どうも魔法少女(おじさん)です。 異世界で運命の王子に溺愛されてます

志麻友紀

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番外編

またな

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「またな」

 奥でパンをこねている主人に手をあげて、コウジは店を出た。ドアにつけられたベルがちりん……と鳴る。

「あなたはいつも『さらば』とは言わないのだな」
「ん?」

 煙草をくわえながらくるりと振り返り、後ろからついてきたワンコ……もとい、ジークを見る。思わず吹き出しそうになって、吸い口を軽く噛みしめた。
 黒の軍服を今日もびしりと着こなした、自分の王子様は今日もかっこいい。かっこいい……が。
 それが紙袋にはいったパンを片腕に抱えているとなれば別だ。焼き立ての香ばしい匂いがあたりに漂っている。
 おじさんのなんでもやります課は、今日も閑古鳥。昼飯を食いに王都へ行くと言ったら、自分も行くとジークがついてきた。午後の執務はどうした?とは言わない。優秀な王子様のことだ。本日はあらかた片付いたということだろう。

「『さようなら』と言わねぇのは、単なるおまじないだ」
「おまじない?」
「ああ、『さよなら』じゃ、次の約束はねぇだろう?だから、『また、生きていたならな』って意味だ」
「…………」

 ジークの抱えている紙袋からはみ出しているバゲットの先端を千切って、奴の端正なお口に押しつけてやる。歩きながら食べるのか?とお行儀のよい王子様は一瞬戸惑う表情を見せたが、素直に口を開いたのに押し込んでやる。自分の分もまた千切って、コウジも食べる。
 やはり焼き立てのバゲットは最高だ。即食べのつまみ食いが正義だな。
 中目黒の掃除屋だったコウジのその前は傭兵だ。中東、南米、アフリカ、激戦地を渡り歩く。「また」と片手をあげあった顔見知りが翌日にはいない。そんな日常。

 ……とはいえ、それはコウジの【設定】だ。顔ばかり描いていた慣れもしない漫画家を目指していた、中二病の自分が考えた【最強のおじさん】。
 それを魔法少女達の異世界転生にまきこまれ、事故った自分への保証金代わりでもないが、神様の気紛れでこんな外見と力を持った。
 なのに【設定】だけの記憶は妙に鮮やかだ。『じゃあな』と言った戦友の声。違う戦場で幾たびか会った。顔は不鮮明なのに、その声と片手をあげた仕草だけは記憶している。
 すべてフェイクなのにな……とコウジが皮肉に唇の片端をつり上げれば、不意に手を握られた。ジークだ。

「ならば、私は『また』とはあなたに言わない」
「ん?」
「離れることはない。この魂も身体も永遠にあなたとともにある。『ずっと』だ」

 そして、ジークがコウジの手の平にそっと口づける。それは騎士が唯一と決めた相手に捧げる最愛の礼。

「……大げさだな」

 「それに、お前」とコウジはぷっと吹き出して、ジークの口許についていたパンくずをとって、口に運んだ。
 
 



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