地に落ちたものなのです。
 本来、この大地の空は神々の一柱女神アエールの守護があります。それはそれは何重にもわたるこの世界そのものを守る結界です。
 ですから、遥か遠くにある星々の欠片が落っこちてきても、大地に到達する前に幾重もの結界に触れて燃えつきてしまうのです。
 だから、それをくぐり抜けて地上に到達した、この欠片はとても貴重なものなんです。僕の計算によると本来の固まりがとてもとても大きなもので、それが女神アエールの結界を幾層もくぐり抜けるうちに、回りが燃えて溶け、さらに無数の欠片に砕け散って、それでも燃えつきずに到達したのがこれで……」

 はく……と息をして、そこでブリーはようやく息継ぎも忘れて話していたと気付く。さらにとてもとても大きなと話した隕石の大きさだが、実はその細かい数字もぺらぺらと話していた。
 ブリーの母はその数字の羅列を聞くと、頭が痛くなるわ……と顔をしかめるのだが。
 カルマンはぽかんとしてブリーの説明をきいていた。後ろについてきている護衛の騎士二人の顔も多少引きつっているように見える。付き添いの館長のみが「大変興味深いですな。あとで今のお話の詳しい書簡をお送りいただいても?」なんていっている。

「し、失礼しました。つい夢中になって……」
「いや、お前。好きなことだとそんな顔するんだな」
「はい?」
「とてもいい顔をしてる。俺は好きだな」

 カルマンのほうこそいい笑顔でいわれて、ブリーは赤面した。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 博物館を夢中で見てまわるうちに、昼はとっくに過ぎて、お腹が空いていることに気付いた。カルマンだってそうだろうに、それを謝ると「気にするな」といわれた。二人が移動したのは博物館に併設された植物園の温室の隣にあるカフェ。
 そこで遅い昼食のサンドイッチにスコーンやミルケーキを食べた。「このカフェのスコーンとミルケーキは名物らしい」とのカルマンの話どおりたしかに美味しかった。

「知ってるじゃないか」
「はい?」
「お前は外の世界は知らないから怖いといった。だけどお前のほうが、俺よりよほどよく知っている」
「…………」

 それは百科全書で知っているからだ。自分の知識はすべて本からで体験したものではない。
 今日、初めて本物を見た。

「もっと見たくないか?」

 自分の心の声を聞かれたようでドキリとした。
 外の世界は怖いと思っていたのに……。
 たしかに今日博物館で隕石を見て、思ってしまった。
 あの石が落ちたという遥か遠くの平原を、この目で見られたら……と。

「俺が連れていってやる。今はまだ無理だけど、ちゃんと大人になったら、お前の手を引いてお前の見たいものを一緒に観に行こう」
「…………」

 それはそれはなんて楽しいことだろうと思う。外はまだ怖いし、見知らぬ人も怖いけれど、カルマンと手をつないでいればどこまで行けそうな気がする。

「だから、ブリー。俺とずっと一緒にいよう。俺が大人になったら、結婚してくれないか?」

 結婚……。

 カルマンとともに手をつないでどこまでもいけたら……という夢想は。結婚という名の隕石がいきなり落っこちてきたことにより、粉々に消えて現実に引き戻された。



 結婚、カルマン様と? 



 この平凡兎な自分が? 



 ブリーは反射的に答えていた。

「大変もったいないお話ですが、お断りさせていただきます」





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