ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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行き遅れ平凡兎と年下王子様【カルマン×ブリー編】

行き遅れ平凡兎と年下王子様【1】

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 ブリーは二十三歳になる雄の兎族だ。

 両親には感謝している。
 爵位は男爵とさほど高くもないが、長く歴史の続く犬族の家に、いきなり生まれた兎族のしかも男子だ。それを放り出さずにここまで育ててくれた。
 隠されて育てられる兎族の常として、屋敷の外に出ることは出来なかったが、代々学者を輩出してきた家にはそこら中に本があふれていた。ブリーは家中の本を読みあさり飽きることがなかった。

 もう一つ、熱中したのは屋根裏の窓から見上げる星空だ。見るだけでなく星の地図まで自ら作ったほどだ。それを観察するうちに星々が移動することもわかった。だから、その軌道も計算した。
 星を見ることともう一つ。数式を解くのも大好きだ。初めの手引きをしてくれたのは大学で史学の教鞭を執る父であるが、あるときに苦笑して「もう私にはブリーに数字のことは教えられない」と分厚い本をあたえてくれた。
 星の観測だけでなく数式にもブリーはますます熱中した。星々の動きと数式が連動しているのがわかったとき、世界の秘密の扉をひとつ開けたような気がした。

 とはいえ、自分は狭い世界しか知らないから、きっと誰かが発見してることだろう。
 ブリーはそう思っていた。



 さて、なんでこんなとりとめもないことを考えているのか? 
 ブリーはただいま王宮の庭の片隅にいた。隠された兎族としては、一生足を踏み入れることはないと思っていた場所である。そもそも、男爵家の王都にある家の狭い敷地の外にさえ。ブリーは一歩も踏み出したことはない。
 それがどうして、こんなおそれおおい場所にいるかというと。



 “お見合い”のためである。



 先年の大陸会議にて結ばれた条約にして、兎達は自由に自分の愛し愛される人と結ばれる権利を得た。
 そして、その条約を呼びかけたサンドリゥム王国がその一番の手本となろうと、主催したのが……。
 本日の隠さされていた兎族の子女を集めてのお茶会であった。

 これがお見合いのティーパーティになったって仕方ないだろう。
 なにしろ兎族は美しく可愛らしい。色とりどりのドレスをまとった娘達の姿は、生きているお花のようだ。そんな彼女達に貴公子達は礼儀正しく次々に挨拶をしている。
 しかし、自分には関係ないことだとブリーは王宮の庭、一人目立たない場所に逃げた。

 なにしろ雄の兎は自分一人だけなのだ。そう、兎族の雄は大変めずらしい。雄兎しか生まれない大公一家は奇跡みたいなものだ。もっとも、あちらの公子様がたは母上である大公配様に似て、とびきり愛らしく美しい、さらには純血種なんて雲の上の存在だ。
 ちなみに彼らはこのお茶会のに当然参加していて人々の輪の中心にいる。遠くから拝見するだけでまぶしいその光景に、ブリーは近寄ることさえ出来なかった。
 両親がこの日のために初めてブリーにあつらえてくれた、宮廷服の盛装には悪いけれど。彼らだって自分が“お相手”を見つけてくるなんて思ってはいないだろう。「初めてみる王宮を楽しんでおいで」と送り出してくれたけれど。

 ブリーは庭の片隅にあった石のベンチに腰掛ける。傍らにある小さな噴水の揺れる水面を見る。
 茶色の緩いくせ毛に茶色の瞳、茶色の毛並みの垂れた耳。
 どこをどう見たって平凡な容姿だ。

 今まで自分の姿などまったく気にしたことはなかった。兎族が美しい容姿を持つとは本では知っていが、本日ドレスをまとったキラキラしい兎族の令嬢の姿に圧倒されてしまった。
 さらにその中心で輝く大公夫妻に家族達。
 あの方々に比べたら自分はあまりにも平凡だ。

「おや、こんなところに可愛らしい兎さんが隠れていたとは」

 かけられた声にびっくりして、顔をあげればその犬族の青年はすでに自分の目の前に立っていた。ベンチに座る自分の横に「ここいいかな?」といいながら、返事をする前に腰掛けてしまっている。

「雄の兎なんて珍しいね。このお披露目でも一人しかいないって聞いていたからね、君を探していたんだ」
「は、はあ……」

 自分を探していた? 物珍しい雄の兎を見たかったのか? いや、それなら大公家の方々を眺めればいいではないか? と思ううちに「ねぇ」といきなりがっちりと手を掴まれた。「ひっ!」と思わず声をあげて、垂れたお耳をぴるぴるさせれば、男は舌なめずりをするような表情で。

「ますます、可愛らしい。君は実は僕好みだ」
「…………」
「僕はね、女より男がいいんだよ。だけど両親は跡継ぎを……ってうるさくてね。そこに雄兎の君がこの茶会に参加するって話しさ。 ねぇ、僕達の出会いは運命だと思わないかい?」

 全然思わないが、ぴるぴる震えるブリーは言葉も出ない。

「男爵家の君にとっては、伯爵家の将来の当主たる僕との縁談は、ご両親だって願ってもないものだと思うよ。同じ犬族だしね。
 愛し愛されなんていうけど、共に過ごすうちに夫婦の愛は芽生えるものさ。なにより、僕は君が気に言った」

 『いえ、私はまったくあなたにこれっぽっちも興味がありません! 』とは言えなかった。なにしろ、びるぴるするばかりだったので。
 そのうえに青年は「ねぇ? キスしていい」と強引に唇を寄せてきた。『ひぃいいい~』とブリーはのけぞり顔を背けようとしたが、男の顔が強引に迫ってくる。

「なにをしている!」

 そこに子供の声。ブリーに覆い被さらんばかりにしていた青年は「ぐふっ!」声を詰まらせて、その上から退いた。
 少年は青年の襟首をつかんでぽいと投げ捨てる。青年の身体は当然椅子から転げおちた。

「な、なにをする失礼な!」
「失礼なのはお前だろう! どうみたって嫌がる相手に何しようとしていた? このヘンタイが」
「な、なんだと! 僕を誰だと思って、モンディエール伯爵家の……」

 地面から跳ね起きた青年の口は開いたまま、途中でとまった。ブリーを背にかばうように立つ少年の姿にだ。

「モンディエール伯爵家がどうしたって?」
「い、いえ、なんでもありません! し、失礼しました!」

 ぴゅぅうぅうっと音がしそうな勢いで青年はあたふたと逃げた。少年はフンと鼻を鳴らし「お爺さまにいって、あいつは当分出入り禁止だな」という。
 燃える様な赤毛の狼の少年はくるりと振り返って「大丈夫か?」と訊ねる。赤銅色の瞳が真っ直ぐブリーを見るのにドキリとした。怖くてぴるぴるするのではなく、ドキドキするのはなんでだろう? 
  しかも、その瞬間になぜかぐうっとお腹が鳴ったのに、今度は真っ赤になってぴるぴるした。

「腹が減ってるのか? あっちに食べ物いっぱいあるぞ」
「い、いえ……そのあちらはまぶしくて……」

 とてもおそれおおくて近寄れなくて、ここで隠れていたのだ。

「まぶしい? 今日は確かに天気がいいけどな。日よけもあるテーブルもあるから、行こうぜ」
「あ……」

 少年はブリーの手を引いてずんずんと歩き出す。さっきの青年のときは嫌なばかりだったけれど、少年の手は温かくて嫌ではなかった。だけど早足なので「ちょ、ちょっと待って……ください……」とブリーがいうと「どうした?」と振り返る。

「あの……もう少しゆっくり、息が切れて……」
「普通の兎達って、家の中に閉じこめられているんだよな。体力なくて当然か」

 少年は手首を握っていた手をいったん離して、ブリーの手を握りしめて「行くぜ」と歩調を合わせて歩いてくれた。口調は乱暴だけど優しい。
 少年が一緒にいてくれるせいで、華やかなテーブルにも近づくことが出来た。

「どれが食べたい? 肉じゃなくて野菜がいいんだよな? ホワイトアスパラガスなんてどうだ?」

 ブリーはこくこくうなずいた。男爵家ではちょっと特別な日にしかお目にかかれないごちそうだ。
 少年は皿を手に「これはどうだ?」「これは?」とホワイトアスパラの他に、チコリのサラダやマッシュルームとほうれん草のキッシュ、ベイクドポテトをのせていってくれる。まるでブリーの好物を知っているみたいに。
 そして、日よけのあるテーブルに案内してくれて、皿を置き「ここで待ってろ」と告げて、さらにはキャロットブレッドにチーズをはさんだものに、ビーツの冷製スープをもってきてくれた。
 そしてブリーの隣の席に座る。少年の前にはなにもない。

「あのお食事は?」
「俺はさっきたらふく肉を食べた。腹減ってるなら食べな」
「はい」

 ブリーはまずは大好物の白アスパラガスを口にした。ゆで加減も味付けも半熟卵のソースも、いままで食べたことのないほど絶品だ。さすが王宮の料理。

「やっぱり、それが大好きなんだな。俺の弟も好きなんだよな。兄さんも母さんも」

 狼族の少年なのにずいぶんお野菜好きの家族だな~とブリーは思っていた。そのときブリーの頭からは、燃えるように赤毛の狼の少年なんて、この国には一人しかいないと、頭からすっこんと抜けていたのだ。
 両親に頭はよいのにうっかりさんとよくいわれるわけで。

「お前の名前は? 俺はカルマン」
「ブリーです」
「ブリーか。うん、可愛い名前だな」
「は?」

 テーブルに頬杖をついた少年にいわれて、ブリーは思わずナイフとフォークを止めて頬を染めた。さっきの青年にも可愛いといわれたが、とにかくおぞましいばかりでなにも覚えていなかった。

「垂れた耳してるんだな。弟もそうなんだぜ」
「そうなのですか?」

 狼でも垂れ耳があるのか? とブリーは思った。やはりずれている。
 しかし、そこに「うちのやんちゃ坊主の相手をどうもありがとう」といわれ、振り返って固まった。
 そこにはもはや、この方の色と言われる白の華やかな盛装をまとった、この大陸でおそらく知らない者はいないだろう兎族の英雄が立っていたのだ。

「カルマン、この優しそうなお兄さんをいじめてないだろうな?」
「いじめてない。飯を食わせていた」

 そこでブリーはようやく気付く。というか、なんで気付かなかった。
 燃えるような赤毛の狼の少年なんて、ましてカルマンなんてお名前お一人しかいないではないか。

「カ、カルマン公子様?」
「カルマンでいいぜ、俺もブリーって呼ぶから」

 にっかりと赤銅色の瞳を細めて少年は笑った。
 これが、行き遅れ平凡兎のブリー二十三歳と、カルマン八歳との出会いだった。






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