ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】

【9】ようこそ世界へ

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 四大伯爵家の処分は世間を十分騒がさせたが、それよりも民の話題となったのは大公配の懐妊の慶事だった。双子が生まれて七年。誰もがもしかしたら……と少し諦めていたところのおめでただ。
 とくにカール王の浮かれようはすさまじく。大公邸に新しく産屋の建物の増築を手配したほどだった。
 なにもそんなに大げさなとスノゥは思ったし、ノクトも大公邸には十分に部屋はあり、王家の余分な金を使うことないと、父王に進言したのだが。

「ノクトや……」
「はい」
「シルヴァとアーテルに“あの”父と母の会話を聞かせるつもりか?」
「……産屋は必要です。完全防音の……」

 かくして大公邸の庭に白亜の小神殿もかくやという産屋が誕生した。産屋とそれに付属する控えの部屋まで建物全体が完全防音の。
 ただ最後までスノゥは「なんで、あんな大げさなものが必要なんだ?」と首をかしげていた。なにを叫んだのかは「あんまり痛くって覚えていない」そうだ。

「それほどの苦痛なのか?」

 思わず青くなった夫の狼に、白兎の年上女房はくすりと笑う。

「ま、痛いもんは痛いけどな。俺とあんたの子供を世に出してやると思えばな」
「お前は強いな」
「あんたが一緒にいてくれるから強くなれる」
「ああ、そばにいる」
「いや、今度こそは控えの部屋でよい子で待っていてくれよ」
「…………」

 赤ちゃんが出来たと聞かされて、初めはぽかんとして実感がわかなかった双子達だったが。スノゥのお腹が膨らむにつれて、恐る恐るそっと触れるようになり、アーテルなどは今はその大きなお腹に、長い耳をあてて「早く出ておいで」という毎日だ。

「お兄ちゃんと遊ぼ~」
「アーテルはちゃんとお兄さん出来るのか?」

 からかうようなスノゥの問いに「ちゃんと出来るもん」とアーテルは頬を膨らませる。同じくお腹に手と、耳を当ててたシルヴァが「わ!」と驚く。

「い、いま、蹴りました」
「そうだな。そうとう派手にやったなあ。これはアーテル並にやんちゃなのが生まれるか?」

 「なんで僕~」とますますむくれる黒い子兎に、顔を見合わせて笑いあう白兎の母と銀狼の子の姿を、黒狼の父は同じ居間にて目元を緩ませてみる。
 しかし「お、また蹴った!」といった椅子に座ったスノゥが、腹に手を当てて一瞬固まった、その異変を銀月の鋭い目は見逃さなかった。「スノゥ」と呼びかける。

「う、産まれるかもしれねぇ」

 ノクトは風のように妻の身体を横抱きにし「あ、赤ちゃんが出てくるの!?」というアーテルの問いかけにも応える余裕もなく、居間を飛び出して廊下で叫んだ。

「スノゥの腹がさける!」

 結局、前回よりなにも進歩してない銀狼の父だった。
 さらにはアーテルの「母様のお腹真っ二つに割れちゃうの?」というギャン泣きつきで、普段は理知的で行儀のよいシルヴァまで「母上は大丈夫なのか?」と青ざめて涙ぐみ、乳母ジェーンとナーサリーメイド達がおおわらわとなる事態となった。
 冷静な執事のナイジェルによって先導されて、産気付いたスノゥを抱きかかえたノクトは無事に産屋にたどりついた。この日のために王宮から産室に運び込まれた、特注の花と星と羽の意匠のまっ白な寝台に、その身体をそっと下ろす。

「スノゥ」
「……ノクト……」

 ひたいに浮かぶ汗を手でぬぐってやり、労るようにひとつ口づける。じっと見つめあう銀月と石榴の瞳であったが。

「出てけ……」
「スノゥ?」
「いつまでも男がここにいるんじゃねぇ! 出てけ!」

 いや、スノゥ、お前も男だろう? と問う間もなく、ノクトは「ここは女の戦場にございます!」という前回とまったく同じ産婆達の言葉によって、産室を追い出されていた。
 産屋の隣の控え室には程なくして、血相抱えてカール王が飛びこんできた。その後ろからモースが。「やれやれ、転移は馬車代わりではないのですぞ、陛下」とぼやく。どうやら馬車も走らせる時間も惜しい父王に、この賢者もひっぱられてきたようだ。
 ナーニャにグルムもやってきて四英傑がそろうこととなる。そこにメイドが茶と茶菓子と軽食を運んできた。
 ナーニャがキャラメルの掛かったプチシュークリームをかじりながら「よく考えれば……」とつぶやく。

「あたし達が立ち合う必要はないのよね。知らせを受けて反射的に来ちゃったけど」
「ならば帰ればどうだ?」

 前回と同じく産室の扉の前をうろうろしていたノクトは、無神経な山猫の魔法使いをにらみつけた。この向こうで己の愛しい妻が苦しんでいるのだぞ! とばかりに。

「いや、来ちゃったんだから見届けたいじゃない? それに前回同様、面白いことが起こりそうだし」

 「面白いこと?」とノクトが怪訝な顔をすれば、よく響くテノールの大音響で「馬鹿ノクトぉおおお!」の叫び声。

「このっ……しっかり仕込ん…だっ……責任とりやがれ!」
「責任はすべてとる!」
「根元にこぶが……出来て…孕むまで…抜けねぇ…なん……て……どんな先祖返り……だよっ!」
「すまなかった。私も知らなかった」
「知らなかっ……た…で、済んだら……牢屋はいらねぇ…んだよ!」
「城の地下牢に入れというなら、このお産を見届けたなら入るから」
「そんな……必要ねぇっ! このクソ真面目!」

 前回と同じく扉の前で律儀に答えるノクトの姿と、スノゥの苦しそうなんだが、しかし元気そう? な声。
 ナーニャはうつむき肩を震わせて必死に笑いをこらえている。グルムは神への祈りの文言を唱えだしたが、これは出産の無事を願ってというより、己の精神を落ち着かせるためだろう。
 「そうか、先祖返りするとあれにこぶが出来るのか……」とカール王が遠い目でつぶやく。唯一、変わらず赤い髭をしごいているのはモースだ。だって、悟りを開いた賢者だもの。

 その後も、しばらく静かになったと思ったら唐突に「まった…く……何回も何回も……ヤりやがって! 何回…したんだよ!」というテノールの吠える声に「私も覚えていない! とにかくたくさんした!」ときっぱり答えるノクトに、絶えきれずにナーニャが吹き出した。

「あ、あたし、もうダメ……外に……」
「いかんぞ、ナーニャちゃん。扉を開けたら、外に声が漏れる。子供達に聞かせられん」

 カール王の引き留める声に「そ、それじゃ、ここでずっとこの苦行?」というナーニャのひくひく震える声にグルムが「ナーニャ、一緒に祈りましょう」と誘い、なんだかわからないままに魔法使いの山猫娘はお祈りをしだす。
 さらにしばしの静寂というか、扉の向こうからはスノゥの苦しげな息だけが聞こえ、頭の上の漆黒の耳をピクピクさせ続けた狼の夫がたえきれずに「スノゥ……」と呼びかける。

「大丈夫か? 少しでも声を……」
「うるせぇ! それどこ…じゃねぇ! あんたは、そこでお祈りで…も……してろっ!」

 「はい……」とお耳と尻尾をしおしおとさせた狼は、グルムとナーニャが並んでお祈りするソファーに腰掛けて、こちらも静かに祈りだす。カール王が「ワシも祈ったほうがいいかのう」と両手を組む。モースだけは変わらず腕組みをして目を閉じていた。だって賢者……(以下略)。
 やがて、ほぎゃほぎゃという元気な声に、黒い狼耳をびくびくさせてノクトが立ち上がる。扉が開いて「元気な男の子ですよ」という産婆の声に、彼は産屋に飛びこんだ。「あっ! と、もしかしたら!」とナーニャが呼び止めたが遅かった。

 おくるみに包まれた赤ん坊を抱いて、産婆が一仕事終えた母親に、その子を見せている。
 燃える様な緋色の毛並みの子狼だ。との特殊な毛色からして純血種だとわかる。
 一仕事終えたスノゥは疲労の色が濃いが、その微笑みは美しいとノクトは思う。
 が、寝台に近寄るノクトの姿を見たとたん、その表情はとたん険しい……というか苦痛の表情にゆがむ。

「なんできたっ!」
「いや、無事に産まれたのだろう?」
「ぜ、前回から、学習しろ! も、もう一匹、う、産まれる!」

 再び産気付いた妻の手を夫は握りしめて。「だから、出て行け!」「苦しむお前を放っておいて、出て行けるか!」の口論のうちに、二人目はあっさりと産まれた。
 こちらは、垂れ耳、金色の巻き毛のそれは愛らしい子兎だった。
 そして、どちらも男の子。
 例のごとく、書斎を丸めた紙だらけにしてノクトが考えた名前は。

 緋色の狼の子はカルマン。
 金色の子兎はジョーヌ。

 と、名付けられた。





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