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どうも魔法少女(おじさん)です。【2】~聖女襲来!?~おじさんと王子様が結婚するって本当ですか!?
【7】王子様の家出
しおりを挟む昼食と兼用のような朝食のあとコウジは街へと出た。今日も今日とて気ままにほっつき歩く。なじみとなった古書店で目に付いた本を一冊買い、これもなじみとなった茶店の街路席にて、その本を開いて。
ちょっと後悔した。
内容はぱらっと読んだのだからわかっているハズだった。有名な詩人であり作家の私小説のようなもので、若き頃の“私”と歌姫との悲恋が描かれている。
とあるサロンで出会った私と歌姫はたちまち激しい恋に落ちる。男は歌姫との結婚を考えるが、貴族の身分ゆえに周囲の反対にあって泣く泣く別れる。
その頃には歌姫は死病にかかっていたのだが、それを私に隠して離れた。そして、まさにその死にゆく瞬間。駆けつけた私に手を取られて幸せに死んでいくのだ。
ストーリーだけ言えば、どこの陳腐なメロドラマだと思うが、これが名作家にして詩人の手に掛かると、美しい詩と巧みな文章で人々の紅涙を絞ること間違いのない名著ではある。
が。
コウジはこれで泣くような繊細な情緒は持ち合わせていない。まあ、詩は素晴らしいし、文章もうめぇ~なと思う。
だけど、どうして自分はこれを選んだ?といささか冷めた茶をすすりながら、しみじみ反省してしまった。
昨夜のことをひきずってる……とは言えなくもないか。しかし、この死に行く歌姫に同調して、なんてかわいそうなおじさん……なんてひたるほど、自分に酔ってはいない。
茶請けの干しイチジクの砂糖漬けを、がりがりかじっていたら、道ばたにうずくまってなにやら必死に探している青年の姿が目についた。
「どうした?」と声をかければ、大切なお守りを無くしたのだという。「姉さんからもらった形見なのに」という言葉にコウジも一緒に探していると、「コウジ様どうしました?」と茶店の主人に声をかけられた。
事情を話せば主人共々、手の空いている従業員まで探すのを手伝ってくれることになり、様子を見ていた店の客まで、総出でみんな地面を見出した。
小一時間ほどの騒動のあと、青年のウサギさんの形をした木彫りの人形は見つかり、彼は「ありがとうございます」と笑顔を見せて落着した。
コウジはいつものごとくひょいと片手をあげて、茶店をあとにした。
ちょいと早いか……と思いながら館に帰る途中で、その痩身の背中に、ちりちりとした視線が絡みつくのを感じる。振り返ることはしない。
────もう少し泳がせておくか……。
そろそろかな?とは思うのだが。
それより、今は王宮にて、相変わらずの鉄面皮で仕事しているだろう、年下の恋人のことが気になった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
その日の夕餉はコウジ一人で食べた。
これも初めてのことだ。
結局、寝る時間になってもジークは帰ってくることなく、コウジはさっさと寝台に入って寝た。
寝ずに待っているなんて健気なことはおじさんはしない。気になって眠れないなんてこともない。戦場帰りの精神は強靱で、寝られるとき寝なければ死に繋がると身体は知っているのだ。
安全地帯では熟睡する。だが危機となれば飛び起きる。
逆にいうなら危険じゃないものなら気にもとめない。
朝起きて、横にしっかり寝た形跡があるのを確認する。執事のケントンの声に昨日と同じ返事をして、朝の食堂へと向かう。
ケントンに訊けばジークは深夜に帰ってきてコウジのいる寝室に入り、朝早くに家を出て行ったのだという。
これは完全にコウジを避けている。いや寝てるおじさん抱えて寝たんだから、避けてはいないのか?ただし、起きてるおじさんと顔を合わせたくはないらしい。
「ガキかよ」と思わずつぶやけば、ケントンが食後の茶を出しながら。
「旦那様はおそらく本気のケンカをなされたことは、一度もないかと」
「誰とも?」
「はい、私ども使用人にも声を荒げたこともない。大変よい旦那様でらっしゃいますから」
「…………」
良い子である。そもそもジークの家庭環境を考えれば、母親を早くに亡くし、その母は王妃や他の愛妾達から憎まれていた。当然その子である他の王子達との付き合いだって、まったく無かっただろう。不遇の王子として他の貴族との交流だって稀薄だったはず。
たしかに本気でケンカを出来る相手などいない。
それから考えるとコウジにあれだけの激情をぶつけてきたのはすごい進歩で、さらには自分にそれだけ甘えているということなのか?
しかし、仲直りの方法はどうしたらいいかわからないらしい。
────くっそ可愛くないか?
今日も香り高くうまいケントンの茶をくびりと飲みながら、コウジは思った。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
本日も街をぶらつき、あちこちで話を聞いたあとに、あの古書店に寄って本を買った。当然恋愛小説は避けて手にとったのは「庭の造り方」。ガーデニングは趣味ではないが、読めればなんでもいい。
このおじさんなんと読書が趣味なのだ。乱読家と言っていい。読めりゃ、めるひぇんな童話から通販のカタログまで、なんでも読む。
そして、これも昨日の茶店にて、今回は朝が早かったんで昼を頼んだ。戦場では好き嫌いなど言える環境ではなかったので何でも食べる。だから頼まずとも本日のお勧めが出てくる。
今日はハードなパンに干し鱈をほぐしたものと、レタスにトマトが挟まれていた。王都ザーラはフォートリンのほぼ中央にあり海には近くない。川魚は新鮮なまま届くが、海の魚はたいがいが塩漬けか干したものだ。
マヨネーズに香草が混ぜてあって鱈の生臭さが消えて、なかなかにうまかった。
「ありがとうございます」の声にいつものごとく片手をあげて店を出る。支払いはまとめて屋敷に請求が行く。それは同じくなじみの古書店でもそうだ。
コウジはフォートリオンに来てから、財布を持ったことはない。すべて顔パス。あとでお屋敷へ……って貴族様がすごいのか、ジークの財力の信頼がすごいのか。両方だろう。まあ、金額は知らないがそんな高い買い物なんぞしたことはない。
午後は王宮へと。なんでもやる課の机に座るなり、シオンがやってきた。青年のモノ探しを手伝って、石畳の地面に四つん這いになるコウジの写し絵がでかでかと載った新聞片手にだ。いつのごとく自覚が足りないと、キィキィお説教された。
そこにマイアが「まあまあ」とお茶のワゴンをひいてくるのはいつものことだ。栗の焼き菓子は美味かったぞ、うん。
屋敷に帰るとやはりジークは遅くまで戻ることなく、朝まで目覚めることなく寝た。起きれば当然、横に寝た気配はあるが彼の姿はない。
これで丸二日ジークの顔を見ていないし、三日目に突入だ。コウジは朝食に出されたヨーグルトにベリーのトッピングのポリッジを口にしながら「どうしたもんかね」とつぶやいた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
コウジは午前中はまたふらふらと街を歩いた。
昼間もやってる酒場で臓物の煮込みを頼んで一杯火酒をひっかける。なにげない風で緑の軍服の元魔法騎士団員達は来なかったか?と訊けば親父は怒りを思い出した風に「一回で出入り禁止にしたよ」と言った。
「うちは色を売る店じゃないってのに、給仕の娘の尻を触ったんだ。怒鳴りつけてやったら、自分達を誰だと思ってると逆に開き直りやがった」
そこに憲兵が駆けつけて、彼らは逃げていったのだという。
ここは裏町ではない大通りに近い酒場だ。そこで騒ぎを起こしたから場末に流れていったらしい。
「背中に二度と来るな!と叫んでやりましたよ。そのうえに奴ら金も払わずに行きやがった」
「食い逃げか?」
それなら軍の取締の対象となるはずだとコウジは思うが。
「それがね。奴らが逃げたあとにフードで顔を隠した身なりの良い、どっかのお屋敷の従僕でしょう。それに金を積まれましてね。酒代以外にもわび料だとそれなりの金額で」
それで親父は訴え出なかったのだという。「ふうん」とコウジは返事して、添えられていたバゲットをかじる。ニンニクバターの風味がうまい。
昼下がりにコウジが足を向けたのは、あまり治安がよろしくない裏通りだ。
とはいえ真っ昼間の街路は閑散としている。夕刻になれば、そういう商売の女達がたたずむが今はその姿はない。
夜になってから出直そうか?と考える。とはいえ今日はあの王子様が夕飯までに帰って来なけりゃ、王宮まで乗り込むかと腹をくくる。執務室を急襲すればヤツも逃げられまい。
そこまで考えて裏通りから抜けようとしたところで、目の前に緑の軍服が二人立ちはだかった。後ろにも二人。
「ああ、ちょうど良かった」とコウジは慌てることなく、くわえ煙草をふかす。
「お前達に用があったんだ」
「奇遇だな。俺達もだぜ」
男の一人が口を開く。角張った顔をした大柄の男だ。
そこでコウジは二人の後ろにもう一人、緑の軍服とさらに娘がいることに気づいた。
娘ののど元には短剣の刃が当てられていて、彼女は蒼白で震えている。「魔法は使うなよ」とさらに大柄な男が口を開く。
「俺達は魔法騎士だ。気配でわかるし、その途端、娘の喉笛は切り裂くぜ」
「ついてきてもらおうか?」という男の言葉にコウジはうなずいて、彼らに囲まれて裏通りの奥へと消えた。
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