ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】

【5】花祭り

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 花祭りには、男性は胸に花を。女性はその片耳に花を。
 既婚者なら左、未婚者なら右と平民のあいだでは、年頃の娘のよい花婿募集の機会だという。

 王都は花とリボンに飾られて、大通りには露店が建ち並び、この日のために遠方からやってきた人々で大賑わいだ。花びらがあちこちでまかれ、裕福な商家が振る舞い酒や菓子などを人々や子供達に配る。
 そして遠くからやってきた人々の目当ては、午前は二回、午後二回のバルコニーからの王族と四英傑の姿見せだ。
 この日ばかりは王宮の城門は誰にでも開放され、王宮前の広い庭に詰めかけた人々は、姿を現した彼らに祝賀の言葉を投げかける。

 災厄を打ち倒した感謝を。
 続く平和の歓びを。

 カール王に皇太子と皇太子妃、それにモースにナーニャ、グルム達以上に歓声をもって迎えられたのは、勇者でありグロースター大公であるノクトと、四英傑の一人にして大公配であるスノゥ。それに可愛い双子達。
 双子のバルコニーデビューは、二歳のときの花祭り。泣いたりくずったりするようだったら、すぐ引っ込めるつもりだったのだが、二人とも異様に肝がすわっていた。
 アーテルは大歓声をあげる人にニコニコと笑顔で両手を振り、その愛らしい子兎の姿はしばらく王都中の話題になったほどだ。バルコニーから身を乗りださんばかりの弟を、危ないと後ろから抱きしめる銀狼の兄もだ。

 七歳となったアーテルはもはや貫禄? たっぷりに人々の歓声に片手をあげて応えている。その横のシルヴァも笑顔で弟より控えめに手を振る。
 アーテルの右耳には白薔薇に銀のリボンが揺れていた。シルヴァの胸にもそろいの白い薔薇とリボンがある。
 アーテルは男児なのになぜお花? と思ってはいけない。
 スノゥの左耳にも白薔薇の花が飾られているのだから。本日はピアスはお休みだ。もちろん、薔薇の花はノクトがてづから付けた。
 そして、アーテルの衣装は男児の貴族服の形はしているが、そのシャツドレスの裾が長くてふんわりしていて、レースの段でまるでスカートのように膨らんでおり、さらには脇にはリボンの列の装飾と、姫君のドレスもかくやというもの。

 ……実の所スノゥの着ている服にしても、同じようなものだ。上着の裾をシャツドレスの幾重にも重なったレースが押し上げており、膨らんでいるそれはまたもスカートもどきか? と思う。上着の腰から下の両わきに並ぶリボンはアーテルとおそろいにしたのだろう。
 正直隣で手を降っているノクトの、かっちりした銀の正装のコート姿がうらやましい。なんで自分はこうなんだ? と思う。シルヴァにしても父親の小型版の蒼のウェストコート姿だ。
 物心つかない頃はひらひらのレースをきゃっきゃと着せられていたアーテルに、スノゥは期待していたのだ。可愛いけれどしっかり男の子の自覚はある子兎が「僕、こんな女の子みたいなのはヤダ」といってくれるのを。
 そしたら、母? も喜んでレースのぴらっぴらっを脱ぎ捨てて夫と同じ格好が出来る。

 ところがいつまでたってもアーテルは文句も言わず、花祭りに建国祭、新年祭とぴらっぴらっのレースの衣装をメイド達に着せてもらっていた。
 思わずスノゥは文句はないのか? と自ら訊ねた。
 可愛い息子はにっこり笑っていった。

「だって僕は綺麗で可愛いんだから、こんな時ぐらいはおすましして、みんなの歓声に応えるべきだと思うんだ」

 普段はちょっとワガママやんちゃな我が子に、しっかり公子の自覚があることに、スノゥはは密かに心の中で涙した。主にぴらぴらの服を脱ぐ機会が無くなったという点で。
 さらに黒兎ちゃんは笑顔でいった。

「お祭りの日は、母様も僕とおそろいで綺麗で大好き!」

 そして、なぜかシルヴァもおずおずと。

「私も祝祭の日の盛装された母上を見るのが好きです」

 とても母だけが父と同じ格好をしたいなどと言い出せなかった。
 そして、七年目ともなるとさすがにスノゥも慣れて、いわゆる王族の笑顔ともいうべきか、軽い微笑を浮かべて人々向かい手を振ったのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そして、国に功績があった者を招いての晩餐会のあとの舞踏会。

「出たわね、儚げ系美青年詐欺!」

 晩餐会には賢者モースと神官グルムの姿はあるが、二人が夜会に参加することはまずない。そんなわけで四英傑での参加者は、いつものローブではなくドレス姿のナーニャに、そしてスノゥとなるわけだ。
 「晩餐会でみただろう」とスノゥは返す。昼間は白は白でもアーテルとそろいの柔らかなクリーム色のものだったが、晩餐会からは衣替えして、銀の光沢の白の衣装だ。

「ちょっと透けてない? あの嫉妬深い狼の旦那がよく許したわね?」
「上着だけだろう」

 たしかに上着の脇はレースで透けているが、下にドレスシャツを着ている。フリルの重なりにリボンと「魅せる演出よ!」とあの野太い声で再生された。

「今回もマダム・ヴァイオレットは絶好調のようね」
「絶好調すぎてつらいぜ。毎年レースとリボンの量が増える」

 「今期の流行は縦に並んだリボンと、透けるレースね」というナーニャの言葉をどこか遠くで聞く。
 マダム・ヴァイオレットの店は王都一番の服飾店だ。マダムと名乗っているが、大猫族の店主の見た目の性別はどう見ても男だ。ただし心は女性なので、ご婦人として扱わねばならない。
 そのマダム・ヴァイオレットだが、結婚式のパレードでスノゥの姿を見るなり『わたくしのミューズ!』と頼んでもいないのにいきなりドレスもとい、スノゥの盛装を送りつけてきた。それをノクトが気に入ったのが運の尽き? 新年祭に花祭り、建国祭の年に三度、とんちきなドレス……もとい、スノゥの盛装を仕立て上げている。

 そして、ナーニャの言葉どおりに、このときのスノゥの姿がその後の貴婦人達のドレスの流行となるのだ。もちろんマダム・ヴァイオレットの店は大流行りで、なかなか予約が取れない店として有名だという。
 なんなら自分の年三回の予約分を他のご婦人に回してもいいんだぞとはスノゥはいわない。いや、諦めてる。なぜか、あのマダムをノクトが気に入っているのだ。正確にはマダムの仕立てるとんちき衣装を着たスノゥを毎度ノクトが「素晴らしい」と褒め讃えるのだ。

「それで、さっきまであなたの横にいた素敵な旦那様はどうしたの?」

 ちなみに昼間はかっちりした銀のコートに下に息子と揃いの蒼のウェストコート姿だったノクトは、晩餐には黒にさえ見える濃紺の光沢あるコートに、下のウェストコートはスノゥに会わせたような銀の光沢に花祭りらしい花の刺繍を施したものに変わっていた。
 この衣装も当然マダム・ヴァイオレットのものである。試着のときに二人並んだ姿を見たマダムは「本当夢のようにお似合いね。自分の才能が怖いわ~」などといっていた。
 ちゃんとした紳士服が作れるなら、自分にも作ってくれと、ぴらぴらに包まれているスノゥはいつも思う。

「別に、俺とノクトは常に一緒にいるわけじゃないぜ」
「だけど、こんな夜会は離れないほうがいいと思うけど」

 ナーニャが声をひそめて「さっき、黒髪の長身のあとを追いかけて、複数のドレス姿が向こうの小部屋に消えるのが見えたのよ、ノクトに限ってまさか……とは思うけど」と告げる。心配してスノゥに知らせに来てくれたようだ。

「さっそくひっかかったか」

 ノクトも今回ばかりは“隙をみせて”スノゥから離れて、わざわざ“ひとけのない”小部屋にまで行ったのか。おそらくは自分にまとわりつく視線を感じて。
 しかし、複数? とは多すぎないか? 
 「ひっかかったってどういうこと?」とナーニャが訊ねたとき、きゅあああああぁああ! という悲鳴が響いた。そちらに足早に向かう。

 七年前もこんな風に娘が泣きながら訴えてきたんだよな……と小部屋のあちこちでへたりこみ、狼の耳も尾も垂らしてガタガタと震えるドレス姿の娘達がいた。
 しかし、そのドレス姿の娘達の誰もが乱れたところがなかった。せいぜいへたりコこんでいるスカートの裾が乱れているぐらいか。
 「なにがあった?」とスノゥが訊ねれば、娘達はをあげるなり「ヒッ!」と悲鳴をあげて、「お許しください」「お許しください」と口々に繰り返す。「あ、あんなことになるなんて」「お手討ちされるかと」とガタガタ震えている者もいる。

 小部屋に残る濃厚な魔力の残滓にスノゥは顔をしかめた。これをぶつけられたなら、こんな小娘達などひとたまりもあるまい。
 小部屋の奥を見れば扉が開け放たれている。奥へと“逃げた”のか。

「ナーニャ、まかせた」

 スノゥはそう言い残して、開いた扉の向こうへと足早に去る。背後でナーニャの「こんな魔力による威圧。あなた達、グロースター大公になにしたのよ?」と訊ねる声がした。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 幾つもの扉が乱暴に開けっぱなしにされていた。城の奥へ奥へと。
 最後の扉だけは固く閉まっていて、その前には城の衛兵達が集まっていた。スノゥの姿を見るなり最敬礼をして、一人が口を開く。

「何時にないご様子で走られる大公殿下をお見かけして、何事かとお声をおかけしたのですが、我らの声も無視されてこのお部屋にお籠もりになられ……」

 「ち、近寄ることも出来ず」と言葉を濁す。スノゥが扉に手をかければピリピリとした魔力の威圧を感じる。これはあの小娘達なら泣いてへたり込むのは当然だし、城の衛兵達も扉に触れも出来ないだろう。

「……人払いをしてくれ。お前達もこの部屋からも出て、しばらくはこの近辺には誰も近寄らせるな」

 なにかいいたげな衛兵に「命令だ」とだけいい捨てて、部屋の扉に手をかけて中へとはいる。
 中は薄暗く、椅子やテーブルなどの調度があちこちに置かれている。どうやら晩餐会や夜会用の調度の物置のようだ。
 しかし部屋に充満する魔力による威圧がすごい。これは並の人間が入ったら一発で失神だ。同じ純血種の自分だから耐えられるが。

「ノクト」
「近寄るな!」

 低い狼そのものがうなっているような、威嚇の声だ。部屋全体がびりびり震えるのに、顔をしかめてスノゥは軽くハミングする。苛立つ狼の気を和らげるように。そのとたん「止めろ! 歌うな!」と怒鳴られたが、気にせずに調度が囲む奥へと進む。
 部屋の片隅にらしくもなくうずくまる、手負いの獣のような狼が一匹。

「それ以上来ないでくれ……」

 今度は弱々しい懇願の声。

「お前を傷つけたくない」
「そんなにヤワじゃねぇよ」

 広い肩に触れれればぴくりと震えた。なにかに絶えるように握りしめた拳が震えている。

「それに、あんたになら何されたってかまわない」

 いったとたんに、肩に触れた手首をつかまれ引き寄せられていた。





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