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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】
【4】懲りない面々
しおりを挟む「そんな話がぶり返しているのか? また竹箒を持って掃除したいヤツがいるとは」
スノゥが身籠もっているときを狙って、ノクトの愛人に収まろうとした子爵令嬢がいた。しかしそれは父娘共々、王宮の門の掃除の“勤労奉仕”を言い渡された。
竹箒を持った二人の姿は民のさらし者となった。名誉を重んじる貴族達にとっては、震えるほどの罰だったはずだ。
「あれから七年だからね。忘れっぽい方々いるというわけさ」
グルムが蜂蜜をたっぷりたらしたお茶を一口飲む。
「まあ懲りない連中ってのは、そんなもんだからなあ」
「それと逆に七年たっているということもある」
「どういうことだ?」とスノゥが聞き返せば、熊族の大神官長はちょっといいにくそうに口を開いた。
「シルヴァ公子とアーテル公子のあとに、あなた達のあいだには御子がいないだろう?」
「ああ、そういうことか」
スノゥはうなずいた。双子のあとに子供が生まれない。それはすなわち。
「俺達の間にはこれ以上子供は恵まれないと、連中はみているわけか?」
「大公家の純血の御子が二人だけでは“心許ない”なんて、まったく勝手な言い分だと思うよ」
なるほど、それが貴族どもの考えというわけだ。
勇者の血筋たる純血種の子供は多ければ多いほどいい。その分、自分達の家にも取り込める機会も増えると。
王族であり純血種の子供達は、どこの貴族の家でも喉から手が出るほど欲しいだろう。いかにも貴族の血統主義らしい考えだが。
さらにいうなら。
「双子のうち一匹は純血種とはいえ、長耳の兎だ。嫁にとって胎としての使い道はあるが、本当の王家の純血の狼の血統はシルヴァ一匹ってところか?」
「いや、そこまでは……」と気まずげに言葉を濁すグルムの態度こそ、貴族達の口さがない言葉を物語っている。
いくら大公家の“姫”扱いされていようと、兎族のアーテルに対する貴族達の本音はこんなところだ。最弱の兎族に対する偏見は根強いのだ。いくらスノゥが四英傑として名をあげようとも。
結局は兎族は純血種を産む“胎”でしかないと。
スノゥの石榴色の瞳がすぅっと鋭くなる。
「そして、次の仔を産まない大公配の代わりに、高貴な姫君達は愛人となってまで、王家の純血種を残そうというご親切なわけだ」
「ノクトの奴は種馬じゃねぇんだぞ」と吐き捨てるようにいう。なによりも腹が立つのはすべてを“道具”として見ている考えだ。ノクトだけでない。ノクトの“愛人”としてあてがわれようとしている女性達も、さらには産まれる子供さえも、すべては純血種という血だけが目当てのもの。
将来的には自分達の仔であるシルヴァやアーテルさえ、そういう目で見られ扱われる……そんなことなど許せるわけもない。
とはいえ。
「噂話程度のことじゃ、とがめ立ては出来ないな。あちらから仕掛けてくるのを待つなんてガラでもないが」
なにかあってからしか対処出来ないのがまったくもどかしいが。
「天地がひっくり返ったって、大公殿下が最愛の奥方以外と不貞を働くなんて考えられないのに、まったくご苦労なことだと思うよ」
「本当にな。ノクトが俺以外あり得ないって、そこは信頼しているが……これは惚気になるのか?」
「いやいや、夫婦の変わらぬ愛は神々の祝福するところだからね。君達は国中の夫婦のお手本さ」
大神官長はそういい、最後に両手を組んで神々に祈りを捧げたのだった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
夜、夫婦の寝室。
ワインを楽しみながら、今日一日の報告をしあうのがいつのまにか習慣になっていた。ノクトは王宮での出来事を、スノゥは大公邸での子供達の様子や領地に関する相談などだ。
今日の話題は当然グルムがやってきて話したことだ。
「私もお前も貴族達の噂話にはうといからな」
貴族の私邸で開かれる夜会にもお茶会にもいぜんとして参加したことのない二人だ。礼儀としての招待状は来るが、そこは大公家付きの事務官が、定型の断りの手紙を返している。
「だからグルムには助かってる。必要な情報はこうして耳に入れてくれるからな」
今夜は赤のワインをノクトのグラスにスノゥは注ぐ。たしか、三年前の当たり年だったものだ。
二人が個人的な社交の場に姿を現さないのは、王家に準じる大公家という立場があるからだ。どこかの夜会に顔を出せば、たちまちあの家は大公家のお気に入りだと、噂が立つのが社交界だ。
派閥も作らず、公人として贔屓もしないというのはカール王も徹底していることだ。だからこそカール王の治世は災厄という天災はあったとはいえ、不正も不平等も少ない。よき統治者と呼ばれているのだから。
とはいえ公の行事には、大公夫妻として当然顔を出さねばならない。
「仕掛けられるとしたら、次の花祭りだろうなあ」
花祭りとは災厄討伐の祝祭から続く、恒例の祭りだ。王都のみならず国中の街や村々が花とリボンで街路を飾り立てたことからだ。
王宮でも昼間は王族と大公家、四英傑そろっての城の正面バルコニーへのお出ましをして民の祝賀を受ける。夜は晩餐会から続く舞踏会だ。
「気をつけるべきは俺より大公殿下だけどな」
「愛する我が妻である大公配どのが、横にいたならば誰も手出しは出来んさ」
「おいおい、ノクト、あんた女房のスカート飾りっていわれたいのかよ」
スカート飾りとは妻のそばからベッタリ離れない夫のことを揶揄しての言葉だ。社交の場において、それはあまり当然よい意味とされない。
スノゥは当然スカートなんてはかないから、この場合なんていうんだ? クラバットの飾りか? なんて、ことはどうでもいい。
「あんたは“多少”隙をみせてくれないと困るんだよ。あっちが仕掛けられないだろう」
「わざと誘えと?」
「七年前のことをすっかり忘れて、またまた馬鹿なことを企む連中だ。しっかり、懲りてもらったほうが当分うるさくないだろう?」
「今度は城門の広場に竹箒の列が出来るか?」というノクトの言葉に吹き出す。お貴族様たちが列を成して罰のお掃除なんて、そりゃ壮観な見物だろう。
しかし、ふと……スノゥは笑いを収めて憂い顔となる。「どうした?」という声に「すっかり忘れていた」と返す。
「七年、いや双子達を身籠もっていた期間を含めりゃ八年か。俺はさ、あんたや王様やこの家の者達に囲まれて、ぬくぬくといたわけだ。
だから“世間の風”の冷たさをすっかり忘れていた」
「スノゥ?」
「この長い耳に対しての人々の目は変わっちゃいないってことだよ。アーテルだっていずれ知る」
「…………」
ベッドに並んで腰掛け、肩を抱き寄せられがままに、ことりと頭を預ける。そうだ、この包みこまれるような温かさに本当にすっかり忘れていた。
世間の兎族に対する目を。
「俺を特別だとみんなはいう。戦う力を持つ純血種だから……ってな。アーテルも他の生まれてくる仔達もそう言われるだろう。
あなた達は特別なんだって、他の弱々しい兎達と違うってな」
最弱にして身を守るすべを知らず、その容姿の美しさと芸事にすぐれることで、庇護者の情けにすがって生きるしかない種族。取り柄といえば男女ともに孕み、相手の種族問わずに子供を産むことが出来る胎だと。
それがいまだに兎族に対する世間の評価で現実だ。
「俺から生まれてくる子供達はきっと幸せなんだろう。勇者であるノクトあんたと、四英傑のスノゥの“特別な仔”だ。
それで自分は選ばれた者なんだって、奢るようなガキに、俺は自分の子を育てるつもりはないけどな」
むしろ心痛める様な優しい者であって欲しい。だけど、それは同時にアーテルにしろ、これから生まれる子供達にしろ、厳しい現実に涙することもあるだろう。
「お前と私の子は強い。たとえ真実に直面したとしても、それで挫けるような弱い心など持っていないと信じている」
「うん、俺もだ」
自分より十歳以上年若いのに力強い夫の言葉に、こんなにも安心してしまう自分に苦笑する。十三で放浪の旅に出てからずっと独りで生きていくと決めていたのに、この温かさがないなんてもう信じられない。
自分は弱くなったのだろうか? いや、二人だから強くなったと思いたい。今いる子供達と、これから生まれる子供達のためにも。
「私も少しずつでも変えていきたいと思っている。それが些細なことでもな」
「“些細なこと”じゃないさ。執政官殿の努力を俺は知っている」
ノクトはサンドリゥム王国で生まれる兎の仔を保護することに力をいれている。あちこちの神殿の孤児院にも長耳の子供達が、他の子供達と一緒に遊ぶ風景が見られるようになった。
愛し愛されて生まれてくる兎族の子供は、その両親に大切に育てられる。だが、隔世遺伝で不意に出現する仔の運命は……売られるのが普通でさえあった。
その先は娼館か。歌劇団か。容姿端麗にして芸事に優れる彼らは大切に育てられるにしろ、そこは色を売る商売でもある場所なのだ。
彼らにも自由に将来を選び、職を選ぶ権利があるとは、特定の種族だけを保護するわけにはいかないと、いかにも役人らしく難色を示した大臣や事務官達に対しノクトが告げた言葉だ。
スノウはこれに関してなにもいわなかった。放浪のあいだに受けた差別や偏見を知る身としては、それがどれほど困難な道かわかっているからこそ、賛成も反対も出来なかったのだ。
「本当は、あんたが兎族の仔の保護を決めたときは嬉しかった」
「初めて聞いたな」
「……うん、嬉しかったんだ」
それがどんなに困難な道だろうと、進むことを決めた男の勇気が。
「俺も一緒にいくからな」
「それは心強いな」
二人なら寂しくないと。
これもこの男と出会って、初めて知ったことだった。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
次回作→『落ちこぼれが王子様の運命のガイドになりました~おとぎの国のセンチネルバース~』
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