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【17】村の悪ガキ

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 ラドゥは生まれた頃の記憶はない。
 赤子だったのだから、無くて当然だ。
 ただロマの魔女の呪いによって醜く生まれ、殺しても死なない“我が子”を父王は荒野にうち捨てたと。

 これはラドゥでなくとも、ウラキュアの民の全員が知っている話だ。

 そんなラドゥを拾ったのが師父だ。ラドゥが捨てられた国の外れの村の荒野に暮らす修道僧で、元は流れ者の傭兵だったという変わり種。
 赤ん坊だったラドゥを近所の村から山羊の乳を請うて育て上げた。
 師父はラドゥを世間から“隠す”ことなく育てた。
 彼に連れられて近隣の村に行けば、近所の子供達は自分を「化け物」「捨て子」とはやし立てた。あげく師父が自分から離れたときを狙って、追いかけ回し殴る蹴る。
 暴力を振るわれたところで傷は治るが、しかし、痛いことは痛い。心ない言葉を投げつけられれば腹も立つ。
 師父はそれがお前が生きていく世界だと告げた。

「ひとつ神の教えの慈悲を説いたところで、大半の人間は聖人様じゃねぇからな。お前の外見だけで判断し、化け物と罵る。あの村のガキだけじゃなく、世の中の大半がお前をそう見るだろう。
 だからといって卑屈にはけしてなるな。お前がお前である限り、その魂の誇りは失わない。ただ、上っ面一枚、人と変わっているからって、自分を他の者より下に置くことはない。自分が自分を信じなくてどうする?」

 師父は生真面目な顔で言っておいて、イタズラっぽく笑い「それでも悪ガキ共に対抗する手段は必要だな」とラドゥに傭兵のケンカ殺法と、彼が不器用に削り出した木剣を一つ与えてくれた。「剣の一つも持たなきゃな。お前は王子様だからな」と言って。
 それからラドゥは腰に巻き付けた荒縄に、その木剣をさすようになった。

「やい、化け物が来た!」
「腰になんかさしてるぞ」
「騎士様のつもりかよ。王様にも捨てられた、いらない子のクセして!」

 村に行き、師父が大人達の用事で離れているあいだに、さっそく村の悪ガキ共がラドゥの周りを取り囲んだ。
 ラドゥは無言だ。にわとり並の頭しか持たないこいつらに反論したところで、こちらの言葉など聞かずに、ただ「化け物!」「捨て子!」と繰り返すだけだろう。コケコケという鳴き声と一緒だ。
 しかし、今日はなかなか手や足が出て来ない。ラドゥの腰の不格好な木剣が、それでも牽制になったのだろうか? 

 だが、悪ガキ達は最悪の手を思いついた。子供だからこその考え無しというべきか、残酷さといおうか。直接殴る蹴るが出来ないならと、地面に転がる石を拾って投げたのだ。
 一人だけならば避けることも出来るが、五人から同時に四方八方から「化け物!」「消えろ!」などという声ともに、飛んできた石はラドゥの腕や足、そして。

 額に当たった。

 こめかみを強打されて一瞬めまいがした。包帯におおわれた、そこからじわりと血がにじむが、痛みはすぐに引いて血が止まる。「やっぱり化け物だ!」なんて、ゲラゲラと笑う声にラドゥの中でなにかがはじけた。
 師父が戦い方を教えてくれたときに言った。

「お前からは手を出すな。逃げられるなら逃げたって構わねぇ。ただし、向こうから手を出してきて、どうしても戦わなきゃならないときは、遠慮なく叩きつぶせ」

 「ただし、殺すなよ」とまあ、笑えない冗談付きであったが。
 ラドゥは腰の木剣を抜いて、悪ガキ共を率いている一番大柄な少年の足下を、横薙ぎに払った。彼は当然みごとにスッ転ぶ。そして、その横腹を軽く蹴って仰向けからうつ伏せにしてやると、その尻をぴしりと打ってやった。
 「ひいっ!」と豚みたいな鳴き声をあげたそいつに、少しは気が晴れた。「このっ!」と仲間を見捨てずに殴りかかってきた気概ある子供二人の、手や足を素早く打ち据える。
 地面に這いつくばった子供が四つ足で這いずるように逃げだせば、他の子供も四方八方へと逃げた。

 しかし、ことは子供同士のケンカで終わらなかった。

 子供達の親が、師父へと苦情をいれたのだ。村長も立ち合って「困りますよ」「その“不吉な”子供は村にもう連れてこないでください」と彼らは口々にいった。
 辺境の村にはひとつ神の教会はあったが、その祭事を行う神父はおらず、荒れ野に住む師父が代わってやっていた。彼らからすると師父には来て欲しいが、不気味な“王の捨て子の化け物”は村へは連れてきて欲しくないと、前々から思っていたらしい。
 師父は「うちの坊主がそっちの小僧共に手をあげたことは謝る」と言った。「ひとつ神の教えに暴力は反するからな」と断り。

「しかし、以前からそちらの悪ガキ共のほうも、五人でうちの坊主を『化け物』とはやしたてて殴る蹴るしていたようじゃないか?」

 言外に師父が小さな村なんだから、子供達のもめ事でもうすうすは気付いていただろう? と親達をみれば、彼らは決まり悪そうに身じろぎする。
 「そりゃ、その子供が不気味だから……」と言った一人の父親に師父は「ほう、だから殴っていいとあんたは自分の子供に教えたのか?」と訊ねれば、父親は「そ、そんなことは」とごにょごにょと口ごもる。

「それにしたってやりすぎだ! うちの子供はすねを打たれて青あざを作ったうえに、尻も真っ赤に腫れあがっているんだぞ!」

 そう大きな声をあげた男は、あの大柄な豚……もとい、悪ガキ共を率いる子供の親なのだろう。たしかに、横に幅が広い身体の大きさは似ている。
 それに師父はラドゥを見て「今日はなにをされた?」と訊ねる。

「石を投げられた。頭に当たった。俺だったから死なないが、他の者なら死んでいた」

 ラドゥは正直に答えた。他の四人の父親は息をのみ、村長も「それはやりすぎだな……」と苦虫をかみつぶしたような顔になる。

「手や足が出るような悪ガキ共のケンカならば、よくあることと大目に見るが、石が頭に当たれば大人だって死ぬぞ。度が過ぎている」
「そんな村長! こんな化け物の言うことを信用するんですか!」
「外見だけで、あんたは相手が嘘をついていると判断するのか? 自分の子供が醜かったら、その子供の言うことはすべて嘘だと、あんたは取り合わないのか?」

 いつもどこか達観した口調だった師父が、厳しい声を上げるのをラドゥさえ初めてきいた。村人達も硬直し、言われた子供の父は「そんなつもりじゃ……」と反論する。だが師父は「そういうことだ」と切り捨てるように言った。

「ただ外見が人とは違う。それだけであんたはうちの坊主を嘘つきと決めつけた。だから、あんた達の息子達は、“同じ子供”に石を投げつけたんだ」

 悪ガキ共を率いていた大柄な子供の父親は、何回か口を開閉させたあとに「……すまない」と絞り出すような声で言う。だが、師父はそれさえも「あんたが謝ったって仕方ない」とこれまた切り捨てる。

「それよりも子供達に二度と“石打ち”なんてさせないように、あんたらが言って聞かせることだ。
 開祖様もこうおっしゃっているぞ。『己に罪なきと思える者だけが、この者に石を投げろ』とな」

 “石打ち”という言葉に、父親達だけでなく、村長までが息を呑む。罪人をさらし者にし民に死ぬまで石を投げさせる。そんな残酷な処刑方法と同じだと師父は言ったのだ。
 たしかに子供の悪ふざけですませられるものではない。そのうえで師父はひとつ神の教えを説いた開祖の言葉を口にした。その逸話は厳格な法が行き過ぎた街で貧しい子供がパンをたった一つ盗んだ。それだけで石打の極刑の沙汰を下した街の人々に、開祖が告げた言葉だ。
 生まれてから何一つ法を犯していないと思う者だけが、この少年に石を投げなさい……と。
 結局、厳しい法を守って暮らしていたはずの街の人々の誰一人として、少年に石を投げることは出来なかった。

「それでお前はガキ共に謝ってほしいのか?」

 青い顔をしたままの男達をそのままに師父が、ラドゥに聞いた。大人達だけで話をつけてもいいのに、子供のラドゥの意見も聞いてくれる。師父はそういう人だ。
 「いらない」とラドゥはそっけなく答えた。「いいのか?」と師父は訊く。

「謝られて許せとあんたもいうのか?」
「ひとつ神の教えではそうだな」

 「だから受け入れろ」とは師父は言わない。
 これは“自分の頭で考えろ”ということだ。

「謝られたところで俺はすっきりしない。あいつらは俺を殴る蹴るして、石を投げて笑い転げて楽しそうだったけどな」

 「なんて子供だ……」とあの大柄な少年の父親が吐き捨てるようにつぶやいた。それを聞かないフリをして師父が「これで手打ちだ」と言って話は終わった。





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