どうも魔法少女(おじさん)です。 異世界で運命の王子に溺愛されてます

志麻友紀

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番外編

月光2

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 暗い森の中。それを引き裂くような雷の閃光と、追いかける不気味に光る赤い目、目、目。

「はっ!」

 片手で乱暴にグラフマンデを横薙ぎして、自分に飛びかかってきた、魔獣をはね跳ばす。黒い血をまき散らして倒れる一頭の行方など、見ている暇はない。

「っ!」

 己でも剣筋が乱れていることはわかっていた。野生はそれを見逃さず、足に噛みつこうとした一頭に、蹴りを食らわせる。魔力を足にのせた一撃は、獣の首の骨を折り、濡れた地面にドサリと倒れる。
 しかし、身体をねじった瞬間、走った痛みに脇腹を思わず押さえる。太い木の幹を背にしたジークを取り囲む、無数の魔物達の赤い目。

「ふっ……」

 思わず笑みが漏れた。普段はあげている銀の前髪は、先ほどから振りだした雨にしっとりと濡れて殆どおちている。
 いつもの辺境での魔物討伐のはずだった。しかし、待ち構えていたのは予想を上回る魔物の大軍。
 すぐにこれは罠だと気付いて、率いてきた従者兼兵士達に撤退命令を出した。当然、ジークは殿しんがりを務めた。
 新兵だった一人が逃げ遅れ庇った。瞬間飛んできたのは、一本の毒矢。脇腹に突き刺さったが、それを悟らせはせずに「逃げろ」とだけ言った。
 「しかし……旦那様」と迷う新兵に「行け! 命令だ!」と怒鳴り、強引に去らせた。
 予想どうり、マモノ達は他の兵士など目もくれず、ジークを必要に追いかけてきた。
 マモノが毒矢を放つ訳がない。これは確実に自分を暗殺するための陰謀だ。身体に残る毒も、マモノに骨まで食べれてしまえば、死体も残らない。不幸な事故で片付けられて終わりだ。

 ジークは手を当て脇腹の傷に治癒の呪文をかけるが、毒は消えず痛みはますます強くなる。これは単なる毒ではない。強い呪詛だ。ならば、神官でなければ完全に祓うことは不可能か。
 さらにはそれにより魔力の消耗もはげしい。これぐらいのマモノの群、たとえ囲まれたとしてはも単独で突破出来る。自分の力となにより今は手にグラフマンデがある。
 ああ、そうか……これのせいか……と、分かっていたことなのにジークは今さら実感する。手元にある剣を見れば、小雨を弾きほのかに光っている。いまは消え入りそうなその光こそ、自分の魔力の枯渇を現していた。

 聖剣に選ばれたことを誇らしく思っていた。神殿にて突き刺さる視線の中、真っ直ぐ顔をあげて無表情でありながら、内心は思わず笑みを浮かべたくなるほど。
 しかし、そんなことをすればますます反感を買うことはわかっていた。可愛げのない表情のない子供から、なにを考えているかわからない青年へと。それは少しでも隙を見せれば落とし穴が待っている、王宮と言う名の伏魔殿で生き抜く術だった。

────これほど憎まれていたとは……な。

 そこまで考えて、なにを今さらとジークはさらに苦笑する。じり……とマモノ達が自分を囲む輪を縮めるのを見据えて。
 憎むも憎まないもない、彼らはただジークという障害を排除したいだけなのだ。
 それはジークという個でさえなく、ただ自分よりも上に行く者を押しのけたい。人よりも上に立ちたい、己が支配したいとそれだけの欲望。

 こんな世界。
 いっそ消えてしまおうか? 

 じくじくと身体を苛む痛みにふと弱気になった己の考えを、否定するかのように首を振る。長い銀の前髪から滴が飛び散った。

「私は死なない」

 高い鼻筋に張り付いた濡れた銀糸の間から、じり……と輪を縮めたマモノ達をひたりと見据える。剃刀色の瞳がぎらりと輝き、見据えられた正面のケモノは、たじろぐように止まった。

「私は死ねない!」

 約束した。

『お前は生きろ』

 そう言われた。

 それまでは自分などいらないのだと思っていた。
 だけど、どこから来たのか名前さえ知れない彼は、理由などなく生きていいのだと言った。
 そして、ジークを庇って消えた。
 だけど、彼の魔力はまだ己の中にある。それは小さくとも消えぬ炎のように、黄金色に燃えさかっている。
 ならば、彼とはいつか出会える。
 この世界に魔法少女が召喚される、その時まで。
 だから、生きる。今日を、そして明日を。

「そして、あの人と会う!」

 誓うように叫び、グラフマンデを振り上げて振り下ろす。
 その瞬間に黄金色の雷光が周囲に瞬いた。少し遅れてどぉんという音が響き獣達が吹き飛ぶ。
 そして、魔力を使い果たしたジークはその場に倒れ込んだ。
 静寂が森に再びおとずれ……さあっという雨音だけが響く。
 黒焦げになった獣たちの山の中、一匹がずるりと抜け出た。雷に撃たれて全身血濡れの傷だらけであるが、赤い瞳は爛々と地に仰向けに倒れるジークを見据えている。
 よろめきながらもマモノが全身の力を込めて、むき出しになったその白い喉笛めがけて飛びかかる。
 弱った獣、だが、無抵抗の青年の喉笛を噛みきり事切れさせるのに、その牙は十分だった。

 しかし。

 一発の銃声がとどろいた。




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