みにくい凶王は帝王の鳥籠【ハレム】で溺愛される

志麻友紀

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【14】あんたが教えろ

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 剣の握りかたも、“ケンカのやり方”を教えてくれたのも、荒野に捨てられたラドゥを拾った師父だ。

 黒染めの粗末な衣に腰には荒縄という、修道僧の姿をしていながら、元は傭兵あがりという変わった人だった。
 ひとつ神の教えでは隣人への暴力は禁止しているというのに「お前が生きていくのには“必要”だからな」と教えてくれた。
 だからラドゥの剣は本来の王侯が使うような正統なものではない。傭兵崩れのケンカ殺法だ。
 王侯が習うような、お上品な剣術など、この帝国の宮殿にて“習った”ものだ。

 人質の価値のない不遇の王子であっても、帝国は他の人質の王子や将来有望な小姓の少年たちとともに、教育を施してくれた。その点には感謝している。
 今、ラドゥがさらっているカタは、帝国で教えられた剣術だ。師父の崩れた剣のカタが染みついていたラドゥに「醜い外見同様に、戦い方も無様なものだ」と帝国の剣の教師は他の王子達と一緒に冷笑した。

「自己流になっているな」

 いきなり背後から声をかけられて振り返れば、アジーズの長身が回廊のアーチから現れたのが見えた。今日の装いは帝都に沈む夕日のような赤みがかった黄金のものだ。ゆったりと歩み寄るなびく裾も堂々と、頭にまかれたターバンからこぼれる銀糸は獅子のたてがみのよう。
 作法ではターバンの中にすべての髪をおさめるのが正しいらしいが、常勝の銀獅子であるアジーズにならって、若者のあいだでは髪を垂らすのが流行っており、礼儀にうるさいお堅い連中が顔をしかめているのを“見た”ことがある。
 はて? とラドゥは菫の大きな目をひとつしばたかせた。それをどこで“見た”のか? 自分はたしかにこのハレムの片隅で人質としていたが、この銀獅子には会ったことはない。

 彼は常に“戦地”にいたからだ。

 十三で成人の儀を終えてすぐに初陣を果たした彼は、そのときにはもうすでに銀獅子と呼ばれていた。東方の属州の総督が起こした叛乱を鎮圧し、その次には南方の穀倉地帯を帝国領とするため。

 戦地から戦地へと。
 まるで捨て駒のように。

 いや、実際初めはそうだったのだ。十三歳で初陣とは誉れのように聞こえるが、同世代の他の二王子はラドゥに首をとられるまで戦に出たこともなかった。黄金の宮殿の中でぬくぬくといたのだ。
 それを彼だけ十三歳で戦に出されるとは、しかも叛乱を起こしたのは元はシニチェリの手練れの軍人あがりの総督。これは“死ね”と言っているようなものだ。
 しかも、つけられたのはその当時は“最弱”と言われていた黒のシニチェリの軍団。
 だが、若き銀獅子は叛逆者である総督の首を手に戻ってきてしまった。
 彼にはすぐに別の戦地に行くように命が出された。

 転戦に次ぐ転戦。

 そのいずれの戦においても、彼は勝ち、最弱と言われていた黒のシニチェリは最強と謳われるまでになっていた。
 それでもなお、彼は玉座からもっとも遠い王子と言われ続けた。
 その彼がターバンからこぼれた銀のたてがみのような髪をなびかせて歩く、少し若い姿をラドゥは見たことがある。

「常勝の銀獅子にして、若くしてあれだけの戦歴を誇りながら、普段は穏やかな貴公子の唯一の欠点だな」
「あの“悪癖”を帝都の若い者達まで真似しているというではないか?」

 そんな風に頭の固い大人達がささやきあっているのも聞いた。
 いや、そんなはずはない。
 自分がこの宮殿にいたとき、彼には一度も会ったことはないからだ。

「こう握る」

 そんな“ないはずの記憶”を探っていると、アジーズに後ろから抱かれるようにして、剣の握りを直されていた。
 物思いに囚われていたとはいえ、こうも簡単に後ろをとられるなど……とラドゥは内心で舌打ちした。少し離れた場所に立っているピエールは面白そうにこちらを見ている。稽古の相手だった自分はお役御免と言いたいのか? まったくあとで、覚えていろよ!

「崩れた型は身体に負担がかかり怪我も増える。今のお前の身体には正しい型で戦うことを覚えたほうがいい」

 耳元で聞こえる低い声に、また、頭のおくの無いはずの記憶の泉がゆらりと揺らいだようだった。そこから蘇る同じ意味の言葉。同じ声。

『傷ついても構わぬという戦い方だな。だが、いくらすぐに傷が治るとはいえ、そのあいだにわずかな時間がとられる。動きにも無駄が多い。
 敵をすみやかに葬りたいと思うならば、正しい型も学んでおくべきだ』

 たしかにあの頃の自分はいくらでも傷ついても死ぬことはないと、防御など無視した戦い方をしていた。
 だが、それが“不効率”だと指摘されて、正しい型も学び、相変わらず自己流は残っていたが無駄のない動きにはなった。
 あれは誰の言葉だったのか? 今、自分の耳元で話している男ではないはずだ。
 この宮殿で意味の無い人質だったラドゥは、アジーズに会ったことはないはずだからだ。

「聞いているのか?」

 耳元で再び声がして我に返る。これが正しい握り方だとばかりに、男の大きな手が自分の小さな手を包み込んでいる。いや、自分だって男なのに、この体格の差はなんだ? と腹が立ってくる。
 その苛立ちのままにラドゥは自分を後ろから抱きかかえる男を振り返って言った。

「なら、あんたが正しい型とやらを教えろ」






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