85 / 120
どうも魔法少女(おじさん)です。【3】~魔王降臨!!おじさんの昔のオトコ!?~
【12】おじさんが寵姫!? その1
しおりを挟む放置されるか、やっぱりの地下牢コースで拷問でも受けるか。殺される……はないか。
「……あんたはまだ俺に利用価値があると思っているだろうからな」
コウジはナポレオンパイを一口食べる。挟まれた大粒のイチゴは甘酸っぱく、生クリームも遠くで香り高い酒の風味がする甘さ控えめのカスタードが絶品だ。くわえてパイは作りたてのパリパリ感が損なわれていない。まさしく絶品。
魔界にはナポレオンはいないだろうと、このイチゴのパイの名を自分のお世話係のメイド、リンベイに尋ねたら帝王のパイとのことだった。最上級の菓子にはどこの世界でも敬意を表して、こんな名前をつけるらしい。
で、場所はコウジの部屋のバルコニーにテーブルと椅子を出しての優雅な午後のティータイム。高みから見渡す景色は素晴らしくいいが、さすがに針の尖塔のてっぺんからのロッククライミングによる脱出は無謀かと諦めた。チッ! 残念。
いやいや、一度は試してみたのだ。茨の蔦模様が彫り込まれた石の欄干を飛び越えてみたものの、その下に足を引っかける場所がなくて、これはそれなりの装備がなければ無理かと、バルコニーにぶら下がってぶらぶらしていたらリンベイに見つかって悲鳴をあげられた。
リンベイの上司つうか、フィラースの側近だというデクスという顔色の悪い奴が出てきて「フィラース様のお手をわずらわすな」だなんだと、散々説教された。結局フィラースが来て「まったく、隙間があれば逃げ出そうとする、野良猫のようだな」と言われてバルコニーの柵から外に出られないように結界が張られた。ここからの脱出は不可能となった。再びのチッ!
それから毎日午後の茶の時間に、そのお忙しいはずの魔勇者様がコウジの部屋にやってくる。饗されるのはこの魔王城のパティシエが腕によりをかけた、極上の逸品。今日はナポレオンパイで、昨日はザッハトルテだった。いや、それはあっちの世界の名前で、こちらでは夢魔のケーキだったか、そんな名前だった。漆黒のチョコレートケーキには間違いない。たっぷりのクリームを添えて。これもうまかった。
で、コウジは放置か、地下牢の拷問行きかと思っていたのに、毎日、毎日、極上のスイーツを手にやって来る魔勇者様に「なんでだ?」と尋ねたわけだ。
「拷問など。お前が“その程度”で屈服するとは思えない。ますます、私への反抗心が強くなるだろうな。逆効果だ」
「当たってる。だからってうまいケーキぐらいで、俺の気を引こうなんて、甘いぜ」
コウジはナポレオンパイの最後の一切れを食べると熱いお茶をすすって、口の中をすっきりさせて立ち上がる。
バルコニーから部屋へと、フィラースのことなど構わず、チェストの上に積んであった本を一冊とると、それを床において広げて腕立て伏せをする。
「甘い物を食べてすぐに鍛錬か?」
「さして運動もしないで食っちゃ寝していたら、すぐに座敷豚の出来上がりだろうが」
「ダイエットに気をつかうとは、どこぞの姫君のようだな」
“姫”との言葉にコウジはページをめくる片腕腕立て伏せの姿勢から、かくりと前のめりになる。逆らうことなくそのまま床に突っ伏して、ごろりと仰向けになると今度は両手で本を持ちながら、腹筋を始める。
「あんたまで“姫”呼びは止めてくれよ」
「あの男はお前を普段から“姫”と呼ぶのか?」
あの男とは当然ジークのことだ。コウジは「だから止せって言ってる」と腹筋のみで上体を起こしながら。
「このおじさん捕まえて“姫”はないだろう。“姫”は。
それとも顔面偏差値の高い男ってのは、どこの世界でも、平気でさらりとキザったらしい言葉を口にするのか?」
「それで似合ってるのがシャクに触る」と言いながら、本を手にまた上体を持ち上げようとすると、男が覆い被さってきた。
「そんなに私とあの男は似ているか? お前に比べられると気に障るな」
「いんや、あんたは全然これっぽっちも、俺の可愛い王子様に似てないぜ」
口許を持ってる本で隠したのはなんとなくだ。まさかこの魔勇者様がおじさんの口に食いつくとは思わないが、それぐらい近かったので。
「まったく気紛れでそっけない、猫のようだな」
興が削がれたとばかりに男は立ち上がり、部屋を出て行った。
「……人を猫扱いするのも伊達男の特徴なのかねぇ」
あの四十五人の王子を作った恥知らず、もといフィルナンド王にも野良猫に例えられたことがあるな……とコウジは読書と腹筋を続けながら、ぼやいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
魔王城の長い廊下。名を呼ばれ振り向いて、デクスは内心で顔をしかめた。表情に出すことはないが。
「ガリオン、なにか用か?」
「用か? はないだろう。相変わらずお高く止まっているな」
ガリオンと呼ばれた大柄な魔族の男は、不敵に笑いながら大股でこちらにやってきた。
最近、軍のなかで台頭してきたもので、一兵卒から三番隊の黒狼旅団長まで成り上がった男だ。性格は粗暴で粗雑。ある意味、力こそすべてという魔族そのもののような男だ。
「それで、代行殿の寵姫の様子はどうなんだ?」
現在、魔界の実質上の支配者はフィラースであるが、彼は魔王ではなくその代行者ということで、この名で呼ばれている。
しかし、寵姫とは? とデクスが顔をしかめれば、ガリオンは下卑た笑いを見せて。
「東の塔のてっぺんにいる貧相な人間の男だよ。なのに代理殿はまるきりお姫様扱いだって話じゃないか。甘い菓子を料理人に作らせてよ、お忙しい身だってのに、毎日、足しげくお通いになってる」
「オスだっていうのに、よっぽど具合がいいのかね」と下品な笑い声さえたてる相手に、デクスはそのまゆをひそめる。
「フィラース様はそのようなお考えで、あの男を客人として遇しているわけではない」
「では、どのようなお考えなんだ?」
「…………」
実のところデクスにもそれはわからず沈黙する。それを「話せないってことは、あの噂は本当か」とガリオンは言う。
「噂?」
「塔の上の神子と交わると、力を得られるってな」
「馬鹿馬鹿しい。どこの誰がそんな噂を言いだしたか知らないが、あれは単なる異世界の男だ」
「そう異世界だ。代行殿と同じ世界から呼び出されたな」
「…………」
おそらくはフォートリオンとやらの世界においての、異世界から召喚される魔法少女と王子との関係を曲解した話が伝わったのだろう。それにあの男がフィラースと同じ世界からやってきて、なおかつ以前からの知人であったことも、噂話におひれがついたか。
「噂は噂だ」と言い捨ててデクスはその場をあとにした。
そのような噂が出回っていることと、ガレオンの性格からして警戒すべきだと、フィラースの耳にいれるべきか? とデクスは一瞬考えたが、しかし、止めた。
告げ口は彼の性格から好まないし、下卑た噂で敬愛するフィラースの耳を穢したくもない。
フィラースが魔王代行となってから、魔界は変わった。いまだ力への信奉と支配は続いているが、理不尽な略奪や死闘は禁じられて、それを犯せば魔族といえど厳しく罰せられる。
領土は次々と広がり新しく統合した異種族への秩序ある統治は、魔界に富をもたらした。身分に関係なく能力は評価され、デクスのような下級貴族の青年も、フィラースに取り立てられて側近となっている。
ガレオンのようなスラム出身のものが、這い上がってきたのも、そのおかげといえよう。だから奴が気に入らなくとも、その力は認めなければならないとデクスは思っている。
同時になんの力もないあの異世界人を、どうしてフィラースが丁重に扱っているのか?
嫉妬が無かったといえば嘘になる。
そして、ガレオンの不穏な言動と態度はデクスの胸の内で握りつぶされた。
160
お気に入りに追加
1,067
あなたにおすすめの小説
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて、やさしくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。
薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。
アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。
そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!!
え?
僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!?
※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。
色んな国の言葉をMIXさせています。
【完結】悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
本編完結しました!
時々おまけのお話を更新しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。