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【13】稽古にもお着替え

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 とはいえ、鳥籠【ハレム】の中にただいるのでは、退屈もする。黙っていれば、美味なる食事に、あいまの茶に茶菓子など摘まんでいれば、身体に余分な肉もつくし、動かさねば身体も鈍ってしまう。

「太るって……俺はご婦人にはほどよく肉がついていたほうが好きですけどね」

 少し後ろを歩くピエールに「お前の女の好みは聞いていない」とラドゥは返す。回廊に並ぶ丸いアーチのひとつを抜けて、中庭へと出れば南国の強い日差しはなく柔らかい。
 上をみれば薄い日よけの布が噴水の中庭を囲む回廊の建物の間に渡されている。

「日差しはお方様の白いお肌の大敵ですからな」

 ムクタムが、相変わらず卵のような丸い身体を跳ねさせるようにやって来て、ほうほうと笑う。
 別に“鍛錬”できれば構わないのでラドゥは、ピエールを振り返り「やるぞ」と声をかけた。
 身体が鈍るからピエール相手に剣を合わせたいとムクタムに言えば「刃物は危ないので“当分”お渡しするなとの陛下のお言葉で、これを」と剣代わりの棒を渡された。
 “当分”ということは、様子を見ていずれ本物の剣でもくれるのか? と言いたかった。玻璃の小瓶で自分が腕を切ったのが、そんなに気になるのか? と思ったが。
 あのときも、ただこの身が不死でなくなったのか知りたかっただけで、別に死ぬ気などなかったのに。

 本物の剣でなくとも鍛錬は出来ると、戦うのには不向きな、袖口の広がっている女物のカフタンを脱ぎ捨てて、下の絹のシャツとシャルワールと言われるゆったりしたズボン一枚となれば、侍女達が慌てて「お稽古ならばこちらを」と男物のように袖が筒のようにすぼまっている、膝丈ほどのカフタンを着せられた。動きやすいのなら別になんでもかまわない。色が赤で胸元には黄金の薔薇の刺繍がされているのはともかく。
 垂らしたままの長い髪もうるさい。いっそ切るか……とつぶやいたら、侍女達どころか、ムクタムまで「その見事な御髪を切るなどとんでもない!」と首を振った。頭の小さな帽子のフェズはそのままに、長い髪は侍女達の手によって手早くまとめられてあげられる。帽子の後ろにつけられていた長いレースのベールもリボン結びの短いものがちょこんと後ろ脇につけられた。それでもベールをつけたいという、侍女達の意地のようなものを感じる。

 まあ、格好などどうでもいい、この帝都までの虜囚としての護送の日々と、馬鹿馬鹿しいハレムの生活で、鈍った身体を解すことが出来れば。
 ピエールとの打ち合いでラドゥはすぐに、顔をしかめた。

「どうした? いつものように本気で打ちかかってこい!」
「そう可愛らしいお顔で言われましてもね」
「顔がどうした!  中身は俺だ!」

 するりとネコのように懐に飛びこみざま、棒で顔を突く。避けなければ本気で鼻を直撃して、顔面陥没のそれを「うわっ……と!」とピエールはのけぞりながら後ろへと避けた。
 これくらい避けられなければ、元傭兵隊長にしてウラキュア国の将軍を務めた、名が泣くというものだ。

「さっきから“手加減”して俺に打ち込むなど、まったくお前らしくないぞ」

 「バレましたか?」とピエールはぺろりと舌を出す。そんなことをしても、すこしも可愛くもないが。

「そうは言われましてね、お方様は以前のお方様とは違いますからね」
「この顔がか?」

 ラドゥはむうっと唇を尖らせた。「ほら、そんな拗ねたお姿も愛らしい」というピエールをぎろりと、紫の瞳でにらみつける。
 この顔がなんだというのだ。まったく毎朝、侍女達の仕度のあとで必ず鏡を見せられるが、未だにそこに映る顔には慣れない。
 「あなたは誰ですか?」と問いたくなる。

「まあ、顔だけじゃなくて、お身体の傷もすぐには治らんでしょう?」

 不死の身でなくなったから、本気で打ちかかれないと? 「お前は俺の腕を馬鹿にしてるのか?」と腹立ち紛れに言った。
 幼少時の育ちが祟ってか、背丈も身体付きも貧相だという自覚はある。しかし、そこは気力と腕でなんとかしてきた。
 血濡れの凶王の名は、たんに実の父に母に弟を手にかけた……というだけではない。それだけの敵を血祭りにあげてきたという意味だ。

「腕の一本や二本、折れたところでどうということもないだろう? すぐに治る」
「だから治らないでしょう? 不死じゃ無くなったんだから」
「…………」

 腹立ち紛れに告げれば、ピエールに言われて今さら気付く。
 頭では不死の身では無くなったことはわかっていたが、たしかに今の自分はいくら傷つけられても大丈夫という感覚であった。
 「捨て身なんですよ」と頭を掻きながら言われて、さらに愕然とする。

「いまのお方様は傷を負っても、骨を折ってもすぐには治りませんよ」
「そうだったな。ではカタから考え直す必要があるか」

 “捨て身”だという“クセ”から直さねばならない。今までは自分の身体のことなど、たしかに気にしたこともなかったが、今度からは受けた傷一つで動けなくなるということだ。
 まったくやっかいな身体になったものだ……と思う。ピエールに「打ち合いの相手はいい」と下がらせて、昔の記憶をたよりに素振りをする。





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