ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】

【22】ただいま我が家

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 普段は政に関わらない神官達であるが、彼らは大陸各国の特使として交渉にあたる役目も担っている。神々に仕える者として国王でさえ彼らには手出し出来ず、また条約の締結においても、そこに神々の御前という絶対の誓いが加わることで、けして破れない強制力が生じる。
 だからこそノクトはグルムを一旦、サンドリゥムに帰らせ、国王カールにサンドリゥムとしてノアツン国の再興を認めることと、同盟の締結を求めたわけだ。ナーニャは「まったく、私は転移のための馬車じゃないのよ」と文句をいっていたが。

「……それがどうして、俺がノアツン大公になるんだ?」
「国には当主が必要だろう? そしてお前はノアツン大公家の唯一の直系男子だ」
「……まさか、あんた。カール王がこうすることをわかっていたな?」
「…………」

 沈黙こそが肯定である。スノゥはあの老獪な王が「うちの可愛い兎さんが大公殿下」とカラカラ笑っている幻影が見えた。
 そしてオルグは「認めん、認めん、認めん」とその言葉ばかり繰り返している。自分が偉大なるルースの大王であり、ノアツンなどちっぽけな存在が再興などと粋がっても大王たる己が認めない限りあり得ないと。まあ、そんなことを繰り返しわめきたてている。

「ではルース国王としてノアツン国をお認めにならないと?」
「当たり前だ。あんな毛皮だけのけちくさい森などどうでもいいが、偉大なるルース国の大王として、臆病な雪豹どもの戯言など認められるか!」

 声だけは大きい虎の咆哮を顔に叩きつけられても、大神官長グルムは涼しい顔だ。「では……」と熊族の神官は粛々と告げる。

「先に宣言したとおりサンドリゥム王国はノアツン大公国をすでに認めております。同盟国として大陸各国との仲立ちとなり、三月後の大陸会議にてノアツン大公国の承認をはかる予定であることも、ここにサンドリゥム国王カールの名において宣言いたします」

 そちらが認めないのなら認めないでよろしい。こちらは大陸各国に呼びかけて、ノアツン国を事実上独立させますよの宣言に「なあっ!」とオルグは顔を怒気に赤黒く見えるほどに変色させる。

「そのような勝手などゆるせるか! サンドリゥムなどという辺境国は、我が偉大なるルース国を何だと思っている!」

 辺境ってサンドリゥムは大陸の中央にあり魔術においても先進国で、領土はデカいが大陸の地図の北の端をしめるルース国は、氷に閉じこめられた遅れた田舎国と言われているのを、怒鳴りまくっている虎は知らないのだろう。なにしろ、さっきから偉大なるルース国と連呼している。

「戦争だ! ちっぽけなノアツンだけでなく、他国のことだというのに、いらぬ口出しをしてくるおごり昂ぶったサンドリゥムも叩きつぶしてくれる!」

 この男の頭には大陸の地図が頭に入っているのか? とスノゥとナーニャが同時にあきれたようにため息をついて目を据わらせる。ルース国とサンドリゥムの間にはいくつかの国が挟まっているのだが、それを無視して突っ切るつもりか? 
 そもそも。

「今が祝祭の十年であることをお忘れか? ルース国王よ」

 ノクトの言葉にオルグが「あ……」という顔になる。こんな馬鹿でも祝祭の十年のことは頭に入っていたらしい。

「さよう、勇者が災厄を倒したあとの十年間は、祝祭の期間と定め、国同士のいかなる争いも禁じる。これを破った国は神々によって天罰を受ける。幼子でも知っていることです」
 そしてグルムがおごそかに宣言すると同時に、晴天の空だというのにゴロゴロと雷の音が鳴った。それにオルグは肩をびくつかせる。
「い、今のは言葉のあやだ。あまりにもそちらが理不尽な言いがかりをつけるからだ。今さらノアツンの独立などと……」
「では、神々に仕える神官として、ルース国王にお尋ねします。サンドリゥム王国、グロースター大公家の四公子の誘拐および、グロースター大公と大公配スノゥ殿を拘束し害そうとしたこと。これは国同士の争いに抵触すると思われますが、いかがかな?」

 グルムの言葉に「な……」とオルグは一旦言葉に詰まるが、また焦ったようにわめきだす。

「そ、そこの耳長はルース国の生まれにして、王族の端くれだ! 大王たる俺がどうしようと勝手だろう! だいたい耳長を長いあいだ“拉致”していたのはサンドリゥム王国のほうだ! 俺は俺のモノを取りもどしたのに過ぎない! 耳長が生んだ子供達も同様。勝手に夫気取りの狼も罰してどこが悪い!」

 とまあ、屁理屈だけは一人前だ。
 そして、屁理屈には屁理屈で返せといっていたカール王の教えを、スノゥは実行することにする。

「いっておくが、俺はルース国の先の大王様から『勝手にしろ』といわれている。それもこの国の玉座の間で、あんたも聞いていたはずだけどな」

 ぶん殴ったこの虎の顔を覚えていないが、先の大王リューリクが宣言したことは本物だ。「私も確かに聞きました」とグルム。神官立ち合いの元の言葉ならば、それは神々の御前の誓いと一緒だ。
 あれ? これは屁理屈じゃなくて、正統な主張じゃないか? とスノゥは思う。ノクトもまた口を開く。

「スノゥは神々の前でその永遠の愛を誓い合った我が正式な妻。その子供達もまた神々の祝福を受けたグロースター大公家の子。これを拉致し、夫ある身の人妻を穢そうとしたこと。これはサンドリゥム王国への宣戦布告のみならず、結婚の誓いを定めた神々への冒涜ではありませんかな?」

 国のみならず、ことさら“神々”を主張したノクトの言葉にオルグが「そ、そんなつもりなどなかった!」と叫ぶ。偉大なるルースの大王様でも神様は怖いらしい。
 しかし、馬鹿というのはどこまでも悪あがきをする。

「俺は神々によってその王位を認められた、ルースの大王だぞ! 俺のすることはすなわち神々の意思……」

 そこまでいったところで、さっきからゴロゴロとなっていた空から、どおんっと特大級の雷が落ちた。
 それも領主の館の一番高い塔のてっぺんに、がらがらと崩れ落ちる石積みの屋根に「ヒイッ!」と情けない声をあげてオルグが頭を抱えた。他の兵士に騎士達も同じように頭を抱えて「天罰だ」「神々の怒りだ」との声があちこちからあがる。
 それを領主の館の高い壁の上。“隠蔽”の結界を張って姿を見えなくし、事の成り行きをみていた賢者モースが、自慢の赤い髭をしごきながらつぶやく。

「ちと、加減を誤って大きな雷を落としてしまったか」



 さて、賢者の落とした雷を神々の怒りと思いこんですっかり動揺したオルグは「も、もういい! 勝手にしろ!」と叫ぶ。

「そこの耳長のことにしろ、ノアツンの森のことにしろ、家臣たちが勝手やったことだ! 俺は知らん!」

 いや自分が先頭にたって指示しておいて、他の奴らが勝手にしたこと……もないもんだが。

「では、ルース国王におかれてはノアツン国をお認めになり、スノゥ殿の身柄におかれてもグロースター大公配であり、ノアツン大公であり、ルース国とは一切関係ないとお認めになると?」

 淡々とことを進めるグルムにオルグが「俺は認めん!」と叫んだが。再び空が光りゴロゴロと大音響で鳴ったのに、さらに慌てて叫ぶ。

「わ、わかった! 好きにしろ! 俺はもうノアツンもそこの耳長も知らん! 関わり合いにはならん!」
「ルース国王の名においてお認めになると?」
「そ、そういっている!」
「では、神々の名のもとに誓われますか?」
「ち、誓う!」

 これで言質はとった。たとえ盗んだ王冠を頭に被っただけだろうが、国内では諸侯に認められてなくとも、外には自分がルース国王だと宣言した“王”の言葉だ。そして、サンドリゥム大神官長であるグルムがこれを見届けた。

「もうここには用はない。じゃあな、俺達と二度と関わるなよ」

 ナーニャが広げた転送陣の布にノクトともにスノゥは入る。そして雷の落ちた衝撃で地面にへたり込むオルグに言葉を残して消えたのだった。

「お、覚えていろ……」

 消えた陣にむかってオルグが叫んだ。

「祝祭の十年など、あけるのはあと一年。そのあとは……」

 しかし、彼の言葉は実現することはなかった。
 王冠盗んだ男とされるオルグは、その後、起きた諸侯同士の争い、ルース国の内乱において、真っ先に破れて処刑されることとなる。
 盗まれた王冠の行方を諸侯達は血眼になっておったが、なんとその王冠は宝石ごとにバラバラにされてオルグの手により売り払われていた。厳しい税の取り立てによる領地経営の失敗。唯一の資金源であったノアツンの森を失ったことによってだ。
 こうして、失われた王冠とともにオルグの名もまた、歴代ルース王の名に刻まれることはなかった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 転送によって一瞬で大公邸に戻る。場所はいつもの中庭だ。
 少しのあいだ離れていただけなのに、ずいぶんたったように思えるのは、色々なことがあったからか。

「母様!」

 モースと一緒に転送してきたアーテルがこちらに駆けてくる。そして、館からはさきに大公邸へと送っていたカルマンとジョーヌが、雪豹の二人の老婆アリョーナとオレシャに抱かれて出てくる。
 その子供達を見てスノゥはノクトと顔を見合わせあい微笑んだ。
 今夜はゆっくり休めそうだ。








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