ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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愉快な大公一家【ノクト×スノゥ+子供達編】

よいムチ、悪いムチ、普通のムチ

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 アーテルのムチが大公邸に届いた。
 特注のまっ白なムチの隣に、同じく大きい大人用白いムチが。

「お前用だ」

 大公邸の大きな暖炉がある居間にて、箱の中から手にとるとノクトがいった。

「俺用? 俺にはこれがあるが?」

 ムチが届いたということで、アーテルとさっそく中庭で練習しようと、腰に巻き付けた黒革のムチを指さす。

「これは“借り物”だろう? アーテルのムチを作るならと、お前専用のものも作らせたんだ」

 ノクトが手を伸ばして腰のムチをしゅるりとぬきとって、代わりに白いムチをスノウの腰に巻き付ける。

「これは“処分”しておく」

 とノクトはムチを持ってスノゥがなにか反論する前に行ってしまった。その長身を見送って、スノゥは思わず苦笑してつぶやいた。

「まったく、嫉妬深い狼さんだ」

 そんなことをいいながらその顔は嬉しそうで。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 王宮の騎士団の鍛錬場。

「ムチを替えられたんですね」

 サンドリゥム王宮騎士団、副団長のノーラに話しかけられて、スノゥは「ああ」とうなずく。

「アーチェがムチをやりたいっていうんでな。大人用だと長いだろう? 子供用のやつを特注したんだが、そしたらノクトが“ついでに”俺のも頼んだらしくてな」
「“ついで”ですか?」

 ノーラがじっと鞭を見る。白いムチはどう見ても極上の素材を使ったよいものだ。

「ああ、前の黒いのはルースの豚……じゃねぇ虎の屋敷からくすねた……いや、まあ借り物だからな。“使い古し”をいつまでも使っているな……とな」

 少し照れくさそうにいうスノゥにノーラが「ああ、なるほど」とうなずく。つまりは独占欲の強い雄狼らしく、他の男からのものなどではなく自分が贈ったものを使えということだ。

「しかし、白ですか?」
「前のムチが黒だったから、同じにしたくはなかったんだろう」

 スノゥが本当に嫉妬深い旦那だぜ……と呆れているというよりやはり、嬉しそうな顔で肩をすくませる。「しかし、白とは……逆に清楚な色であるだけに、それがムチというのはなんともご趣味がよろしい……」というノーラのつぶやきは、ひゅんひゅん新しいムチの具合を確かめているスノゥには聞こえなかった。

「さて、野郎ども! 久々にやるぜ!」

 そしてひとしきりムチの具合を確かめたスノゥの宣言に、屈強な狼族の騎士達が「うおおおっ!」と声をあげる。なかには「女王様!」なんて声も混じっているが。
 さてスノゥがムチを使い出してから“恒例”となった騎士団、総員の訓練それは。
 鍛錬場の真ん中で、ひゅんとムチを振り上げた女王様……じゃない、スノゥに向かってむくつけき騎士達が一斉に飛びかかる。
 しかし、それは綺麗に弧を描いたムチの軌道にたちまちはじかれて、彼らは鍛錬場の土の床にたたきつけられる。

 それでもへこたれずに起き上がり、スノゥに飛びかかる騎士達をまたもや、まっ白なムチで弾き飛ばしながら、その中心でスノゥは歌いそして踊る。
 タンタンと軽やかなステップにテノールの朗々とした歌声の合間に響く、投げ飛ばされた男達の「うおおおっ!」という声。
 タン! と大きく踏み込んで、ピンと片脚を伸ばして身体を傾けた見事な型。くるくると白く長いムチは、可憐? なリボンのように螺旋を描いて、その身体の周りを巡る。

「なんというか、いつもながらにスノゥ様の歌と舞いを組みあわせた戦いぶりは見事だが……」

 その光景を見ていた団長のカイルは生真面目な四角い顔に汗を浮かべている。それにノーラがにこやかに「これは集団戦のよき訓練になります」とにこやかだ。
 この戦いの決まりは簡単。一人でも女王様……じゃないスノゥの身体に触れられたら勝ちというもの。が、未だ誰一人もその身体に触れるどころか、かすめた者もいない現状だ。

 三度、地にたたき伏せられた強者がそれでもむくりと起き上がり「うぉおおおっ! 我らが美と戦いの女神よ!」と謎の言葉? を叫んでツッコんでいく。
 が、その身体はムチにしゅるりと巻き取られて、宙高くに放り投げられて壁に激突した。一応? 魔法防御の訓練着に身を包んでいる身体は、骨折などの重傷ととはならないが……ずるずると壁から落ちた勇士? は「我々には御慈悲です……」といって、気を失った。

「あやつ、三日ぐらい修道院送りにした方がいいんじゃないか?」
「そうですね。神々へひたすら祈りを捧げれば、少しは憑きものが落ちて戻ってくるでしょう」

 カイルの言葉にノーラがうなずく。女王じゃない女神様? の信奉者を通り過ぎて、狂信者になりかけた若者を正気に戻すための措置だ。神殿には迷惑をかけるが。
 修練場にはスノゥ以外立っているものはなく、死屍累々。それを見渡してスノゥはため息を一つ。

「やれやれ、もう終わりか? まったくだらしねぇ、坊や達だなぁ」

 これが終了の言葉というか、スノゥとしては“漢らしく”活を入れてやってるつもりだが、ムチを手に腕組みした姿はどうみても、婀娜あだっぽい。

「まだ“挑戦者”は受け付けているか?」

 声をかけられ修練場の入り口に立つ、長身にスノゥは軽く目を見張る。

「これはこれは勇者様。俺を捕まえられると?」
「いままで誰にも捕らえられなかった、逃げ上手の白兎ときく。狼の本能として捕らえたいのが道理だろう?」
「これは“鬼ごっこ”だ。あんたは丸腰、素手だけで俺を捕まえてみな」
「わかった」

 ノクトは腰に帯びていた長剣を、傍らに立つカイルに預ける。カイルが聖剣を両手で捧げ持って「おあずかりします」と受け取る。
 「合図を」とスノゥがノーラをみる。ノーラはうなずき片手をあげて「開始!」と宣言した。
 スノゥが高らかに歌い始めると同時に、激しくステップを踏み、その手も舞いの形を取る。ムチもまた美しい軌道を描き始める。駆けてくるノクトに対して幾重にも折り重なった、とても一つのムチとは思えない柔らかな盾として。

 「あ、あんなものとても避けられん」と騎士の一人がつぶやく。しかし、素手の勇者はそのムチの軌跡を、すべてすれすれで避けていく。高く跳んだところを狙って横切った白い光にしか見えないとんでもなく速い一撃を、のけぞって避ける。着地したところに、今度は地面をはねたムチの連弾が襲うが、それもすべて前へ前へと跳んで避けて行く。

「さすが、勇者様! やるな!」

 それまで中央にいて不動であったスノゥは、迫ってきたノクトから跳んで逃れる。長いムチを自分の周りにくるくるとまとわせて、その伸ばされる手を防御する。
 こうして、本格的な“鬼ごっこ”が始まった。鍛錬場を高速で逃げ回るスノゥを、ぴったり追いかけるノクト。さらにはそのあいだにもムチの攻撃が放たれ、ノクトはそれを巧みにかいくぐって手をのばすが、スノウもまたそれをすれすれでふわりとふわりとかわす様は蝶のように優美でもある。

「あれが、勇者と英傑の本気の追いかけっこ……」

 と呆然と騎士達は見る。
 目の前に迫るノクトに向かい、スノゥはムチを放つ。今度こそ打ったと思ったが、ムチがすこんとその身体を抜けたのに石榴色の目を見開く。
 残像だ。
 と、思うと同時に後ろから抱きしめられた。「スノゥ」とその長い耳に、低くささやかれる声。

「捕まえた」
「くやしい、負けた」

 思わず、「ぷぅ!」とやってしまい、それに見ていた若い騎士達が胸を押さえてうずくまり、団長のカイルが「いっそ、騎士団全員で“懊悩”を祓うために水行でもするか?」とつぶやいたとか。
 その後、騎士団全員で山奥の滝に打たれる鍛錬が実行されたらしい。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「ジョーヌもムチを使いたいのか?」

 三歳になった金の巻き毛の垂れ耳の可愛い子兎はこくりとうなずいた。言葉少なく大人しい子と思われがちであるが、大人しいだけではないことはスノゥも、家族も知っている。
 一度こうと決めたら貫く頑固者で頑張り屋さんなのだ。

 先日はアーテルに手伝ってもらいながらだが、中庭の大樹のてっぺんまで昇った。これはカルマンも同時だったが、やんちゃできかん気な赤狼を、そっちの枝は危ないと、堅実な兄の銀狼が必死におさえて頂上まで導いた形だ。
 で、そのジョーヌが大樹を征服して、次にやりたいといいだしたのが、母と兄が手にしているムチ。

「うーん、ジョーヌにはまだ革のこれは早いな。そうだな」

 とスノゥは縄の先に結び目をつけて、ジョーヌに手渡す。「まずはそれからだ」とアーテルととに見本を示すように、頭上でムチを輪にして回せば、ジョーヌもまた真似をする。
 最初はぶんぶんと振りまわすだけなのが、徐々に輪のような形になるのに「その調子だぞ」とスノゥが声をかける。
 そして、そんな金兎の弟の様子をカルマンはじっと見ている。同じく愛しい妻と二匹の子兎たちを静かに見ていた父狼が「お前もあれがいいのか?」と訊ねるとカルマンは首をふり「俺にはこれがある」と手にもった棒を習った通りの両手で構えて、ぶんとふる。

 きかん気で気性の激しい赤狼の子だが、こと武に関しては、父と兄と同じく一心なのだ。ぶんぶんと剣をふるう型は、父や兄が正しく教えたとおり。
 それに父ノクトもうなずき、手にしていた木剣を同じく構える。それは弟と父と並んでいたシルヴァも同じく。父狼と子狼たちは型通りに剣を振るう。
 そんないつもの中庭の光景を見ていた使用人達は、顔を見合わせてほほ笑みあう。





 双舞剣とともにムチによる戦舞も、純血の兎達のお家芸? となるのだが、それはまた後のお話だ。
 そのムチが純白なのも、また伝統? なのだとか。





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