114 / 120
番外編
月光2
しおりを挟む暗い森の中。それを引き裂くような雷の閃光と、追いかける不気味に光る赤い目、目、目。
「はっ!」
片手で乱暴にグラフマンデを横薙ぎして、自分に飛びかかってきた、魔獣をはね跳ばす。黒い血をまき散らして倒れる一頭の行方など、見ている暇はない。
「っ!」
己でも剣筋が乱れていることはわかっていた。野生はそれを見逃さず、足に噛みつこうとした一頭に、蹴りを食らわせる。魔力を足にのせた一撃は、獣の首の骨を折り、濡れた地面にドサリと倒れる。
しかし、身体をねじった瞬間、走った痛みに脇腹を思わず押さえる。太い木の幹を背にしたジークを取り囲む、無数の魔物達の赤い目。
「ふっ……」
思わず笑みが漏れた。普段はあげている銀の前髪は、先ほどから振りだした雨にしっとりと濡れて殆どおちている。
いつもの辺境での魔物討伐のはずだった。しかし、待ち構えていたのは予想を上回る魔物の大軍。
すぐにこれは罠だと気付いて、率いてきた従者兼兵士達に撤退命令を出した。当然、ジークは殿を務めた。
新兵だった一人が逃げ遅れ庇った。瞬間飛んできたのは、一本の毒矢。脇腹に突き刺さったが、それを悟らせはせずに「逃げろ」とだけ言った。
「しかし……旦那様」と迷う新兵に「行け! 命令だ!」と怒鳴り、強引に去らせた。
予想どうり、マモノ達は他の兵士など目もくれず、ジークを必要に追いかけてきた。
マモノが毒矢を放つ訳がない。これは確実に自分を暗殺するための陰謀だ。身体に残る毒も、マモノに骨まで食べれてしまえば、死体も残らない。不幸な事故で片付けられて終わりだ。
ジークは手を当て脇腹の傷に治癒の呪文をかけるが、毒は消えず痛みはますます強くなる。これは単なる毒ではない。強い呪詛だ。ならば、神官でなければ完全に祓うことは不可能か。
さらにはそれにより魔力の消耗もはげしい。これぐらいのマモノの群、たとえ囲まれたとしてはも単独で突破出来る。自分の力となにより今は手にグラフマンデがある。
ああ、そうか……これのせいか……と、分かっていたことなのにジークは今さら実感する。手元にある剣を見れば、小雨を弾きほのかに光っている。いまは消え入りそうなその光こそ、自分の魔力の枯渇を現していた。
聖剣に選ばれたことを誇らしく思っていた。神殿にて突き刺さる視線の中、真っ直ぐ顔をあげて無表情でありながら、内心は思わず笑みを浮かべたくなるほど。
しかし、そんなことをすればますます反感を買うことはわかっていた。可愛げのない表情のない子供から、なにを考えているかわからない青年へと。それは少しでも隙を見せれば落とし穴が待っている、王宮と言う名の伏魔殿で生き抜く術だった。
────これほど憎まれていたとは……な。
そこまで考えて、なにを今さらとジークはさらに苦笑する。じり……とマモノ達が自分を囲む輪を縮めるのを見据えて。
憎むも憎まないもない、彼らはただジークという障害を排除したいだけなのだ。
それはジークという個でさえなく、ただ自分よりも上に行く者を押しのけたい。人よりも上に立ちたい、己が支配したいとそれだけの欲望。
こんな世界。
いっそ消えてしまおうか?
じくじくと身体を苛む痛みにふと弱気になった己の考えを、否定するかのように首を振る。長い銀の前髪から滴が飛び散った。
「私は死なない」
高い鼻筋に張り付いた濡れた銀糸の間から、じり……と輪を縮めたマモノ達をひたりと見据える。剃刀色の瞳がぎらりと輝き、見据えられた正面のケモノは、たじろぐように止まった。
「私は死ねない!」
約束した。
『お前は生きろ』
そう言われた。
それまでは自分などいらないのだと思っていた。
だけど、どこから来たのか名前さえ知れない彼は、理由などなく生きていいのだと言った。
そして、ジークを庇って消えた。
だけど、彼の魔力はまだ己の中にある。それは小さくとも消えぬ炎のように、黄金色に燃えさかっている。
ならば、彼とはいつか出会える。
この世界に魔法少女が召喚される、その時まで。
だから、生きる。今日を、そして明日を。
「そして、あの人と会う!」
誓うように叫び、グラフマンデを振り上げて振り下ろす。
その瞬間に黄金色の雷光が周囲に瞬いた。少し遅れてどぉんという音が響き獣達が吹き飛ぶ。
そして、魔力を使い果たしたジークはその場に倒れ込んだ。
静寂が森に再びおとずれ……さあっという雨音だけが響く。
黒焦げになった獣たちの山の中、一匹がずるりと抜け出た。雷に撃たれて全身血濡れの傷だらけであるが、赤い瞳は爛々と地に仰向けに倒れるジークを見据えている。
よろめきながらもマモノが全身の力を込めて、むき出しになったその白い喉笛めがけて飛びかかる。
弱った獣、だが、無抵抗の青年の喉笛を噛みきり事切れさせるのに、その牙は十分だった。
しかし。
一発の銃声がとどろいた。
315
作者の新作情報はtwitterにてご確認ください
https://twitter.com/sima_yuki
『チンチラおじさん転生~ゲージと回し車は持参してきた!~』
ハズレ勇者のモップ頭王子×チンチラに異世界転生しちゃった英国紳士風おじさま。

【同一作者の作品】
【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
【完結】断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
【完結】長い物語の終わりはハッピーエンドで
https://twitter.com/sima_yuki
『チンチラおじさん転生~ゲージと回し車は持参してきた!~』
ハズレ勇者のモップ頭王子×チンチラに異世界転生しちゃった英国紳士風おじさま。
【同一作者の作品】
【完結】婚約破棄の慰謝料は36回払いでどうだろうか?~悪役令息に幸せを~
【完結】断罪エンドを回避したら王の参謀で恋人になっていました
【完結】長い物語の終わりはハッピーエンドで
お気に入りに追加
1,096
あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。


「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。