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【37】解かれる封印

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 長い長い夢にかけられた“封印”がほどけていく。
 まるで飾り紐がほどけて開いた箱から光り輝くものがあふれるように。



 たしかにそれは、光だった。



 一番最初に“会った”のはそう。あの糸杉の庭。
 当時宦官長だったベルガンに不当に扱われて、師父のことを侮辱されて反撃した。
 彼の振り上げた木剣は、黒い漆塗りに銀の装飾の鞘に受けとめられていた。他の王子達や高官、そしてこの宦官長の腰の飾りのようにゴテゴテした宝石など付いていない。戦う為の剣で。

「これが木の剣でなかったら、お前の首はとっくの昔にとんでいたぞ」

 ラドゥは自分をかばってくれた相手をぽかんと見た。王族の男子を表す白いターバンからこぼれる銀の髪は、獅子のたてがみのようだ。その横顔は古代ゼピュロスの神像のように完璧に整っている。黄金の光沢を持つ褐色の肌に、そのたくましい長身を包む蒼と銀のゆったりしたカフタン。

 なにより、自分を真っ直ぐに見た紺碧の瞳には……。
 そこにはラドゥを見て、誰もが第一に向ける、嫌悪や侮蔑や同情がまったくなかった。



 剣の師範は結局交替となり、シニチェリよりまともな教師がやってきた。教師はラドゥの剣の型の歪みを指摘しながらも「戦では死体となればすべて終わりだ」ともはっきり言った。手合わせにおいても、ラドゥは初めて正当に評価された。



「朝の鍛錬か?」

 ラドゥが朝の人気のない糸杉の庭の一角で、剣を振るっていると声をかけられた。
 師父に不格好な木剣を作ってもらってから、たしかにこれはラドゥの習慣だった。剣を百度、本気で汗をかくほど振るう。
 声をかけてきたのは、あの銀の髪の王子だった。人質となって一年、姿を見ることがなかったのは、彼が戦地に行っていたからだと。
 無敗の銀獅子とその頃にはすでにもう彼は呼ばれていた。そして、玉座からもっとも遠く、その輝かしい戦歴がますほど、本当は彼の死を旧宮殿に住まうお方は望んでいると宦官や小姓達が噂しているのを耳にしていた。
 旧宮殿に住まう方とは、すなわち当時は母后だったサフィエだ。
 とはいえ、どのような不遇に置かれていようとも帝国の王子は王子。それがこんな末端の人質になんの用か? とラドゥは、彼をじろじろ見た。

「なんだ? 私の顔になにかついているか?」
「あまりに整っているから、本当に生きている人間か? と思ったのだ」

 その言葉にアジーズは「はは」と楽しそうに笑い。

「私は生きているぞ。ほら」

 とラドゥの手をとって、自分の頬に触れさせたのにビックリした。反射的その手を引っ込めてしまう。

「あ、あんたは平気なのか?」

 動揺に思わず口ごもるラドゥに「なにがだ?」とアジーズが訊ねる。

「俺が触れると、みんな“穢れる”という。モノでも人でも……」

 ラドゥは自分の手を握りしめる。そこにも黒い蛇が絡みつくような炎の痣が蠢いていた。その手を大きな手が包み込むように握りしめるのに大きな紫の瞳を見開いた。

「どうして、この手が穢れている? 私は触れても痛みもなにも感じない。ただ温かいぞ」
「…………」

 何を言ったらいいのかわからないラドゥに、アジードは「私も少し汗を流したい。手合わせを頼めるか?」と言った。
 木剣を重ねあうがアジーズのほうが遥かに強いことはわかった。ラドゥはがむしゃらに打ち込んだが、すべてするりと避けられてしまう。
 ハアハア……と最後には肩で息をしていると「捨て駒の戦法だな」と言われて、むっとする。

「俺は斬られたって死なない」
「お前は死なないが、お前の率いている部下はどうなる? お前は将来は王となり兵を率いる。そのとき、お前が手足を傷つけられて、すぐに再生するとはいえ、一瞬でも動きが鈍れば周りの兵はお前をかばう肉の盾とならねばらない」

 ラドゥは死なないが、率いる兵は死ぬと言うわけだ。その言葉にラドゥは少し考えた。

「俺は傷を負ってもいいが、兵が傷を負うのは損失だ。戦において損害は少しでも少ないほうがいい」
「お前は賢いな。そうだ。勝利の為に犠牲などいくらでも払っていいなどいう、将は愚か者以外のなにものでもない」

 「「弱ったところに別の国が戦を仕掛けてきたらどうする?」」と二人の声が重なり、二人は顔を見合わせ笑いあった。

「では“王者の剣”とはどういうものなのだ? 常勝の銀獅子殿よ」
「お前の場合はまず型を学ぶことだ。先人が生み出した型というのは、それが最も効率のよい動きであり、攻撃であり守りだからだ。それは己の傷を防ぐことになる」
「わかった」

 その助言にうなずき、ラドゥは真面目に型に取り組んだ。シニチェリからやってくる剣の教師からも、動きに無駄はなくなったと褒められ、手合わせでは負け無しとなった。
 逆に宝石で着飾った小姓達は、たるんでいる、鍛錬が足りないとたびたび叱責を受けていた。宦官長が指導していた頃は、いつもえこひいきをされていた小姓達は陰で何事かぶつぶつ言っているようだったが、ラドゥは気にしなかった。あんな女よりも腐っているもの。

 銀獅子は毎朝来るわけではなかったが、ラドゥが鍛錬していると現れて、正しい型や手合わせを幾度かした。「よくなった」と言われて、教師に褒められたときよりラドゥは嬉しかった。
 嬉しい……とそんな気持ちになるのは、この糸杉の庭にきて初めてだった。





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