ウサ耳おっさん剣士は狼王子の求婚から逃げられない!

志麻友紀

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狼勇者とウサ耳剣士と可愛い子供達は最強家族!【ノクト×スノゥ+子供達編】

【1】コッコ、ココッコ、コケコッコ?

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 サンドリゥム王国、北部、ニグレド大森林。

 真っ赤なとさかも立派な巨大雄鶏コッコを前に、少年は一歩も引かなかった。銀の狼耳と尻尾を風になびかせて、自分の背丈の倍以上はありそうな敵を見据える。
 こけぇええええっ! という威嚇の叫びにも、そのピンと立った頭の上の耳はひるまない。突進してくるコッコ、振り上げたかぎ爪の巨大な足が迫る。
 少年……シルヴァは地面を蹴って、その足を避けた。そして、コッコの頭上より遥か上にとびあがって落ちる勢いのまま、手に持った剣を振り下ろす。その柄のほうをだ。
 立派なとさかの下の眉間をしたたかに直撃されたコッコは、こけぇええええぇえええっ!! と今度は威嚇ではない断末魔の叫びをあげて、ぱたりと倒れる。

「父上!」

 シルヴァは笑顔で父親を振り返る。初めて自分だけの“狩り”の成功だ。
 こちらにやってきた父、ノクトはしかしシルヴァの横を通り過ぎた。
 「え?」と声をあげて振り返れば、大股に歩いてきた父は腰の剣を目にも見えぬ速さで抜いて一閃させる。
 倒れていたコッコがよろりと起き上がったその瞬間だ。
 頭を剣の腹で強打されたコッコの首は、ぐるりぐるりと三回転ほどして、ぱたりと倒れて絶命した。

 その首を刎ねたほうが簡単だっただろうが「きちんとしたやり方で血抜きしたほうが、うまい肉になるからなるべく傷つけるなよ」という、妻の注文をしっかり守った形だ。
 そんな偉大なる父をシルヴァはキラキラと銀月の瞳でみる。ノクトは振り返って息子を静かに同じ色の目で見た。

「最後まで油断せず、敵から目を離すことがないように」

「はい!」
 父の教えに息子はこくりと頷いたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 少年のガラス細工のように綺麗な声が、風にのって旋律となる。
 かすかなその響きを無意識に聞いた、コッコの雌鶏は卵を抱いた巨大な巣で、うとうとと眠りはじめた。
 そして、ぴょこりと茂みから覗いたのは、黒い兎の耳。次に白い顔をそっと覗かせた少年、アーテルは足音を立てないように抜き足差し足で、コッコの巣に近づく。

 そして、ふわふわの羽からはみ出した卵の数を確認する、一つ、二つ、三つ、四つ。これならもらっていいだろうと、そっと一つ卵を引き抜いた。
 自分の両手いっぱいの巨大なそれを抱えて、コッコの巣から離れた。
 そこにちょうど、両わきにひとつずつ卵を抱えた母が現れた。「母様! 僕もとったよ~」と頭上に卵をかかげれば、母の頭の上の白い兎の耳がぴくりとはねた。

「馬鹿、アーテル! ここで大声出すな! 逃げるぞ!」
「え?」

 少年がそのルビーの瞳を丸くすれば、こけえええぇぇぇえ! というすさまじい声ともに、さっきの巣から、怒りの雌鶏が飛び出してきた。

「卵は絶対に割るなよ!」
「は、はい!」

 全速力で走りながら、母、スノゥの口からテノールの旋律が流れるのに、アーテルはすごいと思う。
 自分はスキップならともかく、こんな風に全速力ではまだ歌えない。もっと鍛えなきゃと思う。
 母がこのときの息子の気持ちを知ったなら「お前はその前に、その“うっかり”をなんとかしろ!」といったのだろうが。

 スノゥの歌声が届くとコケッとあれほど怒り狂っていた雌鶏が足を止めた。スノゥは今度はその周りをトントンとステップを踏みながらぐるりと一周する頃には、雌鶏は立ったままうとうとと眠ってしまった。
 そしてスノゥはアーテルを視線で促して、傍らの茂みに身を潜める。
 雌鶏はすぐにコケッ! と覚醒してきょろきょろあたりを見回すと、くるりと自分の巣へと戻って行った。
 母と息子は顔を見合わせクスッと笑いあった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



「ねぇ母様。雌鶏を倒さないで卵を一個だけとるのはなぜ?」
「根こそぎ卵をとっちまったら、次の雛が生まれないだろう? 雌鶏も肉にしちまったら、卵がとれなくなるからな」

 「だから狩りのエモノは親子連れはダメだ。成熟してない幼体もだ。それからなるべくなら、仔を産む雌は避けて雄を狙え」というスノゥの言葉にアーテルはこくりとうなずく。

「でも、僕達はお肉食べないんだけどね」
「ああ、これは腹ぺこ狼達の胃の中に大半おさまるさ」

 「でもコッコの卵のふわふわオムレツとケーキは楽しみ」と笑うアーテルにスノゥも微笑を浮かべる。
 そこへ巨大雄鶏のコッコを担いで、黒髪をなびかせた夫狼がやってきた。スノゥはそれを見て「お~」と声をあげる。

「ちゃんと注文通り傷つけないでもってきたな。これで美味いカツレツが作れるぞ」

 良く出来ましたとばかり母親が父親の頬に口づけるのを双子達は平然とみていた。いつもながらに仲の良い父と母だ。

「シルヴァが倒した。初の狩りの獲物だ」
「偉いなシルヴァ」
「ずっごいね~シル!」
「えっと本当はちょっと違う。気絶はさせたけど、また起き上がったコッコの首を父上が剣で、ぐりぐりっと二回転ぐらいさせて……」
「馬鹿力だからなあ。お前の父上は」

 そんな会話を交わしながら、彼らは地面に敷き物を広げる。それは魔法陣が描かれた転送装置だ。
 勇者ノクトともに災厄を倒した四英傑の一人、魔法使いナーニャが所長を務める魔法研究所が開発した、簡易転送陣だ。
 今までの転送は高位の魔法使いにしてもらうか。その魔法使いが魔力を込めた使い切りの魔石しか方法が無かった。
 しかし、この転送陣は魔力を充填すれば何度でも使うことが出来る。まだ試作品の段階ではあるが、やがては人の移動や物資の流通に使われることになるだろう。

「僕もね~コッコを眠らせて、一人で卵をとれたんだよ!」
「そのあとで俺に見せびらかして大声出して、二人して怒りの雌鶏に追いかけられたけどな」
「もぅ~母様、それはいわないでよ!」

 そんなに賑やかな家族の姿は転送陣のうえに乗ると一瞬で消えたのだった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 双子は七歳になった。

 当然のように七歳の誕生日の茶会も、大公邸にて盛大に開かれた。
 父親に似てきてまだ幼さを残しながら精悍な面構えになってきた兄の銀狼シルヴァは、小さなレディ達にますますモテモテだ。強いのにこの年頃の少年のように乱暴なところもなく、紳士然と優しいシルヴァは彼女達にとっては理想の王子様だろう。父にならって伸ばし始めた銀の髪といい……だ。

 母親似というべきか、弟の黒兎のアーテルは逆に男の子達に囲まれていた。本人はお友達と思っているようだが、どう考えてもそうではないだろう。「僕がお嫁さん? ないね、僕が可愛いお嫁さんをもらうの。そうなりたいなら僕より強くないと」とまあ、本気で挑んでくる、将来の婿候補達との習い始めた剣術の稽古で、兄以外は負けなしという話だ。
 性格はちょっぴりワガママで跳ねっ返りだが、日々泣かされている取り巻き達は、それがいい……とか、ちとアーテルの将来が心配になるスノゥだ。



 その誕生会の数日後。

 大公邸の中庭にて、すでに恒例になっている夕食会が開かれていた。
 本日のメイン料理は、昨日ニグレド大森林帯で狩ってきた、コッコ肉のチーズ入りカツレツに、コッコの卵を使ったふわふわオムレツ。デザートも同じ卵のシフォンケーキ。
 かしこまった誕生会のあとに本当に親しい人々だけのくだけた集い。

 出席者はいつものどおりの四英傑。頭のヘラ鹿の角も見事な賢者モースに、魔法使いの山猫のナーニャ。いまや立派な大神殿の神官長である熊族のグルム。
 今日はそれに宮廷騎士団長のカイルに副団長ノーラ。カイルは執政官となるために騎士団長を退いたノクトのあとを継いで団長となっり、ノーラはそのまま副団長として彼を補佐している。
 そんな二人の狼族の騎士は、シルヴァが一人でコッコを倒したという話を我が事のように喜んでいる。銀狼の少年は生真面目に最後はノクトがとどめを刺したのだと説明している。

「いや、そのお歳であの凶暴なニグレドの巨大コッコを倒されるなど頼もしい」
「将来が楽しみですな」

 カイルとノーラが顔を見合わせうなずき合うのにアーテルが「僕だって、雌鶏コッコを眠らせて卵をとってきたんだからね」と二人の食べているオムレツの皿を指さす。

「もちろん、アーテル公子もすごいですぞ。このオムレツも美味しくいただいております」
「先日のお茶会での歌と踊りも素晴らしいものでした。さすが、お母様ゆずりでいらっしゃる」

 騎士団長と副団長にほめられて、アーテルはえっへんという顔だ。

「卵をとったのに浮かれて俺に向かって大声だして、怒った雌鶏に二人して追いかけ回されたけどな」
「もうっ! 母様、それはいわないで!」

 真っ赤になったアーテルにナーニャが「アーテルらしいわね」と吹き出し、黒兎の仔はぷうっとむくれる。

「アーテルや、こちらにおいで」

 可愛い孫を手招きしたのは、カール王だ。
 皇太子ヨファンの姿はいつものながらないが、別仲間外れにしているわけではない。弟のノクトにこっそり漏らしたのは。

「あのメンツに囲まれると、胃がどうもな……ごちそうも喉にとおらない」

 そんな皇太子だが、弟に遅れること三年、幼なじみである伯爵家の令嬢と婚約、結婚し、昨年には男児が生まれている。
 カール王としては、そろそろ玉座を譲りたいらしい。宰相である賢者モースも、同時期にノクトのその座を渡したいと。
 ゆっくりとサンドリゥム王国の世代交代は、すすみそうだ。

 しかし、まだまだ現役のカール王は、気に入りの黒兎の孫をお膝にのせてご満悦だ。彼の前にあったチーズ入りのカツレツと、ふわふわ大盛りのオムレツもすっかりなくなっており、健啖家は健在のようだ。この食欲ならば、まだまだ隠居なんて早いような。
 そして、お膝の孫の頭を撫でて「じぃじはすっかりごちそうになったよ」と目を細める。

「アーテルがとってきた卵のオムレツはおいしかった」

 「本当」と喜ぶアーテルにうなずき、そして「シルヴァのとってきた肉のカツレツもな」と銀狼の孫も褒める。「はい、お爺様」とシルヴァもはにかみ笑う。本当によいお爺さまだ。
 しかしこのお爺さま。くりくりルビーの瞳に真っ黒艶やかなくせっ毛の孫に激甘なのだ。これは白兎の嫁? のスノゥに対しても、大変甘いのが不思議なのだが。
 しかし、孫に甘すぎる祖父というのは困りもので。

「さて、ごちそうのお礼にじぃじがなんでも欲しいものを褒美としよう。アーデルはなにがいい?」
「僕は馬が欲しい。もちろん、シルの分も!」

 シルヴァもまた「はい、私も欲しいです!」と思わず口にしてしまい、しまった! という顔をする。よく出来た兄は、父母からの「お爺さまに甘え過ぎないように」という言葉をしっかり覚えていたようだ。
 当然ノクトが「父上」と声をあげる。

「先日の誕生日に剣を戴いたばかりではないですか」

 たしかに茶会では祝いにと、シルヴァには長剣が、アーテルには短剣が二振り贈られていた。当然名工の銘入りの見事な業物が。

「剣もそうじゃが、馬とてもこれから必要になるじゃろう」

 カール王はそう返し、さらに「カイルにノーラ。お前達に公子達の馬選びを任せる」と命じてしまった。騎士団長と副団長は名誉とばかり顔を輝かせて「はっ!」と胸に手をあてて返事をする。
 これはもう決定でしかたないとノクトとスノゥは顔を見合わせるのだった。
 本来子馬から始めるべき乗馬だが、銀狼と黒兎の仔は当然のように、少しの練習で乗りこなしたのはいうまでもない。

 さて、おいしいごちそうに気心の知れた者達のなかでほろ酔い気分となったカール王の「そろそろ三人目はどうじゃ?」という言葉を、スノゥはいつものように曖昧に微笑んで聞き流したのだった。





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