ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】

【18】雪豹の隠れ里

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 実はシルヴァやアーテルにも、スノゥのピアスと同じく座標がわかる機能の腕輪を付けさせている。
 だが、それはスノゥのように大陸全土に及ぶようなものではない。せいぜいが王都周辺でわかる近距離のものだ。
 これは魔道具の性能の差ではなく、スノゥと子供達の魔力量の差によるものだ。魔力が強ければ強いほど発信の能力が強くなるわけで、四英傑となるほどのスノゥだからこその大陸全土に及ぶのだ。
 ノアツンへと転移すれば、スノゥが左手につけた腕輪が反応した。赤く染まったままだった二つの石が黄色く変わり、地図にかざせばその二つの光が重なって一点を示す。

「この先の森だな。ひと目につかぬように、隠蔽をかけていこう。グルム、頼む」

 ノクトの言葉に熊族の大神官長はうなずき、聖魔法を唱えてたちまちのうちに、真四角の結界を展開する。結界には姿を消す隠蔽の効果を付けることが出来る。本来は魔獣やモンスターとのいらぬ戦闘を避けるためのものだが、人間の目もごまかすことが出来る。
 荒野の真ん中、遠くに領主の館が見えた。子供達がそこから逃げたときいて、あえて敵の城の近くに転移するとことはないと、少し離れた場所を選んだのだ。
 森にいくまでに寒村の近くを通った。藁葺き屋根の家々は荒れ果てているように見えた。通った畑もサンドリゥムのように、とても豊かな実りとはいえない。どころかところどころ荒れ果て、耕作を放棄したようなあともある。

「ひどいですね……」

 グルムが思わず顔をしかめたのは、その藁葺きの傾いた小屋のような家から、出てきた農民達の姿を見たからだ。北の地はもう冬に近いというのに、粗末なボロをまとい素足に木靴。どう見ても痩せこけている猫族の者達だった。

「ルース国は虎族支配の国だ。鉱物や宝石などの豊かな資源の利は王族貴族に独占されている。他種族の者達は鉱山なら鉱山、農地ならば農地の労働に縛られて労役を課せられる。奴隷同然だとな」

 ノクトの言葉に「奴隷なんて、いつの時代の話よ」とナーニャが嫌悪もあらわにいった。たしかにサンドリゥム以下の大陸中央の国々で、奴隷制度が撤廃されて久しい。
 モースが「その国それぞれの事情だ。他国人の我らが口を出すことではない」と断り。

「しかし、領地や領民というのは領主を現す鏡のようなものだ。己の欲望のままにただ厳しく搾取などすれば、大地も家畜も人もやがては疲弊する。
 荒れ果て誰もいなくなった地で、領主もなにもあるまいし」

 そこで一旦言葉きったモースは寂れた村と乾いた農地を見渡し。

「この地の領主が王を名乗るならば、ルース国の行く末も明るいものではあるまい」

 そう淡々とつぶやいた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 針葉樹の森の中、奥深くへと分け入る。

「……ねぇ、さっきからぐるぐる、同じ場所を回っているような気がするんだけど」

 ナーニャの言葉に「その通りじゃ」とモースがうなずく。そして、とある木の前へとたち。

「この枝を目印に折っておいたのだが」

 手に持っている杖でさした小枝は折れてはおらず、なんの変わり映えもない。

「これは見事な“迷いの森”だな。さて、二人ともどう見る?」

 モースがナーニャとグルムを見る。二人ともこの賢者の弟子のようなものだ。ナーニャが「久々にお爺さまの難問ね」とワクワクした顔をし、グルムは真剣な顔で森を見渡す。

「たしかにこの森に入ったときから、魔力の息吹を感じましたが、悪意のあるものではありません。どちらかというと、やんわりこちらの侵入を拒絶してします。
 深く森の中に誘いこむものではなく、いつのまにか元の道に戻っている。これでは奥深くに立ち入ることは出来ないでしょう」
「確かにね。目眩ましにかけられていることはわかるけど、その糸口が見えないのよね。あたしやグルムやお爺さまが“視えない”ってことは、今の神聖魔法や四大魔法ではない。いにしえの“おまじない”ってことだわ」

 ナーニャがそこでスノゥを見る。

「あなたの魔力と似たような匂いがするのだけど、なにか感じない?」
「たしかにずっと風がささやいている。これは“歌って”いるな」

 長い耳を動かして、かすかなその音色を拾う。
 歌に魔力を込めれば、その歌い手が歌を止めても、しばらくは風の流れに反響させて、その響きを留めることは可能だ。

「ノクトもわかるか?」

 さっきから自分と同じように、耳をあちこちに動かしている、となりの黒狼にきく。

「“聞こえない歌”と“匂い”だけならな。強引に立ち入るこことも出来るが、お前と同じ“匂い”がするだけにあまりしたくない」
「“匂い”か。さすが狼だな。
 たしかにまあ、このメンツなら目を閉じて、視覚に惑わされずに突っ切っちまえばいいわけだが、それじゃ“同胞”が毎日歌って、幾重にもこの森にかけた結界を乱すことになる。
 きちんと“挨拶”をして通してもらうことにするか」

 スノゥは歌い出す。
 母、エーデルが教えてくれた。妖精の小径の歌を。
 気紛れな妖精達は、人に害を与えない無邪気なイタズラが大好き。そんな彼らのお家に無断で踏み入ろうとすれば、必ず迷いの魔法にかけられてしまう。いつまにか森の入り口もどって、ぐるぐる回ることになる。
 だけどきちんと挨拶すれば、秘密の小径を抜けて妖精達の素敵なお家にたどり着くことが出来ると。
 そんな母のおとぎ話付きの歌と踊りだ。

 歌とともに軽やかにステップを踏み、腕をゆっくりと動かす。母の教えてくれた記憶どおりにそれが妖精達にたいする挨拶だと。
 薄暗かった針葉樹の森に淡い光がさす。とたんに目の前を塞いでいた茂みにぽっかりと穴があいた。大人ならば身を屈めて、子供ならばそのまま進んでいけるだろう。まさしく妖精の小径だ。

「これはこれはずいぶんと太古のまじないだ」
「歌と踊りは元々神々に捧げられたものですからね。おそらくはこの森に宿る精霊に呼びかけるものでしょう」
「やっぱり、スノゥの歌と踊りって興味深いわね。一度じっくりと研究したいものだわ」

 モースにグルム、ナーニャが口々にそんなことをいう。スノゥは「行くぜ」と先に立って歩き出す。ノクトがその後ろを守るようについてくる。
 身を屈めて小径を抜ければ、その先に小さな広場があり、そこに険しい顔をした男達が待っていた。その耳と尻尾は豹族のものだが、尻尾がとくに太くて特徴的だ。これが雪豹族か? と思う。
 槍や剣、弓矢を構えていた彼らだが、スノゥの姿を見たとたんに、武器を下げて片膝をついて胸に手を当てる。主君に対する最上級の騎士の礼。

「スノゥ様にございますか?」
「ああ」

 スノゥがうなずく。彼らが訊ねる前にノクトが名乗り、他の四英傑も名を告げれば、彼らは驚きに目を見開いて、その代表だろう男がヤクブと名乗り「名高い勇者様と四英傑様にもお目にかかれるとは」と他の者達同様、頬を高揚させる。

「まずは我らの隠れ里にいらしてください。公子様方もそちらにいらっしゃいます」

 スノゥが思わず「四人は元気か?」と聞けば「はい!」というヤクブの返事にほっと息をつく。隣のノクトと視線を交わしあい、うなずく。
 森の小径を抜けた先に、いきなりその里はあった。気がつけば村の木の門を抜けていたから、ここにもまじないがあるのだろう。
 そして村の広場で雪豹の子供達と駆け回っているのは。

「シルヴァ!」
「アーテル!」

 ノクトとスノゥがそれぞれ呼びかけると、はじかれるように振り返った二人は、こちらに駆けてきてとびついてきた。ノクトはシルヴァを抱きしめスノゥはアーテルを抱きしめる。

「父上!」
「母様!」

 腕の中のぬくもりにスノゥは不覚にも目頭が熱くなってぎゅっと目を閉じる。「二人ともよく弟達を守った」とノクトの声が聞こえ、双子達が元気に「はい、父上」「僕やったよ、父様」とこたえている。

「カルマンとジョーヌも元気だよ! ほら!」

 というアーテルの声にスノゥが目を開けば、赤子を抱いた雪豹の老婆が二人こちらへとやってきた。彼女達の腕に抱かれて安心したように、すやすやと眠っている。

「ヤギのお乳をお二人ともたくさん飲んで、お元気なものですじゃ」

 老婆の言葉にスノゥは一番聞きたかった言葉に微笑む。子供達がひもじい思いをしてないか、とくに乳離れもまだの赤ん坊達は……と心配だったのだ。
 カルマンを抱いた老婆はアリョーナと名乗った。その横のジョーヌを抱いた老婆はオレシャと。
 そして、そのオレシャが「お帰りなさいませ」とスノゥにいう。初めての土地での言葉にスノゥがきょとりとすればアリョーナが。

「ここがあなた様のお母様、エーデル様のお国ございます、スノゥ様」
「我ら、雪豹の一族はずっと“希望”である、あなた様をお待ちしておりました」

 「ひと目、お目にかかれたならば、この婆達はもう思い残すことはございません」「ほんに、エーデル様にそっくりでいらっしゃる」と涙ぐむ老婆達二人に、スノゥは言葉もない。口々に「お帰りなさいませ」という隠れ里の者達にも。
 十三で離宮を飛び出してから、自分はずっと一人だと思っていたのだ。ノクトと夫婦となっても、これから新しい家族と家を自分で作っていくのだと。
 それがこんな北の地でずっと思ってくれていた者達がいたなど予想外で。

「……ただいま」

 スノゥはいつもならば照れてひねくれた言葉の一つでもいうところを、素直にそういっていたのだった。





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