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行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】
行き遅れ平凡兎と年下王子様【2】
しおりを挟むその後、ブリーは緊張してご飯を食べられなかったということもなく。
「うちの坊主をよろしくな」
とグロースター大公配にしてノアツン大公が去ったあと。「手が止まっているぞ、食え」といわれて「はい、カルマン公子様」とこたえたら「違う」と不機嫌な声。
「はい?」
「カルマンだ。俺もブリーって呼ぶといった」
「カルマン……様」
「…………」
「様を付けることは許してください」
「許す」
「はい」
それからまた「食え」といわれてほうれん草とマッシュルームのキッシュをもきゅもきゅ食べた。不思議なことにカルマンが隣にいて緊張するとか、味がわからないなんてことはなく美味しかった。
もくもくと食べるブリーをカルマンを見守る? という不思議な時間。カルマンがあれこれ選んでくれた料理を食べ終えて「お代わりは?」と聞かれて「お腹はいっぱいです。ごちそう様でした」と答えた。
「なあ」
「はい」
「兎達は家に閉じこめられているっていうけど、普段はなにしてるんだ?」
「私は本を読んでいます」
「本……どんなだ?」
「色々な……史学や地理に科学、物語に神話伝承、あとは百科全書を頭から読むのが好きです」
「百科全書……うちにもあるけどな。あれを頭からって時間がかからないか?」
「はい、三日ほど」
「三日? 早くないか?」
「何回も繰り返し読んでほぼ覚えていますので、ですが、読み返すとそのたびにあらたな発見があります」
そうなのだ。すべて覚えたと思っていても、そこには発見がある。とくに。
「星々の項目は」
「星?」
「はい、夜に屋根裏部屋から空を見上げるのが好きなのです」
「空を見上げて楽しいのか?」
「はい、お気づきですか? 星は空ごと動くのですよ」
「空ごと……動く? 流れ星でなくてか?」
「流れ星と彗星は目に見えて動きますが、空全体もゆっくり動いているのです。太陽や月が天空を移動するように」
「そうか、今度、気をつけてみてみるか。ずっと見上げていたら飽きないか?」
「飽きません。子供の頃はよく早く寝なさいと、母に怒られました」
「この頃でも、また夜明けまで起きていたわね?」と昼間、こっくりこっくりしていたら小言をもらうけれど。
「星を見て数式を解いていると、またたくまに時間が過ぎてしまうのです」
「数式? あの数式か?」
「あ、はい。星々の動きを計算して記録するのです」
「計算……」
「お兄さまはよく、計算間違いをして家庭教師の先生に指摘されていますからね」
唐突にかかった声。金色の巻き毛に垂れた耳の兎の仔が「デザートにこれをどうぞ」とブリーの前へとお皿をおいた。
「コッコ卵のシフォンケーキです。卵はうちのグロースター産です」
「あ、ありがとうございます」
グロースター領のコッコの卵にコッコのお肉、さらにはコッコの羽の毛織物は有名だ。どれも高級品で貴族といえども男爵家の食卓には、白アスパラガスと同じく特別な日でないとあがらない。
「僕はジョーヌといいます。お兄さまがご迷惑をかけていませんか?」
今度はジョーヌ公子様があらわれたとブリーは思ったが驚きはあまりなかった。先のグロースター大公配の衝撃が大きすぎて。
いや、それより自分が知らずにカルマン公子様に助けられたうえに、皿に料理を盛らせていたなんてだ。
そういえば、今度はショーヌ公子様にデザートを運ばせてしまった……と思った。「食え」とカルマンに言われて、一口ふわふわのシフォンケーキを食べる。クリームもおいしい。
お茶が欲しいな……と思ったら「どうぞ」と温かなそれが置かれて「ありがとうございます」とカップをかたむけた。ローズヒップの甘酸っぱいのとたらされた蜂蜜がよくあう。
「ローズヒップのお茶に蜂蜜をたらすのが僕は好きなんだけどね、どう?」
「おいしいです」
そう答えて傍らをみてギョッとする。黒い兎のものすごい美少年というか、黒い兎なんてこの世にお一人しかいない。
「アーテル公子様」
「やだな公子様なんて、アーテルでいいよ」
「アーテル様」
「様もいらないよ」
「様は許してください」
「許す」とカルマンがいうと「なんでカルマンが許可してるんだ?」とアーテルがすかさずツッコむ。
「俺だってブリーにカルマン“様”としか呼ばれてないから、兄貴が様付けなのは当然だろう?」
「ふぅん、もうすでに彼氏面なんだ。生意気な」
ぽんぽんかわされる兄弟の会話にブリーは目を丸くする。そんな彼を挟んでカルマンの反対側の席にこしかけたジョーヌが「あの二人はほうっておいて、食べてください。このマカロンもおいしいですよ」と。たしかにマカロンはおいしかった。無意識にひとつ口にしたが「ピスタチオのマカロンは僕も好物です」とジョーヌがいう。
「やっぱりさ、まずはお友達からだよね。ねぇブリー。このワガママな弟とお友達になってくれる?」
「は、はい?」
いきなりアーテルにふられて中途半端な返事をしてしまった。「ワガママなのは兄貴だろう」とカルマンがいい「ブリー!」と呼びかける。
「はい!」
「俺と友達になれ!」
「かしこまりました」
「ねぇ、カルマン。それ命令じゃない? 友達は命令で作るもんじゃないよ。こんな風にお願いしないとさ」
とアーテルが再び。
「ねぇ、ブリー、僕ともお友達になってくれる?」
「は、はい、よろこんで!」
上目づかいのルピーの瞳にみつめられ、ひっくり返った声が出る。美少年の上目づかいのおねだりは強烈すぎる。ブリーにはそんな気はさらさらまったくないが、さすがにドキリとした。
そしたら、横から袖を引かれた。黄金色の大きな瞳が自分じっ……と見て。
「ジョーヌともお友達になってくださいますか?」
「か、かしこまりでございました」
なにか妙な言葉になってしまった。そこにカルマンが「ブリー!」と再び名を呼ぶ。
「はい!」
「兄貴と弟とも友達になることを許す」
「はい!」
「だが一番は俺だ! 覚えておけ!」
「はい!」
「だから、カルマン。友達には命令しない!」とアーテルがいい「命令してない! お願いした!」とカルマンが返し「あれはちっともお願いになってないよ」とまた言い争いをしている。
「気にしなくていいです。お兄さま方はいつも、ああです」
「はあ」
ジョーヌがそういい、お代わりはどうですか? とローズヒップティーをいれてくれた。
あ、公子様に給仕をさせてしまった……と思った。
そして、最後には銀色の狼の公子シルヴァと黒い狼様……という言い方はおかしいが、グロースター大公殿下まであらわれた、その横に白いお姿のスノゥ様再び。アーテルが「僕達、友達になったんだよ」と報告する。そしてカルマンが。
「ブリーの一番の友は俺です。父上」
「そうか。強要はされていないかな? ドルレアン男爵子息?」
ノクトがそう訊ねるのに「いいえ、カルマン様にはご親切にしていただきました」とブリーは答える。シルヴァが「それならよいが」といい。
「カルマンに乱暴なことはされていないかな? この子は優しいが、少し気遣いが出来ないところがあるので」
「少しどころかだいぶだけどね」とアーテルがつけたし「なんでみんな俺がブリーをいじめるって考えるんだ!」とカルマンがふくれる。それにスノゥが「日頃の人徳だな」と全員から笑い声がもれた。
「あ、あの……」
ふくれっ面のカルマンを見て、ブリーは声をあげて一家の目が一斉にこちらを向く。こんな方々を前にして自分が声をあげられたのは不思議だった。
「え、ええと……カルマン様は僕を助けてご親切にしてくださいました。ほ、本当です」
あの強引な男から助けてくれたのも、近寄れなかったこのテーブル席に連れてきてくれたのも、ちゃんと自分の意思を聞いて好きな料理を選んで皿にもってくれたのもだ。
「だ、だからカルマン様はお優しいと思います」
なんでこんなことをいっているのだろうと、うつむくとカルマンがブリーの手をぎゅっと握りしめて、顔をのぞき込んできて、にぱっと笑顔になる。
「ありがとう、うれしいぜ」
「そう、カルマンはたしかに優しい男だな」
スノゥがそう微笑んで締めくくったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
茶会も終わりとなって、カルマンはブリーをなんと王宮の車寄せまで送ってくれた。宮廷の従僕たちの案内もあるし「そこまでしていただくてもいいです」と断ったのだ「俺が送りたいんだから、送る」といわれてしまった。
そして「カルマン」とアーテルが弟との尖った頭の上の耳をひっぱって「いてぇ!」と怒る弟になにやらささやくと、彼はこくりとうなずく。
そしてブリーが馬車に乗り込むときに手を差し出される。それがエスコートと気付いて、いいのかな? と思う間もなく、少年に手を握られて馬車の中へとはいっていた。
馬車の扉が閉まる前に。
「手紙を書く、返事を書け。いいな!」
「はい」
答えた瞬間に扉がしまって、馬車が走り出していた。
その翌日にはカルマンからの手紙が届いていた。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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