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1巻
1-2
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さて、通された淡いペパーミントグリーンの壁の応接間にはいかにも女主人の館らしい軽やかさがあった。そこで出されたお茶はうまかった。
それからさらに通されたチョコレート色の壁の部屋にはいくつもの絵画が飾られていた。正餐室――いわゆるダイニングルームってところだ。
部屋はそんなに馬鹿広くもなく、中央にある楕円の大きなテーブルを取り囲むように十の椅子が置かれていた。この館の全盛時には、ここで王と愛妾、彼女に選ばれたお気に入りの取り巻きが食事をとって、華やいだ雰囲気だったという。
王宮と違って王と食卓を囲む者の身分は問わず、当代の学者に文学者、詩人や絵師などが招かれて、様々な話題で王を楽しませたそうだ。しかし、貴族でない者達が王と食事をするということも、貴族のうるさがた達の眉間に、さらに深いしわを刻んだという。
今はその食卓にジークと向かいあって、コウジは食事をとっている。
「ここでいつも食事をとるのか?」
「晩餐はここだ。朝と昼は別の食堂がある」
少し気になって聞いたら、そう返事が来た。
朝昼晩で違うのか。すごいな豪邸と思ったが、返すべき言葉はそうではないとコウジは顔を上げた。
フォークを動かす手を止めて、ジークを見つめる。
「お前、いつも一人で食事とるのか?」
「母が死んでからはそうだな。晩餐会などに招かれたときはもちろん、他者とテーブルを囲むが」
それを聞いて、コウジは黙った。
一人の食事は味気ないものだとコウジは知っている。
大学受験に失敗して、上京した予備校にもなじめずいつの間にか通わなくなった。バイト先のコンビニとアパートを往復する日々。予備校でもバイト先でも友人なんて出来ずに、いつも一人でアパートで食事をとるか、ファストフードのお一人様用の席で窓の外を眺めていた。
晩餐のメインのこっくりと煮込まれた肉を口に運びながら思う。こんな風に手間暇かけられた料理を口にするのも久々だ。予備校にも通わずフラフラしているのが後ろめたくて、実家の両親のところにも上京してから一度も戻ってなかったから。
「俺も誰かと食事するのは久しぶりだな」
出された赤ワインを一口。正直に美味い。これもとんでもなく良い酒なんだろうなと思いながら、つぶやいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
コウジに用意されたのは、花柄の壁紙が可愛らしい部屋だった。ここが女主人の館だったからだろうと思ったが、部屋の片隅にある祭壇みたいなデカいドレッサーが少し気になる。
その反対側にはクラシカルな……とコウジの少ない語彙ではそう表現するしかない文机と、どこかのお偉いさんの書斎で見るようなガラス扉のデカい本棚がある。
その扉を開いて、革張りの本を開いて少し驚いた。文字が読める。日本語じゃないのに読める。英語は試験問題だって半分わかるかどうか。会話なんてとんでもないのに。
そういえば、この世界に来てからジークとも普通に会話していることを思い出した。
これも魔法少女? としての女神様の加護ならば、まったく便利なことだ。
そのまま本をめくっていると、ノックの音が響いた。
世話係のメイドがやってきて、お着替えを……と言う。ヨレヨレのスーツの上着に手をかけられ、脱ぐのを手伝われそうになって慌てた。
「俺はこの世界に来たばっかだからな。君みたいな可愛い嬢ちゃんにおじさんの裸をさらすのは恥ずかしいんだ。ちょっと部屋を出てくれるかな?」
そう伝えた自分に、またコウジは驚いた。
昼間の紫魔法少女シオンに返したときもそうだが、女友達なんておらず、若い女性を見ればしどろもどろだったはずが、口から出る言葉は社会の裏も表も噛み分けたすすけたおじさんの口調となっている。
コウジの言葉に若いメイドはちょっと不満そうな顔をしたが「かしこまりました」と一礼し、着替え終わったら呼んでくれと出て行ってくれた。
置いていかれた着替えはパジャマだった。複雑な紐を結ぶような衣装ではなくてよかったと、洗い立ての黒いそれに袖を通し、袖やズボンの裾がちょっとあまって折り返す。
着替え終わったとメイドを呼べば「こちらが寝室になります」と奥の扉を開けられた。
中に入ると、彼女はついてこなかった。
「すげえな」
思わず声が出たのは、それが初めて見る天蓋付きのベッドだったからだ。
濃いワイン色のカーテンに、金色の飾り紐、飴色に光る柱。
大の男が一方方向に五回転も寝返り出来そうなそれが、部屋の中央にでーんと置かれている。
すると、自分の入ってきた反対側からカチャリと音がした。
そちらにも扉があるのだと、初めて気づく。
そして入ってきた姿に軽く目を見開いた。
ジークだ。彼が着ているのも、昼間の黒い軍服と同じく、黒いパジャマだ。コウジが着ている袖や裾のあまるそれも、彼のもののようだ。彼氏パジャマ……という言葉が浮かんだが、慌てて打ち消した。おっさんの萌え袖とか気持ち悪いだろうが!
「もう、寝るのか?」
聞いて、妙な聞き方だったな……と思う。
いや、お互いパジャマ姿でベッドは一つということは、え?
「ああ、寝よう」
「わっ!」
まるで当然のようにジークはコウジの身体を軽々と横抱きにしてベッドに横たえた。そして、ぎしりと音を響かせて、自分もベッドに上がってくる。
──う、嘘だろう⁉ 女神様⁉
今日二度目、同じ言葉をコウジは心中で叫んだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 落ち着け! 落ち着け! 落ち着け!」
自分にのしかかってくる厚い胸板に手を突っぱねながら、コウジは叫んだ。
目の前には銀色の王子様の端整な顔がある。コウジが暴れるので、ひとすじ白皙のひたいに垂れていた前髪が乱れて、さらに数本増えて明かりの落とされた室内で男の色気マシマシである。
……っと! 見惚れている場合ではない!
「私は落ち着いている。あなたのほうこそ動揺しているようだが?」
「こ、これが動揺せずにいられるか! 俺は男で、おっさんだぞ! しょ、正気に戻れ!」
「私は正気だ。これから魔力接続の儀式を行う」
「せ、接続?」
なんだ、その用語は、と思う。
が、唐突に理解した。
これも先の言語同様、女神様がインプットしてくれた、魔法少女としての知識らしい。
――魔力接続とは、魔法少女とそのパートナーとなった王子が魔力を共有することで、互いに補いその力を増幅させることができる――ということのようだ。
そして接続には相性というものがあり、運命のパートナー以外は不可である。
そのやり方は手を繋ぐ。抱き合う。口づける。王子がそれぞれに持つ紋章を互いの身体に刺青のように彫り込むなど様々あるが、一番深く濃厚に繋がる方法はセックス……って。
「なんじゃそりゃ!」
頭の中に流れ込んできた情報に、コウジは思わず叫んだ。
よりにもよってこのおじさんに一番、選んじゃいけないやり方をするつもりか!
「ま、ま、待てぇ! 落ち着けえ!」
「だから私は十分に落ち着いている」
「ひゃあ!」
おじさんらしくない甲高い声が上がったのは、この美丈夫王子様の胸板に突っ張っていた手を取られて、その手の平をぺろりと舐められたからだ。
魔法少女達の白くて愛らしい手ならともかく、おっさんの細長いけど節くれ立った指をしゃぶるな噛むな。そのひとさし指に出来たタコを舌先でちろちろ確認するな!
「剣を握る手とは違うな」
「俺の武器は銃だからな」
そう銃だ。コウジは目を見開いた。
現代日本で銃なんて所持していいのか?
だが、このキャラのメイン武器はリボルバーだ。某有名、街の掃除屋御用達モデルだ。
現代日本でどうして銃の所持が許されているのか? って、そういうことは考えていない中二病が作ったキャラ。中目黒でいくら銃をぶっ放したって、許されるんだ! 中目黒は修羅の街だ!
あのときの自分にどうして中目黒? と聞きたくもない。新宿なんて使い古されているが、中目黒。せめて架空の海辺の街とかにしておけばよかったんじゃないか?
いや、それはともかく。
いまは、目の前の危機だ。
「落ち着け……な、ジーク・ロゥ王子よ」
初めて目の前の王子様の名を呼んだ。
彼は、その男らしくくっきりした銀色の形の良い眉を、くいと片方だけ上げる。そんなキザすぎる仕草も、超絶美形がやると、映画のようにかっこいい。
「ジークだ。コウジ」
「へ?」
「王子はいらない。ジークと呼んでくれればいい。私達は運命を共にするパートナーなのだからな」
そう言いながら、ジークはが突っぱねる両手をやんわり外して、そのパジャマのシャツに手をかける。
片手でボタンを一つ二つと外される。器用だな……って見ている場合ではない!
「ちょ、ちょい待て! ジーク!」
さっそく名を叫ぶ。「なんだ?」と言われたがシャツのボタンを外す手は止まらない。前が全開になって、胸を撫であげられて「うっひ」と色気もなんにもない声があがる。
目の前のジークの眉間にしわがよる。すると不思議なもので、若干気が引けてしまった。
やっぱりこんなおじさんの真っ平らな胸も、声も気持ち悪いよな? いやだよな?
いや、そうであるべきだ、と希望を見出したが――
「あばらが浮いている。こんなに痩せて。夕餉の席でも思ったが、あなたはもう少し食べたほうがいい」
ジークは嫌悪感を前面に出すどころか、硝子で出来た小物に触れるようにそっと、そのおうとつを長い指が往復する。
「いや、おじさん歳だし、もう若い頃みたいに食べられないし、胃もたれもするし……」
ことさら、おじさんなのをアピールしてみたが、男の大きな手は離れることなくみぞおちのあたりをいたわるように、撫でていた。「ひぁ」だの「ふひ」だの妙な声が出る。
「ジ、ジーク、ジーク! 俺は男だぞ!」
「知っている」
淡々と返されて、まさかと思う。
「ま、まさか、お前、男が好きなわけ?」
「いや、私の性的指向は一応、女性に向いていたはずだ」
「な、なら、こんな、お・じ・さ・ん相手に役に立つはずないよな?」
「いや、あなたは特別だ」
いつのまにやら、開かされた足の間にジークの身体が入り込んでいた。
ぐいとパジャマの布越しとはいえ、太ももに固いものが押し当てられる。
同じ男だ。見なくたってわかる。
こんな綺麗な顔した王子様でも固くするもんは、固くするのか……いや、そうじゃなくて!
「う、嘘だろう! ジーク!」
「私はあなたに嘘は言わない」
「この場合は嘘だと言ってくれぇぇえ!」
断末魔の悲鳴みたいになったのは、いきなりズボンに入り込んだ手に、急所を握られたからだ。
ここを押さえられると男は弱い。というか、絶妙な加減で握りしめられて、やわやわと指を動かされ、しゅるしゅると扱かれれば、たちまち萎えていたはずのおじさんのおじさんは、元気になってしまう。
男なのだ。触れられればコンニャクだって起つ。いや、もうこんな状況で反応してしまう自分が恨めしいやら、気持ちイイやら。
「……っふ」
そう、気持ちイイ。王子様は上手かった。いや、上手いのかどうか、童貞歴二十年ちょいのコウジにはわからない。それとも、このおっさんの身体は経験してるのか?
ジークの大きな手が触れるたびに、「あ……」だの「そこっダメっ……だ」だの、男なのに妙に甘ったるく甲高い声が飛び出てしまう。
触れられるのが気持ち悪いのか? いや、やっぱり気持ち良くて……背筋がぞわぞわしてくる。
そして、当時中二病まっさかりだった自分が考えたこの男の設定に男女関係を一切決めていなかったことを思い出した。
二十二年童貞だったせいで、自分の生み出したキャラも童貞って……悲しすぎないか?
無精髭のすすけたおっさんなのにチェリーって、寒い、寒すぎる。
「は、初めての相手が男ってないだろう!」
思わず嘆いたら、目の前の男の剃刀色の瞳が、ギラリと輝いた。
そして、手が止まる。
「あなたは初めてなのか?」
ようやく息をつくことができて、コウジは荒い息のまま答えた。
「そうだよ。……こんなおっさんの初めてなんてもらったって気持ち悪いだろう?」
少しはおじさんらしく、余裕をもって答えたはずだ。しかしジークは目を輝かせて、コウジの手の平にまたキスを落とした。
「いや、私はあなたがこれまで清らかな身体であったことを、女神アルタナに感謝しよう。そして、あらためて生涯あなただけだと誓う」
「なんで、鼻息荒く興奮してるんだよ! あ……あん……そ、そこ……っ!」
やはり気持ちイイものは気持ちイイ。まして初めての他人の手だ。あっけなくのぼりつめて、果てた。
出すものを出したら、頭がはっきりするというか、いわゆる賢者タイムがおとずれる。
視線を空中に投げてぼんやりしていると、下肢をおおう布をジークの手が取り去った。
べとべと布が張り付いて気持ち悪いと思っていたから、ちょうどいい。そう思っていたが、男がパジャマの黒いシャツを脱ぎ捨てたのを見てコウジは目を見開いた。
予想通りの厚い胸板に割れた腹筋、それから膝立ちになって、ズボンが下ろされ――
その涼しげなお顔にしては大変凶悪な、体格に似合ってご立派なものは、すでに腹に付くぐらい臨戦態勢だった。
「む、無理だ。無理、そんなもの入るか!」
反射的にベッドから逃げ出そうとしたが、足首を捕らえられてずるりと引きずり戻された。
気がつくと、男の膝に抱っこされていた。コウジの尻に固いものが当たる。
「落ち着け、落ち着け。な、ジーク」
「また、その言葉か? 私はとても落ち着いている」
ふうふうと肩口にかかる息は荒い。いままであれほど涼しげな顔をしていたのに、やっぱりこの王子様、若いな……としみじみなんて出来ない。
「ぶ、物理的に、俺の尻にお前のそれが入るかどうか考えてみろ? 無理だろう⁉ 無理‼」
「大丈夫、私とあなたは運命のパートナーなのだから、一つになれないわけがない」
「い、いきなりの精神論かよ! いやいや、どう考えたって無理ぃ……ひぃっ!」
声が上がったのは、尻のはざまをぬるぬると男の指がなぞったからだ。そして、周りをほぐすようにくるくるとされたあとに、つぷりと入ってくる。
意外にも指一本は抵抗なく入ってしまった。
甘ったるい花の香りがする油のおかげだろう。
そのうえ、中で動く指にある一点を見つけられたら、もうダメだった。
びくびくと自然に身体は跳ねるし、「イヤだ」と言ったそばから、指でそこに触れられるととんでもない声がもれる。
指は二本、三本と増え、そのうち、三本の指を抜き差しするようにされて腰を揺らしていたのは無意識だ。
それからどれほど身体の内側を掻き回されていたことだろう。
指が抜き取られて、ぼんやりと何かが足りないと思っていたら、三本の指なんかより、もっと熱くてデカいものが入り込んできた。
「お、あ、ぁ……!」
声をあげてのけぞり、その圧迫感にぱくぱくと酸欠の金魚みたいに口を開閉してしまう。
「苦しぃ……馬鹿……野郎っ……!」
本当に挿れやがった、コイツ! とにらみつけて、せめてもの抵抗とばかり、肩にギリリと爪を立てる。目の前の端整な顔の眉間に深い皺が寄ったのを見て、ザマアミロと口の片端をつり上げてやるが、それに返されたのは。
「やっとあなたと一つになれた」
そんなひどく嬉しそうな微笑で、コウジの指から思わず力が抜ける。
コウジが抵抗をやめたのが伝わったのか、ジークはさらにあどけない微笑みを浮かべた。
「ゆっくりする」
「ん……」
こうなったら、仕方ない。
なるべく身体から力を抜く。するとジークがコウジの身体をぐるりと反転させた。痛みはないが「あ!」と声があがる。
「こちらのほうが初めてのあなたには負担が少ない」
だったら初めからそうしろよ! と思ったが、後ろからずっずっと入りこんでくる熱に言葉にならない。指とは比べものにならない。奥の奥まで侵食される。恐怖とかすかな疼痛もあった。
背中にジークの熱い吐息を感じたのを最後に、動きが止まる。
「ぜんぶ……はいっ……た……?」
「ああ」
その返事に、ホッと息をついたのは、これで終わりと考えた童貞だった愚かしさだ。
「うあっ!」
ずるりと動かれてそんな考えが霧散する。
ずん、とゆっくりだが奥まで突き上げられると、衝撃が脊髄から上ってきて脳天までしびれるようだった。
「馬鹿っ! 動くなっ!」
「動かないと終わらない!」
「ふぁっ! あっ! あっ!」
揺さぶられるたびに、腹から押し出されるように妙な声が出る。
最後には後ろから片脚を抱え上げられて激しく、突き上げられた。のけぞって、その反動で下を見たら、信じられないことに自分の足の間のモノが立ち上がって、たらたらと白濁をこぼしていた。
目を見開く。
まさかそんな、嘘だろう? と思う暇なく、男の大きな手がコウジの熱を包み込んだ。
「よせっ! あ……」
「あなたも感じている。うれしい」
うれしいってなんだよ? うれしいって……しかも、そこにはからかう響きも、嬲る意味もなく、ただ歓喜だけが伝わってきた。
「ち、違う……!」
「違わない。ここはこうなっているだろう」
「このっ!」
快楽を散らそうと首を振ったって、揺さぶられるたびに背筋に走る快感は消えない。前も刺激されて、どちらで快楽を拾っているのか、わからなくなる。
ひときわ強く突き上げられて、中になにか温かい感覚がした。
中に出された? 女じゃないから、孕むことはないが、なかなか複雑な心境にコウジは目を閉じた。
同時に後ろから自分を抱きしめる王子様と、なにか繋がる感覚がして、ああ、これが魔力接続か? ……と思う。
「これであなたと一つになれた」
またもや王子様の嬉しそうな声がコウジを現実に引き戻し、そこでようやく頭が冷めた。
そうだ。これは、魔力を繋ぐための義務的なセックスだった。
運命のパートナー、なんて言葉におじさんが踊らされてしまった。
思い知り、なんとも言えない切なさがコウジの胸に広がる。
「も……抜けよ……」
これで義務は終わっただろう?
勘違いをする気はない、と告げる。
「どうして、これで終われる? ようやくあなたとひとつになれたのに」
しかし、なぜか少し怒ったような低い声で囁かれて、戸惑いの声をあげる間もなかった。
身体をひっくりかえされて、また仰向けに、男の身体が再び足の間に割り込んできた。
一度開かれた身体は、放出しても収まらない王子様の大きなそれを、すんなりと受け入れてしまう。
「ああっ! くそ」
思わず目の前の男をののしる。
「立て続け……かよっ!」
「今度は顔を見て、したい」
「っ……!」
そう言われて、息を呑んだ。上げていた前髪はほとんど下りていて、改めて見たジークの顔は意外に若く青臭い。そこに受け入れた胎でなく、胸がずくりとうずいた。
義務ではなくて自分から二回目をしたい……なんて顔をするな!
胸の内でののしりながら、手を伸ばす。
乱れた前髪をさらにぐしゃぐしゃにかき回して、ジークの首に腕を回して引き寄せて「好きにしろ」と告げれば、再び激しい律動が開始される。その際に触れる手はやはり熱かった。
のけぞるコウジの喉から己のものとは思えない声が上がる。さらにはその喉仏を甘噛みする若い男の唇。
おじさんの明日の腰が心配だった。
第二章 不毛な魔法少女学級会とおじさん危機一髪!
結論から言えば、おじさんの腰は無事だった。
いや、半壊、全壊しかけたのだが、コトが終わったあと王子様が治癒魔法の呪文を良いお声で唱えながら、腰をなでなでしてくれていたのだ。それで、そのままうとうとと眠ってしまったが。
朝、目覚めたら超絶美形の顔のどアップが目の前にあってコウジは悲鳴をあげかけた。ちなみに腕枕されていた。おじさんに腕枕して楽しいか?
ヤッてしまったものは仕方ないと、むくりと起き上がってベッドであぐらを掻いていたら、痛みの一つもないことに気がついた。
どうやら腰を撫でていたそれが、治癒魔法の一種だったらしいとそこで知る。
そこまでしなくても……と思っていたら、目の前に高そうな白磁のカップが差し出された。ジーク王子様自ら茶を運んでくださった。
散々好き勝手やってくれたのだ。ありがたいなんて思わないぞ。
それを無言で受け取り、こくりと呑む。
うーん、お上品なミルクティだ。甘さの加減もちょうどいい。
「おはよう」
「……ん、はよう」
挨拶されたなら、挨拶を返す。これは人としての礼儀だ。
しかし、その挨拶でさりげなく、おじさんのデコにチューってないんじゃね?
なんだよ、この新婚初夜明けみたいな甘さ。
いや、おじさん相手に初夜って、やっぱりないわな。
そう思って、わずかにベッドのヘッドボードに身体を寄せたのだが、その分さらにジークが近付いてきて耳元で囁く。
「昨夜のあなたは素敵だった」
「……そりゃどうも」
それ以外どう返せというのだ。こちらも王子様の王子様による魔力接続はワンダフルでした……とでも?
そうだ魔力接続、あれは魔力接続の儀式だったのだ。おじさんのケツになにをツッコまれたって、大切なモノを失ったわけじゃない。
いや、やっぱり失ったのか? と目の前の無表情なのに、なぜか上機嫌なのがわかる若い男の顔をじろりと見る。
昨日散々好き勝手されたのに、嫌悪感が微塵もない自分の心境もなかなかに複雑だった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「おはようございます」
目の前のカラフルコスの魔法少女達を眺めながら、部屋の片隅の椅子に腰掛けて煙草をくゆらせていたら挨拶された。
ここは王宮の玉座の間の近くにある控えの間。
これから王との謁見のために、四十四人の魔法少女達+おじさんが集められているのだ。
「おはよう」と返す。挨拶は基本だ。
目の前に立つのは、イエローのミニドレスの魔法少女。四十五番目のショタ王子に選ばれた、大柄巨乳の美少女だ。名前はたしか。
「マイアちゃん、でよかったかな」
「はい。コウジさんですよね? ……あのとき、わたし、ずっと残っていて泣きそうだったんですけど、コウジさんが余裕で、今みたいに煙草を吸っていたから泣かずにいられたんです」
なるほど、残り物同士と仲間意識を持ってくれたらしい。コウジは口の片端をあげてマイアを見る。昨日同様おじさんを遠巻きに眺める魔法少女のなか、笑顔で声をかけてくれた女の子には好感をもって当たり前だ。
それに気になっていたことを聞きたい。
「マイアちゃん、そのな……」
「はい」
「王子様と一緒にお家に帰ったんだろう?」
「はい! ピート君……あ、名前で呼んでくれって言われました。彼は王宮で暮らしていて、彼の部屋のお隣にわたしの可愛らしいお部屋を用意してくれていたんです」
黄色いミニドレスの少女が嬉しそうに語る様は、まるでこびとさんが、自分のためにお家を用意してくれたんです! という感じだ。めるひぇんだな。
「それでなあ、魔力接続の儀式なんだが……」
コウジはそこはかとない罪悪感を抱きながら聞いた。
この明るい巨乳の魔法少女お姉さんと、あの半ズボンショタの王子様が……とかないよな? と思いながら。
しかし、予想に反してマイアは笑顔で答えた。
「はい、早速、練習しました!」
「れ、練習⁉」
思わず声をあげたのは、まさかベッドの上で……と邪な考えが浮かんだからだ。
しかし、マイアは不思議そうな顔をして頷くだけだった。
「ええ、手を繋いで魔力を循環? させてみたんですけど、わたし達相性がいいみたいで。ピート君もうまく出来たって喜んでました」
「ああ、手、手を繋いでね、そりゃよかったな」
そうだよな。そうだよな。お手々繋いで……だよな。
出会ったばかりの初日なら、それから始めるのが普通だ。
いきなりベッドに引きずり込んで合体とかねぇよな……とおじさんは遠い目になる。
それからさらに通されたチョコレート色の壁の部屋にはいくつもの絵画が飾られていた。正餐室――いわゆるダイニングルームってところだ。
部屋はそんなに馬鹿広くもなく、中央にある楕円の大きなテーブルを取り囲むように十の椅子が置かれていた。この館の全盛時には、ここで王と愛妾、彼女に選ばれたお気に入りの取り巻きが食事をとって、華やいだ雰囲気だったという。
王宮と違って王と食卓を囲む者の身分は問わず、当代の学者に文学者、詩人や絵師などが招かれて、様々な話題で王を楽しませたそうだ。しかし、貴族でない者達が王と食事をするということも、貴族のうるさがた達の眉間に、さらに深いしわを刻んだという。
今はその食卓にジークと向かいあって、コウジは食事をとっている。
「ここでいつも食事をとるのか?」
「晩餐はここだ。朝と昼は別の食堂がある」
少し気になって聞いたら、そう返事が来た。
朝昼晩で違うのか。すごいな豪邸と思ったが、返すべき言葉はそうではないとコウジは顔を上げた。
フォークを動かす手を止めて、ジークを見つめる。
「お前、いつも一人で食事とるのか?」
「母が死んでからはそうだな。晩餐会などに招かれたときはもちろん、他者とテーブルを囲むが」
それを聞いて、コウジは黙った。
一人の食事は味気ないものだとコウジは知っている。
大学受験に失敗して、上京した予備校にもなじめずいつの間にか通わなくなった。バイト先のコンビニとアパートを往復する日々。予備校でもバイト先でも友人なんて出来ずに、いつも一人でアパートで食事をとるか、ファストフードのお一人様用の席で窓の外を眺めていた。
晩餐のメインのこっくりと煮込まれた肉を口に運びながら思う。こんな風に手間暇かけられた料理を口にするのも久々だ。予備校にも通わずフラフラしているのが後ろめたくて、実家の両親のところにも上京してから一度も戻ってなかったから。
「俺も誰かと食事するのは久しぶりだな」
出された赤ワインを一口。正直に美味い。これもとんでもなく良い酒なんだろうなと思いながら、つぶやいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
コウジに用意されたのは、花柄の壁紙が可愛らしい部屋だった。ここが女主人の館だったからだろうと思ったが、部屋の片隅にある祭壇みたいなデカいドレッサーが少し気になる。
その反対側にはクラシカルな……とコウジの少ない語彙ではそう表現するしかない文机と、どこかのお偉いさんの書斎で見るようなガラス扉のデカい本棚がある。
その扉を開いて、革張りの本を開いて少し驚いた。文字が読める。日本語じゃないのに読める。英語は試験問題だって半分わかるかどうか。会話なんてとんでもないのに。
そういえば、この世界に来てからジークとも普通に会話していることを思い出した。
これも魔法少女? としての女神様の加護ならば、まったく便利なことだ。
そのまま本をめくっていると、ノックの音が響いた。
世話係のメイドがやってきて、お着替えを……と言う。ヨレヨレのスーツの上着に手をかけられ、脱ぐのを手伝われそうになって慌てた。
「俺はこの世界に来たばっかだからな。君みたいな可愛い嬢ちゃんにおじさんの裸をさらすのは恥ずかしいんだ。ちょっと部屋を出てくれるかな?」
そう伝えた自分に、またコウジは驚いた。
昼間の紫魔法少女シオンに返したときもそうだが、女友達なんておらず、若い女性を見ればしどろもどろだったはずが、口から出る言葉は社会の裏も表も噛み分けたすすけたおじさんの口調となっている。
コウジの言葉に若いメイドはちょっと不満そうな顔をしたが「かしこまりました」と一礼し、着替え終わったら呼んでくれと出て行ってくれた。
置いていかれた着替えはパジャマだった。複雑な紐を結ぶような衣装ではなくてよかったと、洗い立ての黒いそれに袖を通し、袖やズボンの裾がちょっとあまって折り返す。
着替え終わったとメイドを呼べば「こちらが寝室になります」と奥の扉を開けられた。
中に入ると、彼女はついてこなかった。
「すげえな」
思わず声が出たのは、それが初めて見る天蓋付きのベッドだったからだ。
濃いワイン色のカーテンに、金色の飾り紐、飴色に光る柱。
大の男が一方方向に五回転も寝返り出来そうなそれが、部屋の中央にでーんと置かれている。
すると、自分の入ってきた反対側からカチャリと音がした。
そちらにも扉があるのだと、初めて気づく。
そして入ってきた姿に軽く目を見開いた。
ジークだ。彼が着ているのも、昼間の黒い軍服と同じく、黒いパジャマだ。コウジが着ている袖や裾のあまるそれも、彼のもののようだ。彼氏パジャマ……という言葉が浮かんだが、慌てて打ち消した。おっさんの萌え袖とか気持ち悪いだろうが!
「もう、寝るのか?」
聞いて、妙な聞き方だったな……と思う。
いや、お互いパジャマ姿でベッドは一つということは、え?
「ああ、寝よう」
「わっ!」
まるで当然のようにジークはコウジの身体を軽々と横抱きにしてベッドに横たえた。そして、ぎしりと音を響かせて、自分もベッドに上がってくる。
──う、嘘だろう⁉ 女神様⁉
今日二度目、同じ言葉をコウジは心中で叫んだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て! 落ち着け! 落ち着け! 落ち着け!」
自分にのしかかってくる厚い胸板に手を突っぱねながら、コウジは叫んだ。
目の前には銀色の王子様の端整な顔がある。コウジが暴れるので、ひとすじ白皙のひたいに垂れていた前髪が乱れて、さらに数本増えて明かりの落とされた室内で男の色気マシマシである。
……っと! 見惚れている場合ではない!
「私は落ち着いている。あなたのほうこそ動揺しているようだが?」
「こ、これが動揺せずにいられるか! 俺は男で、おっさんだぞ! しょ、正気に戻れ!」
「私は正気だ。これから魔力接続の儀式を行う」
「せ、接続?」
なんだ、その用語は、と思う。
が、唐突に理解した。
これも先の言語同様、女神様がインプットしてくれた、魔法少女としての知識らしい。
――魔力接続とは、魔法少女とそのパートナーとなった王子が魔力を共有することで、互いに補いその力を増幅させることができる――ということのようだ。
そして接続には相性というものがあり、運命のパートナー以外は不可である。
そのやり方は手を繋ぐ。抱き合う。口づける。王子がそれぞれに持つ紋章を互いの身体に刺青のように彫り込むなど様々あるが、一番深く濃厚に繋がる方法はセックス……って。
「なんじゃそりゃ!」
頭の中に流れ込んできた情報に、コウジは思わず叫んだ。
よりにもよってこのおじさんに一番、選んじゃいけないやり方をするつもりか!
「ま、ま、待てぇ! 落ち着けえ!」
「だから私は十分に落ち着いている」
「ひゃあ!」
おじさんらしくない甲高い声が上がったのは、この美丈夫王子様の胸板に突っ張っていた手を取られて、その手の平をぺろりと舐められたからだ。
魔法少女達の白くて愛らしい手ならともかく、おっさんの細長いけど節くれ立った指をしゃぶるな噛むな。そのひとさし指に出来たタコを舌先でちろちろ確認するな!
「剣を握る手とは違うな」
「俺の武器は銃だからな」
そう銃だ。コウジは目を見開いた。
現代日本で銃なんて所持していいのか?
だが、このキャラのメイン武器はリボルバーだ。某有名、街の掃除屋御用達モデルだ。
現代日本でどうして銃の所持が許されているのか? って、そういうことは考えていない中二病が作ったキャラ。中目黒でいくら銃をぶっ放したって、許されるんだ! 中目黒は修羅の街だ!
あのときの自分にどうして中目黒? と聞きたくもない。新宿なんて使い古されているが、中目黒。せめて架空の海辺の街とかにしておけばよかったんじゃないか?
いや、それはともかく。
いまは、目の前の危機だ。
「落ち着け……な、ジーク・ロゥ王子よ」
初めて目の前の王子様の名を呼んだ。
彼は、その男らしくくっきりした銀色の形の良い眉を、くいと片方だけ上げる。そんなキザすぎる仕草も、超絶美形がやると、映画のようにかっこいい。
「ジークだ。コウジ」
「へ?」
「王子はいらない。ジークと呼んでくれればいい。私達は運命を共にするパートナーなのだからな」
そう言いながら、ジークはが突っぱねる両手をやんわり外して、そのパジャマのシャツに手をかける。
片手でボタンを一つ二つと外される。器用だな……って見ている場合ではない!
「ちょ、ちょい待て! ジーク!」
さっそく名を叫ぶ。「なんだ?」と言われたがシャツのボタンを外す手は止まらない。前が全開になって、胸を撫であげられて「うっひ」と色気もなんにもない声があがる。
目の前のジークの眉間にしわがよる。すると不思議なもので、若干気が引けてしまった。
やっぱりこんなおじさんの真っ平らな胸も、声も気持ち悪いよな? いやだよな?
いや、そうであるべきだ、と希望を見出したが――
「あばらが浮いている。こんなに痩せて。夕餉の席でも思ったが、あなたはもう少し食べたほうがいい」
ジークは嫌悪感を前面に出すどころか、硝子で出来た小物に触れるようにそっと、そのおうとつを長い指が往復する。
「いや、おじさん歳だし、もう若い頃みたいに食べられないし、胃もたれもするし……」
ことさら、おじさんなのをアピールしてみたが、男の大きな手は離れることなくみぞおちのあたりをいたわるように、撫でていた。「ひぁ」だの「ふひ」だの妙な声が出る。
「ジ、ジーク、ジーク! 俺は男だぞ!」
「知っている」
淡々と返されて、まさかと思う。
「ま、まさか、お前、男が好きなわけ?」
「いや、私の性的指向は一応、女性に向いていたはずだ」
「な、なら、こんな、お・じ・さ・ん相手に役に立つはずないよな?」
「いや、あなたは特別だ」
いつのまにやら、開かされた足の間にジークの身体が入り込んでいた。
ぐいとパジャマの布越しとはいえ、太ももに固いものが押し当てられる。
同じ男だ。見なくたってわかる。
こんな綺麗な顔した王子様でも固くするもんは、固くするのか……いや、そうじゃなくて!
「う、嘘だろう! ジーク!」
「私はあなたに嘘は言わない」
「この場合は嘘だと言ってくれぇぇえ!」
断末魔の悲鳴みたいになったのは、いきなりズボンに入り込んだ手に、急所を握られたからだ。
ここを押さえられると男は弱い。というか、絶妙な加減で握りしめられて、やわやわと指を動かされ、しゅるしゅると扱かれれば、たちまち萎えていたはずのおじさんのおじさんは、元気になってしまう。
男なのだ。触れられればコンニャクだって起つ。いや、もうこんな状況で反応してしまう自分が恨めしいやら、気持ちイイやら。
「……っふ」
そう、気持ちイイ。王子様は上手かった。いや、上手いのかどうか、童貞歴二十年ちょいのコウジにはわからない。それとも、このおっさんの身体は経験してるのか?
ジークの大きな手が触れるたびに、「あ……」だの「そこっダメっ……だ」だの、男なのに妙に甘ったるく甲高い声が飛び出てしまう。
触れられるのが気持ち悪いのか? いや、やっぱり気持ち良くて……背筋がぞわぞわしてくる。
そして、当時中二病まっさかりだった自分が考えたこの男の設定に男女関係を一切決めていなかったことを思い出した。
二十二年童貞だったせいで、自分の生み出したキャラも童貞って……悲しすぎないか?
無精髭のすすけたおっさんなのにチェリーって、寒い、寒すぎる。
「は、初めての相手が男ってないだろう!」
思わず嘆いたら、目の前の男の剃刀色の瞳が、ギラリと輝いた。
そして、手が止まる。
「あなたは初めてなのか?」
ようやく息をつくことができて、コウジは荒い息のまま答えた。
「そうだよ。……こんなおっさんの初めてなんてもらったって気持ち悪いだろう?」
少しはおじさんらしく、余裕をもって答えたはずだ。しかしジークは目を輝かせて、コウジの手の平にまたキスを落とした。
「いや、私はあなたがこれまで清らかな身体であったことを、女神アルタナに感謝しよう。そして、あらためて生涯あなただけだと誓う」
「なんで、鼻息荒く興奮してるんだよ! あ……あん……そ、そこ……っ!」
やはり気持ちイイものは気持ちイイ。まして初めての他人の手だ。あっけなくのぼりつめて、果てた。
出すものを出したら、頭がはっきりするというか、いわゆる賢者タイムがおとずれる。
視線を空中に投げてぼんやりしていると、下肢をおおう布をジークの手が取り去った。
べとべと布が張り付いて気持ち悪いと思っていたから、ちょうどいい。そう思っていたが、男がパジャマの黒いシャツを脱ぎ捨てたのを見てコウジは目を見開いた。
予想通りの厚い胸板に割れた腹筋、それから膝立ちになって、ズボンが下ろされ――
その涼しげなお顔にしては大変凶悪な、体格に似合ってご立派なものは、すでに腹に付くぐらい臨戦態勢だった。
「む、無理だ。無理、そんなもの入るか!」
反射的にベッドから逃げ出そうとしたが、足首を捕らえられてずるりと引きずり戻された。
気がつくと、男の膝に抱っこされていた。コウジの尻に固いものが当たる。
「落ち着け、落ち着け。な、ジーク」
「また、その言葉か? 私はとても落ち着いている」
ふうふうと肩口にかかる息は荒い。いままであれほど涼しげな顔をしていたのに、やっぱりこの王子様、若いな……としみじみなんて出来ない。
「ぶ、物理的に、俺の尻にお前のそれが入るかどうか考えてみろ? 無理だろう⁉ 無理‼」
「大丈夫、私とあなたは運命のパートナーなのだから、一つになれないわけがない」
「い、いきなりの精神論かよ! いやいや、どう考えたって無理ぃ……ひぃっ!」
声が上がったのは、尻のはざまをぬるぬると男の指がなぞったからだ。そして、周りをほぐすようにくるくるとされたあとに、つぷりと入ってくる。
意外にも指一本は抵抗なく入ってしまった。
甘ったるい花の香りがする油のおかげだろう。
そのうえ、中で動く指にある一点を見つけられたら、もうダメだった。
びくびくと自然に身体は跳ねるし、「イヤだ」と言ったそばから、指でそこに触れられるととんでもない声がもれる。
指は二本、三本と増え、そのうち、三本の指を抜き差しするようにされて腰を揺らしていたのは無意識だ。
それからどれほど身体の内側を掻き回されていたことだろう。
指が抜き取られて、ぼんやりと何かが足りないと思っていたら、三本の指なんかより、もっと熱くてデカいものが入り込んできた。
「お、あ、ぁ……!」
声をあげてのけぞり、その圧迫感にぱくぱくと酸欠の金魚みたいに口を開閉してしまう。
「苦しぃ……馬鹿……野郎っ……!」
本当に挿れやがった、コイツ! とにらみつけて、せめてもの抵抗とばかり、肩にギリリと爪を立てる。目の前の端整な顔の眉間に深い皺が寄ったのを見て、ザマアミロと口の片端をつり上げてやるが、それに返されたのは。
「やっとあなたと一つになれた」
そんなひどく嬉しそうな微笑で、コウジの指から思わず力が抜ける。
コウジが抵抗をやめたのが伝わったのか、ジークはさらにあどけない微笑みを浮かべた。
「ゆっくりする」
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なるべく身体から力を抜く。するとジークがコウジの身体をぐるりと反転させた。痛みはないが「あ!」と声があがる。
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まさかそんな、嘘だろう? と思う暇なく、男の大きな手がコウジの熱を包み込んだ。
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ひときわ強く突き上げられて、中になにか温かい感覚がした。
中に出された? 女じゃないから、孕むことはないが、なかなか複雑な心境にコウジは目を閉じた。
同時に後ろから自分を抱きしめる王子様と、なにか繋がる感覚がして、ああ、これが魔力接続か? ……と思う。
「これであなたと一つになれた」
またもや王子様の嬉しそうな声がコウジを現実に引き戻し、そこでようやく頭が冷めた。
そうだ。これは、魔力を繋ぐための義務的なセックスだった。
運命のパートナー、なんて言葉におじさんが踊らされてしまった。
思い知り、なんとも言えない切なさがコウジの胸に広がる。
「も……抜けよ……」
これで義務は終わっただろう?
勘違いをする気はない、と告げる。
「どうして、これで終われる? ようやくあなたとひとつになれたのに」
しかし、なぜか少し怒ったような低い声で囁かれて、戸惑いの声をあげる間もなかった。
身体をひっくりかえされて、また仰向けに、男の身体が再び足の間に割り込んできた。
一度開かれた身体は、放出しても収まらない王子様の大きなそれを、すんなりと受け入れてしまう。
「ああっ! くそ」
思わず目の前の男をののしる。
「立て続け……かよっ!」
「今度は顔を見て、したい」
「っ……!」
そう言われて、息を呑んだ。上げていた前髪はほとんど下りていて、改めて見たジークの顔は意外に若く青臭い。そこに受け入れた胎でなく、胸がずくりとうずいた。
義務ではなくて自分から二回目をしたい……なんて顔をするな!
胸の内でののしりながら、手を伸ばす。
乱れた前髪をさらにぐしゃぐしゃにかき回して、ジークの首に腕を回して引き寄せて「好きにしろ」と告げれば、再び激しい律動が開始される。その際に触れる手はやはり熱かった。
のけぞるコウジの喉から己のものとは思えない声が上がる。さらにはその喉仏を甘噛みする若い男の唇。
おじさんの明日の腰が心配だった。
第二章 不毛な魔法少女学級会とおじさん危機一髪!
結論から言えば、おじさんの腰は無事だった。
いや、半壊、全壊しかけたのだが、コトが終わったあと王子様が治癒魔法の呪文を良いお声で唱えながら、腰をなでなでしてくれていたのだ。それで、そのままうとうとと眠ってしまったが。
朝、目覚めたら超絶美形の顔のどアップが目の前にあってコウジは悲鳴をあげかけた。ちなみに腕枕されていた。おじさんに腕枕して楽しいか?
ヤッてしまったものは仕方ないと、むくりと起き上がってベッドであぐらを掻いていたら、痛みの一つもないことに気がついた。
どうやら腰を撫でていたそれが、治癒魔法の一種だったらしいとそこで知る。
そこまでしなくても……と思っていたら、目の前に高そうな白磁のカップが差し出された。ジーク王子様自ら茶を運んでくださった。
散々好き勝手やってくれたのだ。ありがたいなんて思わないぞ。
それを無言で受け取り、こくりと呑む。
うーん、お上品なミルクティだ。甘さの加減もちょうどいい。
「おはよう」
「……ん、はよう」
挨拶されたなら、挨拶を返す。これは人としての礼儀だ。
しかし、その挨拶でさりげなく、おじさんのデコにチューってないんじゃね?
なんだよ、この新婚初夜明けみたいな甘さ。
いや、おじさん相手に初夜って、やっぱりないわな。
そう思って、わずかにベッドのヘッドボードに身体を寄せたのだが、その分さらにジークが近付いてきて耳元で囁く。
「昨夜のあなたは素敵だった」
「……そりゃどうも」
それ以外どう返せというのだ。こちらも王子様の王子様による魔力接続はワンダフルでした……とでも?
そうだ魔力接続、あれは魔力接続の儀式だったのだ。おじさんのケツになにをツッコまれたって、大切なモノを失ったわけじゃない。
いや、やっぱり失ったのか? と目の前の無表情なのに、なぜか上機嫌なのがわかる若い男の顔をじろりと見る。
昨日散々好き勝手されたのに、嫌悪感が微塵もない自分の心境もなかなかに複雑だった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「おはようございます」
目の前のカラフルコスの魔法少女達を眺めながら、部屋の片隅の椅子に腰掛けて煙草をくゆらせていたら挨拶された。
ここは王宮の玉座の間の近くにある控えの間。
これから王との謁見のために、四十四人の魔法少女達+おじさんが集められているのだ。
「おはよう」と返す。挨拶は基本だ。
目の前に立つのは、イエローのミニドレスの魔法少女。四十五番目のショタ王子に選ばれた、大柄巨乳の美少女だ。名前はたしか。
「マイアちゃん、でよかったかな」
「はい。コウジさんですよね? ……あのとき、わたし、ずっと残っていて泣きそうだったんですけど、コウジさんが余裕で、今みたいに煙草を吸っていたから泣かずにいられたんです」
なるほど、残り物同士と仲間意識を持ってくれたらしい。コウジは口の片端をあげてマイアを見る。昨日同様おじさんを遠巻きに眺める魔法少女のなか、笑顔で声をかけてくれた女の子には好感をもって当たり前だ。
それに気になっていたことを聞きたい。
「マイアちゃん、そのな……」
「はい」
「王子様と一緒にお家に帰ったんだろう?」
「はい! ピート君……あ、名前で呼んでくれって言われました。彼は王宮で暮らしていて、彼の部屋のお隣にわたしの可愛らしいお部屋を用意してくれていたんです」
黄色いミニドレスの少女が嬉しそうに語る様は、まるでこびとさんが、自分のためにお家を用意してくれたんです! という感じだ。めるひぇんだな。
「それでなあ、魔力接続の儀式なんだが……」
コウジはそこはかとない罪悪感を抱きながら聞いた。
この明るい巨乳の魔法少女お姉さんと、あの半ズボンショタの王子様が……とかないよな? と思いながら。
しかし、予想に反してマイアは笑顔で答えた。
「はい、早速、練習しました!」
「れ、練習⁉」
思わず声をあげたのは、まさかベッドの上で……と邪な考えが浮かんだからだ。
しかし、マイアは不思議そうな顔をして頷くだけだった。
「ええ、手を繋いで魔力を循環? させてみたんですけど、わたし達相性がいいみたいで。ピート君もうまく出来たって喜んでました」
「ああ、手、手を繋いでね、そりゃよかったな」
そうだよな。そうだよな。お手々繋いで……だよな。
出会ったばかりの初日なら、それから始めるのが普通だ。
いきなりベッドに引きずり込んで合体とかねぇよな……とおじさんは遠い目になる。
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