ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】

【17】虎? 豚? 虎? 

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 スノゥが転送された場所は寝室だった。
 寝室なのだろう。毒々しい紫色の天蓋のベッドがあった。四方の柱は黄金色の裸の女神と、これまた最悪の趣味だ。

 しかし、妙な部屋だった。

 金泥の装飾にこれまだ毒々しい紫の壁には、ムチに蝋燭? なにやらわけのわからん拷問器具みたいなものがかけられていた。
 そして、部屋の中央には大きな木馬。そう木馬だ。子供がまたがるにしては大きいから大人用だろう。しかし、この三角形の胴体、確実に食い込んで痛いぞ。
 ガチャガチャと扉の鍵を開ける音がして、誰か入ってきた。

 スノゥはその男を見て思った。
 なんだこの豚? 

 いや、虎族なんだろう。頭の上の耳も尻尾も虎ではある。さすがに尻尾はその肥大した身体に比例して太くはならんのだな……と思う。
 そう、やたら太って脂ぎった中年の男だった。男は自分を見るとニタリと嫌らしく笑い、そして、外からガチャンと扉に鍵をかける音がした。

 やはり相手は馬鹿だった。
 こんな“密室”に四英傑と二人きりになるなんて、腕によほど自信があるのか? 
 その縦も横もわからない身体で? 

 スノゥは喉の奥で声にならない声で歌う。相手に気付かれることなく、歌の力を発動するときに使うものだ。見えない振動が空気を震わせて、防音の結界を張る。
 これで室内で幾ら騒ごうとも、外に音は聞こえない。

「オルグか?」

 違うと思いつつ一応確認のためにかまをかけた。八年前、リューリク王にこの中から交尾する相手を選べと強要された、並んでいた虎族の“花婿”はいずれも筋骨隆々の身体だけはたくましい者達だった。さすがにたった数年でこんな堕落した姿に変わると思えない。

「ふんっ! 私はあんな王冠泥棒の若造ではない!」

 男は鼻を鳴らして否定した。やはりオルグの即位は、ルース国内では認められていないということか。

「じゃあ、あんたはどなたさん?」
「こら、これからお前の“ご主人様”になる者に対して、言葉遣いがなってないぞ! カピブ様と呼べ!」
「…………」

 なんで様だ? とスノゥが首をかしげて、無言で冷ややかに見ると「なんだその目は気に入らんな!」と叫ぶ。

「お前の子供達がどうなってもいいのか! まずは床に這いつくばって頭を垂れろ!」
「さて、俺の子供達はどこにいるんだ? 姿を見ない限りは、あんたのいうことは信じられないな」
「なっ! 生意気な耳長め! しつけ直してやる!」

 その体型はともかく男の魔力はそれなりのものでこちらに圧をかけてきたが、スノゥにとってはそよ風程度のものだ。まあ魔力のない者なら男のいうとおり床に這いつくばっただろうが。
 同時に、スノゥはこの趣味の悪い部屋の意味を理解した。つまりここはこのヘンタイの性癖を満足させるためのものか。
 そして、今は自分がその対象だと。

 いうことを聞かない獲物に苛立ったように、カピブは壁に掛けられたムチを取ると振り上げた。
 長いムチだったが、慣れているのかそのさばきは巧みではあった。肩を的確にとらえて振り下ろされる。
 が、そのムチの先を白い手がぱしりととらえた。「なっ!」と驚きの声をあげるのにぐいと引いて、そのムチごと相手をスッ転ばせる。
 すぱんと男の指まで膨らんだ手から抜けたムチは、まるごとスノゥの元へ。床でジタバタもがいていた身体が、起き上がろうとするのにその尻を靴で踏んづけた。

「ぷぎゃぁっ!」
「…………」

 なんかこいつ豚みたいな鳴き声だしたぞと、スノゥは思う。

「それで、子供達はどこにいる?」
「し、知るか! だ、誰か! 奴隷が叛逆した! 助けろ! ふぎぃ!」

 語尾が悲鳴に変わったのは、スノゥが二、三回床をぴしぴし叩いて、コツを掴んだムチを男の尻に振り下ろしたからだ。「おい、豚!」と呼びかける。もうこれは豚でいいだろう。ブヒブヒ鳴いているし。

「もう一度、聞く。子供達はどこにいる?」
「こ、ここにはいない! ぶひいぃいっ!」
「…………」

 またケツをムチでひっぱたいたら、本当に豚みたいに鳴いたよ……コイツと、スノゥは遠い目になる。

「ここにいないってことは、やっぱりオルグの奴のところにいるのか?」
「や、奴のところにもいない。潜り込ませている密偵から子供達が逃げ出したと聞いたから、な、ならば、私の手元にあることにして、お前を手に入れようと……」
「言葉がなってねぇぞ! お前に、お前呼ばわりされる筋合いはねぇ!」

 びしりとまたムチでしばくと「はいっ! 女王様!」といわれて、スノゥはなんともいえない顔となった。

 カピブはリューリク王の甥にあたるというから血筋的にかなり濃いらしい。が、この身体のだらしなさだ。早々に皇太子候補からはずれて、このロスキトルフの都市伯に任じられたとか。
 当然、八年前のスノゥの婿選びの場にはおらず、玉座の間での勇者と四英傑の強さも伝聞で、婿候補達がスノゥを逃がしたから、勇者の強さを誇張したものと思いこんでいたらしい。長耳のスノゥなどもとより自分の魔力で押さえ込めると。
 まったく勇者とその英傑をなんだと思っているのか。閉ざされたルース国のお貴族様だからなのか。いや、やはり馬鹿だかろだろうな。そりゃリューリクがスノゥの婿候補から外すはずだ。

 一度は王冠を頭にのっけて、王を宣言したオルグだが、当然のように有力諸侯の反発がすさまじく、彼は王都を放棄して自分の所領に逃げ帰っているという。
 ルース国は現在、王都には王が不在。各領主が各地で自治を行っている分裂状態にあるという。さらに進めば玉座を争っての内戦となるだろう。
 しかし、それもリューリク王の唯一の直系男子であるスノゥの身柄を押さえて、その夫となれば正統なる王を名乗れる。
 そのうえで子供達を誘拐してスノゥの身柄を押さえようとしたオルグの企みは思わぬ形で失敗した。

 密偵よりそれを聞きつけたカピブは、小ずるいやり方でスノゥを騙して自分のものにしようと思ったらしい。
 なに“調教”してしまえば自分のいうなりになるなんて夢想するとは、本当にとんだ馬鹿であったが。

「“ご招待”に応じてみたら、子供達はいないっていうし、この豚は豚だし頭にきてな、洗いざらい話せと奴のケツをぶっ叩いていたら、つい呪符を破るの忘れた」

 「すまんすまん」と謝るスノゥに、ノクト以下の仲間達に微妙な沈黙が流れた。そんな仲間達の様子など気にせず、スノゥは手に持っていたムチを自分の細腰にしゅるりと巻き付けた。
 ノクトが「そのムチを持っていくのか?」と訊ねる。

「おう、なかなか使いやすくてな。短剣だとどうしても遠距離攻撃にはむかないからな。これはけっこう使えるぞ」
「…………」

 よい笑顔の妻にノクトは思わずいった。

「私はどんなお前でも受け入れるが」
「うん」

 スノゥはなんだと首をかしげる。年上の妻だが、髭のない顔はどこか儚げで、ノクトより若く見えるほどだ。長いお耳は愛らしくさえある。

「私は叩かれるより、なでなでされるほうがいい」
「こうか?」

 スノゥは少し背伸びして、夫の黒髪の頭をなでてやる。するとその黒くて太い尻尾がぶんと嬉しそうにゆれた。

「じょ、女王様……この豚にも御慈悲を、なでなでして……」

 ずりずり床をはいずって、スノゥの靴に手を伸ばそうとする豚……じゃないカピブ。

「だから俺に触るなっていってるだろう! この気色悪い豚野郎!」

 スノゥが容赦なく、その顔面を蹴り上げて「ぶひぃいいっ!」と鼻血を流しながら、そのだらしない身体がぼよんぼよんと床に倒れ込む。「これもご褒美で…す」なんてうわごとをいうカピブに「こ、これ大丈夫なの?」とナーニャが、おぞましいとばかりに肩を抱いて震えている。グルムも両手を組んで神々への祈りを捧げているほどだ。モースが変わらないのは悟った賢者……(以下略)。
 「大丈夫じゃなくたって、俺の知ったことか」とスノゥはいい「続けての転移だが大丈夫か?」とナーニャとモースに確認する。

「子供達の居場所だが、オルグの領地だ。そこの城からシルヴァとアーテルが弟達を抱えて逃げ出したと」

 「場所はどこだ?」とノクトが訊ねる。スノゥは一呼吸おいていった。
「旧ノアツンだ。合併されたあの地を今はオルグが治めているって話だ」



 さて、一晩たっても部屋から出て来ないカピブに使用人が外から鍵を開けて普段は“主人と奴隷”以外立ち入ることを許されていない“特別な部屋”を覗いたところ。
 布が破けて真っ赤に腫れた見苦しい尻をむき出しに、床に這いつくばったまま「私の理想の女王様……」とうわごというカピブが見つかったとか。
 都市伯様のご趣味が変わられたとロスキトルフの噂になったとかなんとか……というのは、どうでもよい話だ。






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