ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】

【16】罠と女王様

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 子供達が消えて騒然となった野外劇場。劇は当然中止となってピエロ二人も、護衛騎士達によって取り押さえられた。
 当然 彼らは厳しく調べられたが、ピエロ達は知らないと答えるばかりだった。あげく、どうしてあんなことをしたのかわからないとまでいいだす始末だ。
 わかりきった嘘を! と取り調べた騎士団長カイルは激怒し、副団長のノーラがなだめなければならなかった。そこに歌劇団の団長が王宮に訴えにやってきた、二人は長年劇団に勤めてきた道化達。その誠実で芸に一筋な人柄はよくわかっている。とてもこんなことをするとは思えないと懇願する。

 本当にわからないと頭を抱える道化達二人の様子におかしさに、これは魔術の関わりがあるかと賢者モースとナーニャがみたところ、二人には強力な暗示がかけられていたことがわかった。
 その報告を王のサロンで受けたカール王にノクトとスノゥだったが、部屋に入ってきたときからやけに顔色の悪かったナーニャが「ごめんなさい、これはあたしのせいだわ」と謝った。

「ダニーの小悪党がまさか、ここまでのことをするなんて。あれが試作の転送陣の布を一枚盗んだのはわかっていたし行方は追っていたけど、たった一枚使い切りのあれを、こんな使い方されるとは思わなかったわ」

 ダニーとは、ナーニャが半年ほど前に研究所を追放した魔法使いだという。研究所の備品の横領が発覚しクビにしたのだと。

「ところが奴が研究所を去ったあとにとんでもないことがわかったのよ。
 あろうことか目をつけた研究所の職員の女の子に魔法薬を飲ませたうえに暗示をかけて……」

 「口にもしたくないわ」とナーニャが顔をしかめる。その娘はダニーが去ったことで暗示が解けて錯乱状態となり、ことが発覚したのだという。
 おそらく、二人のピエロに使われたのも、魔法研究所から盗んだ魔法薬を使ったに違いないと。
 そして転送陣にしても、初期の初期の試作品で一回切りの消耗品で、倉庫の片隅で埃を被っていたものだという。
 「ごめんなさい」といつも強気な山猫娘が、涙ぐんで謝るのにノクトは「お前のせいではない」という。スノゥも「悪いのはその小悪党だ」と苦笑する。

「むしろ、その企みがあんまり上手く行き過ぎた。これは不幸な“事故”だ」

 逆にこれが前々から練られた“陰謀”であったならば、どこからか漏れて発覚したかもしれない。それがたった一人が企んだ計画が、あまりにも上手く行き過ぎた。
 まさか、あんなひと目のある場所でやられるなどと、誰もが予想外であったのだ。

 その日は王宮に皆、留まることになった。「もう夜も更けた、休もう」とうながすカール王に、それぞれの王宮にある部屋へと散る。
 ノクトとスノゥは王族の暮らす奥に、そのまま残る二人の寝室へ。
 しかし、スノゥは寝台にはいる気にもなれず、置かれたソファに腰掛けた。ノクトもまたその横に座る。

「寝酒でも持って来させるか?」
「勇者様らしくない提案だな。でもいい、呑んだそばから覚めそうだ」

 抱き寄せられるままに、こてんとその肩に甘える。たぶん今夜はこのまま朝まで付き合ってくれるのだろう。優しいこの狼は。

「よく我慢したな」
「ん?」
「すぐに子供達のあとを追いかけて、ルースにナーニャと跳ぶといったら止めなければと思っていた」
「正確な場所もわからないのに、むやみやたらと跳んだって無駄なだけだ」

 「ナーニャがあれだけ取り乱してくれたんだで、こっちは逆に冷静になった……」とスノゥは息をはく。

「本音を言えば、今すぐだって子供達のところに跳びたい」
「私もだ」
「だけど、どこにいるのかわからない。カルマンとショーヌはまだ離乳食が始まったばかりで、お乳だって必要なのに」
「シルヴァとアーテルがついている」
「……あの二人だって子供だ」
「並の子供ではない。私達の子供だ。生きるために必要なことは教えてきたつもりだ」
「そうだな。うん、二人のことは信じている。きっと弟達を守ってくれるって……でも、やっぱりそれでも二人ともまだ子供だ。早くそばにいってやりたい」
「そうだな、私もだ……」

 繰り言のような自分の言葉に、ただ頭を撫でてくれる。その大きな手の温かさにスノゥは、本当に甘えているな……と広い肩にひたいをつけて目を閉じた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 ダニーは事件の二日後には、王都市内の安宿に潜伏しているところを、騎士団の捜索により見つかった。
 しかし、そこから依頼主の身元をたどることは出来なかった。魔法使い崩れの男は「金さえもらえて、あの生意気な山猫女に恥をかかせてやれればよかった」という。完全な逆恨みだ。

「相手? そんなの知るかよ。ただ大公家のガキ共の誰かをさらえないか? って話が、裏家業の奴らに出回っていたんだよ。みんな、そんな命知らずなこと出来ねぇって断っていたけどな。
 俺が引き受けるっていったときも、奴らは半信半疑さ。前金で金貨一枚のはした金だったけどな。
 奴らの正体? 知るかよ。だいたい、俺に依頼した奴らだって、又受けの又受けぐらいじゃないのか?」



 これで手がかりは完全に断たれたように見えたが。
 その翌日に、スノゥ宛の書簡が大公邸の門扉に差し込まれていた。
 封筒の中から出てきたのは、一個の転送石と招待状のカード。



 お子様達は丁重にお預かりしております。お迎えにはあなた様、お一人で来られたし。



「ずいぶん、物騒な招待状だ」

 王宮のサロン。スノゥが卓上に招待状を置けば、ナーニャがそのカードを拾い上げる。

「あきらかな罠よね?」
「そうだな」
「招待には当然……」
「応じるぜ」

 答えたスノゥに「危険です!」とグルム。ナーニャも「どうして?」と訊ねる。

「あの小悪党から依頼人の身元がたどれない以上、これが唯一の手がかりなわけだ」
「ただし、この招待状の主が本当に子供達を預かっているかはわからない」

 ノクトの言葉に「確かに」とスノゥはうなずく。

「とはいえあえてのご招待だ。無視することもない」
「まあ止めても、兎さんはその罠に飛びこむつもりじゃろうなあ」

 カール王が茶をくびりとのんで続ける。

「それにこの相手は相当なお馬鹿さんじゃ」

 あまりにぴったりなそれに、スノゥは思わず吹き出した。「馬鹿って?」と怪訝に聞き返すナーニャにカール王は「馬鹿じゃろう」と繰り返す。

「こんな見え見えの招待したうえに、兎さんに一人で来いなどと念押しじゃ。正直に来る兎さんだと思っているところが馬鹿じゃ」

 スノゥは笑いをこらえながら「そう、とんでもない馬鹿だ、だから」

「少し“撫でて”やれば、正直にペラペラしゃべってくれると思わないか?」
「私も“丁重に挨拶”したい」

 そういうノクトにスノゥは「初めは油断させてさえずってもらわないとな」と返す。

「勇者様の“出番”はしばらく先だ」

 「行ってくる」とスノゥは転送石を手にしようとして。

「そうだ“知らせ”がいるな。なんかあるか?」
「その取り決めのほうが先だろう?」

 賢者モースがため息をついて、取り出した白紙の呪符二枚に、さらさらと書き込む。

「こちらの一枚を破り捨てるだけでよい。それでこちら側も燃えあがる。それが印じゃ」

 符を手にしたスノゥは「ありがとう、じいさん」と礼をいい、転送石を手にすると姿が消える。
 スノゥが消えたとたんにノクトが卓上に大陸の地図を広げる。腕輪の三つの石が赤く染まり、その三つの光が示す先は、ルース国内を示していた。ただし王都ザガンではない。

「どこ? ロスキトルフって?」

 地図をのぞき込んだナーニャにカール王が「わからん」と首をふる。

「なにしろ、ルースの国内事情というのは王族貴族共の構成を含めてさっぱりでな」
「たしかに、私達魔法使いの繋がりでも、あの国だけは断たれているのよね。そのせいで、えらく旧式の魔法しか使えないって話もあるけど」

 そこで話は途絶えて、じりじりと時間がたつ。「遅すぎない?」とナーニャが口を開くと同時に、静かに座っていたノクトが席を立つ。

「座標はわかっている。ナーニャ、モース、転送の準備を。転送と同時にグルムはスノゥを目視で確認した上に、あれも含めて結界を展開してくれ」

 「兎さんからの知らせをもう少し待ったらどうじゃ?」とカール王がいったとたんに、卓上の呪符が燃えあがった。
 とたんナーニャとモースが転送を発動させる。
 そしてグルムだけでなく、全員がスノゥの白い姿を確認して、賢者モースを除いて全員が固まった。

「じょ、女王様!」

 そう叫んで、スノゥの足にすがりつこうとする豚じゃない……豚のように太った虎族の男と。

「近寄るんじゃねぇ! この豚野郎!」

 ムチを振り上げて、その豚ではない虎の尻をひっぱたくスノゥだった。





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