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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】
【3】順調とばかりは行かないようで
しおりを挟む夫のノクトが、執政官としての王宮に出かけたあと。
午前中、スノゥもまた大公邸の執務室に籠もるのが日課となっている。
災厄を倒したあと、勇者ノクトは行政官、賢者モースは宰相に、魔法使いナーニャは魔法研究所所長、青年神官グルムは、大神殿の大神官となった。
そして、双舞剣士スノゥは……。
勇者ノクトの“嫁”となった。
いや、たしかにそうなんだが、そうなんだが、自分は“妻”という名の無職になるつもりはないぞと、スノゥは悩んだ。
いやいや、世の中の奥さんを馬鹿にしてる訳ではない。農家や商家の女将さん達が、家事に育児、旦那の家業の手伝いに忙しく働く姿を、放浪の旅でみてきた。世の中の母親というのはたくましいと思ったものだ。
しかし、グロースター大公の“妻”となった自分には本当にやることがない。家事はすべて使用人がやってくれる。子育てさえも、乳母以下、幾人ものナーサリーメイドがいる状態だ。もちろん世の貴族の夫人のように、子供達には一日一度会うかどうか……なんて暮らしをスノゥはするつもりはなかったが。
のちに子供達と一緒に“お転婆”して、執事のナイジェルに怒られる日々になるとは、この時は知らなかったが。
しかし、まだ膨らんでもいないお腹を抱えて、自分はなにをしたらいいやら……と悩むスノゥにノクトは提案したのだ。
大公領の運営を手伝ってくれないか? と。
ノクトには執政官の仕事があるからに“新しい領地”のことは十分にみられないと。
最初これにスノゥは難色を示した。十三まで離宮に閉じこめられていた自分は、母親から読み書きや礼儀作法など必要な教養の手ほどきは受けたとはいえ、貴族の子弟として十分な学を修めたとはいえない。ましてや領地運営などまったく知らないと。
「ならば学べばいい。そもそも純血種の私達には十分な時間があるのだから、今から勉強したって遅くはあるまい?」
学びながら領地運営すればよい。自分も手伝うと言われてスノゥはうなずいた。夫婦である以上、確かに夫が治める領地に関わるべきだ。
そして双子の妊娠期間のあいだ、激しい運動も出来ないスノゥは、間借りしていた王宮にて様々なことを学んだ。教えてくれるのは国政にかかわる秘書官や上級事務官の他に、ときにカール王や賢者グルム、夫であるノクトと、ずいぶんと豪華な教師陣だった。
本人は机仕事には向かないなんていっていたが、意外に適性はあったようで。
七年たった今はノクトに頼らず、大半の領地の決済はスノゥがするようになっていた。
そして、目下のところ領地経営において、スノゥが悩ませているのは。
人手不足だ。
新しく興されたグロースター大公家の領地は、例のニグレド森林帯を含む北方の元は広大な国の直轄領であった。さらにはその森林帯を越えた国土として最北端に災厄が“降臨”した不毛の荒れ野があり、ここも大公家の領地となっている。
新大公家の創立に祝福の声をあげながらも、自分達の領土が取り上げられて、どこか辺境の地に転封させられのではないか? と戦々恐々としていた貴族達はホッと息をついただろう。
逆に領地ばかりが広くて、あんな森と災厄の爪痕も深い不毛の地とは、お気の毒なんて声も聞かれたぐらいだ。
北の地に秘められた未知数の資源も知らないでだ。
実際、現在の大公家の領地経営は、はっきりいって赤字だ。ノクトの俸給は大公家の家政を回すのに使われているし、領地に関しては国からの補助金で成り立っている。
ただ、ノクトと相談して始めた新産業の“試し”はすでにかなり進んでいた。
二人が目をつけたのはニグレドの森に棲む野生種の家畜化だ。巨大猪ボアに巨大鶏コッコ、巨大な角を持つ鹿のムースに、野生牛のタウルス。
コッコに関しては卵をとって孵し、雛から育て、交配まですでに成功している。野生種より幾分小型化したようだが、逆に管理はしやすいという報告も。
ボアに関しても同様。こちらも若い個体を囲い込んで飼い慣らし、繁殖にもコッコと同様成功していた。
そして思わぬ副産物もあった。野生種では固かった羽や剛毛が、家畜となって身も守る必要がなくなったのか、三世代を経て手触りのよい柔らかな羽と毛並みの個体が生まれるようになったのだ。試しにもこもことなったボアの毛を刈って、織物を作らせたら上質な毛織物となった。コッコの羽毛も同様、こちらも東渡りの絹に負けない手触りのものが出来た。
肉に関しても北の地から大量消費地である遥か遠方の王都や各都市に運ぶには、昔は塩漬けか干し肉、高価な時間停止をほどこした最上級のマジックバックによる輸送、それもごく少量しか出来ない……しかなかったが、そこは開発中であるが魔法研究所の転送陣がある。あれがもっと大規模な転送が可能となれば、この王都まで一瞬で新鮮で高級なボアやコッコの肉が届けられることとなる。
しかし試験の小規模な牧場から、さていよいよ大きく手を広げようというところで問題が生じた。
人手が圧倒的に足りないのだ。
かの地に暮らしているのは、ニグレドの森からの恵みで暮らしてる猟師や木こりの小さな村が一つあるきりで領民の数が少ない。
サンドリゥムは元々農業国で南に広大な沃土がある。豊作、不作の年はあれど大きな飢饉さえここ百年なく、各地の国の貯蔵庫にもすべての民が一年は飢えずに暮らせる小麦が蓄えられているほどだ。
小麦は名産のワインとともに、主要な輸出品の一つだ。
つまりは元々豊かな土地を捨ててまで、北の新天地にやってくる者などなかなかいないというわけだ。
これが強権な治政者ならば、民を強制移住というところだろうが、カール王にしてもノクトやスノゥももろちんそんなことをする気はない。
となると、他国からの移住者……ということになるが、これも大々的に募集するには問題があると、二人で相談したときにノクトが話してくれた。
「サンドリゥム王国は元々他国からの民をむしろ積極的に受け入れてきた。王家や騎士団は狼族が主力だが、他の文官貴族達は他種族で成り立っていることからも、昔から様々な種族がこの国に入ってきた証拠でもあるからな」
だからこそ、この国は大陸有数の大国として発展してきた歴史があるわけだ。
「とはいえ、何でもかんでも受け入れるという訳にはいかない。なかには犯罪の前歴があるものや、他国からの密偵が紛れ込んでいる場合があるからな」
「結局は地道に一人一人、身元をしっかり吟味して、受け入れるしかないってことか」
しかし、手間が掛かっても初動で失敗する訳にはいかないとスノゥにもよくわかっていた。人選は重要だ。
「北の牧畜が儲かると人々の目に明らかになれば、その成功を求めて国内でも移住者の希望が増えるはずだ」
「そうだな。焦らず人を集めて今は実験の牧場から、さらに本格的な牧場を一つ成功に導くことだな」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
午前の執務を終えて、こちらは家庭教師の授業を終えた双子達と昼食を取り、軽く剣術の稽古を見た昼下がり。
スノゥに珍しい来客があった。
グルムだ。
「お前が神殿から出てくるなんて珍しいな」
自分の執務室横の小部屋にて、スノゥはグルムと会った。大神官長を迎えるなら、来客用のサルーンであろうが、この旅の仲間は身内同然だ。
「このあいだの夕食会にも招待されたばかりだけど」
「まあ、あれは恒例行事だしな」
普段は大神殿から動かない神官長殿がこうしてやってくるということは、スノゥに個人的な話があるということだ。
“内緒話”をするのには、格式張ってだだっ広い空間よりは、こんな小さな部屋がよい。
「最近ね、ちょっと妙な噂を耳にしてね」
「世俗と関わりをもたない、神官様でも気になるようなか?」
大神官長相手ということで執事のナイジェル自らが、茶と茶菓子を持ってくる。蜂蜜風味の木の実のクッキーにグルムの瞳が輝く。まあ、クマさんだからな。
クッキーを早速かじった神官長様はしっかり味わい呑み込んでから、お行儀よく口を開いた。
「敬虔な神への礼拝中だというのに、こそこそとお話をする方が多くてね。ご本人達は声をひそめているつもりでも、意外に耳に入ってくるものなんだよ」
まあみんなが静かにしている場ほど、おしゃべりをしたくなる。そういう噂話好きの性癖というのはあるものだ。
しかし。
「信者の“告解”の守秘義務が神官にはあるんじゃないか?」
どんな大罪でも、それが国家に対する叛逆の告白であっても、墓場まで持って行くのが神官達の誓いだ。
「告解を宣言されて聞いたものならば、たとえ陛下に尋ねられたとしても話さないよ。だけど神殿の中で“たまたま”耳にしてしまったお話だよ」
グルムはにっこりと笑う。旅のときは四角四面の生真面目な青年神官は、大神官長となってずいぶんと性格がよろしく……いやいや成長したようだ。まあ世の中をさらに知ったというべきか。
「それで?」とうながせば、グルムはにっこり笑いを納めて、真顔で口を開いた。
「大公殿下……ノクトに愛人をすすめてはどうか? という話が出てる」
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