ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

文字の大きさ
上 下
29 / 213
狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】

【13】噴水はプールではありませんよ!

しおりを挟む
    



「それがどうした?」

 スノゥを自分の身体にのせたノクトは傲然と言い放った。

「どうしたって、だから俺があんたを無意識に魅了したっていうなら……」
「魅了ではない。せいぜいが好ましく思う程度だ。たしかにお前をひと目見た瞬間に強く惹かれた」
「お、おう……」

 スノゥは思わず頬が熱くなる。あのけんか腰の出会いで、この夫はそんなこと思っていたのか。

「その後のことは互いに説明は不要だろう。たしかにお前に対する想いは変わらず、深くなるばかりでどの雄の目にも触れさせたくない。どこか閉じこめてしまおうか? と思う時があるが」
「おいおい、やっぱりそれはあんたどこか、イカれていないか?」

 思わずスノゥは夫の胸に伏せていた顔をあげた。

「閉じこめたりなどしない。自由に子供達と外で遊ぶ、お前の姿もまた愛おしいからな」
「真顔でいうなよ、照れくさい」
「まあ、これは狼の雄の独占欲もあるだろう。番に対する執着は人一倍強い」
「そういえば狼は一夫一婦制だもんな」

 これは実際の獣の狼は……ということで、人間の狼族達に関してはそれにはあてはまらない。だからこそ、貴族達はノクトに愛人を勧めようとしたのだから。

「私は純血種だからな。祖先の血がとくに濃く出ている。己の妻以外は眼中に入らない。だいたい、魅了にそんなに簡単に掛かるようなら、一年前の不快な出来事は起こっていない」

 それは四大伯爵家がつぶれる原因となった事件。ノクトに媚薬を一服盛って用意した複数の娘達を襲わせようとした、あのゲスな事件だ。
 たしかにあの時に使われた媚薬は……人間用ではなく“馬用”の強力なもので、さらには娘達は魅了や誘惑の呪具だらけだったというのだから、それを拒絶したノクトはまったく鋼の意思の男だ。

────いや、俺にはあっさり襲い掛かったんだけどな。

 スノゥはノクトの唯一の妻であるし、あれでカルマンとジョーヌが出来たのだから、最悪ではあったが、のちには喜ばしいこととなった。

「それに私達には四つの宝があるのだぞ。愛し愛されてこそ子供が出来るならば、それは本物の愛ではないのか?」
「うん、そうだな」

 たしかにノクトの愛が“魅了”なんて幻想で成り立っているとしたら、あの子達は生まれなかっただろう。スノゥの想いだって本物でこの強い男の子ならば欲しい……と望んだ。
 カルマンとジョーヌのときは必死な年下の夫の姿がかわいくて、つい……なんてことは夫にも子供にも言えないが。
 これで子供は四人。純血種の自分達にはまだまだ長い人生があるのだから、今後は計画的に……と気を引き締めているけれど。

「それが魅了だったして、それがどうした? と私はいいたい」
「結局そこに戻るのか?」
「そもそも、恋して愛するなんて狂気の沙汰だろう? 私は今、お前を唯一の番として愛している。それでいい」
「ホント、あんたらしいな」

 揺るがない勇者様は健在だと思う。それなら自分も、兎の秘密を一つ明かしてもいいだろう。

「兎だってそうだよ。ただ一人しか愛せないからこそ子供達は生まれてくる」

 たった一人、ただ一人、愛し愛されて生まれて来る子供達。

「それで、兎達の子が生まれてくる秘密だが」

 そうだ。その話があったとノクトと顔を見合わせる。彼が口を開かずとも、もう答えはわかるような気がした。

「どの番もあえて世の中に話す必要もなかった……だろう?」

 スノゥがいえばノクトがうなずいた。自分達も同じ気持ちだったからだ。
 愛する人がいて、子供達がいて、その子供達が愛されて生まれてきましたなんて、世間様にいうまでもなく自分達には当たり前のことだ。
 それに……。

「今の状態だと“兎達の秘密”を発表したとして“あちら側”が信じるとは思えない」

 あちら側とはルース国を含む、純血種の血を欲しがりスノゥや子兎たちを狙う面々だ。ノクトは「そうだ」とうなずく。

「人は自分の信じたいものだけを信じるからな」

 だから、いくらお前達がしようとしていることは無駄だと声をあげようとも通じない。逆にそれは自分達の手から逃れるための嘘だろうぐらいのことは、思いそうだ。

「結局、しばらくはこちらが気をつけるしかないか」
「ルースの情勢が落ち着くまで、お前達には不自由をかけるが、外出は控えて屋敷にて大人しくしいるように」

 大公家にも衛兵はいるが、王宮からも宮廷騎士が日替わりで派遣されるのは、昼間、カール王の執務室で聞いた。

「俺もそうだが、アーテルがむくれそうだなぁ」

 まだ赤ん坊でゆりかごの中の双子と聞き分けのよいシルヴァはともかく、広い屋敷の中とはいえアーテルは確実に外へ出たいといいだしそうだ。
 まあそれはスノゥも同じなのだが。ターバンを頭にまいて耳を隠しての街歩きは、スノゥと子供達のお楽しみであり、護衛の騎士達の頭痛の種でもあったりする。

「忍び歩きも我慢だぞ」
「わかってるって」

 さすがに今は事情が事情だと、了解の印にスノゥはノクトの唇に口づけた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「つまんない」

 そんな訳で半月とたたずに、いや、半月ももったというべきか。アーテルが予想通りにぷくりとふくれていった。それでも八歳になった今は、大人達の目を盗んで屋敷の外に出るなんてことはしないが。
 子供ではあっても、そこは大公家の公子の自覚はある。ノクトとスノゥもまた子供だからわからないとはせずに、きちんとアーテルにも自分の立場を説明したということもある。

「ならば王宮のお爺さまのところへ行くか?」

 大公邸の中庭、カルマンとジョーヌの日光浴もかねて、二人の寝ているゆりかごのバスケットを芝生へとおいて、スノゥにシルヴァにアーテルもまた地面に座りこんで。
 大公邸も広いが、さらに広い王宮ならば鬱憤も晴れるかとスノゥは提案したのだが、アーテルは「いい」と首を振る。

「なんでだ? お爺さまは喜ぶぞ」
「お爺さまは大好きだけど、王宮に行くまでだって馬車の中で大人しくしてなきゃいけないでしょ? 大勢の騎士さん達に囲まれて、外も見られないし」

 たしかに十日前の大公邸から王宮までの移動は大変物々しいものになってしまった。馬車の周りはアーテルの言うとおりの騎士の壁に囲まれて、今までのように、ちょっと王家御用達の菓子店に寄る……なんて言い出せる雰囲気ではなかった。

「お城にはいったらはいったで、どこでも騎士さん達が四人もついてくるんだよ。ちょっと僕の姿が見えなくなったら大騒ぎになるし、お爺さまは涙ぐんで『無事であったか!』なんて大げさだし」

 たしかに王宮内であっても、どこにも必ず護衛騎士がついてくる状態では、自由に歩けるといっても窮屈でたまらないのは、同じ状態だったスノゥにもわかる。
 結局、一晩泊まっていかないか? というカール王の誘いを丁寧に断って、その日のうちに大公邸へと戻った。まだ自宅のほうが門の外や敷地内に巡回の騎士達がいても、くつろげるということで。
 今も中庭にいる自分達を遠くから本日の当番の騎士達が見守っているが、その存在にも半月もすればいい加減になれた。

「ほら、そんなにふくれっ面してると、弟達がむずかって泣き出すぞ」

 スノゥがそういえば、アーテルがあわててバスケットの中の双子達を見る。カルマンのほうは赤銅色のまん丸の瞳をあけて、外の世界を興味深そうに見ているし、ジョーヌのほうはすやすやのんきに寝ている。
 「母様、だましたね!」と声をあげるアーテルに、スノゥは軽やかなテノールで歌い出した。立ち上がり軽くステップを踏めば、アーテルも「もう!」といいながら、母のあとについて歌いだす。双子の寝ているバスケットを中心に、軽やかに踊る。

 カルマンは、自分の顔を見ては歌い、くるくる周りを回る母と兄の姿に、たちまち笑顔となって手足をじたばたとし、ジョーヌもぱっちり目を覚ましてキャッキャと笑う。
 そんな四人を見ていたシルヴァが、そばに控えていた従僕に目配せすれば、室内へといったんはいった従僕は二人に増えていて、椅子とともにもってきたのはチェロ。
 シルヴァが二人の歌にあわせて、優しい旋律を奏で始める。
 ちなみになんとびっくり、ノクトはピアノが弾ける。王侯貴族の嗜みという奴らしい。本人は「弾ける程度だ」だそうだが、なかなかどうしてスノゥにとっては夫の伴奏で歌い踊るのは楽しいものだ。
 さて、母兎と子兎達の歌と踊りに父狼と兄弟狼達の演奏が、大公家のうちわの集まりの名物となるのは、のちのお話。

「母様、暑い」

 ひとしきり歌い踊り終えて、アーテルがいう。小さな双子達の日光浴は終了ということで、ナーサリーメイド達が彼らをバスケットごと室内へと連れていく。

「たしかに今日は陽気がいいからなあ」

 スノゥの目は中庭の中心にある噴水に向く。普段ならばいくらなんでもしない。放浪の旅をしていた昔は、綺麗な泉や川なんか見つけたら、そこで行水なんて当たり前だったにしろ。

 そう、普段なら……だ。
 しかし、いまは屋敷に閉じこめられている“非常事態”だ。
 少しぐらいハメをはずしたっていいだろう。

 母の考えは、やんちゃな次男には視線だけで伝わったようだ。二人して同時に噴水に駆け出す。後ろでシルヴァの「母上! アーテル!」の声が聞こえるが。
 バシャンと飛びこんだ。濡れて肌に張り付くチュニックが邪魔だと、二人して脱ぎ捨てて上半身裸になる。スノゥとアーテルは気付かなかったが、遠くで警護していた騎士達は、ギョッとしてそろって背を向けた。
 「なにをしているんですか?」と近寄ってきたシルヴァに、アーテルは両手ですくった水を頭からかけた。

「これでシルも濡れちゃったね! 一緒に水浴びしよ!」
「やったな!」

 普段は真面目な兄ではあるが、弟にのせられると案外に思いきりがよい。彼もチュニックを脱ぎ捨てて、噴水に飛びこんでアーテルを追いかけはじめる。

「……三人でなにをしている?」
「お? 今日はずいぶん早く帰ってきたな」

 中庭の騒ぎを聞きつけてだろう。あきれてこちらを見ている夫の顔に、さっきのアーテルのようにスノゥは水をかけてやった。

「……お前」
「イイ男になったな」

 「悔しかったら捕まえてみろ!」と挑発すれば負けず嫌いの勇者様も上着と靴を脱ぎ捨てて、噴水の中にはいってきた。しばらく家族四人ではしゃぎ回る。



「……お子様方はともかく、あなた様がたまでそんなにびしょ濡れになってどうするのです」

 執事のナイジェルに、親子四人そろって、説教を食らった。





しおりを挟む
感想 1,097

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

推しのために、モブの俺は悪役令息に成り代わることに決めました!

華抹茶
BL
ある日突然、超強火のオタクだった前世の記憶が蘇った伯爵令息のエルバート。しかも今の自分は大好きだったBLゲームのモブだと気が付いた彼は、このままだと最推しの悪役令息が不幸な未来を迎えることも思い出す。そこで最推しに代わって自分が悪役令息になるためエルバートは猛勉強してゲームの舞台となる学園に入学し、悪役令息として振舞い始める。その結果、主人公やメインキャラクター達には目の敵にされ嫌われ生活を送る彼だけど、何故か最推しだけはエルバートに接近してきて――クールビューティ公爵令息と猪突猛進モブのハイテンションコミカルBLファンタジー!

子を成せ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
ミーシェは兄から告げられた言葉に思わず耳を疑った。 「リストにある全員と子を成すか、二年以内にリーファスの子を産むか選べ」 リストに並ぶ番号は全部で十八もあり、その下には追加される可能性がある名前が続いている。これは孕み腹として生きろという命令を下されたに等しかった。もう一つの話だって、譲歩しているわけではない。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。