どうも魔法少女(おじさん)です。 異世界で運命の王子に溺愛されてます

志麻友紀

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番外編

王配様の一日 その1

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 王配コウジの一日は、執事のケントンの差し出す一杯のミルクティーから始まる。

 王様となったジークが先にベッドから出て行くとき「今日はなににする?」という言葉に夢うつつで「ふわふわの奴」だの「甘い粥」だの「卵のチーズ入り」と答える。
 今朝は「黄金色に焼けたの」と答えた。出てきたフレンチトーストをもぐもぐと食べる。ちなみに「ふわふわの奴」はパンケーキで「甘い粥」はオートミール粥。「卵のチーズ入り」はチーズ入りのオムレツだ。

 たまに答えられずに「う~」とうなるだけだと、シェフの特別メニューとやらが出てくる。クレープの生地に包まれた焼きバナナの奴はうまかったので、それからはそれもリクエストの一つに加わった。それを頼むときは「うっすいのに包まれたバナナ焼いたの」だ。

 正確な名前がいえないのはおじさんの特徴だ。ゆるせ。

 朝食には必ず小さな銀の器にもられたヨーグルトも添えられている。おじさんの健康を考えてくれているのかね? と思いながら、日替わりのソースをぐるぐるまぜて、銀のスプーンで食べる。今日は緑だからキウイだ。この世界にはキウイがある。というか、すべての食べ物はあちらの世界と同じだから助かる。
 
 これでえたいの知れないゲテモノばかり出てくる世界だったら、おじさんはさらに痩せ細っていただろう。ただでさえ「あなたは痩せすぎだ」と夫で若き王様のジークに心配されているのだ。おじさんだって少しは食べて太ろうとする努力はしている。
 が、この歳になると栄養がありそうな肉とか脂っこいものは、たくさん食べると胃もたれするようになるのだ。若者よ、食べれるうちに揚げ物は心起きなく食べておけ。おじさんとの約束だぞ。

 ベッドで優雅な朝食をおえて、ざっとシャワーをあびて、黒いスーツに着替える。毎日同じ服に見えて実は毎日違う。別にコウジが頼んだ訳では無いが、自分専用のクローゼットルームに同じ白いシャツと黒いスーツが並んでいる光景を見たときに、ジークの奴は何着頼んだんだ? とクラリときたものだ。

 スーツもシャツも毎日衣装係のメイドがバリバリにアイロンをかけてくれるのだが、ケントンの手を借りてコウジが着たとたんに、どこかくたっ……とするのは仕様だ仕様。おじさんのスーツ姿はどこかくたびれているものなのだ。
 ケントンの手がきっちり締めてくれたネクタイに指一本入れて緩めるのもだ。執事の鑑はなにもいわないが、これでも儀式の日の儀典服の襟元は緩めたりしないのだから、許して欲しい。

 ぴっかぴっかに磨かれているのに、はいたとたんにくたびれた感じになる革靴で、てくてくと王宮の奥から表へと。自分の執務室に入る。
 大きな執務机に座れば、王配付きの秘書官に連れられて、武官二人が恭しく大きな箱を担いで持ってくる。

 今日はそういえば“その日”だったなと、空中より自分の魔道具である銃を取り出す。銃口の先を魔法の錠前の口に差し込んでひねれば、がちゃりと鍵が開いた。コウジにしか開けられない仕様だ。
 この箱は月の一日と十五日の日に王宮の正門前に置かれるものだ。そこには誰でも匿名で王配に伝えたいことを書いて出してよいことになっている。もちろん、箱には警備の兵士がついているから、投書した者達の姿は確認されているのだが。

 箱の中には手紙がこんもりとはいっている。一番上から順番に……なんて、コウジは手にとらない。そこは直感で目を通す。ハズレだったら、それは秘書官に処理をあずけて、また次に……だ。
 さて、一番目。ホルガング村からの訴えだ。王都まで乗り合い馬車で五日はかかる場所から、はるばるきたのか。もっとも王立で格安の乗合馬車が出来たのはジークの代になってからだ。以前なら徒歩で半月はかかっただろう。

 訴えは隣村との間に流れる川の漁業権についてだ。川の真ん中で分け合うとの決まりなのに、向こうがこちら側の魚を捕っていると。
 この手のもめ事はよくあることだ。そもそも魚には川の真ん中に線があるなんて関係なく、自由に移動するものだ。
 予感がして次の書状をとれば、それは隣のインリップ村からのものだ。こちらの訴えは逆でホルガングの者が自分達の魚を盗んでいると。

 些細な争いのように見えるが、ここまで訴えに来ているということは、それは大きな不満になっているということだ。へたをすれば村同士の暴力沙汰なんてことになりかねない。
 これは緊急案件だなと、二つの書状を手に執務室を出る。向かった先は王の執務室だ。

「……同時に訴えに来てるってことは、もしかしなくたって乗合馬車で一緒だったかもな。さぞやお互い苦虫をかみつぶしたような顔をしていたに違いないぜ」

 ジークの執務机の片端に腰掛けて、コウジは話す。最初「机は腰掛けではありませんよ」とジークに小言をいった王付の秘書官は、もはや達観した諦め顔だ。
 そもそもジークがコウジが自分の机に座っていることを気にしていないのだ。これで秘書官がいなければ、その腰に手をかけて引き寄せるぐらいだ。さすがに今は公務中なのでしないが。

「昔の判例に従うならば両村の間にまたがる川での漁を禁じて終わりだ」
「おいおい、もめ事の種をお上が取り上げて潰して終わりか?」

 ずいぶん乱暴な事なかれ主義だとコウジは呆れる。

「もちろん、私はそんな断はくださない」
「当たり前だ。そんなことをほざく王様なら、俺はこの王宮をとっとと出てる」
「城出は許さないぞ」
「……もうしねぇよ」

 ギロリと剃刀色の瞳でにらまれて、コウジは肩をすくませる。もう“あんな大騒ぎ”はゴメンだ。

「二つの村に川の漁業権を管理する、共同の組合を作らせる」
「それで捕れた魚は村同士では仲良く半分こってわけか? 外聞だけはよさげに見えるけどな」

 しかし、自分のほうが魚をたくさんとった、分け合った魚の数は公平でも、あちらのほうに大きい魚が多かったという不満は絶対に出る。
 公平な半分こというのはなかなか難しいのだ。
 ジークは「いや」と首を振る。

「魚は捕った者の取り分とする。余剰に捕れた魚を売る場合は、どちらの村においても同じ価格でというのが決まりだ」
「なるほどな」

 二つの村だか一つの組合ならば村の魚をとったとられたもない。捕れた魚は個人の働き分で、その売値は両方の村で共通の掟があればこれも公平だ。

「もしかして、この手のもめ事はお前のところにも持ち込まれているのか?」

 王配様の“目安箱”に訴えるより、各地の役人より王へとあがる報告のほうが、遥かに多いはずだ。村同士や街同士、領主同士のもめ事なんてのも多いだろう。

「あちこちでな。以前ならば、先に話した判例通りに問題を国がとりあげる形で終わりだった」
「しかし、それじゃ」
「そうだ、何もなくしてしまっては、それでは発展もない。今、話したのは解決方法のほんの一例だ。もっと複雑な“調整”がいるものもある」
「王様のお仕事はやっぱりお疲れでご苦労様だな」
「あなたがねぎらってくれるだけでいい」
「よしよし、ジークちゃん、よく出来まちたね」

 ふざけていったつもりだったが……。

「……なかなかにいいな」
「いいのかよ!」

 秘書官の寒い視線が痛い。



 ジークと結婚して王配となったあとも、コウジは「おじさんの何でもやります課」を続けるつもりだった。しかし、それを行政を司るコンラッドの参議筆頭を務めているシオンに一蹴されたのだった。

「コウジさん、いえ、王配陛下。あなた馬鹿なのですか?」
「おいおい、王配陛下といっておいて、馬鹿はないだろう?」
「王配陛下が“なんでもやります”って、それこそ陳情者が列をなして、あなたの執務室前に並ぶと思うけど?」

 コウジはそれを想像して「不味いのか?」とつぶやくと「不味いわよ!」と返された。

「しっかし、何にも仕事をしないのはなぁ」

 今までだって仕事らしい仕事もせずに、街を大半ぶらぶら歩いていただけと言われるかもしれないが。それはそれとして……だ。

「ならば“訴え箱”を作ればいい」

 ジークの提案に「訴え箱?」とコウジは聞き返す。それが月に二回、王配に伝えたいことを書状にしたたためて入れる箱を王宮の門の前に置くというものだった。匿名で誰でも自由に入れられると。

「しかし、人目はあるだろう?」
「匿名であろうとも王配に陳状するならば、それなりの居住まいは正してもらわねばな」
「イタズラ防止ってわけか。まあ、箱がゴミ箱代わりになっても俺も嫌だしな」

 箱を開けたらガマガエルが飛び出して来ました……なんてだ。いや、カエルは苦手じゃないが、顔面に張り付かれるのはあんまり。

「でも“訴え箱”ってのも、なんか本当に深刻な悩み事じゃないと、入れちゃいけない雰囲気だな。
 俺はもっと気楽にお手紙が欲しいぜ」

 それでコウジが箱につけた名前は「目安箱」。
 かの暴れん坊な将軍様にあやかってみた。
 くたびれたおじさんは暴れる元気はないけど。





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