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番外編
からっぽのぬくもり
しおりを挟む「空っぽなんだよな」
白い月を見上げながら、コウジがつぶやく。
一戦終えた風呂上がり。「あちぃ……」とつぶやき、肩にガウンを引っかけて、寝室のバルコニーへと。石の欄干に腰掛けて夜空を見あげる。
「空?」
裸足のコウジを追いかけてきたジークが訊く。片手にはスリッパ。片手にはグラスを持ちながら。その寝酒を「ありがとな」と受け取って、コウジは一口飲む。
「ん、何でもねぇ……って言っても、お前はごまかされてくれそうにないなぁ」
じつと見つめてくる剃刀色の瞳を逆に覗きこんで、その顎の下を指でくすぐってやる。吸い寄せられるように、その唇が唇に近づいてくるのに、大型犬が懐くようだと「ふっ……」と笑みがこぼれる。
しかし、唇は唇に触れる前に、すいっと離れてコウジの額に口づけた。そして、間近でまた、その瞳を覗きこんでくる。
「やっぱりごまかされてくれないってことか。ほんと、くだらねぇぞ」
「あなたが少しでも憂えているならば聞きたい」
「俺の“設定”は知っているだろう?」
懐を探ろうとして、今は草臥れたスーツではく、ガウンをひっかけただけだと思い出す。煙草は魔法は空中からだって取り出せるが、今はこの気分だよな……と寝酒をちびりと口にする。ストレートの熱い液体が、するりと喉を通り過ぎていく。
「今のあなたか?」
「そうだ」
こちらの世界のコウジは中目黒の裏稼業の掃除屋。そのまえは世界中の戦地を転々としていた元傭兵。百発百中の銃の腕に、草臥れた黒いスーツがトレードマーク。
そういう“設定”だ。元の日本でのコウジは大学受験を失敗し、都会の予備校の人間関係にも挫折して逃げ出した、しがないコンビニのバイトだった。
だから、この最強のオジサンのコウジは、その負け犬バイトが中二病の頃に考えた“設定”だ。顔ばっかりの下手くそな絵ばかり描きながら、将来は売れっ子漫画家になるんだと思いこんでいた。
当然、なれなかったけど。元の世界の自分はどこまでも負け組だな……と、口の端をつり上げたら、長い指がそっと、その口の端を撫でた。少しでも、そんな馬鹿な感傷が表情に出ちまったか?と後悔する。
「“設定”だから、あなたのなかは空だと?」
「別にひっかかってなんかいねぇよ。俺はここにいる」
設定だろうとなんだろうと、オジサンのコウジは最強なのだ。その精神だって揺らぐことなく頑強だ。俺は俺だと開き直るも通り超して、息吸って吐いて立ってるんだから……と、別にお釈迦様じゃあるまいし、悟りは開いちゃいないけれど。
「そういえば、お前、元の俺の姿見ているんだよな?どんなだった?」
「……すまない。あなたに会ったこと話したことはすべて覚えているのに、姿も声もおぼろげなのだ」
「ま、お前もガキだったしな」
うなだれた犬のような顔をするのに、手を伸ばしてくしゃりとまだ少し濡れた感触の銀髪を撫でる。
元の自分に関しては、そんなもんだろうなあ……と、コウジにはそんな気持ちがある。その他大勢。世の仲の大半の人間がそんなもんだ。自分は特別と思いながら、特別なんかじゃない。
「あなたはあなただ」
長い腕に包みこまれるように抱きしめられた。剃刀色の瞳に銀の髪。一見冷たそうに見える王子様の体温が温かいことは、初日に抱かれて知った。魔力接続なんて、雰囲気もなにもない理由だったけれど。
「あなたはここにいる」
今も抱きしめられた熱が、なかを満たしていくのを感じる。それは空っぽの身体だけじゃなく、心なんて照れくさいものまで。
「ああ、お前の俺はここにいる」
その広い背中に手を回す。遡り首の後ろにたどり突いて、引き寄せて自分から唇を重ねる。
「空っぽの俺のなかをお前の熱いので満たせよ」
唇から耳をかすめるようささやいてやれば、すかさず横抱きにされて、ベッドに放り投げられた。
「ケダモノめ」とコウジは笑いながら、のしかかってくる青年の背中に手だけでなく、腰に足をからませた。
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作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
『チンチラおじさん転生~ゲージと回し車は持参してきた!~』
ハズレ勇者のモップ頭王子×チンチラに異世界転生しちゃった英国紳士風おじさま。

【同一作者の作品】
【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
【完結】断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
【完結】長い物語の終わりはハッピーエンドで
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おもろかったです!完結ありがとうございます!
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