ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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愉快な大公一家【ノクト×スノゥ+子供達編】

おお、迷える狼達よ!

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 告解を聞くのは神官の重要な仕事である。
 悩める信徒たちの懺悔をただ聞き、神々の許しをあたえる。
 大神官長たるグルムもまた、神殿の様々な儀式や大神官長としての激務のあいだに、告解室へはいるのは自分がただの一神官であると、そう思っているからだ。
 狭い告解室は神官側と信者側に別れて、信者には神官の姿が見えない。見えないからこそ、正直に告解が出来るのだ。

 今日の告解者は王宮の若い騎士だった。その姿を見てグルムはまたか……と思ったが、いやいや先入観はよくないと自らを戒める。
 幾ら先日も、その先日も王宮に勤める若い騎士に、若い従僕の懺悔を受けたとはいえ。
 しかし、若い騎士は小さな祭壇にひざまづいて頭を垂れて両手を組んで言った。

「あの……お耳くしくしが目に焼き付いて消えません……」

 またここに犠牲の子羊ならぬ狼が……とグルムは静かに目を閉じた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 ノクトがスノゥのその“朝の習慣”に気付いたのは比較的早かった。
 朝の……といっても毎日ではない。野営などをした朝には耳まででやらない。しかし、宿屋に泊まって起き抜けのベッドで必ずやる。

 どうやらこれは安全な場所でぐっすり眠ったあとの、つまりかなり気を許した仕草だ。

 それを共寝をした最初の朝に見られたのだから、まだ互いの気持ちも確認しあってない、スノゥにとっては“身体だけの関係”の頃から、無意識にノクトに気を許していたということで……。

 寝台からむくりと起きたスノゥは、少し寝ぼけた顔でまず、お耳をくしくししだす。これは野営の朝も変わることのない。両耳の毛並みを丹念に両手でとかして、ぴん……とお耳を立てる仕草までが愛らしい。

 そして、ここからが寝台で目覚めた朝特有のものだ。

 膝立ちとなって、後ろ手で短い尻尾をなでなで整えるのだ。両手で尻尾の尖った毛をはねさせるようにピンとやり、さらに両手を前へと伸ばして四つん這いとなり、小さな尻を突き出して伸びっ……と。
 最初にこれをやられたときにノクトは、後ろから思わず抱きしめて、一瞬で固くなった前を尻に押しつける形となった。とたん「朝から盛るんじゃねぇ! 飯食って出発だ」と怒られた。しかも、ぷぅと。

 初、ぷぅだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「最近、妻がますます愛らしくて困る」

 それが告解ですか? と、神殿にやってきたノクトにグルムは思った。思ったが表情に現すことはない。最近、師と仰ぐ賢者のモースに似てきたと評判の大神官長殿だ。
 自分もあのように早く悟りを開き、本当に物事に動じないようになりたいが。
 王族の懺悔は大神官長が受ける役目である。王家の秘密や国の機密に関わることもある故なのだが。
 毎度、この大公殿が告白するのはすべて妻がらみのどうでもいいノロケ……おっほん、これも大公家の重要な秘密である。

 しかし、ますます愛らしいとはどういうことだろうか? 先の双子達に続いて、さらに二児の母となったスノゥは、落ち着きが増したように見えるが。その微笑みは慈母のように温かく……。
 いや、罪作りであるか……とグルムは無表情のまま遠い目となる。いわゆる悟りを開いた顔と言われるべきか。
 そう先日も王宮の若い庭師がやってきて、大公家の“宝”を垣間見てしまったことを告白した。子供達を優しい目で見て微笑む、あの“儚げな方”が忘れられず、恋してよい方ではないとわかっていながら、この胸の炎が消せずどうしたらいいのか! と。

 儚げって……騎士ならば、教練場でぶちのめされれば……もとい鍛えてもらえば、そんな幻想など粉々にされた上に、新しいなにかに目覚めるのだが。そうそう、あの方のムチを振りまわす姿に背を幾度も打たれる苦行にして恍惚の夢をみるのです! なんて告白してきた騎士もいたっけ。
 まあ、ともかく迷える青年には神々に祈りなさいとしかいえなかった。かなわぬ恋の悩みの答えなど昔から決まっているのだ。祈り歳月を重ねるうちに忘れておしまいなさいと。

「妻だけではない。アーテルもジョーヌもあまりに可愛いので、妙な輩に誘拐されないかと、私も父もつい過保護にしてしまうのだが、妻に『ぷぅ』と怒られて……」

 はい、出ましたね。ぷぅ。これもうっかり王宮の若い男が聞いてしまって、心臓を打ち抜かれるヤツです。この『ぷぅ』最強です。なにしろ災厄を倒した勇者が敵わないのですから。
 災厄の形が白い兎の姿をしていて『ぷぅ』と鳴かなくてよかったと、グルムは馬鹿なことを考えた。とたん勇者の剣がへろへろになってしまう。

 しかし妻が愛おしいのも、子供達が可愛くて心配なのも、当たり前の幸せというものではないか。

 グルムはおごそかに告げた。

「神々に祈りなさい」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 王宮にお泊まりの朝。

 カール王が孫達に会いたがるのだが、王自らはちょくちょく大公邸に来るわけにはいかない。そんなわけで、月一度程度は王宮に泊まる日もある。
 朝食の席をみんなで囲むのも恒例だ。
 狼たちの皿には、朝からベーコンに大きなソーセージが添えられているのも。
 兎たちの皿には、好物のレタスに白アスパラガス、茹でたジャガイモ。卵は食べられるのでオムレツ。とろりとチーズ入り。

 食卓にみんなでそろって着く。
 スノゥの横にはカルマンとともに今年三歳になったジョーヌが。弟を挟んでその向こうにアーテルが座る。
 だ円のテーブルを挟んで反対側に、ノクトにカルマン、シルヴァが着く。そしてカール王が。

 さて、ジョーヌだが少しおねむのようだった。金色の大きな瞳は半眼で、白エンドウ豆のスープに顔をうっかり沈ませないように、気をつけてやらねば……と思ったが。
 「ぷぅ……」と小さな声にこれは眠いのではなく、少しご機嫌斜めなのだと察する。なんでもはっきりした態度のアーテルと違って、ジョーヌは静かで我慢強い子だ。大人しいのではない。頑固でこうと決めたら動かないところがあるのは、どう考えても狼の父の性格に似ている。

 首をかすかに振るしぐさに、スノゥはジョーヌの不機嫌の理由を知る。世話係のナーサリーメイドはジョーヌの金の巻き毛をブラシで丁寧にとかすが、その垂れた耳は朝の洗顔のときに一緒に温かなタオルで拭くだけだ。
 三歳のジョーヌはまだ自分では満足に毛繕いは出来ない。

 スノゥはジョーヌの垂れた耳に手をそえて、くしくしと優しくしてやる。ジョーヌの半眼に据わっていた目は、とたん細められて気持ち良さそうに閉じられる。
 アーテルもスノゥの仕草を見て、ジョーヌの反対側の垂れたお耳をくしくしとやってやる。
 両方のお耳をくしくしされる気持ちよさに、ジョーヌは「ぷぅ」と高く鳴いた。実はこの“ぷぅ”嬉しくても出る。そのときはちょっと高めの音になる。

 その光景を見ていたテーブルの向こうの夫が無表情となり、カール王はなぜかフォークを握りしめたその手がぷるぷると震えているのを見て、スノゥは首をかしげたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 さて、大神官長グルムは忙しい。

 本日は、朝に王宮へと向かい、王家の人々とともに神々へと祈りを捧げる日。今日は大公一家も同席していた。三歳となった下の双子達も、お行儀よく祭壇にて両手を組んで神々へとご挨拶をした
 そのあと王の書斎へと呼ばれた。嫌な予感はしたが王の告解は。

「兎さん達が可愛くて、可愛くて、可愛くて、今日はジョーヌのあの垂れた愛らしいお耳を母と兄が両側からクシクシなんて、ワシ心臓が止まるかと思った!」

 というものだった。
 大神官長はおごそかに告げるのだった。



「神々に祈りなさい」



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 さて王の書斎より退出して、大神殿へと帰るところで、大公家の小さな貴公子に呼び止められた。シルヴァだ。今年十一歳となり大人びてきた銀狼の少年は、銀月の瞳でグルムを見上げていった。

「弟達が可愛いのです」

 またか……と思ったが。

「母上もお綺麗でお強いのはわかっています。でも弟達と一緒にお守りしたいと思うのです」

 その少年の言葉にグルムは微笑み、そして言った。



「それは家族としてとてもとても当たり前な、そして尊い気持ちですよ」






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