みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される

志麻友紀

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【16】ハマム※

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「ああ、そういえば一つしかなかったな」

 浴場の中央には大理石の寝台のようなものが置かれていた。ラドゥを抱いたままアジーズはその大理石に腰を下ろした。当然のようにラドゥを自分の膝の上に置く。

「今日はこれでよいだろう。始めてくれ」

 後ろからついてきて宦官達や、侍女達の手が伸びてきて薔薇の匂いがするシャボンで全身洗われた。
 ラドゥが身じろぎすると「大人しくな」と幼い子供でもあやすように、後ろから自分の腹に腕を回したアジーズの声が響く。首筋にかかる息もくすぐったいのだと、文句を言いたい。

 このハレムに“封じられて”から、ハマムは毎日のように使っているというより、放り込まれていると言ったほうがよい。ラドゥに与えられた室の一角にも、これよりもこぢんまりとした、いかにも女性用の薔薇色のモザイクタイルと大理石のハマムがあり、そこで毎日のように侍女達に“磨かれて”いた。
 石の大理石の寝台の使い方ももう知っている。そこに横たわれば、侍女達の手で綺麗に洗われるだけでなく、全身もみほぐされるのだ。肌には薔薇水を髪やツメにも香油が塗り込められた。
 「爪を伸ばされては?」との侍女の言葉には首をふった。それでは剣が握りにくくなる。このハレムの女達のように爪先まで飾り立てるつもりなどない。
 「どうせすぐに飽きられて、ここから地下牢に放り込まれるだろうからな」と告げたら、彼女達は戸惑ったような顔をして「せめて、爪をお染めに……」と言われたので、それは「勝手にしろ」と告げた。

 だから、今のラドゥの手入れされた爪は、つやつやと薄紅色に輝いている。

 「お前のための湯殿の台もすぐに用意させよう」とラドゥを膝に抱いたアジーズは、機嫌よさげにラドゥの濡れた金色の髪へ指を絡めては、するりとほどける、その感触を楽しんでいる。
 その間も宦官達の手はアジーズの身体を、侍女達の手はラドゥを清めていく。きっちり区分が決まっているかのように、触れないのはさすがと言えるが。
 薔薇のシャボンが落とされた二人の身体にはまた、あらたな湯着が着せかけられた。風呂に入るだけで二枚も絹のガウンを使うとは……贅沢だとはラドゥはもう考えるのはやめた。これが帝国の王侯の暮らしというものだろう。

 さて、それがいつ真っ逆さまになって地下牢に放り込まれるやら……と思っていたら、また抱きあげられて、今度こそ大理石の浴槽に入っていた。
 人が十人は入れそうな広い浴槽だというのに、ラドゥの場所は当然のように、アジーズの膝の上だ。
 いや、これは当然ではないだろうと思いつつ、この帝王に逆らうことはしない。なにしろウラキュアの民全員が人質に取られているようなものだ。
 自分が死んだら、民を殺し、あの地を不毛とするなど……馬鹿馬鹿しい戯言と思うが。

 しかし、それでも湯を浴びるのはよいと、目を細めれば、金の髪をゆっくりと撫でられて「ハマムは気に入っているようだな」と言われた。

「ああ、この馬鹿馬鹿しい場所にきて、唯一良いと思ったな」
「お前は以前、この宮殿にいただろう? ならば……」

 アジーズのその先の言いたいことはわかった。自分は人質としてこの宮殿で暮らしていた。当然、人質の王子達が集められた糸杉の庭にも共同のハマムがあった。彼らにあてがわれた宦官の召使いが付き従い、ハマムにおいても先ほど自分達が身体を洗われたように、世話を受けていたはずだ。
 しかし、ラドゥにはその召使いは一人もつけられなかった。そのうえ。

「俺がハマムを使うことは、宦官長より禁じられていた。どんな病気がうつるかわからないとな」
「それは……」

 アジーズが絶句するのに、ラドゥは鼻でふんと笑う。この程度の言葉では自分はとっくの昔に傷付きはしなくなっていた。
 とはいえ、それと受けた屈辱は別であったが。
 ある朝、宦官長の寝台に無毒ではあるが大きな蛇が放り込まれていたことがあり、大騒ぎとなった。宦官長は顔を赤黒くして怒ったが、最後まで犯人はわからずじまいだった。
 思い出し笑いをしながらラドゥは「別に不便はなかったぞ」と続ける。

「国にいた頃と同じだ。毎朝、川で行水するのが井戸水に変わっただけでな」

 西の大陸の野蛮人の風習だと、宦官達や人質の王子に小姓達もラドゥの姿に笑っていたが、気にしなかった。
 その身を飾り立てることなどはしなくていいが、身体を清潔に保つことは師父の教えの一つだ。

「頭や身体がかゆけりゃ、イライラするだろうが」

 たしかに身体の清浄は精神の衛生にも繋がることだ。それに師父がもう一つ言いたかったことは今ならわかる。
 いくら醜くとも、我が身を構わず不浄であることがよいわけはない。自分だけでも、己の身は不浄ではないとわかっていればよい。
 ラドゥが不遇の容姿に生まれながらも、それでも自分は他者より劣っているのだと考えるような卑屈な人間にならなかったのは、師父のおかげだ。
 彼はラドゥに己を差別する人々がいる厳しい現実を教えた上で、それでもなお、お前がお前を失わず、誇り高く生きていけと教えてくれた。

 だから、この宮殿での人質生活も耐えられた。いいや、簡素な部屋でも寝起きする寝台があり、食事にも困ることはなかったのだから、耐えるも耐えないもラドゥにはなかった。それに、様々な知識を得られたことは我が身にとって利だったと思っている。

「すまない」

 いきなり謝られて、ラドゥはその紫の瞳を見開いた。この帝王が謝るなど。

「お前の置かれた状況がそこまでとは、私は知らなかった」
「なにをわからないことを言っている? 俺とあんたは会ったことが無かったんだから、知らなくて当然……」

 その頃あんたは戦地に行っていた……という言葉は、アジーズの唇に塞がれた。

「ん…ぅ……」

 肉厚の舌を拒むことなく受け入れる。舌がからまりあい、ぬるりとすり合わされる感触に、ぞくりと尾てい骨のあたりから妖しいしびれがはしる。
 もう、アジーズには何度も抱かれた。初めの日より、毎夜、彼はやってきてはラドゥを腕に抱いて眠る。
 ラドゥに触れる手は、初めの時からいつも苦痛など欠片もあたえることなく、優しい。
 優しい……? と考えた自分にラドゥは笑ってしまう。いくら痛みはなかったとはいえ、合意のない行為に優しいもなにもないだろう? と。

「あ……っ!」

 よそ事を考えるなとばかり、胸で遊んでいた男の唇にとがりに軽く歯を立てられて、その疼痛に声をあげる。

「ここですっかり感じるようになったな。ここだけで気をやれるか?」
「馬鹿な……ことっ!」

 思わず下をみれば、自分の薄い胸に舌を這わせる男の端正な顔が見えた。高い鼻の向こうに、木の実のように真っ赤にうれた自分の乳首が、男の唾液でてらてらと光っていて、あまりの淫靡さに目元を染めて視線を逸らす。

「もう、何度も私の腕に抱かれて、馴染んだと思ったが、こうして恥じらうか?」

 するりと長い指が伸びて、顎をとらえられる。紺碧の瞳には愉悦と隠しきれない興奮の熱があって、ラドゥも魅入られたように視線をそらせない。
 海の色と菫の色の瞳の熱が絡み合う。

「まあ、そこが愛らしい」
「馬鹿なこと……うんっ!」

 唇が再び重なる。絡み合う舌と、混ざり合った唾液をこくりと呑み干す。銀の糸を引いて離れる。

「ここも、可愛らしく健気に頭をもたげている」
「なっ……あ……!」

 足の間、たしかに口づけと胸への刺激だけで、ゆるりと反応していた、ラドゥの雄芯がアジーズの長い指に捕らえられる。

「初心な色だ。まるで花開く前の薔薇の蕾のようだな」
「そ、そこのどこが……やっ…やめっ!」

 本当になんという例えをするのか。

「さ、さっきから……あんた、おかし……」
「どこがおかしい?」
「俺が美しいだの、花だの……」
「本当のことだ」
「上っ面一枚のこと……だろう?」

 「皮をはがせば、同じ……しゃれこう……べだ……」とせめてもの憎まれ口を叩いてやる。

「私は外見だけでなく、中身のことも言っている。ここにある、魂のな」
「は…ぁ……」

 ちゅっと薄い胸の中央に口づけられる。そして、膝の上にあった身体を軽々と持ち上げて、浴槽の縁に腰掛けさせられた。
 長い指で散々いじって蜜をこぼす雄心を、アジーズはためらいも見せずに唇へと招きいれる。

「なっ…あっ……よせ…っ……!」

 そのような行為があることをラドゥは、兵士達の下世話な話から聞いていた。しかし、それは商売女が奉仕するためにやることだと思っていた。
 少なくとも帝王と呼ばれているような人物が、虜囚にすることではない。
 「やだ」と「放せ」を繰り返し、その銀の髪をひっぱりさえしたが、端正な唇は離してくれない。

「よせ…っ……! ばか…ぁ! 出るっ……!」

 出ると言ったのに、端正な唇は離れてくれず、引き剥がそうとして伸ばした両手には与えられる快楽に力がはいらなかった。そして、心ならずもアジーズの口に吐き出す。

「出る……と言った……っ!」

 顔をあげてこちらを見上げた男を潤んだ瞳でにらみつける。信じられないことに、その喉のおうとつが動いて呑み込んだことがわかった。口の端からこぼれた己の白いものが、褐色の肌にこびりついてやけに扇情的だ。

「飲むなど……正気か?」

 強い快感の余韻に震える指をのばして、男の口許をぬぐってやれば、さらに信じられないことにぱくりとその指をくわえられた。
 自分の細く白い指に男の赤い舌がからまるのに、先ほどまで己自身に、この舌が絡んでいたのだと思い起こす。かあっと頬をそめたラドゥは、思わずその手を引っ込めれば男が微笑む。

「お前の蜜だ。一滴たりともこぼすつもりはない」
「馬鹿なことを」
「甘いぞ」
「本当に気でも狂ったのか? ひゃ…あ!」

 悲鳴というより嬌声を上げてしまったのは、いつのまにやら、最奥の蕾に含まされていた指を動かされたからだ。それも三本。茉莉花の香油の甘いそれが鼻をかすめる。
 口で愛撫されなから、後ろも同時にいじられていたのだ。どうしてここに香油が……と思うが、それはラドゥが甘い声をあげているあいだ、気配もなく静かにやってきた宦官が置いていったものだ。ラドゥが気付いていたなら、たとえ相手が召使いとはいえ、恥辱のあまりに激怒していただろう。恥辱に泣くのではなく怒るのが彼だ。

 とはいえ、今はそれさえも知らずに、アジーズの長い指に翻弄され、あえぐばかりだ。その指も抜き取られて、物足りないとひくつくほころんだ蕾に、熱い男根の先が押し当てられる。一気に貫かれて、のけぞった白く細い身体。赤い唇からあがったのは悲鳴ではなく、甘い嬌声。それが黄金のドームの天井に反響する。

「はっ! あっ!」
「良い声だ。もっとさえずれ」
「んぁ…あ…や、やだ……」
「やだではない。お前は、ここが良いのだ」
「ん……んっ…あ……ふぁっ…い……いい?」
「そう、イイだ。啼けばもっとしてやる」
「ひぅ…ん…そ、そ…こ……い、イイ……もっと……」
「覚えが良い。お前は“昔から”よい生徒だ」

 男の言っていることなどほとんど理解出来ず。ただちゃぷちゃぷとゆれるお湯と、反響する己の嬌声と。広い背中にしがみついて、教えられずとも腰を揺らしあえぐ、ラドゥだった。



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