ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】

【12】兎達の秘密

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 目が覚めて、あたりが真っ暗なのに……まだ夜かとスノゥは思う。
 放浪の初めは宿に泊まる金もなくて、よく野宿をした。そうでなくても長い旅の途中、次の村までたどりつけなくて、森の中で、木の根元に座りこんで寝るなんてよくあることだった。
 母から習った魔除けの歌を歌えば、朝までかなり強力な魔獣でも寄りつくことはない。とはいえ、いにしえの捕食される側だった本能なのか、その眠りは浅くて、こうしてよく目を覚ましたものだ。
 よく考えれば、それは純血種ゆえの血の濃さともいえたのだが。

 しかし、いまは目を覚ましても一人で身を震わせることなく傍らにぬくもりがある。しっかりと自分を抱く腕に思わず微笑む。
 普段ならこのあたたかさに再びとろりとした眠りに誘いこまれるのだが、今日はその腕の中が居心地がよいはずなのになぜか眠りは訪れない。

「…………」

 理由はわかっているのだ。ぐるぐる考えたって仕方ないこともだ。
 そして無意識に手は耳へと、ぺたりと長耳を倒してくしくしとする。丁寧に先までやったあとにもう片方をくしくしと。
 すると大きな手がするりと頭を撫でた。

「すまん、起こしたか?」
「考え事か?」
「…………」

 沈黙すれば。「お前が朝の仕度以外で、それをするときはそうだ」といわれて、たしかにバレバレだな……と思う。落ち着かないときにこれをやるのは本能だ。
 ばっと手を放すとぴょんと頭の上に耳が戻る。その耳ごと、またゆっくりと撫でられた。

「なぜ、秘密なんだ?」

 唐突な質問にきょとりとする。長い耳を指でくすぐるようにして、ノクトが「お前と私の秘密だ」という。
 それで本来は愛する人にも話してはいけないと、母にいわれたことだと気づく。

 兎族の最大の秘密。

 愛し愛されないと子供をその身に宿すことは出来ない。
 そして何故秘密なのか? 
 それは。

「ん~母さんは、神様達との約束だと言っていたな」
「約束?」
「そう。母さんが語ってくれたおとぎ話だ」





 それは世界の始まりのお話。
 神々は相談して天と地を作り、大地に草花をそして獣たちを生んだ。最後にそれぞれの神が創り上げた獣たちから、自分達の姿に似せた男女を一組ずつ創り上げた。それが、この世界の人々と種族の初まり。
 そのなかで一番末っ子で未熟な神が作った兎は最弱で、そして生まれた男女も美しい声で歌うことと、舞うこと以外に才のない人間だった。
 戦いのための魔力も力もない。このままでは一瞬で消え去ってしまう種族。それを守護する力もなく、ただなげく末っ子神を可哀想に思い、他の神々は兎達に“祝福”を与えた。

 なにも力を持たないお前達は愛されると。
 その愛に包まれてお前達の子は誕生してくるだろう。
 愛ゆえに消えることのない命よ。祝福あれ……と。



「これは神様との約束だから、母さんは内緒なんだといっていたな」
「不思議なのは、お前の母は隔世遺伝で雪豹の両親のあいだに誕生した。それでどうして兎族の伝承を知っている」
「これは俺にもいえるんだが、母さんから教わらなくても、その話はなんとなく知ってはいたんだ。だから、たぶん赤ん坊のときに夢にでも見ていたんだと思う」
「それはすべての兎がか?」
「たぶん、本能的にあるんだと思うぜ。母さんにしっかり教わらなくても、子供は自分の意思で作るもんだってわかっていたからな」

 スノゥはノクトの腕枕からせり上がり、夫の顔をじっと見て。

「それも、自分が愛し愛された雄じゃないとダメだってな」
「…………」

 そう告げると、ちゅっと軽く唇をついばまれた。すぐに離れて、その端正な口が開く。

「やはり、なぜ秘密かわからんな」
「どうして?」
「お前は私に話しただろう? 愛する者にもけして言ってはいけない秘密をだ。シルヴァとアーテルは身籠もっているときにぜよ。カルマンとジョーヌは、その“禁”を破ったあとに生まれた」

 「あ……」と思う。たしかに神々と約束したことならば、なんらかの罰があるはずで、だが、そのあとにも次の双子は生まれて、スノゥは幸せに暮らしている。

「それに、その伝承の神々はけして他の種族に話してはいけないとは兎達に禁じていない」
「そうだな。たしかに俺の中にうっすらある記憶でも、別に話していけないことじゃないんだ。
 だけど……」

 そこでスノゥは言葉に詰まる。
 思い出したのは母エーデルの常にどこか寂しく悲しそうな横顔だ。

「あの人の事は愛してる。でもあなたのことを愛してくれないのが悲しい……」

 母がたったひと言もらしたつぶやき。
 そして。

「愛する人にもけしていっていけない」

 それは。

「たぶん、けして話してはいけないと“決めた”のは母さんだ」

 スノゥはつぶやくようにいい、そして続ける。

「だって、たとえリューリク王にあなたに愛し愛されたから俺が生まれたと告げても、あの王はけして変わることはないってわかっていたからだ」

 むしろ告げることで、母もリューリクも苦しむことになる。だから、母はスノゥにいい聞かせたのだ。
 愛する人にもそれは告げてはならない。
 それは“呪い”となるからと……。

「……私にとってはそれは“祝福”だ」
「うん」

 ノクトが言葉とともに、スノゥのひたいに一つ口づける。

「私はお前も子供達も愛している」
「俺もだ」

 スノゥもまたノクトのほおに唇を押し当てる。ちょっと照れくさくなって微笑んでごまかしながら「不思議なのは……」と口を開く。

「母さんが俺に秘密にしたのはわかるけど、俺はあんたに“あっさり”話しただろう? それでなんで、この兎達の秘密は世に広まってないんだ?」

 「それは……」とノクトがスノゥの肩を抱いてしばし考え。

「まず、兎達の数の少なさがある。娼館にしても歌劇団にしても、兎族というのは数人で、確実にそこの花形だ。彼らの特性としてスノゥ、お前と同じく容姿端麗にして、歌舞音曲に優れるというのがある」

 自分と同じと言われると、どうにもむずがゆい。スノゥは放浪の旅において、兎族がどこにいるかは知っていても、むしろそんな場所をさけていた。同族が虐げられているだろう場所には、近寄りたくないものだ。
 ところが兎達の待遇は悪くないどころか、かなりの好待遇なのだという。まず売られる場所は高級娼館に有名歌劇団というから。
 そこで彼らは大切に養育され、歌と踊りをしこまれて、その美貌と才気で必ず花形となるのだと。

「しかし、彼らの活動期間は短い。顔見せしてたちまちのうちに人気となり、五年とせずにその娼館や歌劇場から姿を消している」
「なんだ? 花の命は短くて……ってやつか?」

 人気なんて水物だし、美貌もやがて衰えるが、しかし五年は短くないか? とスノゥは思う。

「いや、逆だ。兎族の美貌と若さは一生衰えないうえに、彼らは二百歳近くの天寿をまっとうしている」
「はぁ?」

 スノゥは思わず声をあげた。同族のこととはいえ、知らないことばかりだ。一生衰えない美貌と若さに二百歳の寿命って、なんだそれは。

「……というか、あんたがそれ知ってるってことは……」
「もちろん調査をした。兎族の子供を保護すると決めたときに、成人した兎達のこともな」

 娼館や歌劇団の兎達の活動期間が短いのは、そのことごとくが“身受け”されているからだという。高級娼館に歌劇場からなんて多額の金とコネがいる。そんなことが出来るのは大富豪のブルジョアか高位貴族と相場が決まっている。

「正式な夫人でないにしろ、兎達は大切に囲われて暮らしている者達ばかりだった。さらには殆どの“夫婦”に子があった。夫側の種族の子であるがな」

 それは兎達が愛し愛された証だ。そして、その種族の血に兎達の血が混じり、またいつかは兎の子が生まれることを現す。

「娼館や歌劇団で育った上に、貴族やブルジョアの第二夫人ときたら……そりゃ外で見かけないはずだな。そのうえに数がそんな極端に少ないときたら」

 兎族を見かけない謎が解けたとスノゥは今さら知る。兎達は隠されているといわれる訳だ。

「孤児院に入ってくる子兎にしても一年に一人程度だ。それも三歳になるかならないかで、すべて里親に引き取られている」

 孤児院には里親制度というものがある。その里親になれるのは、身元のしっかりしたブルジョアや貴族の支援者の家だという。

「そこが兎の子を?」
「ああ、そのほぼすべてが“自分の子として大切に育てる”というそうだ」
「…………」

 それは成人した兎達の三年もたたずの身受けといい、孤児院の子兎たちといい、よい話だと手放しで喜んでいいのか? なにかあるんじゃないか? とスノゥは勘ぐる。ノクトは「当然、私も奇異に思った」という。

「それでモースに子兎達を見てもらったのだが」
「なんかあったのか?」

 なるほどそれであの賢者が兎族の血に関していっていたのか……と納得する。
 最弱でありながら、その血は強い……と。

「魅了か?」

 スノゥは聞く。なにも力がないといわれていた兎族だが人の心を虜にするというなら、それは恐ろしい力だ。
 思うに不思議ではあったのだ。あの純血主義の固まりのようなリューリク王が、どうして長耳の王子であるスノゥの母……エーデルに一目惚れなどしたのか。
 それがもし、知らずにあの王を魅力していたというならば……そこまで考えてノクトの「いいや」とう声が耳を打つ。

「そんな恐ろしいものではない。モース曰く、せいぜいが、愛らしいと好感を持たれる程度だそうだ。
 だが、それが特定の人物の“庇護欲”を刺激するのかもしれないとな。愛したい。大切にしたい。宝物として隠しておきたいとな」

 なるほどその程度ならば、たしかにそれは神々の祝福だ。最弱の兎族が人々に愛されて幸せになるように……と。
 しかし、宝物にして隠しておきたいと……までくるといささか過激なような。

「……確かにそれは私が、お前や子供達に感じていることでもある。愛して大切にして、どこか私だけしか知らない場所に閉じこめてしまいたいと」

 それはノクトらしくもない言葉だ。スノゥはじっと彼を見つめていった。

「俺は知らずに、あんたを誘惑しちまったか?」

 だったら、それはノクトに使われた媚薬より質が悪くないか? とスノゥは戦慄した。






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