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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】
【14】秋の建国祭
しおりを挟むその後二月は、スノゥと子供達の大公邸から出ない日々が続いた。シルヴァに関しても、狼とはいえ二人の子だ。そもそも双子のアーテルをおいて、自分だけ外で遊び回るなんてことが、出来る兄ではない。
そして、広いとはいえ屋敷に閉じこもりきりの母子がすること? といえば。
「たあっ!」
「甘い!」
打ちかかってきたシルヴァを容赦なくスノゥは蹴り上げる。もちろん、その瞬間に両腕を重ねて息子が防御態勢に入ったことは確認している。それが出来てなければ寸前で止めた。
宙に舞った小さな身体は、くるくると回転してすたんと着地した。身体への痛みに顔をしかめるようなことはしない。まっすぐと闘志あふれる目でスノゥを見る。その銀月の瞳はますます父狼に似てきたな……と思う。
シルヴァがあまり堪えていないのは、腕でのガードももちろんだが、少し離れた場所で歌い踊っている弟の補助だ。
軽やかなまだ少女と少年の見分けがつかない、ガラス細工のような美しい声と舞いは、兄に風の守護を与える。その足を速くしさらには見えない風の鎧をまとわせて保護する。
こちらもなかなかやるようになったもんだと、ノクトは軽く鼻歌とステップを踏んで、その歌にぶつければ、周囲に漂っていた風の守護がたちまち霧散するのに、アーテルがむうっと不満げな顔をする。
「まったく、歌を消されたぐらいですねるな。戦いに集中しろ!」
アーテルの歌を消した旋律の名残で、その足に風をまとったスノゥは、一瞬にして子兎の前へと移動する。それにアーテルは飛び上がり、ぴぃいい! と高く悲鳴のような旋律とともに、自分も風をまとって後ろに素早くひいた。ここで固まらずに逃げるのは進歩したな……と思う。
退くことは恥などではない。熊族や他の肉食獣、大型の草食獣族に比べたって、兎族はどうしても小柄で細身なのだ。スノゥもいくら鍛えようとも、しなやかな筋肉はつけど、がっちりともりあがるようなそれは望めなかった。
いつか、ノクトの張りのある筋肉をぺちぺちやりながらそんなことを語ったら、夫はちょっと微妙な顔をし。
「どんなお前でも愛するが今のお前が一番よいと思う」
と言われた。まあ、たしかに筋肉の塊を抱き枕にしたくはないわな。
「母様! なんで僕を追いかけるの!」
「まず一番弱い奴から叩きつぶすのは、戦いの鉄則だ! 覚えておけ、シルヴァ!」
「はい! 母上!」
「僕は弱くなんかないもん!」とアーテルは文句をいいながらさらに歌い、己の身体だけでなく兄の身体も強化する旋律まで同時に奏でられるようになったのは、まったく成長したな……と追いかけながらスノゥは思う。まあ、あまり褒めると調子に乗りすぎるところがあるから、控えめのシルヴァと違って手放しに褒められないのだが。
そして、中庭の大樹へと駆け上る。幹にしがみついての木登りではなく、この頃はそのまま駆け上がり枝を蹴って跳ぶことが出来るようになった。アーテルの歌に強化されたシルヴァも同じく。もっとも歌の強化がなくとも、いずれは父と同じく高く跳べるようになるだろう。
アーテルは逃げるだけでなく、両手に持った短い棒を横に振って小さなかまいたちを跳ばし、スノゥの足下を狙う。まったく、ここ一年で急速に腕をあげている。これならば並の兵士どころか、騎士達でもこの素早い子兎を捕まえるのは困難だろう。
そして、さらに空恐ろしいのはそんな弟を救おうと後ろから追いかけてくる兄狼だ。アーテルのかまいたちは、こっちも小さなそれを飛ばして相殺できるがシルヴァのそれはかなり重い。ぶち当たれば手足が飛ぶ。それでもノクトほどではないし、これも相殺できるが。スノゥはあえてそれをせず、大樹を駆け上がりながら、素早くステップを踏んでそれを避ける。ちゃんと木やその枝には直撃しないように、放っているのは偉いが。
足場の悪いこの木の上でそれをやれば、反動で足下が地震並に揺れる。それでは自分は踏ん張れるが、子供達の身体はたちまち宙にすっとぶ。
とはいえ、その戦いももう終わりだ。
「捕まえたぞ!」
木のてっぺんで逃げ場を無くした、アーテルの首根っこを捕まえて、ぶらーんとやる。
「逃げるなら、ちゃんと場所を選べ。こんな飛び移る場所もない、木のてっぺんに昇るなんて悪手もいいところだ」
「はい」とアーテルが返事をする。スノゥは次にシルヴァを見て。
「お前もやたらめったら強力な攻撃をすればいいってもんじゃない。今のかまいたちを、俺が避けずに相殺させたらかなりの衝撃だぞ。そしたら、逃げてるお前の弟がこの大樹から転がり落ちる」
指摘されて気付いたのだろう。シルヴァは大きく目を見開き、次に「これからはよく周りを見て考えて攻撃します」と返してきた。まったく模範解答だ。
さて、子供達とともに木から降りてくると、執事のナイジェルがやってきて、城からの使いがやってきていると告げた。
それは至急王宮に来て欲しいとのことだった。迎えの馬車も来ていて、護衛騎士達が物々しく囲まれて王宮へ。
なじみのメイド達に子供達を預けて案内されたのは王の執務室。
「リューリク王の崩御が公式に発表された。同時にリース新国王オルグの即位もな」
カール王の言葉をスノゥはなんの感慨もなく聞いた。すでにリューリクの訃報は受けている。半信半疑ではあったが、やはりそうだったのか……という思いだ。
そしてオルグ……とは聞いたことのない名前だ。もっとも十三まで離宮に閉じこめられていたスノゥには、あちらの王族達なんて縁のないものだったが。
「では、そのオルグという男がリース国王に決まったということですか?」
「さて、それはわからん。王が決まったあとに、自分こそが王だと別の者が現れて内乱になった例など、いくらでもあるからな」
カール王に続けて「それにリースという国そのもの内情がわからない」とノクトが口を開く。とにかく閉ざされたあの国の内情はまったく見えない。
せいぜいが把握出来たことは、オルグというのはリューリク王の兄弟筋の公爵家の当主で、そして。
「……俺がぶん殴った相手? 誰だ?」
八年前にいきなりリース国に連れ去られて、まともに話したこともない父リューリクより、夫を選べと強要された。あのとき並んでいた若い虎の王族達の中に、そのオルグがいたと。
あそこには数人の虎族の男達が並んでいた。つまりは彼の他にも、リューリクが選んだ次代王候補はいるわけで。
「やはり、当分油断は出来ないということですか?」
「国王が決まったから安心とは手放しでは喜べないだろう。様子を見る必要はあるじゃろうな」
「秋の建国祭までは、あと一月半です。それまでに少しは肩の荷が下りたと考えましょう」
「そうじゃな。祭は民とともに楽しみたいものだ」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
サンドリゥム王国の大祭は三つ。
元からある冬のただ中にある新年祭と、秋の建国祭。それに春を祝う民の祭が、災厄討伐の祝祭とかさなって、花祭りとして大々的に祝われるようになった。
三つの祭の中でも、一番大きいのがこの秋の建国祭だ。農業国であるサンドリゥムは秋の収穫の祝いと建国の祝いを兼ねる最も古い祭だ。
どこの街や村も浮かれ騒ぐ。新酒のワイン樽を開けて、秋の収穫のとびきりのごちそうを用意して野外にテーブル並べて住民達全員で祝う。旅芸人達がやってきて、人々は見世物や劇に酔いしれる。
王都となれば、その規模は大々的となる。中央広場に特設の野外劇場が作られて、朝から夜まで次々と出し物が上演される。
最大の目玉は、大陸一番と評判の歌劇団を招いての最終日の夜の公演だ。これにはカール王や皇太子一家、さらには大公一家も勢揃いして、民達と同じ板を渡しただけの席に腰掛けて観劇する。もろちん、周りは王宮騎士達が厳重に警護する最前列の特別席ではあるが。
リース国から正式な発表があって一か月半。相変わらず身辺の警護は続けられ、スノゥ達は大公家から出られない日々を過ごした。一か月周囲になにごとも異変はなく、リース国からも動乱の気配もない。
ならばそろそろ徐々に警戒をといてもいいのではないか? というところでの建国祭の観劇だ。久々に大公邸の外、それも楽しい劇が見られるとアーテルはご機嫌だった。もちろん生真面目なシルヴァもどこか浮かれているようだった。
スノゥは……劇は楽しいが、しかし、なんで劇を観るのにまたもや、ぴらぴらの衣装と辟易とするのだった。マダム・ヴァイオレットの自信作の秋の白木蓮の衣装のドレス……もとい盛装に、ノクトは目を細めて「美しい」といつものごとくいった。
それでも観劇となると楽しい。なにしろ大陸一番と評判の商都ガトリムルの歌劇団なのだ。兎族の歌姫の歌声は極上で、これまた兎族の舞姫のバレエも素晴らしいものだった。
さて恋人達の運命は? とハラハラしたところで場面が暗転した。幕間。小休憩の時間に現れたのは二人の道化。その滑稽にやりとりにさざ波のような笑い声がおこる。
ピエロは客席に降りてきて前の席を占める貴族の夫人達に花を渡す。そのあいだにもおどけた仕草を交えて、あちこちから笑い声が起こった。
ピエロ達はカール王は皇太子一家、大公一家の座る席へとやってくる。まずカール王にうやうやしく礼儀をし皇太子妃に花をささげ、ふざけたステップを踏みながら大公一家のところへ。瞳を輝かせるアーテルに花を渡す。「僕は女の子じゃないんだけどな~」いいながらアーテルは嬉しそうだ。
そして、ピエロ達はアーテルとシルヴァのあいだのバスケットをのぞきこむ。そこには歌劇の喧騒にも泣き出さずに、目をきょときょとさせてる小さな双子の姿があった。
ピエロ達は顔を見合わせて、赤ん坊達にむかってべろべろばぁ~とする。赤ん坊達はきゃっきゃっと笑う。
しかし、なぜかスノゥはピエロ達の白塗りの顔に、今さらになって違和感を感じた。
なぜ? と思う間もなく、それは起こった。
ピエロ達が、どこに隠していたのか大きな布を広げたのだ。その布に描かれていたのは光る魔法陣。そして赤ん坊の眠るバスケットに被せる。
同時にシルヴァとアーテルも、小さな弟達をかばう様に、その落ちる布の中に飛びこむ。
スノゥもとっさに手を伸ばしたが、子供達の姿は、たちまちのうちに転送の光に包まれて消えた。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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